父、清水多吉が他界して1ヶ月が経過しました

昨年12月3日、私の父で哲学者の清水多吉が他界して、もう1ヶ月が経過します。
父は慢性心不全で、数年前から入退院を繰り返していました。昨年9月以降、心不全が悪化し、10月半ばに入院し、退院して自宅療養している中、亡くなりました。

最後は、眠るような死でした。長女の私は仕事をセーブし、父を看取ったわけですが、後悔のない看取りができたこと、本当に良かったと思っております。

父が亡くなり、全国紙に訃報が掲載され、たくさんの方からお悔やみのご連絡を頂戴いたしました。X(旧ツイッター)でも、さまざまな立場の方が父の死についていコメントしてくだささり、父がたくさんの人の心の中で生きていることを実感することができました。感謝申し上げます。

また、そういったコメントを通じて、私の知らない父を知ることができたのも事実です。

さて、数年前から哲学のことをまとめてきたこのnoteですが、これまで父の名前を出さずに書いてきました。父から聞いた話を自分の中で留めておきたいという気持ちがある一方で、父の名前は出した方がいいのかなとも思ってきました。

そこで、今、父の名前を出すことにしました。

父は最後、ペンを握れなくなる瞬間まで、原稿を書き続けました。今、父の書斎には、膨大な量の遺稿があり、長女である私はこれらを整理し、まとめていく必要があると思っております。

このnoteでは今後、父の遺稿に関すること、そして、もちろんそれ以外のことも書いていく予定であります。

今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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