びわ湖ホールオペラ「ローエングリン」
皆様ご無沙汰しております❣️
この度、日本で初めてのヴァーグナー・デビューをし、いろいろと振り返っておきたいことがあったので、この場で久しぶりに記事にしてみたいと思います。
ヴァーグナー、全く縁がなかったわけではないのですが、僕としてはとても気をつけていました。もともと、Fach(レパートリー)には非常に慎重な私。今までも、重めの役は自分のヴォーカル・コーチやエージェントと相談し、自分の声に合わなかったり、早すぎると判断した場合は、お断りしてきました。
どこかでも話したことがありましたが、声に合わない曲や役を歌うということは、足に合わない靴を履くのと同じことで、靴(曲)に合わせようとして足(喉)が痛むか、無理やり履こうとして(歌おうとして)、靴(曲)が歪んでしまうのです。
年齢とともに声も変わってくるので、オペラ歌手にとってこの見極めは大変重要になります。
しかしこのDer Heerrufer:王の伝令のお話を頂いた時、私よりも先に海外のエージェントが大変喜びました。「バリトンにとって、最初のヴァーグナーにうってつけの役だ」と。
私個人はあまりこちらのレパートリーに詳しくなく、このコメントにあまりピンとこなかったので、引き受ける前に色々と調べることにしました。自分が精通してないオペラの役を調べるとき、私がまず参考にするのは演奏史です。どんな歌手がやってきた役か。その役を歌った人は自分の声に近いか。その同時期に、他にどんな役をやっていたか。調べてみると、この役はディースカウ、ブリン・ターフェル、ベルント・ヴァイクルなど様々な名歌手が歴任してきました。
名前もない、バリトンとしても2番手の役に、若い頃とはいえどうしてこのような歌手たちが起用されたのか。それは第一声の担い手としての重要性もさることながら、「出世役」としての側面も大きいと思われます。実際にこの役はこのびわ湖ホールでも、この役はケルンを中心にドイツで活躍するバリトンのミリエンコ・トゥルク氏が来日して、ダブルキャストとなる予定でした。
さて、初めてのヴァーグナーに挑戦するにあたっては、様々な学びがありました。ドイツ・リートや他のドイツ・オペラの経験は多少ありましたが、オーケストレーションの厚み、そして要求されるフレーズの大きさなどに対応した歌唱が求められ、稽古が進むにつれ発見したことが多々あります。また、この役柄は淡々と王の命令を読み上げるだけでなく、(両日鑑賞して下さった江川紹子さんの言葉をお借りすると)『国王の権威、威厳を背負う』風格が必要とされます。沼尻マエストロにも、感情と表現のバランスがとても重要な要素を占める役だと教えて頂きました。
また稽古の過程では、共演者であるヴァーグナーの大先輩達に教わることもとても多かったです。歌い手は、ヴァーグナーを歌ったことあるかないかで違う人種なのではないかと思うほど、歌いこなしが違うと感じました。ヴァーグナーに加えて、ヴェルディなどもそうですが、歌っているうちにその役の歌い方を「教えられている」感覚がある作曲家の一人だと思います。いくら論理で武装したところで、歌わないとわからないという側面がある作曲家な気がしました。
私はコロナ禍中に取り組んだことの一つとして、より大きなレパートリーに耐えるための発声の開発を進めてきました。ヨーロッパでの研鑽中に出会った、信頼できる私のコーチ兼エージェントが、私のポテンシャルを引き出すために様々なトレーニングをしてくれており、それを試す恰好の場を得れたことになります。
そろそろ30代後半にさしかかる私にとって、素晴らしい役に出会えたこと、そしてこの様な時勢にも関わらず、ホールをはじめ、沢山の方々の努力で無事に本番を迎えられましたこと、とても嬉しく思います。
これからも長くヴァーグナーを歌って下さいと、関係者を含め多くのコメントを頂きました。やりたい役が沢山あります。今後とも応援頂けましたら幸いです!