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オーマイガーッ! 京都までのいちばん長い日  

 故郷である京都へは、年に数回足を運んでいる。
 その気軽さが災いし、次があるからと行きたいところへも行かず、会いたい人にも会わずという失態を繰り返してきた。
 今回は会うべき人とはきちんと約束し、スケジュールをあれこれ立てての帰郷である。
 ところがだ。
 会うべき人がインフルエンザで倒れ、予定が狂い始めた。楽しみがひとつ減ってのトーンダウンだが仕方ない。無事に回復されよと祈りつつ、楽しみは先延ばしだよと自分自身に言い聞かせ、急遽、荒技を組み込ませる。

 まずは名古屋で新幹線を途中下車
 ここで用事を済ませた後、京都へ向かう。普通なら、京都まで直行の新幹線を利用する。30分ちょいだから。
 でもあえて近鉄特急で遠回りを決め込んだ。
 なぜって? 
 近鉄特急ひのとりに乗りたいから。それだけだ。
 だがひのとりは、無惨にも京都への運行路線、除外対象。京都へは行ってくれない。


▲「ひのとり」リーフレットより。
写真のプレミアムシート搭載の
プレミアム車両乗車が目的


 仕方がないので奈良の大和八木で下車し、そこから京都行き・急行電車に乗り換える。名古屋から京都までの所要時間は2時間45分新幹線の5倍強の時間をかけ、乗り換えまでして、料金は新幹線よりもやや高額。
 それでもこの酔狂を全うする。だってそれが私だもの。

 魅力は、なんと言ってもひのとり・プレミアムシートを味わうスペシャル空間。全席が足を伸ばし切れるリクライニングシートで、贅沢&ラグジュアリー。これ、全車両中、1両だけのスペシャルバージョンなのだ。
 その人気のプレミアムシートチケットが、希望日、希望時間に取れてしまった。これぞ快挙、これこそ幸運。
 普段の善行が報われたのか。
 覚えはないがきっとそうに違いない。

 さて、いよいよ京都帰郷の日がやってきた。途中下車した名古屋で近鉄電車乗り場を目指す。
 メインイベントでスタートを切る興奮に、凍える風も暖かい。さすがにそれは嘘だけど。

 近鉄特急ひのとり発着は5番線。私は30分も前からじっと待機。初デートのごとく嬉しさが尋常じゃない。まだ来ないのかと、じらされる時間の甘く苦く長いことよ
 そしてついに現れた。その堂々たる風貌でー。

▲特急「ひのとり」ホーム到着‼
▲火の鳥が舞う、魅惑の赤いボディ。
撮影者多し
▲プレミアムシートの1号車へ向かう乗客。
後に続けと気が逸る
▲カフェスポットの横、
階段を上がった扉の向こうがプレミアム車両、1号車★
右側の数字表示は、プレミアムシート全てに
設けられた大きな個別ロッカー。
キャリーカート収納可。すごい!



 興奮状態マックスで、いざ特別仕様のプレミアム車両の1号車へ。
 ところが‥‥
 私の席に、うら若き乙女が寝そべっているではないか。そこは私の席なのだよ。

 私は自分の予約完了シートを再度見直し、座席番号を確認した。
「そこの5Aは私の席なんですが、お間違いじゃないでしょうか」
「いえ、私、5Aです」
 私と乙女はお互いのWEB予約完了シートを見せ合い、「重複してる!」とユニゾンした。2人ともちゃんと5Aシートを確保している。車両はもちろん1号車。こんなことが起こりうるのか。
 乙女が予約したのは今日だと言うが、こちとら1週間前である。
 早い者勝ちの原理で私の勝ちと確信したとき、乙女が「ん?」といぶかしんだ。
「それ、日にちが違いますねぇ」  え?

▲私の特急券予約完了画面。
なぜか2月10日の日付で購入。
乗車したのは2月6日!


 今日は2月6日。私の特急券の日付は2月10日。こんなことが起こりうるのか。いや起こり得たのだ、WEB予約時の不注意で。
 もう一度言おう、フ・チュ・ウ・イで!
 既に走り始めたひのとりに、席もなく立ち尽くす女がひとり。乙女に深く謝罪し、まずは乗務員を探し出す。

 京都までの乗車券(3,130円)は窓口で買っていたから乗り込めたものの、特急券はない状態だ、不本意ながら。で、これまた不本意ではあるが、乗車中のひのとりの特急券を、新たに購入しなければならなかった。
 当然ながらプレミアムシート席は満席状態。運良くレギュラー車両の席が空いており、とりあえず座ることはできたのだが‥‥。


▲新たに購入した特急券。
プレミアムより600円安いけど……


▲レギュラー車両のシート。
快適で立派だが、プレミアム車両が
お目当てだったからなあ


 いくら自分の不注意とはいえ釈然としない。ひのとりに乗車したのはなんのためかと反芻する。痛めつけるように反芻する。
 あのプレミアムシートを堪能し、ラグジュアリー感に酔いしれるためなのだ。 
 なのに私は今、レギュラー車両に乗って新幹線の5倍以上の時間をかけて京都に行く。しかも割高で。
 受け入れ難い現実にまだまだ気持ちが収まらない。
 普段の悪行の報いなのか。
 覚えアリアリだけど些細なもんよ。 

 そんな中、ひのとり青年乗務員氏は温情の人であった。
 私を空いたレギュラー車両の空席まで案内し、重いカートと荷物も持ってくれ、そのうえ慰めのことばまでかけてくれた。
「がっかりされましたよね。プレミアムシートが満席で申し訳ございません。日にちを間違えること、ありますよね。私もやりがちです」
 いや、さすがにそれはないだろう。
 それでも落ち込んでいるときに、この親切は身に沁みる。
 ひのとり、あたたかい。最高ではないか。

 大和八木でひのとりを下車し、通勤電車っぽい京都行き急行に乗り換える。急行とはいえ、ここから京都までは1時間。
 車内のドア上にある案内表示板に映し出される映像は、近鉄特急のプロモーションばかり。何度も何度もひのとりの素晴らしさをアピールし、いざなってくる。
 ええい、忌々いまいましいわ。

 でも大丈夫だ。私は今、結構な特別席に座っている。
 それは旅行者等にキャリーカートが固定される仕組みの「やさしば」という特別席。
 通常電車車両にもこんな工夫があるなんて、ありがたすぎて涙が出そう。近鉄電車の遠回り旅も捨てたもんじゃない。
 京都到着前からアクシデント勃発だけど、小さな幸せを噛み締めてこそ人生。
 ああ、えらいぞ私。
 それにしても京都到着まで、長い長い。


▲近鉄電車には通常車両に「やさしば」という席あり。
キャリーケースやベビーカーの車輪が
引っかけられ、ずれない


*京都までの長い道中で、2月10日分のひのとり特急券は
近鉄アプリからキャンセルした。