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たかこひかる。

千五百円のハイライターを買うべきか買わざるべきか迷っていたら寝汚く寝落ちしていた、たかこです。ごきげんよう。
「いぎたない」って「寝汚い」「寝穢い」と書くのかと感嘆してもいる、たかこです。ごきげんよう。
本などで「寝穢い」に出くわしても恐らく正確に読めていなかったであろう、たかこです。ごきげんよう。


最近、なんだかメイクが恋しい。

ここ数年ほとんど化粧というものから遠ざかっていたというのに、今、このタイミングでメイクしたいなあとぼんやり思っている。
このタイミングとは緊急事態宣言。
私が住んでいるところは対象地域ではないが、数時間おきに市のアナウンスが流れている。外出は控えましょうとか、マスク着用と消毒を徹底しましょうとか。
そして私はひとり暮らしだし、もともと家にいることが多い人間だ。
となると、ますますメイクはしなくて良いというか、してどうするんだといっそ問いつめたくなるほど。
どれだけあまのじゃくなのかとも我ながら思う。

目の下のクマが気になるのである。
これはもう中学生ぐらいからのおつきあいなのでそうそうさよならできそうにない。
だから、意外にもコスメマニアであった二十代後半から三十代あたまぐらいまで、クマ隠しの研究にひたすら注力していた。
アユーラのコンシーラーにはずいぶんお世話になったものだが、最終的にはアナスイのハイライターに落ち着いた。
というわけで、ネットの海上で踊っている「まだコンシーラー?これからはハイライター!」といった記事を読むたび、わたしったら先駆者だったのねと鼻で笑いたくなったりしている。すっぴんで。
(なお、最近は適正な日本語が厳しく要求される社会らしいので断っておくと「すっぴん」が「ノーメイクでもべっぴん」の意であることは知っている。そうなのよ。私べっぴんなのよ。何を今さら)

しかしながら、コンシーラーとはクマかくしといった固定概念があるため、本来のコンシーラーの使い方はよく知らない。そんな事実に気づいてしまった昨夜。
そこからとんとん拍子に「メイクしたいなあ」まで飛躍していくのだから恐ろしい。

*

「最近なんだかメイクが恋しい」は、じゃあ昨夜からじゃないかというと、それも正確ではない。
今月に入ってボランティアを再開した。独居老人に安否確認の電話をかける活動である。
昨年の秋からはじめて、だいたい月に二回ぐらい。二月と三月はお休みを頂いていて、ようやく復帰できた。

電話の目的はあくまで「安否確認」なので、「お困りのことはありませんか」「大丈夫です」、これで三分もせずに終わることもある。
ただ、お話が長い方もやはりいらっしゃる。私の中で最長記録は四十分。
このご時世、やはりお年寄りも会話に飢えてらっしゃるのだろう。
先日お話した方もやや長めだった。

「今朝は五時に起きましたよ」

さすがご老人、とはならなかった。普通に心底からすごいと思ってしまった。私がゲームで徹夜していたからかもしれない。
そんなに早起きなさって何かご用事でも、そうこちらから聞くまでもなかった。

「起きてすぐにお化粧をしてね。今日はゴミの日だったからそれまでに身支度を整えたの。春はワンピースが動きやすいわね。あとね、髪を伸ばすことにしたから髷を結ってるわ。それでお掃除とお洗濯をして朝ごはんをいただくとちょうどゴミを出す時間になるでしょう。ねえ、私びっくりするのよ。パジャマとか何かだぶっとした格好でお化粧もしないでゴミを出しに来る方、たくさんいるでしょう。男の人だと無精ヒゲとかね。ああいうの、みっともないと思わないのかしらって。私なら恥ずかしくてあんな格好で人前になんて絶対に出られないもの。お化粧っていってもそんなにあれこれ塗らなくていいのよ。眉毛を描くだけでも。でもそれもしない人の多いことったら。その後はお布団を干して、お庭のお手入れをしてね。今ちょっと一休みしてお茶を飲んでたのよ。毎日五千歩あるくことにしてるから、午後はちょっとお散歩してくるわ。だから元気よ。いつもありがとう。ねえ変なこと聞くけど失礼だったらごめんなさいね。あなた声がずいぶんお若いけどちゃんとしてらっしゃる?」

すみませんまったくちゃんとしていません本当にごめんなさい。
この方、少なくとも私の倍の年齢。旦那さんは五年ほどまえに亡くなり、以来、おひとり住まいなのだという。名簿の情報が正しければ。

ゴミ出しにパジャマですっぴん?うんあのえっと、以前はつまりそのはい確かにそうでした。でもでも引っ越してからはアパートにゴミステーションがついているので、なんというかあのその、前の晩にね。こっそりとね。まあこっそりしてたのは三月なかばぐらいまででね。今や堂々と。ごめんなさい。
一日五千歩?うん、五千歩?はあ、五千歩。一週間トータルしてもそんなに歩いてませんです、はい。たぶんというか確実に。
眉毛?え、出かけるときは一応。適当に。まあでも描き忘れても私の場合なんとかなってる。はず。じゃないかなって思いたい。っていうか。
そもそも。
今やマスク必須だし。
私は外出時は眼鏡もかけてるし。
そうでなくても別に私のことなんて誰も見てないでしょ。

「意外と見られているものでしょ?ちょっと油断してるとブスとか女のくせにって言われるじゃない?それでひがむと思ったら大間違いなのよね。綺麗って言わせてやりたくてね。特に旦那にね。死んだらおしまいってわけにもいかないのよ。見てるし、お迎えに来るんだから、できるうちは綺麗にしておかないとね。いつかこういうことができなくなっても、こころが綺麗でいられるようにね。で、あなた四十代なのね。お若いわね。おひとりではないんでしょう?」

いえあのなんというかその、独身です。

「あらそうなの?じゃあこれからかしら」
「いえー、そういう予定もなさそうですよー」
「出会いは予定してないとこで起こるからきちんとしてるといいわよ」
「ですねえ。備えておくに越したことないですもんね」
「そう。だらしなくしてると美男子が寄ってくるわよ」
「(美男子って久しぶりに聞いたな)えー、イケメ、ハンサム(がんばれ私)はお嫌いです?」
「外っ面が綺麗な男はろくなのがいないからだらしない女を次々に嗅ぎ当てるし、だらしない女はだいたい賢くないせいでころっと行っちゃうの。そういうつまらない人生になっちゃだめなのよ」
「なるほど……こころが綺麗なひとを探すといいんですね」
「そうそう」
「それには自分のこころが綺麗じゃないとだめなんですね」
「そうそうそうそう」
「すごく勉強になります」

社交辞令でない証拠に、その日の帰り、BBクリームを買った。未開封のまま洗面台に置いてあるところがまだまだである。

結婚しないの?ねえしないの?と会うたびに言ってきた友人は最終的に受け入れられなくなったのに、不思議だなあ。と思ったけど、この方から結婚しろとは言われていないことに気づいた。
もちろん、同い年と九十代、友人関係とボランティアの利用者、などなど違いはいくらでも挙げられるし、私自身が多少はまるくなったのもあるだろうけれども、「良い人生を」というメッセージの渡し方がとてもシンプルで、しかも美しかったからでは、と思っている。

*

今いる部屋は、晴れた日の昼間は陽の光がさんさんと降りそそぐ。おかげで冬でもずいぶんあたたかかった。
つまり夏はすごいことになりそうだな、と、ちょっと今から怖じ気づいていて、それに自転車移動の時間が増えたからついに日焼け止めが必要かなあとも考えてはいた。
私は血筋だけで言うと純東北産ゆえに肌は白いほうだ。ほとんど日焼けもしない。でもうっかりした日焼けで泣いたことは、何度かあった。
よってBBクリームはUVカット効果のあるものを選んだ。
そしてコスメの中で好きなアイテムはパウダー。引っ越しの際に化粧品もほぼ捨ててきたけれど、チャコットのパウダー二種類だけは今でも大事に保管している。

BBクリームにパウダー、あとは眉毛を描くだけで、かのご婦人が仰ったように充分きちんとなるのだけれど、クマはねえ。どうもねえ。これだけでは隠せないどころか、悪目立ちするのよねえ。
ハイライター、ほしいねえ。

こんなときだからこそ、ここぞとばかりにメイクで遊ぶのも良いかもしれない。
そういえばコスメマニアのわりにマスカラも使ったことがほとんど無い。黒目が大きいから睫毛を上げると何だかやりすぎになってしまい、あきらめたのだった。べっぴんの引き算である。嘘です。単にビューラーが怖かっただけ。だってあいつ目の前まで来るんだもん。
でも最近はマスカラも面白い色がたくさん出てるし、試してみたい。
そこまでやったらアイメイクもしたくなる。それでリップがないと変なことになるから塗るだろう。もはやほぼフルメイク。
それで首から下はパジャマ?
無いなあと思う。

恋愛のためというよりは、社会にいつ戻ってもいいように。
そういうこころがまえでメイクと身支度。
いいんじゃないだろうか。
千五百円のハイライターと、ブラシ。
いいんじゃないだろうか?

ただ気になる点があるとしたら、これまですっぴんだったからすっぴんでもまあ大丈夫な肌質を保てていたのかも、ということ。
メイクって肌を汚すことでもあるので、スキンケアを強化しないとどうなることやら。
今のところ、スキンケア代が月五百円もしないわけで(牛乳せっけんで洗顔後、オールインワンジェルを適当にぺたぺたして終了)そのへんも踏まえていろいろ考えていくと結局、内側からの改善がまず必要。つまり食と睡眠を含めた生活習慣の見なおし。クマだって不健康な痩せ方をしているからだろうと推測しているし。

ゲームで徹夜したいならそれくらいしておかないとほんとうにぼろぼろになるばかりのお年ごろ。

いいんじゃないだろうか。
千五百円のハイライター。
いいんじゃないだろうか?
誰に見せるでもないけどそれだっていいんじゃないだろうか?
誰かに見せるためのメイクなんてもうしなくてもいいんじゃないだろうか?
普段からしてることをいずれ外に持っていくだけ、というのは、なんだか理想的じゃないか?


いいじゃないか。


次のボランティア当番は五月の第二週。
日程からすればまたあの方に電話をかけることになりそう。
外出に制限がかかり、一日五千歩はお休みしているかもしれないけれど、またはつらつとしたお声で、元気よ、で終わるお話してくださると嬉しいなあ。
私もほんのちょっとだけおしゃれをして、雨でなければ自転車で二駅ぶん、かっ飛ばしていきますので。




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