不思議の国、ジャパン(パウロ・ボケ)
不思議の国、ジャパン(パウロ・ボケ)
私は日本にATLとしてやってきてから10年以上日本で生活している。その10数年で英語教師、英語講師として見てきたニッポンの不思議さを日本人の方たちにお伝えしたいと思う。
私の生まれ育ったアメリカのユタ州は末日聖徒イエス・キリスト教会が作った州なので、特別かもしれません。教会が世界中に宣教師を送り出しているので、フランス語教師やスペイン語教師は必ず現地での生活体験がありました。
ところが、日本に来て最初に驚いたのは日本人の英語教師のほとんどが英語圏での生活体験がありません。英語のレベルも極めて低くて私たちネイティブと支障なく会話できる「先生」はあまりいませんでした。
10年も住んでいると、日本には学校の他にも「塾」や「英会話学校」がどんな小さな町にもあることが分かってきました。日本は世界的に見ると閉鎖的な国で、移民もほとんど受け入れてきませんでした。その結果、塾や英会話学校の先生たちも英語圏の人たちと話した経験がほとんどありません。
これは、極めて異常な状態なので
「どうしてこんなことになっているのか」
を観察して分かったことがあります。それは、日本人は英語を会話の道具と思っていないことです。
日本では、茶道や柔道といった伝統的な芸能において「級」や「段」などグレードを付けるのが好まれます。たぶん、英語にも同じ発想でグレードを付けるのです。英語検定の「1級」「2級」という具合です。
最近は、世界的に見ると知名度のほとんどないTOEICというテストの点数が重要視されているようです。どうしてそうなったか経緯は知りませんが、日本独特の評価方法としか言いようがありません。
私はALTとして日本の中学生を見ていて気付いたのですが、日本人の中学生や高校生は「トーダイ」や「キョーダイ」を初めとする有名大学に合格するため英語を勉強しています。私のいた愛知県では「メーダイ」をめざす子が多かった。
塾や予備校と呼ばれる民間機関では「受験英語」と呼ばれる英語を教えています。また、ECCジュニアなどの英会話系では「英会話」と称する英語を教えていて学校とは無関係に英検3級などをめざしています。私たちの教える「ネイティブ英語」など興味を持ってもらえません。
英語の教科書は私がアメリカの教会のプライマリークラスで使っていた絵本のような内容です。あれでは、中学生レベルの知的水準を満足させられるわけありません。英語圏の生徒たちがバカではないのかと誤解されそうで残念です。
それもこれも教師の英語力が圧倒的に不足しているからですが、それを口には出来ません。ALTの間では
「日本の英語教科書はクソだ」
という見解で一致していますが、教育委員会の方には言っても理解できると思えないのです。
不思議の国、ジャパンでは教師も、教育委員会の人も、文科省の官僚も、大臣も全員
「教育の素人集団」
から成り立っています。そして、英検やベネッセとかいう民間会社に入試の問題され丸投げします。中学生、高校生たちが気の毒すぎます。
最近は日本人の生徒たちの中にも帰国子女が増えて教師より英語ができる生徒もいます。つまり、日本人に分かりやすい表現で言うなら
「トーダイ水準の英語の生徒をFランク大卒の教師が指導している」
「英検2級の英語の先生が、1級合格の生徒を指導している」
という、ブラックジョークの世界が広がっているわけです。
世界的に見て先進国の中で、こんな摩訶不思議な状態を放置している国はニッポンだけではないのでしょうか。
たまたま、キョウダイセブンという日本人にお会いする機会を得てここに書かせてもらっていますが、同じ問題意識を持ってみえるようです。しかし、何を訴えても、どう実証しようと誰も耳を貸さないとのこと。
もちろん、グローバル企業で勤務している優秀なサラリーマンの方たちはとっくに気づいているのでしょうが、無知な公務員を相手にしているほど暇ではないのでしょうね。そうこうしている間に、韓国にさえ一人当たりのGDPが追い抜かれて日本は後進国に真っ逆さまのありさまです。
日本に来て最初に驚いたのは「同じ服」「同じ髪型」「同じ靴」「同じ鞄」「同じクラスメンバー」「日の出から日の入りまでの強制クラブ」「同じ問題集」「同じテスト」。こんな状態の集団は、アメリカでは囚人か軍人くらいです。
こんな軍隊式の規律は、教育には馴染みません。特に優れた才能を持つ生徒たちの芽を摘んでしまいます。日本は組織的に、才能のある子をつぶしにかかっているとしか見えません。
日本の歴史を学んだら、“鎖国”という概念があることを知りました。日本は島国で長年“鎖国”状態にあったようです。894年の遣唐使の廃止の頃から1000年以上も外国を締め出してきた伝統が今も残っているのに違いありません。
でも、ノブナガが開国しようとしても、リョウマたちが開国しようとしても、ニッポンは心を世界に向けないようです。
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