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ハルカ版「いっぱいのかけそば」 in KYOTO 泣き笑い実録★
ここは京都の郊外、うら寂しい某私鉄駅。
私はいったん外に出た改札を引き返し、また駅の中に入ってきた。駅構内のトイレにバッグを置き忘れてしまったのだ。
東京から京都に着いてこのザマである。幸運にもバッグは無事に確保。大きく深呼吸して落ち着きを取り戻し、おもむろに改札を出る。
いや、出られなかった。Suicaをタッチした途端、改札扉に遮断されたのだ。
残高不足でなければタッチエラーか。再度、再再度タッチするも状況は変わらない。頼るべき駅員は不在だし、旅行者の私にどうしろと言うのだ。
それにしても寒風舞う駅構内の寒いこと。寒すぎる。
ダウンジャケットは着ているものの、中はTシャツと薄いベストという有様。暖冬なのは昨日まで。私は強烈な寒波到来予報を舐めていた。舐めきっていた。このままでは凍える風の餌食となり、熱を出してぶっ倒れる。
非常事態の人間は、身を守ることが最優先になるらしい。
私の危険回避センサーは、冷静に改札を通り抜ける思案より、寒さ回避を優先した。ここにじっとしていては凍えてしまう。
動け、動け、動くのだ。
それ即ち、改札口の強行突破である。
ぶっちぎりで出た。出てはみたが、後ろめたさに背中が丸まる。人けのない駅構内を注意深く振り返ったりして、落ち着かない。いやこれは事故だ。絶対に事故。(*翌日、駅で事情を話してエラーと判明するも、強行突破を深く謝罪)
駅を出ると、心なしか風の冷たさが増してきた。
それにしても道路のガタガタ具合、歩道の狭さと歩きづらさに四苦八苦。重いキャリーカートの上に2段に重ねたお土産袋がバランスを崩し、まっすぐ引けない引っ張れない。あっちにヨタヨタ、こっちにヨロヨロ。
寒い、重い、前に進まない。この三重苦をなんとしよう。
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思えばこの不運は東京を出て、名古屋で途中下車したときから始まっていた。
東京、京都間は新幹線1本だ。でもどうしても近鉄特急ひのとりのプレミアムシートに乗りたかった。だからわざわざ名古屋で途中下車して、京都便などない「ひのとり」に乗り、奈良経由で遠回りして時間をかけてここまで来た。
しかも「ひのとり」、乗ったは乗ったが予想もつかないミステイクにより、自分の席がなかったという災難。再度、普通席の特急券を二重に買い直し、ここまで辿り着いたという顛末である。
(特急不運の詳細は、前回記事をご覧あれ↓)
▲近鉄特急ひのとりの失敗談を綴った記事。
皆様に大笑いしていただきました。
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こういうときは悪いことが続くのだ。乗り換えた某私鉄の降車駅で、駆け込んだホームのトイレにバッグを置き忘れてしまったのである。
そんなことを思い出しながら、辛い夜道をヨタヨタ歩く。体が冷え切り、頭が凍りついて死にそうだ。なのにお腹は空いてくる。
“お腹が空いた、寒い、死にたい。不幸はこの順番でやってくる”─
頭の中に、「じゃりン子チエ」のおバァはんのことばが駆け巡った。私の状況は「寒い、お腹が空いた、死ぬのはいやだ」なんだけど。
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とりあえず、どこかの店に入ろう。
見わたすと、この街は焼き鳥屋ばかりではないか。全然温まりそうにない。
とそのとき、1件のうどん屋が目に入った。ここなら体が温まりそう。
だが、問題がひとつあった。
私、うどんがキライなんである。麺類の中で、唯一キライなんである。味に文句はないけれど、うどんを食べたら損した気分になっちゃうのだ。どうせならほかのものを食べときゃ良かったみたいな。同じ感じで敬遠しているものに、チーズケーキとスフレがある。
いや、そんな話しはどうでもいい。
もう温まればなんでも良しだ。店内でメニューを物色するもさすがうどん屋、うどんばかり。逃げ道がないので温まりそうなあんかけうどんを頼んでみた。
なぜか客は少なくて、広い店内の隅の席でひとりあんかけうどんを啜っていると、心がだんだん落ちついてきた。体がホカホカするのは幸せだなあと嬉し涙がこぼれてくる。ああ美味しい。
そしたら「ひのとり」のショック、道路の悪さ、この寒さ、バッグを忘れたことや改札口の強行突破なんかがわーっと甦ってきて、これが無性に、やたらめったら可笑しいのだ。
よくもまあここまでの抵抗勢力が押し寄せたもんだなと、いやもう、ひとり泣き笑い劇場状態でうどんを食べた。なかなか冷めないあんかけに、鼻水拭いながら。
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「お客さん、大丈夫ですか」
店長らしきおっちゃんに声をかけられた。ヤバいぞ私。
「あ、大丈夫です。このうどんが美味しくて。うどんなんて一生食べられないと思ってたんで」
うどん嫌いだからうどんは食べないという意味なのだが、誤解を招いたようである。
「それやったらうちのを食べてもろて良かったわ。事情はわかりませんけど、あったかいもん食べたら元気でますしねぇ。余計なことなんか考えたらあきませんよ」
これはまずい。相当まずい。
ワケあり女が世をはかなんで……みたいな流れになっていそう。
仕方が無い。
私は「ひのとり」のチケットアクシデントから改札突破までを話し、この街の道路事情の悪さ、行政は何やってんのか、本当はうどんは苦手みたいなことをあらいざらいぶちまけた。
案の定、大笑いされただけである。呆れられただけである。
「そんな気の毒なことあるんですなぁ。お客さん、うどんがアカンなんて言うてるし、バチ当たったんちゃいます?」
そんなアホな。
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店を出ても寒さは厳しく道は酷かったが、温まった心と身体はシャンとしていた。元気が出ていた。
「いっぱいのかけそば」ならぬ「いっぱいのうどん」が私を救ったのだ。
お腹が満たされただけでなく、温まって笑うことのパワーは絶大。
それにしてもこのうどん屋のおっちゃんといい、近鉄特急で親切にしてくれた乗務員氏(前回の投稿記事)といい、関西の人情に心和んだ1日だった。
今夜の宿はもう少し先だ。終わり良ければすべて良し。
京都の寒さよ、
負けそうになったけど耐えてみせたぜ。
翌日、京都駅の窓口で、某私鉄駅・改札突破の事情を説明して謝罪。エラーだったことがわかり入場料を精算。
困ったときは駅から電話して対応を求める仕組みらしい。
駅務室の扉に連絡先電話番号の貼り紙があったそうだ。気づかなかった。
強行突破など、絶対にしてはいけない!
問題行動ゆえ、具体的な地名・店名・駅名の記載を控えた。ゴメンナサイ。