【海外の街を歩く】ローマを歩く(その4)
キージ宮殿
キージ宮殿(Palazzo Chigi)は、アルドブランディーニ家のために建築家ジャコモ・デッラ・ポルタが1562年から作り始め、1580年に建築家カルロ・マデルノが完成させた建物。
1659年にキージ家が購入したことで名がついたそうだ。
宮殿はコロンナ広場やコルソ通りに隣接しており、現在は、イタリアの首相官邸として使われている。
コロンナ広場とマルクス・アウレリウスの記念柱
コロンナ広場 (Piazza Colonna) は、イタリア、ローマの歴史地区、コロンナの中心にある広場。
名称は、紀元193年からこの場所に建っているマルクス・アウレリウスの記念柱(Colonna)から採られている。
広場の東側には、南北にコルソ通りが走っている。
マルクス・アウレリウスの記念柱(Colonna di Marco Aurelio)は、ドーリア式円柱に螺旋状のレリーフが施されたもので、トラヤヌスの記念柱にならって皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスの栄誉を称えて建設されたものだそうで、今もローマの元々の場所に建っている。
大理石の円柱に飾られたパウロのブロンズ像は、ローマ教皇シクストゥス5世によって1589年に取り付けられたものだそうだ。
円柱の外観に時代を感じる。
パンテオン
パンテオン (Pantheon) は、ローマ市内のマルス広場に建造された神殿。元々は、様々なローマ神々を奉ずる神殿だったらしい。
古代ローマは日本と同様多神教だった訳で、多くの神を祭ったのだろう。
608年頃にキリスト教の聖堂となったことで、破壊を免れたそうだ。
現存のパンテオンは2代目で、118年から128年に掛けて、第14代ローマ皇帝ハドリアヌスによって再建されたものとなっている。
最初のパンテオンは紀元前25年、初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ(Marcus Vipsanius Agrippa)によって建造されており、再建されたパンテオンには、正面にはアグリッパに敬意を表し M. AGRIPPA L. F. COS TERTIUM FECIT(ルキウスの息子マルクス・アグリッパが、3度目のコンスルの際に建造)と記されている。
ちなみに、コンスル(Consul)とはローマ共和政の執政官のこと。
アグリッパはカエサルに見出され、アウグストゥスの同僚執政官を連続して務め、軍略の弱いアウグストゥスの補佐的役割を果たした人だ。
ある意味、オクタウィアヌスがローマの初代皇帝アウグストゥスになれたのも、アグリッパという有能な友の存在が大きかったのは確かだ。
円形のドームの高さと直径はいずれも43.2mだそうだ。
この特徴的な円形の建物は、ナイフに入って天井を眺めると神秘性を感じる。
ロトンダ広場
ロトンダ広場(Piazza della Rotonda)は、ローマ教皇エウゲニウス4世(在位:1431年 - 1447年)により15世紀半ばに作成された広場だそうだ。
泉水盤は建築家ジャコモ・デッラ・ポルタ(Giacomo della Porta)によって1575年に建てられたそうで、オベリスクを中央に立てた噴水は、フィリッポ・バリッジョーニ(Filippo Barigioni)によって1711年に追加されたそうだ。
ロトンダ広場は人通りが多く、噴水の下の階段には座って休息を取る人が結構いた。