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ミュージカルの祖先??“サヴォイオペラ”とは?徹底解説


サヴォイオペラは、イギリスの作曲家アーサー・サリヴァンと脚本家ウィリアム・S・ギルバートによって19世紀後半に生み出された一連のコミックオペラ(後述のオペラコミックとは別物)です。
この名称は、彼らの多くの作品がロンドンサヴォイ劇場Savoy Theatre)で初演されたことに由来します。

サヴォイオペラは、当時のイギリス社会の道徳や政治、階級制度を風刺的に描いた作品が多く、その軽快な音楽と鋭い社会風刺で広く大衆に受け入れられました。
これらの作品は、従来のオペラ形式を打ち破り、より大衆的なエンターテインメントを提供したため、のちにミュージカルというジャンルが発展する重要な起点とも言えます。

ギルバート&サリヴァンによる代表的な作品

1. The Mikado(ミカド)

ミカド」は1885年に初演された、ギルバート&サリヴァンの代表作の一つです。この作品は、日本を舞台にしたコミカルなオペラで、19世紀イギリスの政治や階級制度を風刺的に描いています。日本を舞台にしているものの、ギルバート&サリヴァン特有の風刺とユーモアを通じて、イギリス社会を批判しています。
これは江戸時代忠臣蔵の物語を南北朝時代の物語にした理由と同じです。



あらすじ
作品は、架空の町「ティティプー」(秩父事件がイギリスでもニュースになったので秩父のことではないかと言われている)を舞台に、主人公ナンキ・プーが美しい恋人ヤム・ヤムと結ばれるため、複雑な策略に巻き込まれるというもの。ナンキ・プーミカドの息子ですが、一般市民としてティティプーに逃げてきます。彼の結婚のための策略が、町の権力者たちとの騒動を引き起こし、最後にはすべてが解決されてハッピーエンドを迎えます。

音楽と社会風刺
ミカド」には、英語の音の響きや韻を踏んだ台詞が多く、日本語への翻訳が難しい部分が多いです。物語の中での日本文化の描写はあくまでイギリス人の視点による風刺であり、細かい社会的なジョークやユーモアが散りばめられています。作品全体を通して、イギリスの法律や権威に対する風刺が強く表現されています。
また劇中には大村益次郎作曲の日本初の軍歌「宮さん宮さん」(トンヤレ節)が日本語で歌われています。

2. The Pirates of Penzance(ペンザンスの海賊)

ペンザンスの海賊」は1879年に初演されました。これはギルバート&サリヴァンによるもう一つの人気作で、コミックオペラとして広く知られています。この作品も、イギリス社会に対する風刺を盛り込みながら、非常にキャッチーな音楽と面白いプロットが展開されます。
また、「元素の歌」はこのオペラの曲の替え歌で、ディズニーアニメーション「ミッキードナルドグーフィーの三銃士」のオペラのシーンは全てこのオペラの曲が使用されてます。



あらすじ
主人公フレデリックは、ペンザンスの海賊団で育てられた青年。彼は21歳の誕生日を迎えることで海賊から解放される予定ですが、実際の誕生日はうるう年でしか訪れない2月29日であることが発覚し、海賊団との関係が続くことになります。
フレデリック道徳的葛藤を抱えながら、恋愛や海賊との戦いを通じて物語が進行していきます。

音楽とユーモア
ペンザンスの海賊」では、シニカルで風刺的な歌詞が特徴です。「I Am the Very Model of a Modern Major-General」という楽曲では、無知な軍の将軍が、知識が豊富だと自慢しながらも、実際には何も知らないというギャップがユーモアたっぷりに描かれています。この作品もまた、ギルバート&サリヴァンの風刺的なセンスが光る傑作です。

サミュエル役として出演時の写真


3. Iolanthe(アイオランテ)

1882年初演の「アイオランテ」は、妖精とイギリスの貴族政治を題材にしたコミカルオペラです。フェアリーの世界とイギリス議会が衝突するという奇妙な設定で、階級制度や貴族社会に対する風刺が盛り込まれています。

あらすじ
フェアリー界の住民であるアイオランテは、人間と子供を作ってしまい、半妖半人の子供ストレファンを育てています。ストレファンイギリス議会に関わる中で、両方の世界の問題に直面します。
物語は、フェアリーと人間の世界のギャップや、イギリスの階級社会への批判をコメディとして描いています。

音楽と演出
アイオランテ」では、議会の貴族たちとフェアリーたちの対比が視覚的にも音楽的にも強調されており、特にフェアリーたちのシーンは優雅で夢幻的な音楽で描かれます。議会のシーンでは、クラシカルな旋律と皮肉を込めた歌詞が絡み合い、社会の不条理がコミカルに表現されています。

プライベートウィリス(ウィリス二等兵)のアリア。
私の大学院卒業リサイタルにて。
イギリスの曲ですがゾウロバのイラストを用いることでアメリカへの政治批判という形でパフォーマンスしたものです



ウィリス二等兵役、アンサンブルとして出演時の写真


サヴォイオペラとミュージカルの違い


サヴォイオペラは、しばしば現代のミュージカルと比較されますが、両者には明確な違いがあります。

1. 音楽スタイル
サヴォイオペラの音楽は、クラシック音楽の形式に基づいています。アーサー・サリヴァンは当時の正統派のクラシック作曲家であり、彼の作品はオーケストラによるしっかりとした伴奏や構成の中で進行します。一方で、現代のミュージカルジャズやポップ、ロックなど多様な音楽ジャンルを取り入れており、より大衆的なサウンドを特徴としています。

2. 演技と歌のバランス
サヴォイオペラでは、台詞と歌が比較的シームレスに交互に展開される傾向があります。一方、ミュージカルでは、ダンスや大規模な視覚的演出が重要な役割を果たし、作品のドラマ性を補強するために多様な技術を使用します。

3. テーマの深さ
サヴォイオペラは、19世紀イギリスの社会的・政治的問題を風刺することが多く、その中には、政治的駆け引きや階級制度の批判が見られます。
これに対して、現代ミュージカルは恋愛や家族、歴史的事件、社会問題を中心に展開し、より個人的な物語や感情に焦点を当てた内容が多いです。

オペラコミックとサヴォイオペラの違い


オペラコミックは、サヴォイオペラとよく比較されるジャンルです。
オペラコミックは、18世紀のフランスで発展したオペラ形式で、台詞と音楽が交互に使用されるスタイルが特徴です。最初は喜劇が中心でしたが、後にはドラマや悲劇も含まれるようになり、ジャンルが拡大しました。
オペラコミックの代表作と言われるのがビゼー作曲の「カルメン」です。

これに対して、サヴォイオペラは、特にユーモアと風刺を重視しており、当時のイギリスの社会的・政治的な問題を軽快に風刺します。
また、サヴォイオペラは、よりイギリス的な文化背景に根ざしており、英語の言葉遊びや皮肉がその魅力の一部を構成しています。

たとえば、「ペンザンスの海賊」では、ピューリタン的な道徳やナショナリズムを風刺しており、当時のイギリス社会の自己矛盾や偽善をユーモラスに描いています。
このようなテーマは、オペラコミックにはあまり見られない特徴です。

アメリカでのサヴォイオペラの扱い

アメリカでは、サヴォイオペラのようなクラシック作品がオペラカンパニーだけでなく、ミュージカルカンパニーによっても上演されることが少なくありません。
特に、ギルバート&サリヴァンの作品群は、ミュージカルとオペラの中間的な要素を持つため、両方のカンパニーに適応しやすいという特徴があります。
こうした上演の際、特にミュージカルカンパニーではマイクを用いることが多く、このことが作品の表現方法や観客体験にどのような影響を与えるのかを考える必要があります。
マイクを用いることによって、オペラ特有の声の抑揚やダイナミクスが変わる可能性があります。
マイクを使うことで、声量を増幅し、細かいニュアンスやささやきのような小さな声も観客に届けることが可能になります。これにより、オペラカンパニーとは異なる方法で作品が表現され、音響効果により、観客はより細かな感情表現を楽しむことができるでしょう。

サヴォイオペラがミュージカルカンパニーに与える影響


サヴォイオペラは、ミュージカルカンパニーによる上演の際、ミュージカルの特徴である軽快な演技や振り付けに融合され、よりエンターテイメント性の高い演出が施されることがあります。
サヴォイオペラが持つ音楽的な重厚感と、ミュージカルの動的な表現が組み合わさることで、古典的な作品が現代的な解釈で再発見され、新たな観客層にアピールする可能性が高まります。
サヴォイオペラはそのユーモアや風刺的要素、軽妙な音楽性がアメリカのミュージカルファンにも受け入れられており、オペラファンとミュージカルファンの両方に訴求する作品となっています。
サヴォイオペラは、ミュージカルカンパニーの上演によって、若い世代やミュージカルファンにとってもアクセスしやすいものとなり、古典的なオペラとは異なる観劇体験を提供します。


この手法は、オペラの要素とミュージカルの現代的な要素を融合させ、より多様な観客にアピールすることができる点で、非常に興味深いものです。


日本でのサヴォイオペラの上演

日本でサヴォイオペラが上演される機会は非常に少ないです。これは、主にサヴォイオペラが持つ独特な言葉遊びや英語のジョーク、社会風刺の要素が日本語に翻訳された際に、その魅力が十分に伝わりにくいことに起因しています。

しかし「ミカド」は、日本を舞台にしていることもあり、比較的日本でも稀に上演されています。
それ以外の作品はほとんど上演されていません。これは、英語の音楽的要素や韻を踏んだ歌詞が、翻訳の過程で失われやすいためです。
また、19世紀のイギリス社会を風刺した内容が、現代の日本の観客にとっては分かりにくいことも一因です。


結論


サヴォイオペラは、19世紀イギリスの社会的風刺を取り入れた軽快なオペラ形式であり、そのユーモアと音楽性は現代のミュージカルにも大きな影響を与えました。
オペラコミックとの違いや、日本での上演の難しさを踏まえると、サヴォイオペラの魅力を完全に伝えるには、言語や文化的な壁を乗り越える必要があります。それでも、サヴォイオペラはその独特な視点と音楽性により、現在でも重要なエンターテインメントの一部として評価されています。

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