【神門レポート】『稲盛和夫の実学』レビュー/ 常識にとらわれず、本質を見極めろ!
2022年8月24日、京セラの創業者である稲盛和夫さんが老衰のためご逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。
稲盛さんの著書を読み始めていた矢先にこの一報を耳にし、まだ稲盛哲学を深く学べてはいませんが、少しでも多くの方に稲盛さんの考えを知って頂きたいなと思い、数ある著書のうち『稲盛和夫の実学 経営と会計』について簡単にまとめてみました。200ページ弱の中で様々な学びがありました。ぜひ、ご覧ください。
◯ 稲盛哲学の原点
この本では、主に稲盛さんが大切にしてきた経営と会計についての思想が詳細に記されています。序章「私の会計学の思想」では稲盛流の会計学が生まれた背景がまず語られますが、着目すべきは以下の言葉です。
これが、稲盛哲学の原点です。
この、「本質を見極めること」という考えをベースに様々な考えが展開されていきます。5つにまとめてました。具体的にみていきましょう。
◯ 経営で重要な5つのこと
① キャッシュベース経営(p. 47-63)
キャッシュベースの経営とは、「『お金の動き』に焦点をあてて、物事の本質にもとづいたシンプルな経営を行うことを意味して」(p. 47)います。稲盛さんは「土俵の真ん中で相撲をとる」ような経営を常に心がけていました。これは、余裕のある資金繰りを意味します。パナソニック創業者の松下幸之助氏による「ダム式経営」に影響を受けた、と本書で述べられています。
稲盛さんの考えは以下のように要約できます。
資金に余裕があってこそ将来を見据えた積極的な手(投資)を打つことができるから、自己資金を十分に持てるような経営が求められる。そのためには内部留保を厚くする必要がある。つまり、自己資本比率を高くしなければいけない、のです。
実際、30%の確保が望ましく50%以上だと極めて良好とされる自己資本比率は、73.31%(2022年3月)と極めて高い水準です。
「『 儲かったお金』はどこにあるのかというのは、経営者が決算書を見るたびにつねに胸に呼び起こすなければならない大切な問いかけなのである」(p. 63)と述べています。
② 一対一対応の原則(p. 65-78)
稲盛さんは、透明性を経営・会計の上でとても重要視しています。そのためにはこの原則が欠かせず、この後紹介するダブルチェックにも関わる考えです。
この原則は、会計において数字をいじるなど、会社自体のモラルを大きく低下させるような会計上のズルを事前に防止することに役立ちます。取引上発生するモノorお金と伝票を一対一で対応させなければならない、ということです。
この原則を徹底し、事実を曖昧にしたり隠すことができないガラス張りのシステムを構築することが、会社に対する信頼感の向上にも資するとされています。
③ 筋肉質の経営(p. 79-96)
筋肉質経営のためには、「必要以上のものは買わない」、「中古品でもええではないか」、「固定費の増加を警戒する」の3点が重要です。
今でこそ売上1兆円超の京セラですが創業初期は倹約を旨としていたそうで、ただ莫大な設備投資をかけて最新鋭の機械を導入するのではなく、経営効率の向上という目的のために本当に必要なのか?という観点をブラさなかったそうです。そのため、設備投資の効率性と生産性を鑑みると、たとえ生産性が半分でも自社製機械や中古品を使用しました。
良い機会を購入して使う、ということは良い経営をするための手段でしかないですが、いつしかそれが目的化してしまうことがあります。それを防ぐ上でもこの考えはとても重要ですし、固定費の増加を抑えることで損益分岐点を押し下げることにもつながり、健全な経営をすることが出来ます。
④ 人の心とダブルチェック(p. 103-113)
稲盛さんの経営哲学のベースは、「人の心をベースとして経営する」ことです。何を頼りに経営をしていけばいいか、ということを真剣に考え続けた結果、人の心に行き着いたそうです。
なので、人の心の強さを活かしながら弱さをカバーする経営を目指します。人の心の弱さは、時に粉飾決算や虚偽データの申告などの不正を起こします。その弱さを仕組みでカバーしようというのが、ダブルチェックの原則です。
現金・会社印鑑・金庫・購入手続・売掛金、買掛金の管理など、多岐に渡る管理をダブルチェックで行うことによって、人に罪を作らせず、会社全体も社員も守ってきたのです。
⑤ 採算性の向上(p. 115-137)
「企業の会計にとって自社の採算向上を支えることは、もっとも重大な使命である」(p. 115)という一文で始まります。採算性の向上は企業の発展に直結するためです。そこで、「アメーバ経営」という経営管理システムが生み出されました。
著書『アメーバ経営』では、200人、300人とどんどん組織が大きくなってく中で、経営学や組織論などの知識がなかった稲盛さんが、従業員が100人までは1人でやれたから組織を小集団にして独立採算にして小さな町工場のようにしてみてはどうだろうか、というアイデアを基にアメーバ経営ができたと記されています。
アメーバはあたかも1つの中小企業であるかのように活動するため、 アメーバリーダーには経営計画・実績管理・労務管理などの経営全般が任されています。そして、アメーバの採算性を向上させるために導入されたのが、「時間当り採算制度」です。
「売上を最大に、経費を最小に」という経営の原則を実現するためにこの制度は始まり、「単位時間当りの付加価値」というわかりやすい指標を用いることで付加価値生産性を向上させていくことを目指しました。
また、アメーバは1つの中小企業のような扱いのため、アメーバ間の取引にも市場ルールが適用され社外取引と同様の扱いとなることが特徴的です。そのため、売り手は+、買い手はーとして計上されます。
稲盛さんはアメーバ経営の本質を以下のように語っています。
◯ 稲盛和夫が考える、目指すべき経営者像
以上、「経営で重要な5つのこと」を振り返りました。全てに共通していることは、「透明性」です。この透明性という共通軸から、稲盛さんは以下のような経営者像を目指したと考えられます。
事実を曖昧にせず(p. 67)、実力以上によく見せないことに徹し(p. 80)、自らを律し万人から見てフェアな行動をとることで(p. 142)、すべての社員から尊敬されるように常に人格を高める努力をしている者(p. 136)です。
稲盛さんは、アメーバ経営・稲盛式会計学など、独自の経営・会計を生み出しました。「人の心」をベースにした経営を常に心がけていたからだと思います。