
【バウンダリースパニング】組織の垣根を越える行動を阻害する可能性があるのは上司?(Mell et al., 2022)
組織の垣根を越える行動、というのは、多様な視点や情報、経験を得る上でポジティブなイメージがありますが、上司にとっては不安や脅威と感じる場面もあるようです。
Mell, J. N., Quintane, E., Hirst, G., & Carnegie, A. (2022). Protecting their turf When and why supervisors undermine employee boundary spanning. Journal of Applied Psychology, 107(6), 1009.
どんな論文?
この論文は、従業員が職場の垣根を越える行動(=バウンダリースパニング)と呼ばれる活動をする際に、上司がどう反応するか、その反応にどう対応するかを調べたものです。
バウンダリースパニングとは、従業員が自分のチームや部署を超えて他のグループや外部の専門家に助言を求める行動のことです。
こうした行動は、新しい情報を得たり、チームや組織のパフォーマンスを向上させたりするのに役立ちます。
しかし、上司はこのバウンダリースパニングを、自分の管理する組織領域(テリトリー)が侵される行為と感じることがあるようです。テリトリーを侵害されたと感じた上司は、時にこの活動を妨害しようとするとのこと。
特に、従業員が上司に相談せずに勝手に他の人から助言を求める場合、上司はそれを「自分への脅威」として捉え、その従業員の活動を弱体化させようとする傾向が強くなります。
裏を返せば、上司に助言を求める行動を前もって行うことが、バウンダリースパニングを行う上で重要、ということになります。
以下が研究モデルです。

簡単に補足すると、以下のようなメカニズムが想定されています。
部下のバウンダリースパニングは、上司の領域におけるコントロールを失わせる
上司は、自身の領域を守るためにようなネガティブな行動(Undermining行動)を誘発する可能性がある
一方、上方(上司)に助言を求める行動を取ることで、バウンダリースパニングの意図が危険なものか、そうでないのかを上司が理解できる。そのことで、ネガティブな行動を弱めることにつながる
このメカニズムを実証すべく、2つの研究を行っています。
1つ目は、327名のフルタイム従業員を対象とした定量調査によって、バウンダリースパニング活動と上司からのネガティブ対応を受けた経験、およびその人がどれだけ上司に助言を求めたかを調べ、上司の否定的反応との関連を分析しました。
2つ目は、410名の管理職を対象としたシナリオ実験です。架空の従業員がバウンダリースパニングを行う状況を設定し、その反応が、従業員が上司に助言を求めるかどうかで、上司のコントロール喪失感や有害な意図、ネガティブな行動に及ぼす影響を検証しています。
その結果、従業員が上司に助言を求めながらバウンダリースパニングを行うと、上司のネガティブな反応を和らげることができるとしています。
つまり、上司と良好なコミュニケーションを保つことが、従業員が自分の業務範囲を広げて働くために重要、という結論が導かれました。
なぜ、上司は部下のバウンダリースパニングを止めてしまうのか
部下がバウンダリースパニングと、上司はなぜ不安や脅威を感じてしまうのか、という点を、以下3点からまとめます。
テリトリーの侵害感: 上司は、自分が管理するチームや部署を「自分の領域(テリトリー)」と感じています。例えば、マネジメントの立場にある個人にとって、自分が管理する集団は、心理的所有感を強く抱く、重要な領域のようです。そのため、部下が他の部署や外部の人に助言を求めると、上司はその領域を侵されていると感じ、コントロールを失っているように思うとのこと。
情報のコントロール喪失: 部下が外部の情報を取り入れることで、上司が管理している情報の流れが乱れる可能性があります。特に、上司が伝えたいことと矛盾する情報が入ってくると、上司は自分の指示が無視されていると感じるようです。また、バウンダリースパニングを行う部下は、グループに関する機密情報を外部に漏らすかもしれないと感じ、上司の不安をあおります。
評価や権威の脅威: 部下が他の人から助言を得て成果を上げると、上司としての自分の役割が軽視されるのではないかと感じることがあるようです。これにより、上司は自分の権威が脅かされると考え、その部下を弱体化させる行動に出ることがあります。
こうした不安から、上司は、自らの縄張り意識を強くしたり、否定的な感情を表出する 、縄張りに対する支配を再主張する、といったネガティブな行動を強め、バウンダリースパニングを阻害してしまう可能性があるようです。
上司に助言を求める行動の価値
こうした、上司の不安や脅威を低めるために、「上司に助言を求める行動」が有効であると著者らは主張します。上司に助言を求める行動が、部下のバウンダリースパニングに対する上司の否定的な解釈を弱める理由をまとめました。
権威の確認: 部下が上司に助言を求めることで、上司の権威や専門性を認めているというメッセージが伝わります。これにより、上司は自分の役割が軽視されていないと感じ、安心します。
コントロールの維持: 上司に助言を求める行為は、部下が上司の指示や指導を尊重していることを示すため、上司は自分のチームや部署に対するコントロールが保たれていると感じます。
信頼関係の強化: 上司に相談することで、部下と上司の間に信頼関係が築かれます。これにより、上司は部下の行動を有害な意図として捉えにくくなり、否定的な解釈を和らげることができます。
実践的示唆
こうした研究結果から得られる示唆として、部下が上司に助言を求めることで、上司の解釈に影響を与え、自らが境界を超える活動を行いやすくすることが出来る、という点が説明されます。
言い換えると、バウンダリースパニングをうまく進めるためには、普段から色々と上司にアドバイスを求めよ、ということでしょうか。
いわゆる「根回し」的な感じかもしれませんが、こうした事前相談は一見面倒で遠回りのように見えますが、後に変な解釈をされてブロックされる可能性もあるので、しっかりやっておいて方がよい、と言えそうです。
感じたこと
現場でも、同様のことがありそうだと感じました。チームに対して心理的所有感を強く持つ上司であれば、バウンダリースパニングは「裏切り」と取る可能性もあります。
部下が上司に否定的な解釈を感じさせないよう、助言を求めるのは確かに有効ですが、そもそも、こうした強いテリトリー意識を持たないよう、リーダーの意識を変えることが大切なのでは、とも感じました。