見出し画像

胸キュンなあの頃の、“恋の小道具”─。公衆電話とか、エトセトラ

最近、とある男性noterさんの記事にはっとした。
昔の恋人との思い出を綴った記事だった。

おそらく80年代だと想像しながら読む─。

そのnoterさんは学生時代、某女子大バンドのコーチングをしていた。合コンのような賑わいに浮かれながらも、人見知りな性格ではしゃぎきれないnoterさん。その朴訥ぼくとつさに、ひとりの女の子が好感を抱いた。照れてなかなか踏み込めなかったnoterさんだが、ようやくその子と付き合い始める。


当時は携帯は勿論、電話だってアパートにもなく、自分の部屋にあるわけもなく、公衆電話だけが頼りだった。
会ったばかりなのにもう声が聴きたくなるのが若い頃の恋だ。
彼女は、「これプレゼント」と言って10円玉がいっぱい入ったキャンディのびんをrakudaにくれた…

rakudaさんの記事より引用
Billy Joel の「Just the Way You Are」#29


これを読んだとき、私の頭の中にスティービー・ワンダーの「I Just Called to Say I Love You」の一節がリフレインした。
この曲、知らない人はいないくらい有名すぎるナンバーである。

I just called to say I love you
I just called to say how much I care


愛してると言いたくて、電話したんだ。
どんなに思っているか伝えたくて──

この歌詞が、noterさんの恋と重なった。

▲YouTube Stevie Wonderチャンネルより
I Just Called To Say I Love You
℗ 1984 Motown Records, a Division of UMG Recordings, Inc.


記事主のnoterさんではない私が、抱きしめたいほど彼女を愛おしく感じる。
だってめちゃくちゃ可愛いんだもの。
「これでいつでも電話してね。待ってるから」
そんな恋心が溢れているんだもの。

そのnoterさんだって、きっと胸熱くして抱きしめ衝動に出ただろうし、そんなことはコメントでもツッコんでないけれど、もうメチャクチャに羨ましかったんである。周りなんか目に入らない、恋にヒタヒタのふたりのことが。

今と違い、連絡を取る手段は電話がメイン。彼女が実家暮らしなら、電話する時間だって限られる。今みたいに好きな時間にLINEして、言いたいことだけ言って、何してるかいつも確認しあってみたいなことは絶体できない。

そんな制限のある恋だからこそ、気持ちを伝える手段を考えて考えて考えあぐねる日々だったに違いない。

これ、今だったらどうするんだろ。
毎日声が聞きたい気持ちを、ことば以上の何かで代弁するにはどうすればいい?
やみくもにLINE攻撃なんて、論外・場外・筋違い。

意思伝達が簡易になると、おいそれと情緒は演出できないな。

「晩ご飯ちゃんと食べた? 心配」くらいのメッセージを送るとか?
やっぱりことばがメインになる。
ことばで想いの機微を伝え、感じ取るしかないんだろうか。
これはけっこう難易度が高い。

簡単に連絡がとれる環境というのは、恋愛においてプラスなのかマイナスなのか。

いや、恋する者に環境なんかどうでもよいこと。
相手のしぐさや一挙手一投足にときめいて、想いを察して抱きしめたくなるに違いないから。
繋いだ手をときおりギュッと握りしめられたり、頬に軽く触れられたり、そんなことは昔も今も歌謡曲やJ-POPの歌詞を見れば永遠だから。

私はことばを綴ることが好きなくせに、ことばほど薄っぺらいものはないとも思う。
こと恋愛に関しては、ああもう恋愛現在進行形女ではないけれど、なんだったら永遠の進行形渇望女ではあるけれど、だからこそ本や映画にことば以上のパッションを求めてしまうのだ。


それも読書の、大きな愉しみなんである。
本の中の恋愛に自分を投影するという妄想で、目眩めくるめく世界に身を委ねられるから。

痛々しいなんて言うなかれ。
本読みびとなんてヘンタイなんだよ、そもそもが。前提として。おしなべて。

最後に、私が最高にときめいた男と女の逢瀬シーンが描かれている小説を紹介して終わりにしよう。
実は2年前のレビュー記事でもこのシーンについてはしかと触れている。
古典はともかく、新刊本でこれ以上に甘酸っぱく爽やかなエロスに放心するシーンにはまだ巡り会えていない。


ピーター・スワンソンの『そしてミランダを殺す』


これは第一級のミステリ小説である。
想定外の展開、殺す者と殺される者、4人の男女の語りで展開するが、まったく予測不能で驚きの連続。死ぬまでに読まなきゃ絶体損する類いの小説だが、ここではそれは置いておき、くだんのシーンだけ抜粋しよう。

(シーンのひとくち状況)
テッドは妻・ミランダの裏切りを知り、偶然知り合った女・リリーに「妻を殺したい」と言ってしまう。その申し出を受けた謎の女リリーに惹かれるテッドは、人目につきにくい墓所でリリーとの再会を果たす。

僕はリリーを抱き寄せ、僕たちはキスを交わした。僕は彼女のコートのボタンをはずすと、そのなかに両手をすべりこませ、彼女の腰に腕を回した。セーターの手触りはカシミアのようだった。彼女は震えた。

ピーター・スワンソン著
「そしてミランダを殺す」より引用


>───⇌• :🌷: •⇋───<


寒い墓地で男が女を抱きしめるシーンである。
コートのボタンをはずして腕をすべりこませる男の仕草に、止まらない想いや息づかいまでが伝わりそう。このあと、男の衝動はややエスカレートしてしまうのだが、人の気配を感じたふたりは平然を装い別れてしまう。

行間には彼女を求める満ち足りない男の想いが充満し、読みながら喉元まで熱くなる。

この場合の恋の小道具は、断然、コート

こんな抱擁シーンを真似してみれば、あなたにも甘く切ないひとときが訪れるかも。
でも女性からおねだりするのはちと気が引ける。
やはり男性諸氏が、率先して行動されるほかないだろう。

そんな抱擁相手が見つからなければ、『そしてミランダを殺す』でも読んで極上の妄想時間を楽しもうではないか。



今日は某noterさんの記事に触発され、恋の小道具について書きたくなった。
肌寒くなり、ちょっと人恋しい季節である。




▲ステキな彼女との思い出は、rakudaさんの記事で読むことができます。
rakudaさんはずっとバンド活動をしてらっしゃる現役ドラマー。ご自身のバンドやドラムの音源なども投稿されているほか、音楽記事や思い出エッセイなども書かれています。
rakudaさん、とてもステキなエピソードありがとうございます。しかも無断掲載、お許しください。


▲『そしてミランダを殺す』のことを書いた自分の過去記事を読み返したら、やっぱり同じようなことに興奮しており、恥ずかしさにせてしまった。どうかしてるぜ、こじらせアタシ。


次回はようやく“ネタ系音楽事典”「番外編」をお送りします。