2024年11月3日。人生の中でまたひとつ忘れられない日ができた。横浜DeNAベイスターズ26年振りの日本一。そしてセ・リーグ球団初のペナント3位からの下克上。ファンとしてこれ以上ない結果で今季を締めくくることができた。

思えばDeNAは本当に前途多難だった。球団が買収された時、自分はまだ小学校中学年で何が起こっているのかさっぱり分からなかった。後で調べてみてここまで壮絶だったのかと思い知らされた。中畑監督が就任して現場の空気を4年間一生懸命作り上げてくれた。時に石川雄洋とぶつかったり、本当に色々あった。当時の池田球団社長も必死に経営状態の改善に向けて尽力していた。試行錯誤の中では中畑監督とぶつかることもあった。選手も監督もフロントもトライアンドエラーを幾度となく繰り返しながら、中畑監督は筒香を主砲として育て上げ、桑原や梶谷を鍛え上げ、康晃をクローザーに抜擢した。最終年は交流戦で大失速しながらセ・リーグを掻き回してまさかまさかの前半戦を首位で折り返した。しかし、後半戦でガス欠を起こしてこちらもまさかのまさかで最下位でフィニッシュして辞任することになった。この頃からベイスターズはいい意味でも悪い意味でも何が起こるか分からないチームだった。

2016年に監督にしたラミレス監督。自分は最初懐疑的な目で見ていた。もちろん現役時代の実績は素晴らしいが、いざ監督としてはどうだろうと思っていた。そんなラミレス監督はデータを重視し、インコースの活用、凡事徹底を始め中畑監督と違った角度でチームを改革させた。中畑監督の頃からいた戦力に加えて戸柱や柴田、倉本の台頭もあってワクワクするチームだった。初めてCSに進出したあの東京ドーム。オレンジに負けない青のサポーター。それに応えて躍動する選手たち。中畑イズムとラミレスイズムが融合していた。骨折していた梶谷がフェンスを恐れずにアウトをもぎ取ったマツダも間違いなく球団の歴史の1ページだった。'17年も壮絶だった。あの大雨の中阪神園芸の方々の尽力で実現した試合。インハイを責められ泥だらけのグラウンドで転んだ筒香。異様な空気を味方に変えた。ファイナルもそうだった。甲子園と打って変わってあっさり雨天コールドで終わったあの日。その逆境を力に変えて広島を倒した。ソフトバンク相手の19年振りの日本シリーズ。ボコボコにもされたし、力の差も見せつけられた。それでも濵口の快投、筒香を中心にくらいついていた。あと一歩に迫った中で内川に打たれた同点弾。そして梶谷のバックホームが芝生と土の間でバウンドが変わって嶺井のグラブをすり抜けたサヨナラ負け。あの悔しさを今まで一度も忘れることが出来なかった。もちろん雰囲気が悪かったこともあった。無力感を幾度も感じた。'19年初めてハマスタで戦ったCS。浮き足立った所をつけこまれた。それでも中畑イズムの上でラミレスイズムを選手たちは必死に吸収していた。

'21年は満を持してレジェンドの三浦大輔監督になった。ただ幕開けは大変だった。フロントのミスで助っ人が軒並み来日できなかった開幕。まさかの田中俊太の躍動がありながら勝てなかった。1年目はほんとに野球が嫌いになりかけるくらい地獄だった。'22年はスーパールーキー牧秀悟の活躍が際立った。石井琢朗、鈴木尚典など'98年の栄光を知るメンバーも戻ってきて8月に怒涛の追い上げを見せた。8月末のヤクルト戦。首位と3ゲームで迎えたあの3連戦。1つも勝てなかった。勝負どころで勝てないのも我らがベイスターズだった。'23年。球団初の交流戦優勝。一歩ずつそれでも進んでいた。ただどこか優勝は夢のまた夢だった。'24年、開幕スタートに成功しつつどこか勝てずにいた。筒香復帰の際もゴタゴタがあった。その中でやはり中畑イズムの諦めない精神、ラミレス時代に培った経験を元に選手は踏ん張ってきた。広島の失速というチャンスに上手く乗り切ってCS出場を果たした。

正直このプレーオフ、勝てないと思っていた。調子がいまいち上がらない主力たち、山本祐大の骨折。ビハインドな状況だった。ただその中で森敬斗と戸柱が躍動した。戸柱も森も苦汁を飲みまくっていた。そんな2人の躍動に呼応するかの如く主力たちも要所で活躍した。
迎えた日本シリーズ。相手は圧倒的な戦力を誇るソフトバンク。7年振りのリベンジ。26年振り頂きへの挑戦。勝てると思わなかった。その中で初戦、敗戦濃厚の中で見せた最終回の粘り。7年前より正直戦力は劣っているように感じていたが、間違いなく7年前より逞しいチームになっていた。2連敗した上に悔しすぎる思いをした。山川がヒーローインタビューで発した「牧の応援歌が好き」。悪気はなかったかもしれないが屈辱でしかなかった。福岡に乗り込む前には桑原の鼓舞があった。中畑イズムもラミレスイズムも継承し、栄光も挫折も経験しているムードメーカー。あそこでチームのスイッチが完全に入り切った。CSで怪我していた東の力投、それに応える打線。行ける空気が間違いなく高まった。口笛の妨害に相手ベンチの冷笑。屈辱がよりチームにガソリンをばらまいた。「横浜舐めたらただじゃ済まさない」7年前のMACCHOの言葉が背中を押してくれた。中川颯、坂本の活躍も随所で光り、気づいたら2連敗から3連勝で王手をかけた。いつも要所で勝ててないベイスターズがついにあと一歩に迫った。あと一歩を乗り越えるのは間違いなく今しか無かった。その中で2戦目に悔しい思いをした大貫が踏ん張り、濵口がハマスタのボルテージをあげ、筒香や桑原を始め野手陣が最高のパフォーマンスをしてくれた。5回終了時点で9点リード。ペナントであれば余裕だったが、26年振りの日本一がかかっていた。行きた心地がしなかった。不安をかき消すようにハイボールを流し込み、弱音を堪えてアメスピを吸っていた。アウトの山に比例して灰皿に溜まる吸殻が俺の緊張を可視化させていた。そんな自分の気持ちと裏腹にチームは危なげない試合運びで最終回にきた。森原の投球練習を見た時に、いつも通りの球を投げ込む森原を見て初めて少しだけ緊張が解けた気がしていた。最後柳田のバットが空を切り、各々が各々の場所で喜びを大爆発させた。番長が泣いていた。嬉しさで頭が狂いそうになりながら周りをまきこんだあのテキーラの味は忘れられないものになった。

勝てると思ってなくてどこか冷めた目で見ていたのに、試合を重ねるにつれてやはり気持ちが滾ってきていた。ほんとに野球って楽しいなって思った。夢を見せてくれてありがとう。来年はペナントを優勝してまた日本一になろう。

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