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北方墓参について(元島民一世の墓参を直ちに実現する方法を考える)

はじめに

元島民による北方領土への墓参は、コロナ禍前の2019年を最後に実現していない。コロナによる交流中断の後、ウクライナ侵攻とそれに伴う制裁発動により、日露間の交流自体がストップしているからだ。元島民一世の平均年齢は88歳となっており、墓参への思いは年々強まっている。年齢的にも待ったなしだ。それにもかかわらず、我が国政府の対応は遅々として進まない。このままでは、元島民一世は無念のうちに次々とこの世を去ってしまうだろうし、もしかすると政府もそうやって時間切れを狙っているのかもしれない。北朝鮮の拉致被害者家族もそうやって次々と世を去られたではないか。日露間には領土問題を筆頭に戦後処理に関して様々な課題があるが、元島民の願いに寄り添う、国民の人権(幸福追求権)を第一に考える施策があってしかるべきではないか。その立場で、墓参を実現する方法を考えてみた。

なぜ行ってはいけないのか

ところで、北方領土への渡航はなぜいけないのか。政府が国民の北方領土への入域について、「我が国国民の北方領土入域について」(平成元年9月19日閣議了解)により、北方領土問題の解決までの間、これを行わないよう、国民に対し要請しているのが根拠となっている。誤解が多いところであるが、法制で罰せられるとか、そういった強制力のあるものではなく、これはあくまで国民に対する「要請」でしかない。つまり自粛を要請されているにすぎず、コロナ禍における様々な自粛要請とレベル的には一緒だ。
また、「閣議了解」というところにも注目してほしい。閣議決定と閣議了解の違いを正確に理解している人はどれくらいいるのかわからないが、前者は例えば予算案の決定のように内閣としての意思決定を行うもの(内閣法第4条)で全会一致で決める重要なものだ。対して、閣議了解はある閣僚個人の権限で決定できる事項であっても、国政において重要なものであるので他の大臣にも意向を確認するという意味での了解であり、本件は、外務大臣が国民に自粛を要請したので、他の閣僚も知っていてほしいといった程度の軽いものだ。
現に、この自粛要請はこれまでもたびたび破られており、わかっているだけでも、例えば平成21年には日テレの記者がビザを取って北方領土へ入域し、国会で問題になっているし、平成14年のピースボートによる国後島上陸を覚えている人もいるだろう。このほか、北方領土での水産業の技術指導(特にサケマスの孵化放流)に日本人がビザを取って渡航しているというウワサは北海道民であれば聞いたことがある人も多いだろう。

渡航自粛は基本的には守られてきた

とはいえ、この自粛要請はこれまでは基本的にはきちんと守られてきた。平成3年にいわゆる「ビザなし交流」の枠組みが作られ、新たに「我が国国民の北方領土入域問題について」(平成3年10月29日)という閣議了解が発出される。これは要するにこの「ビザなし交流」の枠組みで北方墓参を含む交流活動ができるので、引き続き国民一般は北方領土への渡航を自粛せよという内容であったが、四島交流、自由訪問、北方墓参の3本柱での交流はソ連崩壊後の四島の経済事情が極めて劣悪だったこともあり、それなりに順調に進み、ビザなし交流以外で渡航する必要も特になく、先述のような例を除けば、基本的には渡航自粛は守られてきたのである。

コロナ禍そしてウクライナ侵攻

そうやって、北方墓参も順調に実施され、平成29年からは元島民の高齢化に配慮し、航空機による入域も実現された。それを吹き飛ばしたのが、コロナでありウクライナ侵攻である。
ロシアによるウクライナ侵攻は筆者は全く支持しない。無条件での即時停戦、国境線を開戦前まで戻すことを求める立場であるし、ロシアによるウクライナ領内での残虐行為は国際法により処罰すべきと考えている。ただ、こういった解決に至るのはそれなりに時間がかかることが想定され、そうなると高齢化が進む元島民の墓参実現が遅々として進まず、やがて時間切れとなってしまうだろう。では、どうすればよいのかというのが、本論考の趣旨である。

元島民一世に限りビザを取って入域するのを認めよう

前述のとおり、元島民一世の平均年齢はもはや88歳である。日本人の平均寿命は男性81歳、女性87歳でこれらをとっくに過ぎており、待ったなしだ。ビザを取って入域することの何が問題なのか。それは北方領土がロシア領だと認めることになるからであるが、ロシアでは2020年憲法が改正され、領土の不可分が改めて規定されている。このときプーチンはこれが北方領土のことを意味していると言っており、日本人がビザを取って北方領土に入域しようが、もはや露側にとってはこれを政治利用する意図はないのではないか。
むしろ、元島民がビザをもって入域し、これを露側が「ほら、日本人はとうとう領土をあきらめたぞ」と言ったら、それは「じゃあ、今まで自分の領土だと思っていないかったのね」ということになってしまう。だから、露側は粛々と入域を認めるしかないし、日本側は静かに墓参すればよいことになる。さらには、もし露側が「日本人は領土をあきらめた」などと攻めてきたら、日本側は人権の尊重という立場を強く打ち出していけばよい。日本は墓参したいという個人の思いを尊重する国であり、そういった幸福追求権を大切にしている。だれ一人取り残さず、人権を尊重し、国家の論理よりも個人の幸せを追求する国であり、そういったことが人間の安全保障だと信じていると堂々と反論すればよい。ウクライナで人権を踏みにじる国にはこれくらい言ってやるのがちょうどよい。

終わりに

繰り返すが、時間は限られている。待ったなしだ。軍事力などでロシアに対抗できない日本でも策はある。それは、人権大国という看板だ。日本という国は人権を尊重する国で、領土返還という国家の論理より墓参の実現という個人の幸福を追求するというスタンスは、国際社会の賛同も得られるし、ロシアのような人権蹂躙国家にストレートに効くのではないか。こういった戦略も考えたうえで、ぜひとも高齢化する元島民の皆さんに寄り添った方法を早急に実現してほしい。


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