心に吹く風


 伊藤謙介著「心に吹く風」を読みました。著者は京セラの2代目社長。松風工業時代から稲盛塾長の薫陶を受け続けた方です。帯には「澄みきった心、豊かな感性で全てのものを包み込む、その筆致はとても企業人とは思えません。心に響くこの本を自信をもって推薦します。」と、稲盛塾長のコメントがありました。


 まえがきに「あくまでも、ものづくりや企業経営に携わってきた人間の余技でしかありません。」とありましたが、読み進めると、「これのどこが余技なのか?」と疑義を挟まざるを得ませんでした。書かれていることは多岐にわたり、古典、歴史、小説に詩、短歌、能といった文学的なお話からボクシングに至るまで幅広い上に、内容も深いです。また、小説の舞台や詩人の出生地など、様々な場所を訪れては、思いをはせておられます。想像力も豊かで、詩や短歌、小説についても、字面で追うくらいのことしかできない私にとって、「行間を読む」ということに参考になるような文がたくさんありました。


 エッセイっぽく勧められた本書でしたが、第4章は「こころの本棚」とありました。嬉しいことに、著者が読まれた本の紹介です。これでまた読みたい本が増えていくわけですが、その中には小川洋子氏の作品が多くありました。残念ながら私は読んだことがないのですが、「博士の愛した数式」を書かれた方です。読みたいと思ったこともあるのですが、ニアミスでした。


 その後に、小川洋子氏との対談です。小川氏は野球に造詣が深く、江夏豊投手についての小説も書いているとのことでした。更に読みたい本が増えた上で、意外といったら失礼ですが、江夏投手も大変な読書家だとありました。あと、野球の話から著者は巨人ファンだとありました。公言されるのは初めてだそうです。野球の話はほぼなされないので、興味がないのか、岡山出身なので、もしかしたらカープファンではなんて言う妄想もしてしまいましたが、あえなく打ち砕かれました。


 対談が終わると次章は「魂の経営哲学」というタイトルになり、一気に経営に舵が切られました。しかしそこにも能が絡んできます。世阿弥の提唱する「離見の見」と言いう言葉が登場しました。「離見の見」とは、「自分の演技を客席から眺めるようにして見る」という意味で、世阿弥はそのような客観的な視点を持たなければ、芸を磨き観客を感動させることはできないと言っているそうです。翻って、「私たち一人ひとりが『自分は本当に正しいことをしているのか』と常に自分を監視し身を正していくという姿勢を心がけなければいけません。」とありました。言葉遣いは違えど、稲盛塾長の教えそのままの意味です。これで十分でした。


 通常の作家が書いた文章でも感心させられるような内容ですが、それを仕事で稲盛塾長に認められた方が書かれているというところが凄まじいです。まえがきの言葉を反芻すると、本書を余技と捉えるとすれば、著者の仕事は凄まじいものだったのだとも想像できます。大変勉強になりました。

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