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天ぷらと私
プロに天ぷらを習うという貴重な機会を得た。
プロの技のすごみ、きめ細やかさ、食べ手への優しさ、日本の食文化の豊かさに触れることが出来て、幸せな時間だった。
それもあって、ある思い出がよみがえってきたので、以下に記しておきたい。
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天ぷらと聞くと、父がまだ現役だった頃、食べ盛りで食いしん坊の私を連れて行ってくれた八重洲の蕎麦屋を思い出す。
数ある選択肢の中から父が選ぶのは必ずといってかき揚げ天せいろだった。私もそこではそれに倣い、かき揚げ天せいろ一択で、1枚せいろを追加して注文するのが常だった。
2100円と決して安くはないのだが、芝海老と小柱、イカと肉厚の椎茸、三つ葉の五重奏には支払っても良い、と言わせるだけの迫力があった。 軽いごま油の香りがぷんとする熱々のかき揚げを頬張り、濃い目のそばつゆにつけた細身でコリっとしたそばを同時に口に含むとこの世でこんなにうまいものがあろうかという気分になったものだ。
父が現役を引退した後もしばらく一緒に行くことがあったが、父が病気になってからは、専ら友人や同僚を連れて行っては「美味しいでしょう?」と「美味しい」の強要をしたものだ。それでも、多くの人がリピーターとなってくれたのはやはりそのかき揚げ天せいろの実力だろう。
もう、7年くらい前になるだろうか。しばらくぶりに行こうとしたら、「閉店しました。長らくのご愛顧ありがとうございました。」の貼り紙があり、閉店を知った。あのかき揚げせいろがもう食べられないと思うと心底残念に思った。 父との思い出と共に私の中にある天ぷらの味。大事にしたいものである。そして、いつかあの味を再現してみたいものだ。
追伸:この機会に調べてみたら、なんと、名古屋にその店の所縁と思われる店(豊月という名前が同じで、かき揚げと蕎麦の構えが同じ)を発見した。必ず訪問してみる店リスト入り確定!