文芸サークル青春白書 2〜芸術とパトロンの哀しき関係
これは私の高校文芸サークル時代の記録である。
高校時代といえば1年上のジョン先輩なしに語れない。
先輩のことを忘れないためにも、事実を赤裸々に綴っていきたい。
彼女は一介の女子高生にして類い希なる人脈で学校生活を謳歌し、放送禁止用語連呼で生徒会を敵に回し、資産家娘の財布を我が物とし、驚くほどの読書量と分析力を駆使してサークルを支配する魔物だった。
ジョン先輩のおかげで高校生活は闇夜だったが、一生のうちでこれほど濃厚かつ下世話に過ごした期間もそうそうあるまい。
前回の記事にも記したが、サークル部員が振り回されることSOS団の涼宮ハルヒを彷彿する勢い。ただし彼女、姿形はハルヒと似ても似つかぬ筋金入りの非モテ女子である。
ロン毛に丸メガネ、黒ジャージの襟を折り返しトックリとして愛用していた。これでジョン・レノンになったつもりのイタい女子だ。呼び名のジョンは、恥ずかしいけどジョン・レノンから。
どれだけイタい人かは、前回の記事をご覧いただければ伝わるだろう。
ジョン先輩の奇行が災いして正式クラブへの昇格が絶たれていた我がサークル。だが普段の活動たるや、そこいらのミニコミ編集部より過酷で真面目でスパルタだった。
読書会に加え、3ヶ月ごとの同人誌作成、他校・他サークル会報誌への我が校担当ページの編集・執筆、資産家の娘を発掘してはサークルへの勧誘&お宅調査と、ノルマに次ぐノルマを課せられていたのだ。
大体、女子校のたかだか私設文芸サークルである。なのにちゃんと他校から招聘している読書会のコーチまでいる。ジョン先輩の調達なので、どことなくいかがわしいが。
ジョン先輩の横道譚
このコーチ、そもそも軽音楽部の外部コーチなのである。彼が廊下でB.S.バリンジャーを読んでいたところをジョン先輩にキャッチされ、そのまま勧誘されたのだ。サラサラヘアのマッシュルーム男(大阪某芸大生)である。
ジョン先輩の見立て通り、彼は相当なミステリーオタク、ついでに少女マンガオタクだった。しかも語らせると止まらないマシンガン系。
先輩は男子に免疫のない人だったが、オタクだけは別だった。しかもこの手合いの扱いにかけては上級者である。何しろ自分の兄上が殿堂入りのSFオタク。どう悦ばせるかにかけては凄腕級テクニシャンなのだ。
マッシュルーム男はジョン先輩の攻めといたぶりにほろりとなびき、あっさり文芸サークルのコーチをタダで引き受けた。早い話、おだてに乗せられ30分ほどオタネタをしゃべりまくっただけなのだが。
ところがこのマッシュルームコーチ、期待以上のツワモノだった。いやそこまでやらんでも……なのである。我々が選ぶ読書会のテーマ図書選定センスにも、もの申すような人だった。
「とりあえずメジャー本は選ぶな。コーチが納得しそうな希少本を選べばここは乗り切れる」
ジョン先輩、柄にもなく必死の形相である。傍若無人な彼女を前に、マッシュルームは多少なりとも刺激になりそうな予感がする。
ジョン先輩は南米帰りの帰国子女・牧野さんと私を連れて図書館に向かった。我が校の図書館、なかなかの蔵書数。嬉しい限り。
「まずは日本の三大奇書をあたれ。おいハルカ、それくらいわかるやろな。わからんかったら殺す」
「なんべん殺すんですか。『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』ですよ。どれも読んだことないけど」
「やっぱり未読か。オマエは筒井康隆とか星新一で止まってたな。あとは牧野、久生十蘭、探してこい」
「え? なんでですのん。それよりジョン先輩、乱歩いきましょうや」
「アカン! 久生十蘭、一択」
ジョン先輩は私と牧野さんを顎で使い、自分は興味の趣くままに本を物色している。久生十蘭、自分が読みたいだけやろが。
「ソーレ、ソーレ」「ファイトォー」
少し窓を開けた図書館に、運動部のかけ声が微かに届いた。
室内は勉学少女たちの冷気でキーンとしていたが、4月半ばの希望に満ちた季節であることを思い出させる。
私と牧野さんは勉学少女たちの邪魔にならないよう、目的の本を静かにテーブルに並べた。
『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』、そして久生十蘭はジョン先輩が読みたそうな『肌色の月』。
ジョン先輩は真っ先に『肌色の月』を手に取った。やっぱり。
そして本の裏カバーにある図書貸し出しカードをチェックする。我々はここを必ず見る。サークル員を勧誘するためのチェックポイントだ。
『黒死館殺人事件』・・・2年2組 柏木あかね
『ドグラ・マグラ』・・・2年2組 柏木あかね
『虚無への供物』・・・2年2組 柏木あかね
『肌色の月』・・・2年2組 柏木あかね
「えー!!!」
図らずも大声が出た。勉学少女たちが一斉にこちらを睨む。
我々3人は唇に人差し指を当て、「シー」のポーズをとった。
4冊とも同じ人物が借りているではないか。
我々は壁際に移動し、ヒソヒソ声で呟いた。
「先輩、これ、私の友だちです。同じクラスのあかねですわ」
「ハルカ、なんで勧誘せえへんかったんや! レア人材やないか!」
「あかねってこんな本読むタイプちゃいますもん。こっちが驚くわ」
「コイツ、資産家か」
「泣く子も黙る、コトブキ画廊の娘ですわ。この景気やからめちゃくちゃ儲けてますよ。家は嵐山のすごい豪邸ですし。噂では」
「蔵、ありそうやな」
「画廊の家やし、あるんちゃいます? でも先輩の嫌いなぶりっこですよ」
「このさい我慢する」
「めっちゃ男にモテますよ。カレシ募集中らしいです」
「そんな情報どうでもええ。資産家なら言うことなしや。牧野だけでは心許ないやろ」
「そやそや。その通りでっせ先輩。できたら私、パトロン業は分散してほしいと思てましてん。ハルカ、そのモテガール引き入れろや」
「でも内部進学ギリギリのギリ子やしなぁ。母親がサークル活動認めへんかも」
「そんなもん私に任せとけ。カテキョ代わりになると母親を説得する」
カテキョとは、家庭教師のことである。ジョン先輩と牧野さんはアホそうに見えて成績だけは抜群に良かった。そこだけは抜かりのない才女。放送禁止用語をほざこうと、彼女らは教師から厚い信頼を勝ち取っていた。
ジョン先輩の突撃譚
ジョン先輩は資産家娘が大好物。我々のサークルは私設のため、活動のすべては自費である。パトロンなくして同人誌など出せるはずもない。他校の連載ページに甘んじているのも、ひとえに懐事情なのだ。
牧野さんのお父上は小規模ながらもアグレッシブに貿易会社を営む方であった。牧野さんの口八丁で同人誌作成費用のパトロンの座についてらっしゃる。
いかがわしい同人誌「今昔物語から拾うエロネタ現代語版集」─。その責任編集者名が「牧野権蔵」になっていることを、肝心のご本人は知らない。
毎回、こんなテーマばかりでないのが救いだが。
我々はいかがわしさのカモフラージュのため、表舞台に出る他校会報誌では知識とウィットに富んだ書評を書かねばならなかった。
私としては、このようなまともな原稿を書きたいのだ。自分が誇れるような同人誌を作りたい。そのためにもやっぱりパトロンは不可欠。芸術の発展に必要なのは才能ある人材よりも、まずパトロン。
私は高2の分際で、芸術活動の厳しさを思い知っていた。
「ハルカ、今すぐあかねの屋敷に行くで。善は急げや。すぐ電話しろ」
「ハイ。先輩、日本三大奇書どうします?」
「そんなもんはどうでもええわ。あ、牧野、久生十蘭だけ借りといて。読むから」
牧野さんがしぶしぶ『肌色の月』の貸し出し手続きを取らされている間に、私はあかねに電話して来訪の約束を取り付けた。あとはジョン先輩の勧誘さばきに任せるしかない。
「先輩、ジャージ脱いでくださいよ。お屋敷訪問するのにカッコ悪いわ」
「みくびるな。いざときのことを考えてロッカーには常にラルフローレンの紺ブレ(紺に金ボタンのブレザー)を用意してあるわ」
「さすがジョン先輩ですなぁ。ジャージしか衣装はお持ちでないとばかり」
「牧野、口を慎め。紺ブレは高2のときの担任のや。ずっと我がロッカーで保管していただけのこと」
牧野さんと私は目を合わせたが、言葉は発しなかった。多分、何かの事情があったのだろう。先輩が泥棒でないと信じたい。
早速、ラルフローレンを羽織って孫にも衣装のジョン先輩。この人も女子だったかと目頭が熱くなる。0.01秒くらい感傷に浸ったあと、我々は嵐山に向かうバスの中で柏木家での作戦を練った。
「あかねがアホということなら、とことん知力作戦で行こう」
「そしたら私の出番ですな。ところどころに英語とスペイン語交えてイテコマしたりますわ」
「牧野、呟く程度にしとけよ。久しぶりに我が営業トークの出番が来たな。ハルカは私らふたりを褒め称えろ。尊敬つかまつれ」
「それちょっとヤバいかも……。私、あかねにふたりの悪口ばっかり言うてますもん。それにジョン先輩のことはヘンな人やってバレてますよ」
「オマエ……、そしたら尚更うまいことやれ! せっかくやから蔵でもなんでもええから蔵書とお宝見物までこぎ着くで」
ジョン先輩の興奮は、バスを降りた途端にさーっと引いた。
まるで別世界のようなお屋敷街が目前に広がっている。1軒あたりの広大な敷地、道行く人の上品な佇まい。家々の庭の緑が森のように深く、鶯まで鳴いているではないか。
キョロキョロしながら歩く3人だったが、ジョン先輩が牧野さんと私の前に立ちはだかった。
「日本三大奇書に興味を持つ老舗画廊の資産家お嬢や。これは千載一遇のチャンスやで。何があっても迷いの心を持つな。牧野、ハルカ、我々がどういう人間かは心得てるやろな」
ジョン先輩はテレビで見た詐欺師軍団の女元締めのようだった。盗んだ紺ブレがよく似合う。その目は燃えていたのに、牧野さんは隣でガムをクチャクチャ噛んでいた。
4月半ばの嵐山。新緑の香りが風に乗って我々を包んでいる。高い塀にぐるりと囲まれた柏木家の門前に着くと、またもや鶯がホーホケキョ。
門扉をぐるっと囲む、浮世絵に出てくるようなクネりとした枝ぶりの松。その向こうに松と妙にコントラストの合う白亜の洋館が目に入った。
「おぉ、あれはアールデコ様式ですわー。金かけてまんなー」
「牧野、もうちょっと上品にしゃべれんのか!」
「これでも精一杯の日本語でっせ」
「牧野さん、どうでもええけど便所って言うたらアカンで。お手洗いって言うてみ、お・て・あ・ら・い」
インターホンを鳴らすと、ピンクのテニスウェアを着たあかねがポニーテールをふわりと揺らしながら飛び出してきた。
「ハルカ〜。今からテニスやねん。ママが皆さんの相手するからね」
長い睫毛をバチバチさせた可愛い娘が可愛い声でしなを作る。そこだけ薄桃色の風が吹いているようだ。ジョン先輩、さぞかしイライラしてるだろう。
「あかね、そんなこと言うてへんかったやん。困るわ」
「大丈夫大丈夫。どうせママが全部決めるんやから。皆さん、初めまして。柏木あかねでございます。私はサークル入ってもいいんやけど、ママが判定するからお話ししてくださいね。あ、ジョンさん先輩ですね。ジャージ着てはらへんわぁ。ウフフ」
「今日はちょっと紺ブレでして……。あの……ママさまは何を基準に判定なさるのでしょう」
「フフ 皆さんのお誕生日です」
「……?」
了(2)
続く
前話 文芸サークル青春白書(ファーストエピソード)はここをクリック
↓前回の記事では、ジョン先輩の暴走発言を中心に書いています