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政策革新(Policy Innovation)から政策継承(Policy Succession)へ

 なるほどね、と思ったことのメモ。なお、私が知らなかっただけで、新しい議論ではないらしいので、ご留意を。

 時代は、政策革新(Policy Innovation)から政策継承(Policy Succession)へと移っている(移った)らしい。仰々しい言葉を使っているが、非常に平たく言えば、「新規事業」をいっぱいやる時代から、「継続事業」をいっぱいやる時代へと変わっているということらしい。

 日本において大々的な政策革新の時代は、戦後高度経済成長期にある。この時期、行政活動の領域はどんどん広がり、日本列島を改造したり、国民皆保険制度を作ったりした。この時代、行政はどんどん「新規事業」を作っていった。

 政策革新の時代が終わるのが、およそ1980年代あたりだろうと思われる。オイルショックによって、高度経済成長に終わりが見え、政治的には新自由主義に基づいた「小さな政府」に向けた行財政改革が始まる。ここにきて、新規事業はおいそれとできるものではなくなり、継続事業が主となったりい、むしろ事業を廃止していくことになる。

 こうなると変わってくるのが、予算要求の在り方である。政策革新の時代には、新規事業をいっぱいやるのだから、事業をやる背景だとか、うるさい議員だとか、そういうのが争点になった。しかし、政策継承の時代の予算要求は違う。政策継承の時代の予算要求において重要視されるのは「前年度予算」である。前年度予算を基準に、実績や社会要因を加味して、前年度より増やしたり減らしたりする。この時代において、新しい事業をやるのは、よっぽどのことがないとできない。そして、このような予算要求のやり方は、行政事業の在り方を変えていく。

 ところで、行政の活動レベルは理念的に3つの段階に分かれる。一番大きいのが「政策」、中くらいのが「施策」、一番小さいのが「事業」である。介護の領域で言えば、「介護サービスを安定して提供する!」というのが「政策」にあたり、「そのために介護職員を確保する!」というのが「施策」にあたり、「そのために資格取得の補助金を作る!」というのが「事業」にあたる(もっとも、これらは相対的な概念である)。そして、補助金を作るために予算要求をするのである。

 政策革新の時代は、理念のとおり、政策→施策→事業の順番で行政活動は構成されていた。しかし、政策継承の時代には、これが逆転し、事業→施策→政策の順番で行政活動が構成されることになる。なぜならば、予算要求は事業単位で行われ(施策単位や政策単位では行われず)、その予算要求においては「前年度予算」が重視され(背景となる施策や政策は重視されず)、その結果、できあがる予算案全体は、「政策や施策の理念の下に系統立てられたもの」ではなく、「前年度から引き継いだ個別バラバラの事業の寄せ集め」になるからである。

 もちろん、外部に発表するときは、「来年度の予算は寄せ集めです!」とは言えない。そのため、予算がついた事業をもとに施策を考え(「資格取得の補助金は、介護人材の確保につながるのでは?」)、考えた施策をもとに政策を考え(「介護人材を確保すれば、介護サービスを安定して提供できるのでは?」)、「後付け」で全体の整合性を図り、それっぽく見せることになる。

 なお、このような政策→施策→事業の順番の逆転が、一番たち悪く現れるのが、「行政計画」である。政策継承の時代においては、多くの行政計画が、よほどのマニアしか読まない「事業に関する後付け設定集」になっている。しかもこの「設定集」を作るのには、とんでもない労力がかかる。これが地獄か。

 とはいえ、このような時代認識から学べることもある。行政に対して何か文句がある場合には、政策や施策に文句をつけるべきではなく、具体的な「事業」に文句をつけるべきだろう。「この事業を、かくかくしかじかという理由で、このように充実させた方がよい」みたいな感じで文句をつけると、行政はグサッとくる。間違っても「新しくやれ」とか「もうやめろ」とかは言ってはいけない。ついでに「このように充実させると、このような施策や政策にもつながりますね」とか言ってあげると、もはやメロメロである。政策提言をさせられる学生さんや、「事業プレゼンしろ」とか言われる若手職員は、是非参考にしてほしい(?)。






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