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【社会的アイデンティティ】集団間の対立(サイロ)を打破するためのグループ認識とは?(Lipponen et al., 2003)

研究作業に集中しており、発信がご無沙汰になっておりました。少し(本当に少しですが)見通しが立ったので、発信を再開します。今日から「社会的アイデンティティ理論」という、職場に対する帰属やバイアスなどを説明する理論についてみていきます。

Lipponen, J., Helkama, K., & Juslin, M. (2003). Subgroup identification, superordinate identification and intergroup bias between the subgroups. Group Processes & Intergroup Relations, 6(3), 239-250.


どんな論文?

この論文は、造船所における下位グループ(下請け企業の従業員)と上位グループ(造船所全体)への同一視(アイデンティフィケーション)が、集団間へのバイアスにどのような影響を与えるかを調査したものです。

下位グループ、つまり「サブグループ認識」とは、個人が自分の属する小さな集団(例:自分の会社)に対してどれだけ強い帰属意識を持つかを意味します。一方、上位グループ認識は、より大きな全体(例:造船所全体)に対する帰属意識を指します。

会社で言えば、サブグループが職場、上位グループが会社(あるいは部門)と整理されるかと思います。

研究結果によると、サブグループ認識が強い従業員ほど、他のサブグループや造船所の自社従業員に対してバイアス(自分の集団が他より優れているという感情)を持つ傾向がありました。

社会的アイデンティティ理論では、これを「内集団ひいき」と呼びます。
アイデンティティの所在によって集団が「内」と「外」に分かれ、内集団を構成する社会的カテゴリーには自己概念を投影しやすくなります。
その結果、内集団をひいきし、外集団に敵意を持つようなバイアスが働くようです

一方、造船所全体、つまり上位グループへの認識が強い場合、他のサブグループに対するバイアスは低くなることが確認されました。
つまり、サブグループ認識が強いと対立が生じやすく、上位グループ認識が強いと集団間の対立が減少する可能性が示唆されています。

先ほどの内集団・外集団で言うと、より大きな内集団(=上位グループ)への認識が強いと、内集団(=サブグループ)ひいきが弱まり、外集団に対する敵意も弱まるため、集団間の対立が減る、ということになります。

現場目線の言葉で言えば、従業員に対して職場目線から全社目線へと視座を高めることで、セクショナリズムが改善する、という感じでしょうか。


サイロ問題

ここで少し論文とは離れて、セクショナリズムの問題、いわゆるサイロ化問題に触れたいと思います。
セクショナリズム、縦割りの問題は結構色々な組織において課題になっているのではないでしょうか。CCLの2008-2009の調査では、128名の経営幹部インタビューから、境界(サイロ)の問題に対して

  • 86%が「非常に重要」だと思っていて、

  • 7%が「非常に出来ている」

と回答しています。つまり「重要なのに難しい」経営上の問題こそが、
サイロ問題です。以下の書籍に、こちらの調査やそれに基づく論考、処方箋が書かれていますので、興味のある方は読んでみてください。

このサイロをどう乗り越えていくか、という学術上の概念が「バウンダリースパニング」になります。
いくつか投稿も挙げてますので、こちらもご参考までに。


なぜ、上位グループへの認識が強いと、集団間の対立が減る?

本論文は、研究を通してこうしたサイロ化の問題に対する解決策を示してくれています。
つまり、上位グループへの認識を強めることで、集団間の対立を減らす効果があるならば、上位グループへの認識を強める施策を講じればよい、となるわけです。

まずは、なぜ、上位グループへの認識が強いと、集団間の対立が減るのか、という問いについて、論文での記載内容をまとめます。

  • 個人が自分の所属するサブグループ(小さな集団)だけでなく、より大きな全体(上位グループ)にも自分を同一視することで、他のサブグループとの共通点を見出しやすくなる

  • 例えば、造船所の従業員が「自分はこの下請け企業に所属している」という認識だけを強く持っていると、自分のサブグループを他の下請け企業や造船所全体の従業員と区別し、対立が生じやすくなる。(親会社、子会社間にあるあるの集団間対立かもしれません)

  • しかし、「自分は造船所全体の一員だ」という上位グループへの認識が強いと、異なるサブグループのメンバーも「同じ造船所の仲間」として捉えられ、共通の目標やアイデンティティを共有していると感じるようになる。

  • これにより、他のサブグループへの敵対意識や競争心が和らぎ、協力的な関係が築かれやすくなります。つまり、上位グループ認識が強いと、サブグループ間の違いよりも、共通の大きなグループに属していることが強調され、対立が減少する。


次に、上位グループの認識を高めるための具体策についてもまとめます。

この論文の内容に基づくと、上位グループの認識を高めるためには、いくつかの重要な戦略が考えられます。以下に論文の主な記述をもとにまとめます。

1. 上位グループの「共通アイデンティティ」を強調する

全体としての共通の目標や価値観を強調することが有効。造船所の例で言えば、全体として「造船所の一員」という意識を持たせ、異なるサブグループ(下請け企業や自社従業員)も造船所という共通の目標に向かって働いていることを認識させることが有効。
(例えば、グループ経営理念とか、でしょうか)


2.上位グループの一部としての位置づけを明確にする

下請け業者の従業員が造船所を「真の上位カテゴリー」として認識することが示されており、これが上位グループ認識の強化につながるとされる。
つまり、個々のサブグループが上位グループの一部であることを明確に示すことが効果的です。例えば、全体の組織目標や成功がサブグループにも影響を与えることを強調することが考えられる。

3. 上位グループ認識を利用したサブグループ間の関係改善

MummendeyとWenzel(1999)の研究では、上位グループ認識がサブグループ間の関係を改善する場合、各サブグループが「全体を定義している」と感じないことが重要です。つまり、特定のサブグループが上位グループを独占していると感じることなく、全員が上位グループの一部であると認識させることが効果的。
(例えば、経営企画などの一部の部署だけが経営に関わっている、と思うのではなく、人事や法務や営業など、他の部署も経営に関わっていると感じさせる、ということかもしれません)


4. 組織内の多様性の認識を適切に扱う

上位グループの枠組みを強化する際には、サブグループ間の多様性を認めつつ、全体の一体感を促進するバランスが重要とのこと。
各サブグループが上位グループの一員であることを認識しながらも、サブグループの独自性が尊重される環境を作ることが求められます。
(例が思い浮かびません、、、)


感じたこと

集団間の対立を説明する理論として、社会的アイデンティティ理論(や、そこから派生した社会的カテゴリー理論)があるのですが、結構、人事領域の根幹に近い理論だと感じます。

多様性の時代には、より内集団、外集団といった意識が強まるとされており、意識的に組織づくりを行わないと、多様性ばかり進めていても、分断が加速するばかりになってしまいます。

もう少し深く学んでいきたい分野です!

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