中年おばさんの奮闘記 in デンマーク!21

Insitute for (X)

 日本でたっぷり夏休みを過ごした後、デンマークへ戻った私はエミールが見つけてくれたキッチンを早く見たくて仕方がなかった。帰宅後すぐにキッチンを見に行きたかったが、子供連れの長距離移動で疲れていたのと、時差ボケがあったので、自宅で休むことにした。しかし、ちょうど数日後に日本語補習校で授業があったので、仕事が終わった後一人でキッチンを見に行くことにした。
 日本人補習校へ行くと、朝一番に「キッチン見つかって良かったね!凄いね!とにかくやってみようよ!」とある一人のお母さんに声をかけられた。それがゆうこさんだった。私は、グループチャットの付き合いだけではなく、実際に一緒にフードビジネスをやってくれる人がいることがわかり、とても嬉しく有頂天になった。
 その日の午後、授業が終わった後、校門前で同僚のあーちゃんと井戸端会議をした。授業の話もしたが、私がキッチンの話を始めるとあーちゃんはとても熱心に私の話を聞き、色々な質問をしてきた。私はあまりにも熱心な彼女の姿に少々驚きながら、いつものように冗談とおふざけとを交えながら彼女の質問に答えていた。すると彼女は私に「ミノさん、これは学校祭じゃないからね!本当のビジネスなんだからね!」とピシャリと言った。キッチンが見つかっただけで有頂天になっていた私は、彼女のこの一言で目が覚めた。そうだ、これは学校祭ではない、私はこれからフードビジネスをするのである。
 気が引き締まった私は、井戸端会議終了後、予定通り自転車でXに行ってみた。到着してみると、初めて訪れた時よりもXのエリアが大分縮小されていることに気が付いた。しかし初めて訪れた時に感じた平和的でリラックスしていてどこかミステリアスな雰囲気はそのまま残っていた。Xの雰囲気に少し飲み込まれている私は、ここに来ても大丈夫なのかしら?と思いながらXの中心部に向かって歩いて行った。すると、中央に置かれたコンテナの上にキッチンがあることを発見した。私は、これからお世話になるキッチンはこれだ!と確信した。恐る恐るコンテナサイズの小さなキッチンの中を覗いてみると、内部は木材でデザインされていて、大きな窓からは明るい日差しが差し込んでいた。それはまるで魔女の宅急便に出てくるパン屋さんのような雰囲気で、とても可愛いらしいキッチンだった。キッチンの中では、窓際の下に置かれたテーブルの上でデンマーク人の女性が忙しそうにパンを捏ねていた。私は、ドアを開けて彼女に挨拶しようとしたが鍵がかかっていたので諦めた。せっかくXに来たのだから、この辺りを探索してみようとも思ったが、Xのエリアに入った時から、この独特の雰囲気に少々臆している私にこのエリアを一人で探索する勇気がなかった。小心者の私はキッチンの外見だけを見て帰宅することにした。
 帰宅途中、自転車をこぎながらあのキッチンで日本食を販売している姿を想像したらとてもワクワクした。その一方で、果たして私はXに馴染むことが出来るのか心配になった。

 別日にキッチンのリーダーであるメスという男性に家族全員で会いに行くことになった。彼は熊のプーさんみたいに大柄で、笑うとこれまたプーさんみたいに愛くるしい笑顔を作る人だった。彼は私に「来月からここがあなたのキッチンになる」と言い、キッチンの玄関の鍵の暗証番号を教えてくれた。この時、私は「本当にビジネスが始まっちゃう、どうしよう~。」という不安がよぎったが、すぐに「絶対に成功できる!」と根拠のない自信が再び私の心の中で湧き出した。
 子供たちがお腹空いたというので、私達はちょうどメスが作った豆のスープとパンを買い、近くのベンチに座って皆で食べた。豆のスープはメキシコのビーンズスープのような味でスパイスが効いていてとても美味しかった。
 この日はXでイベントがあり、メスが忙しそうにしていたので、必要最低限の情報だけを教えてもらい、その他のことは後でSMSで連絡を取り合うことにした。私は、キッチンを一緒に使う人が優しそうな人だったので、とても安心して帰宅した。

会社の名前

 日本食を販売する前にしなければならないことは会社の設立だった。デンマークでは、10分くらいあれば、インターネットで会社を設立することが出来る。エミールに頼んで会社を登録しようとしたが、会社名を何にするのか迷ったのでいつものようにビジネスマザー達に相談した。色々な名前が出てきたが、エミールが「JapanよりもTokyoの方がおしゃれに聞こえるから、Tokyo という文字を入れた方が良いよ。」と教えてくれた。私は「へぇー、Tokyo っておしゃれに聞こえるんだ!」と思い、そのことをグループチャットのビジネスマザー達に伝えたら、Tokyo グルメ、Tokyo レストラン、Tokyo フード、等、Tokyoという文字を入れた会社名をどんどん考えてくれた。私は、最終的にどうやって会社の名前を決めれば良いのかわからなかったが、随分昔に「大企業の社長は、最終的な判断は占いで決める」という噂を思い出した。なので、ビジネスマザー達が思い付いたそれぞれの会社名をネットの社名占いサイトで調べ、その結果をビジネスマザー達に報告した。
 その中の一つに Tokyo Kitchen という社名があり、その占い結果が「下剋上を起こして、その業界のトップを取る!」と記載されていた。この結果を知ったあーちゃんが「戦だー!下剋上だー!」と言ったので、その一言で社名は「Tokyo Kitchen」に決まった。

ロゴ

 無事に社名が決まり、ホッとしたのも束の間、ゆうこさんが「ロゴが必要じゃない?」と言った。私は、そうかロゴも必要なのかと思い、またチャットグループで皆に良いアイディアがないか聞いてみた。すると、皆から箸、ご飯、お母さん、犬、ひよこ(!?)等様々なアイディアが出てきた。どんなロゴのデザインが良いのか「あーでもない、こーでもない」と皆で話し合いをしたが、数日経っても決まらなかった。
 ある時、ゆうこさんから「ようこさんが美術大学の卒業作品として作成したポスターのタイトルが「Tokyo Kitchen」なんだって!!」というメッセージとそのポスターの写真が送られてきた。ようこさんというのは日本人補習学校の保護者で私も何度かお話したことがある人だった。
 彼女が作成したポスターの写真を見ると、バックカラーが黒色で、中央に白色の茶碗とお箸がシンプルに描かれており、その上下にバランスよく「TOKYO KITCHENETTE」とデンマーク語で書かれた文字が並んでいた。私はこのポスターを見た瞬間、一目惚れをしてしまった。それくらい素敵なポスターだった。そして近くにいたエミールにそのポスターの写真を見せると、彼は「とても素敵なポスターだね!すごい偶然だね!」と言った。そうなのである!すごい偶然なのである!私はこのポスターに運命を感じた。
 グループチャットの皆もようこさんの卒業作品を気に入ったので、ロゴは彼女の作品に決定した。ただし、色や文字のフォント等は、少しリメイクしてもらうことにした。

最愛なる子供たちへ

 ファーがXのキッチンが見つけてくれてから、ママは毎日どんな日本食を作ったらデンマークの人たちが喜んでくれるのか考えました。それを考えるだけでママの心はワクワクし、幸せな気持ちになりました。

 あなた達が大人になった時、どのような仕事に就くのかわかりせんが、どんなことでも「どうしたら人に喜んでもらえるのか?」ということを考えて仕事をしてみて下さい。
 「人を喜ばす!」これ以上に幸せなことはママは知りません。

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