ショート:路地裏
落ち込んだり悩みがあるときには、通ったことのない道を選ぶようにしている。
家から数分、そうやって歩くだけで僕の暮らす町はどこかへ行ってしまう。
知らない建物ばかり。でも、どこか見たことのあるような景色。自分が何者でもなくなったような感覚。
大衆に向けて売られた自動車。ゴミを受け入れるためだけに置かれたプレハブ。遠くで聞こえる地上波の声。
無数の人が生きている痕跡を感じながら、自分はそこには必要のないものなのだと実感する。
僕がいてもいなくても、この町はこうして生きていくのだろう。
…来た道を引き返せば、よく知るいつもの町にたどり着く。
懐かしくもなんともないけれど、心の糸が緩まるのを感じた。
それと一緒に、決まって気持ちは軽くなっていく。
僕が何をしたって変わらないものは山ほどある。それは寂しいことのように思えるけれど、裏返せばとても心強いことでもあるように思えた。
思い悩んだときは、自分と、自分の大切にしたいものだけ考えて生きていこう。
どこかの知らない町の景色は、もう思い出せなくなっていた。