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このマティーニには顔がある

久しぶりにカクテルで感動したので久しぶりにnote書く。

当該マチーニ

マティーニといえば飲んだことがなくても、カクテルの代名詞的存在として名前くらいは聞いたことがあるだろう。ウィキペディアでもカクテルの王様と称せられ、国内外のエピソードにも事欠かないジンベースの度数の強いカクテルだ。
もっとも、熟達したバーテンダーの手にかかれば、きついアルコール感は姿を隠し、爽やかなれどもコクのある極上の液体と化す(酔うけどね)。
昨夜のレシピは冷凍庫保管のタンカレーNo.10と普通タンカレーを35mlずつ、ノイリーのベルモット(注1)は10ml、あとはミキシンググラスに氷を入れて、ステアする(混ぜる)だけ。グラスにはオリーブひとつ。一般的なレシピよりもさらにドライな布陣である。
そしてマティーニのレシピ自体を見れば自分にもできると思うのも無理からぬシンプルさだ。
筆者は最近アニメバーテンダーのせいでカクテル熱再沸騰中であり、作中にマティーニのエピソード(注2)が描かれ早速飲みたくなったのである。


さて本題、グラスに注がれるマティーニを見たとき、とろみのついた液体が小さな波のようにグラスに横溢していく様子に感激し、飲んだ瞬間間違いなく最高の1杯だったため、興奮のあまり10年来お世話になっているバーテンダーを質問攻めにしてしまった。"顔のあるマティーニ"とは一体どのようにして作られるのか、その謎を探るため我々はアマゾンの奥地へと向かうはずであった。
しかし、話題はカクテルにとどまらず、職業論(?)にまで至り、諸賢にも参考になるものと思われたため、備忘録も兼ねてここに記すこととする。

【質疑応答】
Q マティーニを作るにあたって何か意識していることはあるか。
A マンハッタン(注3)も難しいとされるが、マティーニの方が緻密な設計を要する。その分神経も使う。

Q 冷凍庫のジンはかなり低温であるが、ステアにより温度を冷やす感覚か、それとも温める感覚か。
A 温度は確かに高くなるが、それよりも確実に混ぜることを意識している。マティーニはジンとベルモットのカクテルと言われるが、自分はジン、ベルモット、水のカクテルと思っている。

Q 確かにかなりステア時間が長かった気がするが、何を目安にしているのか。以前香りと聞いたがその認識はどうか。
A 概ね120から140回はステアしている。ただ回数を目安にするのではなく状態によって変わるし、平均的にそうなるというだけ。
30回ほどステアすると香りが立ってくるが、それが次第に無くなっていき、面白いことに再度立ち上がる瞬間がある。香りのピークが2つありそれを目安にしている。
才能の無い自分はそれを目安にするしかない。しかし、例えば銀座のTさんなんかは、2度目の香りの立ち上がりを「セカンドアタック」と言っているが、その瞬間粘性が増しトロミがつくのを目視と感触で確認しているという。自分には何を言っているのか、何が見えているのかさっぱり分からない。これが才能の違いである。

Q セカンドアタックというのはTさんの独自の見解か。
A 名付けはおそらくTさんだが、自分より上の人たちは総じて同じようなことを言っている。

Q ジンを2種類使用しているのはなぜか。
A 自分の感覚では、タンカレー10を単体で使用すると少し甘すぎるので、ウォッカのようなドライな要素がある普通のタンカレーも使用している。
味のことで言えば、最初から2種類のジンを混ぜて置けば手も早くなるが、2つのボトルを冷凍庫から取り出し並べてプレゼンテーションし
、これをブレンドしていることを示せば工夫している感が出るのでそれも狙っている。

Q この2種類は色々と研究した到達点か。
A 到達点というものはない。他にも色々とやりようはあるだろうし、現時点における暫定的なものとしてやっている。なかなか研究する時間もないがもっと良くしていきたい。
Tさんもそうだが、50を過ぎなんとするおじさんたち、日本一や世界チャンピオンになった人たちが、未だにバースプーンの持ち方は最近こうしているとか、ホワイトレディ(注4)は今はこうやっているといった基礎的な技能論を喧々諤々やっている。
才能のある人たちがそうなので、自分は追いつくことはできないが、努力しなければ差が開く一方である。思考停止になったら終わり。
(質疑終)

輝くようなとろみのある液体がグラスに注がれる様子には「横溢している」という言葉以外考えられなかったが、意外にもその視点はカクテル制作上のツボをおさえていたようでうれしかった。
そしてさらに1杯のマティーニを起点として、上記のような問答が繰り広げられ、どんな仕事でも一流の職業人はやはり伊達じゃないと思わされた。
「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持つべきだ」と言うけれども、バーテンダーの彼も文字通り血の滲むような努力をしてきた"顔"のある人物だが、翻って二日酔いの起き抜けに鏡を見るとどうにも酒でむくんだ顔には情けないところしかなく、ガチで危機感持ったほうがいいと私の心の中のジョージが囁きかけてきたので、非常に身につまされる思いがしたのでした。
(終)

注1)フレーバードワイン。ノイリープラットというブランドがド定番。
注2)女性バーテンダーが師匠の元で初めてマティーニを作ったところ、師匠からは「このマティーニには顔がない」と酷評され暗中模索するうちに、マティーニの顔とはジンの個性であり、それを引き出すことがマティーニの肝であり顔となることに気づくというエピソード。
ちなみに筆者はこの女性バーテンダーが師匠の店を卒業する際に、師匠が「ちょっと出てくるね」と言った後客として来店し、彼女に1杯のカクテルを注文するエピソードが大好きである。
注3)カクテルの女王とされ、ウイスキーベースでマティーニと同じような作り方をする。
注4)100年以上の歴史のあるジンベースの超スタンダードカクテル。

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