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エマニュエル・トッド氏の主張①「人口減少と少子化こそ、日本存亡の危機」
●核とは「戦争を不可能にするもの」
令和4年、フランスの歴史人口学者・家族人類学者、エマニュエル・トッド氏が、国家基本問題研究所創設15周年記念講演で行った問題提起は大きな波紋を呼んだ。
櫻井よしこさんが11月7日付産経新聞1面に掲載されたコラムの冒頭に紹介したのは、以下の内容であった。
「戦争が進行中の欧州から来た人間として、おこがましいかもしれませんが言わせてほしい。ウクライナ戦争で明らかになったことの一つは核兵器が安全を保障する武器だということです。日本は強い軍を持つべきですが、人口的に、(十分な)若者を投入することは難しい。ならば核武装すべきです。核武装こそ平和維持に必要だとの確信を私は深めています」
「敵基地攻撃」という表現さえ忌避する我が国への助言としては大胆であるが、ソ連崩壊をその15年前に予言したトッド氏の炯眼(けいがん)を無視するのは歴史の展開に目をつぶるに等しい、と櫻井さんは評している。
トッド氏によれば、核兵器は、軍事的駆け引きから抜け出すための手段であって、核の保有は、攻撃的なナショナリズムの表明でも、パワーゲームの中での力の誇示でもない。むしろパワーゲームの埒外に自らを置くことを可能にするが核兵器で、核とは「戦争の終わり」で「戦争を不可能にするもの」なのだという。
●少子化は「直系家族の病」であり日本存亡の危機
トッド氏は国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に注目するユニークな方法論によって、『最後の転落』で「ソ連崩壊」を、『帝国以後』で「米国発の金融危機」を、『文明の接近』で「アラブの春」を、さらにはトランプ勝利、英国のEU離脱なども次々に予言した。
『老人支配国家 日本の危機』『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)に続き、新著『我々はどこから来て、今どこにいるのか?(上下)』が先月末に文藝春秋から出版された。
トッド氏が、日本の存亡の危機であり、安全保障政策以上の最優先課題だと訴えるのが「人口減少」と「少子化」問題である。
日本の「少子化」は「直系家族の病」であり、家族の過剰な重視が家族を殺す、と指摘する。
家族にすべてを負担させようとすると、今日の日本の「非婚化」や「少子化」が示しているように、かえって家族を消滅させてしまうと警告している。
そこで、家族を救うためにも、公的扶助によって家族の負担を軽減する必要があると主張する。
日本の強みは、「直系家族」が重視する「世代間継承」「技術・資本の蓄積」「教育水準の高さ」「勤勉さ」「社会的規律」にあるが、そうした“完璧さ”は、日本の長所であるとともに短所に反転することがあり、今日の日本はまさにそうした状況にあるという訳である。
そこでトッド氏は、上下関係が厳しいはずの会社の上司と部下が、酒の席では和やかに話している「日本の5時からの民主主義」の“奔放さ”が日本の危機を打開する突破口になるという。
礼儀正しく規律を重んじる日本人は「排外的」だと言われるが、出生率を上げ、「移民を受け入れる」寛容さ、“不完全性”や“無秩序”をある程度受け入れる必要があると強調する。
「日本人になりたい外国人」を移民として受け入れること、国が思い切って抜本的な少子化対策を講じることが最優先課題であるという。
●“ゾンビ万葉集・直系家族”という日本人の二元性
日本人には秩序を重んじる「直系家族的価値観」と「5時からの民主主義」とトッド氏が名付けた「自然人」のおおらかさと無秩序の二元性があるが、国際日本文化研究センターの磯田道史教授によれば、後者のおおらかで無秩序な側面は、時間の観念と婚姻ルールを基準にして見るとわかりやすいという。
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