「いつか見た青空」 第4話
第4話:
市立病院
○市立病院・病棟・全景
○同病棟・4階 デイルーム
入院患者の高森呈は、病衣とパーカーを着て歩いている
給茶機に、くまのイラストがプリントされたカップを置いてボタンを押す
くまちゃんカップを手に、歩きだした呈
同じく入院患者の山賀宏(50)が近づいてくる
山賀は、杖をついて茶を汲みにきた
呈「山賀さん 持ちましょうか?」
呈は左手に、自分のくまちゃんカップを持ち
右手に 山賀の手作り風のカップを持って歩く
山賀「あー 悪いねー 助かった」
○同病棟・4階 病室(朝)
クリップボードに留めた書類を持った医師の男
医師「おはようございます 高森さん 検査の結果は良くなってますね」
呈「それは良かったです 退院できますか?」
医師「はい ただし無理をせず 体調にはじゅうぶん注意してください」
呈「はい それはもう」
医師は部屋の奥へ歩き、隣のベッドの患者にも声をかける
医師「山賀さんも退院ですね」
○病院の外
山賀は、大きな荷物を地面に置いて、バス停に立っている
近くに停まる白いハイラックス
車窓をあけて、運転手の呈が声をかける
呈「山賀さん 大荷物ですね 乗ってください」
山賀「高森さん……」
○ハイラックスの車内(市内を移動中)
呈「山賀さんの おうちはどちらですか」
山賀「うちは山内地区なんだよ 遠いからね
駅まででいいんだよ いやー助かった」
「山内にね 10年前に廃校になった
小学校の校舎があってね
そこに仲間と住んでいる
絵描きとか彫刻家とか
そういうやつらでね」
呈「山賀さんは?」
山賀「僕は陶芸をやってるんだ こんど陶房に遊びにきてよ」
呈「ええ ぜひ」
○A駅 車両用ロータリー
呈がクルマを停めると、山賀が荷物を開けて、呈に贈り物を渡す
山賀「僕が作ったの」
呈が包み紙を剥がすと、陶器のコーヒーカップが見えた
山賀「カノジョが選んだ可愛いカップを持ってたネ
でもよかったらこれも使ってみて」
呈は、降車する山賀を見届けると、クルマを出した
A美術大学①
○A美術大学・庭・全景
歩く呈 大学の中庭を渡り
塔の螺旋階段を登る
かつてなかった静けさに不安を感じる
○同大学・塔・螺旋階段→実習室
呈はドアを開いて実習室のなかに入るが、誰もいない
薄暗い実習室の中央で立ち止まり、周囲を見渡す
テーブルや床は、紙や磁気ディスクなどで散らかっている
一枚の紙を手に取り、それを読もうとする
そのとき 明かりがついた
振り返る呈
入口に湊ハルが立っている
しばし、沈黙しお互いを見つめる呈とハル
ハル「おかえりなさい」
呈「ただいま 帰ってきたよ」
そこへ5人の学生が騒がしく、資料や画材などを抱えて入室してくる
呈の姿を見つけて、喜ぶ学生たち
○同大学・塔・実習室・大スクリーン前
照明を落とした部屋で、投影された映像を観ながら、相原薫の説明を聞く呈
薫「プレゼンは`花咲く都`が通りました」
「現在、島・白鳥チームがモデリングを、大友・南波チームがライティングを設定しています」
「ハルさんは すべてのカットを確認しています」
「明朝 ビデオコンテをクライアントに提出します」
「最終的な仕上げですが レンダリングは明日いっぱいかかります ゼロ号フィルムの完成は、あと20時間の予定です」
薫は、フローチャートを示し、状況を説明する
白鳥「スパコンを最大能力で動かせたら1時間なんですけどね」
島「電気代の計算書みたら 小潟先生が引いてしまって」
進行表を見て驚く呈
呈「あと少しで できあがりじゃないか」
微笑む学生達
呈「君たちだけで 良く ここまで……」
嬉しそうな呈
呈「頑張ったんだなー」
羽後電工 本社
○羽後電工・本社社屋(全景)
○同・社屋・会議室
会議室には 呈と羽後電工側の担当者2人
大型テレビでCM映像を再生し、チェックしている
呈、緊張した表情
担当者A「はい 映像はこれでOKです 予想以上の仕上がりです」
呈の安堵の表情
担当者A「しかし 音は?」
驚く呈「はっ?」
担当者A「音楽です! BGMが聴こえませんよ!」
ヘッドホンでモニターしていた担当者Bは、ボリュームダイヤルを操作し 目をつむり ゆっくりと首を横に振る
呈の混乱の表情
会議室のドアが開く ハル登場
会議テーブルへ近寄り 呈の隣に立つ
ハル「今回 監督を担当しました 湊ハルです」
担当者A「あなたが監督さん? これはまた
ずいぶんとお若いかただ」
ハル「おっしゃる通り 若輩者ですが よろしくお願いします」
担当者達 ハルのしっかりした態度に不意をつかれる
ハル「音楽の部分で行き違いがありまして 申し訳ありません」
頭を下げるハルと呈
呈「一度 大学に戻って 対応を検討させてください
あらためて 連絡いたします」
○同本社・前庭
会議を退出した呈とハルが歩いている
ハルは足をがくがくさせている
ハル「うわあああああ 緊張したー」
呈「ありがと ハルさん」
○A美術大学・塔・4階実習室
南波「どうすればいいんだ? あした納期なのに」
白鳥「仕様書を確認しましたが ウチが音楽つけるとは書いてないですよ」
小潟が開き直る「いやプロジェクト開始時点で `ナレーションは放送会社で入れるが 音楽はウチでいれる` と私は説明した」
白鳥「お言葉ですが それなら 企画書も絵コンテにも 音楽のことは一切書かれてなかったのに なぜ教えていただけなかったんですか!」
呈「小潟先生 さすがに できないことはできないと 頭を下げる事態ではないかと」
小潟 悩ましそうに「そうだな 私もそう思う 音源は広告代理店か放送会社に用意してもらおう」
それを聞いて安心する学生たち
小潟「それなら 羽後電工の社長に話を通しておかないといかんな」
立ち上がる小潟
小潟「さっそく 社長のところに行ってこよう」
薫「先生 私も行きます」
社長宅
○社長宅(日本家屋の豪邸)全景(夜)
社長宅前 車から降りて豪邸に向かう小潟と薫
○A美術大学・塔・4階実習室
薫「小潟先生と クライアントの社長にお会いしてきました」
南波「どうでした?」
薫「自己中で 人の話を聞かない人どうしの 会談だったわ」
島「それは恐ろしい」
○(回想)社長宅の応接室
小潟「具体的に どのような曲を想定していますか?」
長毛種の猫を膝に乗せて、ブランデーを傾ける社長
社長「モダンジャズならコマーシャルのイメージに合っているんじゃない? 活気と洗練された雰囲気が欲しいね」
小潟 ひらめきの表情
小潟「それなら既存の音源を使わずに オリジナルの演奏を録音して コマーシャルを作り上げるのはいかがでしょうか?」
考える社長
社長「わかりました そのように進めてください 学生達の情熱と才能に期待しています」(回想終わり)
A美術大学②
○A美術大学・塔・4階実習室
薫 決定事項をホワイトボードに書く
[社長は打ち込みが嫌い]
[モダンジャズを要望]
[オリジナル音源を録音する]
南波「断ってくるんじゃなかったのか!」
大友「なんで仕事を増やしてくるんだよう……」
指を組んで、下を見ている小潟。眼鏡が光っていて表情が見えない
小潟「言ったものは仕方がない…… だが納期は1日延ばして来たぞ」
薫「私がピアノを弾きます! それを録音しましょう」
島「ありがとう 薫さん でも大学には録音機材がないんだ」
大友「うそだろ……?」
島「マイクがないし…… ミキサーもない……」
小潟「それなら貸しスタジオとか ライブホールとか借りちゃえば?」
南波「(冷たい感じで)空いている場所が
あればいいんですけどね
金曜日の夜に」
○A美術大学・塔 全景(夜)
○同大学・塔・4階実習室
電話をしている学生達
音楽スタジオや、貸しホールなどを羅列したリストを手にして
断られた店の名前に字消し線をひいている
学生達みんなのリストが、字消し線で真っ黒に見える
大友「だめだ 今日の明日で
金曜日の夜にあいている場所なんかないよ」
白鳥「音響機器レンタル会社 全滅しました」
重い雰囲気のなか 呈が静かに話す
呈「僕たちの作品はまだ完成していない」
呈に視線が集まる
呈「確かに 音楽の問題はまだ解決してない
だけど 僕たちが一緒になって 行動すれば
必ず道は開ける
みんなで積極的に関わるんだ
それがこのプロジェクトの力になる」
呈「僕は あきらめない」
それだけ言うと、資料を手にし電話に手を伸ばした
ハル「わたし 小学校のときのピアノの先生に聞いてみるよ」
呈「(小声で)小学校……」
呈の視界
デスクに置いてあるくまちゃんカップと
山賀の作ったカップが並んで見える
呈「あ、ちょっと待って! ピアノも場所も貸してもらえるかも知れない!」
電話を耳にあてて、興奮気味に話す呈
呈「ありますか!」
× × ×
○山内地区・廃校校舎・山賀の陶房
山賀「うん あるよ もともと小学校にあったやつで
もう10年以上 調律してないけど
音は鳴ると思う」
× × ×
薫「調律はできる人を呼べます
音響技術者も 当てがあるから呼んできます
少しだけ待っていてほしい」
呈は驚きと感謝の表情をうかべる
廃小学校
○山内地区・廃小学校・屋外(夜)
アウトドア系の服装で 廃校校舎に向かって歩く 呈と男子学生
× × ×
○湊邸・キッチン
ハルは魚焼きグリルで 塩鮭を料理している
壁の時計に視線を移す 夜の9時20分
× × ×
○同 廃小学校・音楽室
音響技術者と学生が、機材を搬入している
ウッドベースとドラムの演奏家も入場する
美形の男性がピアノを調律している
調律師「薫様 Aは441でよろしいでしょうか」
薫「けっこうよ」
ドレス姿の薫が現れる
白鳥「薫さんって 何者なの?」
南部「歌手なんだって」
○同 廃小学校・音楽室(ライブ風景)
ピアノを弾く薫
客演するベーシストとドラマー
録音している技術者と学生達は、
直近で、薫たちの演奏を聴いて、迫力に押されている
山賀と仲間の美術工芸家たちもライブを楽しんでいる
演奏が終わり、音響技術者と同席して聴いていた呈が声を出す
呈「テイク6、OKです。OKでーす。ありがとうございましたー」
関係者1「おつかれ様でしたー」
関係者2「おつかれ様でしたー」
演奏が終わり、笑顔でハイタッチをする関係者たち
島「よし! 俺たちは大学に戻って 一気にマスターを作り上げるぞ」
歓声をあげる学生達
○A美術大学・全景(深夜)
○夜明けを迎える市内の風景
A美術大学③
○A美術大学・塔・4階実習室(早朝)
ハル登場 肩には大きなランチバッグを掛けている
階段を上り実習室に入る
中に入ると、大スクリーンのある部屋で、呈が壁にもたれて床に座っていた
呈「ハル…… さんか…… おはよう」
ハル「おつかれ様でした 高森先生」
ハルはランチバッグを開いて、おにぎりをふたつ取り出し、ひとつを呈に渡す
呈「いまマスターが完成したんだ」
呈は傍に置いていたリモコンを手にするとボタンを押した
呈「一緒に観よう」
[映像の再生]
ふたりは、並んで床に座り込み、大スクリーンを見上げて映像を観ながら、おにぎりを口にした
ハルは自分たちの成し遂げた映像を見た
目からうっすらと涙がこぼれ落ちる
A美術大学④
○A美術大学・校庭・駐車場
大型の黒塗りの乗用車で、羽後電工の経営者たちが到着する
事務職員の吉岡智子が来客を案内する
○A美術大学・塔・階段→4階実習室
ドアには[試写会 関係者ONLY] と貼り紙がされている
○同大学・塔・4階実習室(試写会会場)
教官、学生全員がフォーマルなスーツ姿で登場
ハルは高校の制服を着ている
小潟、経営者たちと、にこやかに名刺交換
着座は、一番前の列にクライアントの羽後電工 社長ほか数名
二列目に呈と小潟とハル、そして薫
三列目に男子学生達が座った
試写の上映が終わる
満面の笑みを浮かべた社長が後ろを振り返り、握手をしようと呈に手を差し出す
そこに手を伸ばし、がっちりと社長の手を握る小潟
呈の手は空振りになってしまう
終了後 学生達は動けず、着席したままお互いの体にもたれて眠った
エピローグ
○同大学・塔・玄関→同大学・校庭
呈は塔を降りて大学の庭に出た
校庭は桜が咲いている
呈は疲れた姿だけど微笑んで歩く
ハルは呈を見かけたが、声を掛ける事をためらう
それでも、微笑んで光を受けて歩く呈を見て、ハルも微笑んだ
(第4話 了)
今後の展開案
二章
学祭での尖った舞台美術とパフォーマンス。また夏のグラフィック公募展「二廻展」への出展など、学生達は個性を伸ばし、成長していく。
しかし、呈は有能な美術作家であるとの触れ込みにもかかわらず、ニューヨーク大学時代に遭遇したテロ事件で受けた心の傷のため、筆を執っても、幼児のような稚拙な絵しか描けずに苦しんでいた。
二廻展が東京で行われている8月。免許を取ったばかりのハルは母親に嘘をついて、原付バイクで隣県へツーリングに出かける。
呈は、東京に滞在中の小潟に頼まれて、猛暑の中、ハルを探す。
紆余曲折を経て、呈はハルを見つけて母親の待つ自宅に無事に送る。
三章
10月、ドイツで開催される国際芸術祭の舞台に、日本代表チームのメンバーとして、呈と3人の学生が参加した。
日本に残ってテレビ中継で応援するハル。
しかし舞台で悪意のあるアクシデントに見舞われ、呈たちは口惜しい思いを抱きながら舞台をリタイヤする。
観ていたハルも心を痛め、自分の好意を自覚する。
呈はドイツの舞台終了後、ニューヨークに移動する。くぐり抜けたテロ事件の現場を訪れ、事件で亡くしたかつての恋人を弔い、心の整理をする。
四章
帰国後、呈がハルと交流して感じるささやかな幸せに救いを見いだそうとしていた矢先に、新しい技術を使いこなして台頭する呈を蹴落とそうとする勢力が呈のあらを探す。それらは8月にハルと呈がふたりで旅行をしたとして苦々しく取り上げる。そのためハルは休学していた高校に戻されて、さらに無期停学となる。
呈も処分を受けるが、職務停止となる間際に「誰も届かない、誰にも屈しないものになりたい」と真情を吐露。
事件の恐怖に打ち勝ち、心的外傷を克服し見事な描画を取り戻す。そして美大を退職して遠い国へ行くことを決める。
12月。停学がとけたハルは、大晦日に港町に除夜祭を見に行き、そこで会った学生から、呈が明日街を出て行くことを知る。ハルは悩むが、自分の気持ちに正直に行動すると決意し、呈の住処に押しかけて感謝を伝え、別れを惜しむ。
翌朝、ふたりは日の出とともに別れる。
1月1日。呈は遠い国へ旅立とうと、愛車のピックアップトラックで出発するが、白鳥が、唯一尊敬する恩師を一人で寒い異国へ送り出せないと、バイクで駆けつける。
凍った山間の道路で白鳥は転倒。バイクは谷に落ちて走行不能になる。呈は、仕方無く山を下りるまでとの約束で白鳥を同乗させ、ふたりで次の旅先へ向かう。
「もう一度会えれば」とハルとの再会を望む呈に、「きっと会えますよ」と白鳥は声をかける。
(完)
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