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オーマイガーッ! 京都までのいちばん長い日
故郷である京都へは、年に数回足を運んでいる。
その気軽さが災いし、次があるからと行きたいところへも行かず、会いたい人にも会わずという失態を繰り返してきた。
今回は会うべき人とはきちんと約束し、スケジュールをあれこれ立てての帰郷である。
ところがだ。
会うべき人がインフルエンザで倒れ、予定が狂い始めた。楽しみがひとつ減ってのトーンダウンだが仕方ない。無事に回復されよと祈りつつ、楽しみは先延ばしだよと自分自身に言い聞かせ、急遽、荒技を組み込ませる。
まずは名古屋で新幹線を途中下車。
ここで用事を済ませた後、京都へ向かう。普通なら、京都まで直行の新幹線を利用する。30分ちょいだから。
でもあえて近鉄特急で遠回りを決め込んだ。
なぜって?
近鉄特急ひのとりに乗りたいから。それだけだ。
だがひのとりは、無惨にも京都への運行路線、除外対象。京都へは行ってくれない。
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写真のプレミアムシート搭載の
プレミアム車両乗車が目的
仕方がないので奈良の大和八木で下車し、そこから京都行き・急行電車に乗り換える。名古屋から京都までの所要時間は2時間45分。新幹線の5倍強の時間をかけ、乗り換えまでして、料金は新幹線よりもやや高額。
それでもこの酔狂を全うする。だってそれが私だもの。
魅力は、なんと言ってもひのとり・プレミアムシートを味わうスペシャル空間。全席が足を伸ばし切れるリクライニングシートで、贅沢&ラグジュアリー。これ、全車両中、1両だけのスペシャルバージョンなのだ。
その人気のプレミアムシートチケットが、希望日、希望時間に取れてしまった。これぞ快挙、これこそ幸運。
普段の善行が報われたのか。
覚えはないがきっとそうに違いない。
さて、いよいよ京都帰郷の日がやってきた。途中下車した名古屋で近鉄電車乗り場を目指す。
メインイベントでスタートを切る興奮に、凍える風も暖かい。さすがにそれは嘘だけど。
近鉄特急ひのとり発着は5番線。私は30分も前からじっと待機。初デートのごとく嬉しさが尋常じゃない。まだ来ないのかと、じらされる時間の甘く苦く長いことよ。
そしてついに現れた。その堂々たる風貌でー。
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撮影者多し
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後に続けと気が逸る
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階段を上がった扉の向こうがプレミアム車両、1号車★
右側の数字表示は、プレミアムシート全てに
設けられた大きな個別ロッカー。
キャリーカート収納可。すごい!
興奮状態マックスで、いざ特別仕様のプレミアム車両の1号車へ。
ところが‥‥
私の席に、うら若き乙女が寝そべっているではないか。そこは私の席なのだよ。
私は自分の予約完了シートを再度見直し、座席番号を確認した。
「そこの5Aは私の席なんですが、お間違いじゃないでしょうか」
「いえ、私、5Aです」
私と乙女はお互いのWEB予約完了シートを見せ合い、「重複してる!」とユニゾンした。2人ともちゃんと5Aシートを確保している。車両はもちろん1号車。こんなことが起こりうるのか。
乙女が予約したのは今日だと言うが、こちとら1週間前である。
早い者勝ちの原理で私の勝ちと確信したとき、乙女が「ん?」と訝しんだ。
「それ、日にちが違いますねぇ」 え?
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なぜか2月10日の日付で購入。
乗車したのは2月6日!
今日は2月6日。私の特急券の日付は2月10日。こんなことが起こりうるのか。いや起こり得たのだ、WEB予約時の不注意で。
もう一度言おう、フ・チュ・ウ・イで!
既に走り始めたひのとりに、席もなく立ち尽くす女がひとり。乙女に深く謝罪し、まずは乗務員を探し出す。
京都までの乗車券(3,130円)は窓口で買っていたから乗り込めたものの、特急券はない状態だ、不本意ながら。で、これまた不本意ではあるが、乗車中のひのとりの特急券を、新たに購入しなければならなかった。
当然ながらプレミアムシート席は満席状態。運良くレギュラー車両の席が空いており、とりあえず座ることはできたのだが‥‥。
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プレミアムより600円安いけど……
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快適で立派だが、プレミアム車両が
お目当てだったからなあ
いくら自分の不注意とはいえ釈然としない。ひのとりに乗車したのはなんのためかと反芻する。痛めつけるように反芻する。
あのプレミアムシートを堪能し、ラグジュアリー感に酔いしれるためなのだ。
なのに私は今、レギュラー車両に乗って新幹線の5倍以上の時間をかけて京都に行く。しかも割高で。
受け入れ難い現実にまだまだ気持ちが収まらない。
普段の悪行の報いなのか。
覚えアリアリだけど些細なもんよ。
そんな中、ひのとりの青年乗務員氏は温情の人であった。
私を空いたレギュラー車両の空席まで案内し、重いカートと荷物も持ってくれ、そのうえ慰めのことばまでかけてくれた。
「がっかりされましたよね。プレミアムシートが満席で申し訳ございません。日にちを間違えること、ありますよね。私もやりがちです」
いや、さすがにそれはないだろう。
それでも落ち込んでいるときに、この親切は身に沁みる。
ひのとり、あたたかい。最高ではないか。
大和八木でひのとりを下車し、通勤電車っぽい京都行き急行に乗り換える。急行とはいえ、ここから京都までは1時間。
車内のドア上にある案内表示板に映し出される映像は、近鉄特急のプロモーションばかり。何度も何度もひのとりの素晴らしさをアピールし、誘ってくる。
ええい、忌々しいわ。
でも大丈夫だ。私は今、結構な特別席に座っている。
それは旅行者等にキャリーカートが固定される仕組みの「やさしば」という特別席。
通常電車車両にもこんな工夫があるなんて、ありがたすぎて涙が出そう。近鉄電車の遠回り旅も捨てたもんじゃない。
京都到着前からアクシデント勃発だけど、小さな幸せを噛み締めてこそ人生。
ああ、えらいぞ私。
それにしても京都到着まで、長い長い。
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キャリーケースやベビーカーの車輪が
引っかけられ、ずれない
*京都までの長い道中で、2月10日分のひのとり特急券は
近鉄アプリからキャンセルした。