誰にも届かなかった温もりは今(途中)
(22:40、クリニック帰りの電車)
誰にも届かなかった温もりは今
ガラスの露に成り果てた
知らない誰かの指の背で
掠められるかさえしなければ
夜風に摘まれて途端に失せてしまう
肌寒さが首元に吸い付く
わずかな隙間も見逃さない
あの人にだって最後まで許さない
欲溜まりの滴る爪先が
このダイヤの在処を探っても
誰だってそうか
好きな人には終わりまで
触れられたくないものか
氷を噛み砕く瞬間に
口の奥にまで広がる冷徹さを
持て余した
***
(open、シンプルに単純に、『結んで開いて』)
陽の光を入れて
私の影が伸びる
光の中に立つ私と
影に寝そべるあなた
柔らかい寝床は
優しくあなたを包んでいる
そのまま何も言わないで
光に溶けてしまえたら
指と指の隙間を(結んで)隙間を埋め尽くし
あなたで埋め尽くす(開いて)空間を感じ取る
大きく開いた心臓は(手を打って)鼓動が揺さぶる
あなたを寄せて包み込む(結んで)満ち引きに煌めき
握った手のひらが(また開いて)そっと浜に身を放つ
あなたをまた取り戻す頃(手を打って)砂を掻き分けて探る
真っ白な夢の中に引き込まれる(その手を)細かな粒に塗れた両手が
あなたという大陸目掛けて堕ちていく(上に)あなたの居場所を当てる頃
扉に掛かる影が
光を透かして揺れている
傾いた午後は
あなたの肩越しに流れ込み
部屋の壁に真昼を浸す
あなたの顔を覗き込む
もう一度と目を凝らす
今まで触れたことのない温度を確かめるため
今まで感じたことのないだろうこの震えを
そっと忍び込ませるため
絡ませた指を(結んで)溶け合う手のひらを
知られずに解く(開いて)そのままでいたいと
そのための方法をずっと探ってる(手を打って)ふと芽生えた我儘が呟く
気付いてか握り返す太い指先(結んで)素直に従う身体
居心地の拠り所を言い訳に(また開いて)混じり合う場所にしか有り得ないもののことを
次はあなたの気づきを探り始める(手を打って)気付かぬうちに気付いて欲しい
呼吸か、目元か、唇か(その手を)知らないうちに知っていて欲しい
そして私自身さえも篩にかける(上に)そして我が熱量が次第に火照りを帯びてゆく
小人達に仕事を任せて
そして静かな行進を続ける間
河辺に溶ける藻になろう
光を湛えさえしなければ
隠れ込める幾つもの隙間
何色を溶かしても
導く答えは一つきり
それならば、とあなたは
そう、ならば、とわたしは
結んで(結んで)結んで
開いて(開いて)開いて
手を打って(手を打って)手を打って
結んで(結んで)結んで
また開いて(また開いて)また開いて
手を打って(手を打って)手を打って
その手を(その手を)その手を
上に(上に)上に
陽の光を入れて
私の宇宙は広がる
光のそばに寝そべるあなたと
まばたきをする私
柔らかい寝床は
静かにあなたを隠してくれる
このまま何も言わないで
光に溶けてしまえたら
***
(ハートストッパー、純粋に愛する想い)
試みたい密かな企みは
真夜中の蒸し返す大気を前に
ゆっくりと諦めに落ち着いた
体の力が抜ける先を
瞳の先に定めている
両手を背後に隠すことの苦しみを
解き難くも包み込んでくれた眼差し
夜の深みにまぶたが従ってもなお
触れ合う距離に滲み出す温もりを
ただただ感じていたい
永遠とは御伽話でしかない
なのになぜ
それが叶う瞬間を
胸が強く痛むほど
待ち侘びて止まないのだろう
暗がりに遠く押しやった部屋に
鍵を掛けることの哀しみを
焼け付く疼きを
閉じ込めることの●●を
そっと吹き消した悪戯は
手のひらの上で(無垢を宿した眠りの前で)笑って消えた
身動きする術すら失った言葉は
決して代わりに頬をつねってはくれない
ならばどうやって
伝えたらいいのだろう
気にも留められないほどの柔な溜息さえ
すぐに散り失せるほどの距離にいて
仄かに息づく、
この身を優しく焦がす、
拠り所を求めて足掻く、
この震えのことを
はためく
荒ぶる
揺れ動く
***
(ハートストッパー、セックス、全てをひっくるめて)
やめておいた方がいいことなんて
ひとつもなかったかの様に
空は限りなく晴れ渡り
陽は隙間なく降り注ぐ
胸の騒めきは落ち着いた
全ての星が流れ落ちゆく様に
呼吸の奏でる音色は自信に溢れている(満ちている)
一つ残らず吐き出してもなお繊細な触れ方で
空気の一粒一粒を味わい、
掬い方で
豊かな
取り込める
膨らむことだけを待ち望む
際限なく
透かす
胸の奥底から
世界が広がってゆく
未踏の大地
初めて触れる花
見たこともない景色
歩みを進めることを今は
少し怖くもあり
だけどとても嬉しい
この、頬がとろける恥ずかしさを
この、肌がざわつく奇妙な居心地を
一身に纏ってゆこう
歩むことの喜びは
辿り着く先が受け止めてくれる
辺りの風を巻き込んだ駆け足は
追い掛ける先をも包み込んでくれる
思慕
くるぶしを翻し待ち侘びている
やめておいた方がいいことなんて
ひとつもなかったかの様に
恥ずかしさは跡形もなく晴れ去り
たった今、純粋なひとつに溶け合うことを
全身で望んでいる
越えねばならない境界線も
越えてはならない大気圏も(臨界点も)
大海をも抱いて大地を見透す瞳を前に
雨粒と化して川を注ぎ
喉を潤す確かな地面となる
踏み入った爪先には
進むべき方角は容易く心得ている
沈み溺れることでさえ
受け止め愛でることができる
***
(Ooh child)
指の腹ほどの柔らかさで
雲で出来た鍵盤を押す
頬は赤めることしか知らない
肩先へと下る丘陵は未だ果てしない
さあ、風に身体を任せよう
今まで歩みを共にした靄を抜け
雲海を眼下に眺めて
未だ辿り着いた事の無い場所まで
そこの空気を味わいたいんだ
分かるだろう?
"まだ知らない事"達を
そのままにはしておけない、だから
さあ、走っていこう
落ちることが当然の如く
足が転がるがままにして
怖れなんて誰から教わるのだろう
僕たちには先生などいないはずだ
指の隙間をふと流れゆく
肘に纏わり付く
疑問を遣す予感の帯を
膝や脚の付け根にも
その冷たい肌を擦り寄せてくる
決して慣れてはいけないもののように感じるのに
かけがえのないものに想い馳せる時
それは必ず向き合わなければならない
時に手綱の様に
また時には手枷の様に
正体の知れない者はこの腕を引く
***
半分にもぎり取った白桃の
限りなく滴る果汁を
恐れずに見つめていられる人は
実はそこまで少なくは無いんだと知ったのは
私がやっと人の裏側を知った時だと分かった
果実の汁は人の涙に似ている
人の喜びに似ている
かといって人の血色にも見えてしまう
無下に扱えば
その通りに果物はその行く末を教えてくれる
正直で、凛々しくて、
しかし愚かで、腐臭漂う、刹那なナマモノだ
齧れば齧るほどに
沁み溢れ出る甘味の海から
見え隠れする硬い殻
種子を守る最後の砦だ
子供が見れば噛みたがるだろう
押し潰したくなるだろう
踏み壊し中身を覗こうとするだろう
内に潜むは柔な核心
戸惑いもするだろう
悲鳴も上げられないままで
摘み上げられたら最後の別れだ
籾は裸を
何からも守ってくれる保証はないから
静かさは死の様なものだ
死を扱うにはまだ早過ぎるのかもしれない
***
(Diamonds)
あなたをかつて押し退けた
指の関節さえ心地良い罵声を上げる
無数のメロディがたった一つの旋律を紡ぐ
体の重心を失って
申し訳程度の嫌悪を残していった
無味のクロワッサンの心臓に残ったこの甘味たるや
沈黙することから解放されたいから
私は沈黙が粉々になるほどに壁に投げつける
豊潤な照りが満ちた内臓にしか
分かり得ない秘密さえあるはず、だのに