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酒飲みについての一考察

私もイイ歳になるが、生まれてからこのかた、ビールを飲んだことがない。だからといって「あ、じゃあ、日本酒のクチね」というわけでもない。
じつのところ日本酒も飲んだことがない。
ワインやカクテルを口にしたことがある程度だ。しかもグラスに少しだけの程度である。
つまり、私はお酒というものをほとんどまったく知らないのだ。

先入観がある。
「飲んで酔うとどうなるのかが怖い」といった気持ちからだ。
では、これまでお酒の席に連なったことがないかといえば決してそうではない。学生時代はコンパがあったし、旅行会社勤務の時代は酒宴も頻繁にあり、飲む機会はいつでもあったのだ。けれども、お酒を口にすることを避けた。乾杯のときに皆がビール片手にしていても、私は烏龍茶で失礼をさせていただいていた。
「酔うことが怖い」先に書いたとおり、ひとえにその理由だった。
だからといって、つまらない奴にはなりたくない。お酒の席では積極的に話題作りをしたり、またあるときは愚痴の聞き役にもなった。
 
会社員一年目のときの忘年会は今でも忘れられない。
私は本社勤務だったが支社の人たちも合流して総勢100人を超える大規模ともいえる忘年会で、旅行会社の名にふさわしく、老舗旅館まるごとをお借りしての一泊二日。
宴はスポットライトのステージ付きの大広間でのことであった。
雰囲気が良くなってきたタイミングで”余興”の時間となった。
例のスポットライト付きの壇上で手品を披露する人もいれば、
酒に歌は欠かせないとばかりにカラオケを披露する人もいた。

何人かの”余興”が続いて、ふっと途切れたときに
誰かが大声でA子ちゃんの名を呼んだ。
「A子さん、ここで歌を聞かせてくれやー」
 
A子ちゃんは私と同期ではあったが、本社勤務ではなく、支社の受付嬢として働く美人さんだった。
ふだんのA子ちゃんは愛想もノリも良く、それゆえ、A子ちゃんにカラオケの指名の声が掛かったのだろう。ところが、A子ちゃんの顔色が変わった。「わたし、歌えません」
それに反して場はますます色めきだった。
「A子さんの歌声を聴かせてよー」

青ざめた彼女の表情を見た私は察知した。
A子ちゃんはカラオケが苦手なのではないか、と。
いや、たとえそうでないにしても、この100余名もの前で突然に指名されて歌うのは相当の勇気が必要である。

「A子さ~ん」とコールされて、やがて泣き出してしまった彼女。
一瞬、宴は静まり返った。
 
「はーーい、ワタクシではいかがでしょうか?」と
私は手を挙げておっきな声で叫んだ。
「ワタクシ、美穂が今宵は歌い踊りますッ」とステージに上がって行った。

マイクを手に取りながら
「望まれてもなければ指名されてもおりませんがワタクシの歌と踊りで皆さまを極楽へとご案内いたします!」
その場は爆笑の渦になった。
私は一人、ピンクレディーの歌を歌い踊り、宴は大盛り上がりになった。「ピンクレディーってのが笑えるね、いつの時代だよ」皆が笑っていた。

2曲を歌って踊って、ステージから降りると、そっと誰にも気づかれないように酒宴から抜け出た。
廊下に出ると、主任が追って来る。
「美穂、よくやった。がんばってくれたね」
(じつはやはりA子ちゃんはカラオケが苦手だったとのこと)
 
芸能界の俳優業には、バイプレーヤーという人たちがいる。
名わき役を指す。
私はお酒は飲まない人間だ。
しかし宴の席での名わき役でありたいと
今なお思うのである。

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