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【サイロ化問題】変化への対応を妨げるサイロをどう乗り越えるか?(Lessard & Zaheer, 1996)

今回は、為替レートの変動に対応するという状況下で、サイロ化をどう超えるかを示した文献の紹介です。サイロ問題の具体的な対処法にまで踏み込んでいる文献です。

Lessard, D. R., & Zaheer, S. (1996). Breaking the silos Distributed knowledge and strategic responses to volatile exchange rates. Strategic Management Journal, 17(7), 513-533.


どんな論文?

この論文は、企業が変動する為替レートに効果的に対応するための戦略的意思決定について、機能別部門におけるサイロ化問題をどう乗り越えるべきかを研究したものです。

著者たちは、大企業では異なる部門に知識が分散しているため、財務、マーケティング、生産などが連携する必要があるものの、各部門はそれぞれ異なる目標やフレーム(問題をどう捉えるかの視点)を持っているため、サイロ化が起こり、スムーズな協力を妨げることが多いと指摘します。

本研究では、3つの視点からこの問題を考察しています。

  • 社会認知的視点では、各部門がどのように問題を認識し、他部門との協力にどう影響するかに注目

  • 経済的視点では、部門間の協力を促すためのインセンティブ(報酬や動機付け)の重要性を検討

  • プロセス視点では、知識の統合を支える仕組みが戦略の柔軟性や効果にどう関わるかを検討

こうした視点をもとに、アメリカの大手製造業21社から90名の管理者を対象にインタビュー調査による理論モデル構築、その後、アンケート調査(n=207)によるモデルの検証(回帰分析)が実施されました。

モデル図は以下の通りとなります。
問題のとらえ方(Framing of Problem)と、部門を越えたインセンティブ(Insentives)の相互作用が、全体最適な意思決定プロセス(Process)に影響するのと同時に、
直接、効果的な戦略的対応にも影響することが示されました。

3つの視点に関する補足

上に述べた、社会認知的視点、経済的視点、プロセス視点の3つと、研究の関連性について触れておきます。簡単に言えば、3つの視点が、それぞれ、上の図の一つひとつの箱と整合しています。

1.社会認知的視点→サイロを越える問題のとらえ方(FRAMING) 

社会認知的視点は、異なる部門がどのように為替リスクを理解し、問題をフレーミング(問題の捉え方を決定)するかに焦点を当てています。

たとえば、財務部門は為替リスクを主にコストや利益の観点から評価する傾向がありますが、マーケティング部門や生産部門は、顧客需要や生産の柔軟性を重視するかもしれません。こうした異なる思考の枠組みが、部門間の連携に影響を与えるため、これらの異なる認識を調和させ、知識を統合することが成功の鍵であるとしています。


2.経済的視点→ 部門を越えたインセンティブ(INSENTIVE)

経済的視点は、部門間の協力を促進するために必要なインセンティブ構造を考察する際に用いられています。
本研究では、財務部門が自らの業績評価に基づいて行動しがちであり、例えば損失を恐れて保守的なリスク管理を選ぶことが、戦略的な意思決定の妨げとなることを強調しています。

インタビュー結果からも、部門間の連携を阻害する要因として、「インセンティブの不整合」や「責任追及の恐れ」が強調されています。
(たとえば、もし財務部門が戦略的な為替リスク対策に関与した場合、利益を上げたとしても評価されない一方で、損失が出た場合は批判される、といったケースが観察されています)

本研究は、このようなインセンティブの欠如が、企業全体のリスク管理と戦略的対応を低下させると分析し、部門間の協力を促進するような評価制度や報酬体系が必要であると提言しています。


3. プロセス視点→全体最適の意思決定プロセス(PROCESS)

プロセス視点は、本研究において、知識の共有と戦略的柔軟性を促進するための具体的な組織メカニズムを探るために用いられています。
本研究は、クロスファンクショナルチームの設置や定期的な情報共有、シナリオ分析の活用など、具体的なプロセスを提案しています。

たとえば、ある企業では、財務部門が他の部門に対して為替リスクの影響を定期的に説明し、最適な対策を助言することで、知識の統合が促進されている例が示されています。
さらに、柔軟な計画と予算管理が重要であると論じられ、特定の為替レート予測に依存せず、変動に即応できるシステムの構築が推奨されています。

この視点は、企業が環境の不確実性に対応する際、部門間での迅速な意思決定を可能にする枠組みとして、先行研究でも活用されているようです。


サイロ化を越えて異なる部門が連携するために

本研究では、これら3つの視点を統合することで、単に財務的なリスク管理だけでなく、企業全体としての協力体制と柔軟な戦略的対応が求められることを示しています。そのために、以下のようなアプローチも併せて提示されています。

■クロスファンクショナルな統合メカニズムの導入

クロスファンクショナルなチームの設置や「境界を超える」役割を持つコンサルタント(boundary-spanners)を活用することで、財務部門、マーケティング部門、生産部門などが定期的に情報を交換し、為替変動などの外部リスクに対して協力して対応できる環境を整えることが推奨される。

また、企業内で為替リスクの影響に関する情報が広く共有されるよう、システマチックな情報配信システムを活用することも効果的とのこと。


■部門間のインセンティブの再構築

本論文では、サイロ化の原因のひとつとして、各部門が自らの利益や目標に集中するあまり、他の部門との連携が疎かになることが挙げられており、その解決には、部門間の協力を促すためのインセンティブ制度の再構築が必要と提言しています。

たとえば、財務部門が運用部門やマーケティング部門と連携して為替リスクを管理した場合に、その協力が組織全体の利益にどのように貢献したかが評価される仕組みを構築することが挙げられます。


■柔軟な計画プロセスの確立

論文では、固定的な計画や硬直的な予算管理システムがサイロ化を悪化させるため、企業は計画や予算のプロセスを柔軟にし、環境変化に迅速に対応できるようにする必要があると説明されます。

具体的には、複数の為替レートシナリオを考慮したシナリオ分析を取り入れたり、為替リスクに応じた迅速な意思決定を支援する仕組みを整えることが重要であり、このようなプロセスを通じて、企業は変動する市場環境に適応しやすくなり、各部門が協力して最適な戦略を形成することが可能になるとのこと。


これらのアプローチを組み合わせることで、企業はサイロ化による弊害を解消し、より効果的な戦略的意思決定を行えるようになります。サイロを打破するためには、単に情報を共有するだけでなく、組織文化やインセンティブ構造も見直すことが不可欠だと論文は結論づけています。

この研究は、異なる知識を持つ部門がいかに協力して、急な市場変化やリスクに対応するかという、現代のグローバル経済で重要な課題に対して、新しい理論モデルを提供しています。企業にとっては、これを実践することで、より競争力のある戦略を実行できると考えられます。


感じたこと

インタビュー調査と計量調査の両方からアプローチした調査ですが、かなり現場実態とも整合する、興味深い論文でした。

新しい情報はそこまで多くないものの、クロスファンクショナルチームやインセンティブ設計、柔軟なプロセス構築などの背景が理論と実証にもとづいており、説得力を持たせるのに有効な文献だと感じます。

また、サイロ化の問題が、単に情報共有や連携を促進するだけではダメで、こうした組織構造・報酬・意思決定プロセスの見直しまで必要、という点に切り込んでいる点も興味深いところです。


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