JR全線完乗の旅/第55回芸備線/2022年11月5日〜6日
久しぶりの旅は、松江の自宅からマイカーで広島県三次市に向かい、JR三次駅からスタートです。
しかし、荷物が多くて朝仕事が終わらず、予定していた三次駅発の列車に乗れません。次の列車まで時間が空いたので、三次市の紅葉の名所「尾関山公園」を訪問しました。
訪れて知ったのですが、2018年春に廃止となった広島県三次市と島根県江津市を結ぶ「三江線」は、尾関山公園の下をトンネルでくぐり抜け、江の川を横切っていました。
三江線の廃線跡を見て、ローカル線の今後について考えさせられました。この旅の始まりの松江から三次までは、JR山陰本線・木次線・芸備線利用だと5時間。それが車では、高速道路を利用すると1時間30分で済みます。これから乗車する芸備線も、最近JR西日本から収支状況が発表され、「鉄道のあり方」の見直しが幅広く議論されています。
今回芸備線を選んだのは、近いから何時でも乗れると考えて乗車機会を逃した三江線の反省からでした。何かに導かれて、この公園に来た気がします。
三次駅から広島方面行きは乗客や本数も多く、キハ47が主役です。
三次駅から新見方面に3駅目の塩町駅が、福山方面に向かう福塩線の分岐駅。全列車が三次まで乗り入れています。
三次駅を境に新見方面は、福塩線と同じカラーのキハ120に主役が交代。
神杉駅でカープラッピング車両と交換。地元住民有志で結成された「芸備線にカープ号を走らす会」が、ラッピング費用を集めるために募金を実施し、運行が実現したそうです。
備後庄原駅で対向列車と交換。あちらの車両には、観光客や鉄道ファンらしい多くの人が乗車していました。
官民一体で芸備線利用促進の活動が行われ、その成果を目の当たりにすることができました。しかし、こちらの列車は、備後西城駅を過ぎると残念ながら乗客は私一人。
比婆山駅です。小学生の頃「ヒバゴン」が出たと騒ぎになった比婆山の最寄り駅。当時ウルトラマンや仮面ライダーに夢中だった私は、本当に怪獣がいると思い強烈に覚えています。
木次線完乗以来の備後落合駅。島根県松江市からの木次線と、芸備線の岡山県新見市、そして広島市の三方向から落ち合う基幹駅です。
かつて陰陽連絡の主役だった頃の名残りとなる蒸気機関車の転車台。最盛期には100名を超す国鉄職員が働いていたそうです。
炭水車に石炭を投下する施設でしょうか。蒸気機関車の時代から気動車と活躍した急行「ちどり」は、広島と松江を結ぶ芸備線から木次線に入る優等列車でした。その列車名は、松江城の別名「千鳥城」に由来します。
木次線からの列車が1番線に到着して、山あい小駅が昔を思い出すかのように少し賑わいました。
それもつかの間で三次からの乗車列車が折り返し、やがて木次線の列車も折り返して行きました。
当初の予定は14時37分発新見行きに乗車。車窓を楽しみ新見駅近くの観光地も訪ねた後に宿に入り、徹夜明けの身体を休めるつもりでした。しかし、備後落合駅から新見方面の東城駅までは、1日に3本の列車しかない区間です。三次駅で乗り遅れた結果、20時12分発新見行きまで約4時間も備後落合駅に滞在することになりました。
駅の周りに人家は無くて、国道を車が通過するのみ。車やオートバイで駅を訪れ、見学する観光客が何人かいました。
駅の待合室でたった一人、寒さに震えながら列車の到着を待ちます。
本当に列車が来るのかと不安になった頃、新見方面から折り返しの新見行きが到着しました。
列車は同じキハ120でしたが、これまでの広島支社所属から岡山支社所属の車両に変わり、カラーと座席配置が異なって一部はクロスシートになっています。
乗客は私を含めた二人で、もう一人の旅人らしき人は東城駅で下車。代わりにジャージ姿の高校生らしき人が乗り込んで来ました。全行程で乗客はこの三人だけ。
分岐駅が途中駅の場合、僅かな停車時間に駅名標がうまく撮影できるか不安になります。
今回は後続ですぐに伯備線の列車があり解決しました。
かなりの延着になりましたが、駅近くのホテルでお休みです。
朝早く起きて、東京からのサンライズ出雲を出迎えました。
米子からの伯備線一番列車が到着しました。
姫新線の津山からの列車も到着。昨日から単行ばかり見ているので、2両編成がとても長く感じます。
新型車両273系の2024年春投入が決定し、いよいよラストランが近づいた最後の国鉄型特急電車。
一部の編成はパノラマグリーン先頭車です。新型車両は貫通式なので、中国山地や宍道湖の美しい前面展望はこれが最後となりそうです。
特急やくもの基本編成は4両ですが、多客時は3両を増結するパターンがあります。新型車両は基本の4両編成のみの投入らしく、多客時は2編成を繋げた8両になるのでしょうか。
伯備線は伯耆大山駅と岡山貨物ターミナル駅との間で貨物列車が運行されており、こちらも国鉄型機関車がまだまだ活躍しています。
今回の旅のもう一つの目的は、今年の春から国鉄特急色に戻された編成に乗ること。地元なので何度か撮影はしましたが、乗り鉄が信条なので新見から倉敷まで楽しみました。
国鉄特急色との出会いは、明石の実家近くの山陽本線で見た「特急しおじ」。そして、母にねだって大阪駅に連れて行ってもらい、写真を撮った「特急雷鳥」。絵入りヘッドマークではないので、昭和53年(1978年)10月以前の撮影です。
倉敷駅では観光列車「ラ・マル・ド・ボァ」と再会。宇野線完乗時に初めて見ました。
芸備線の残り区間を乗車するために広島を目指します。尾道駅〜糸崎駅間の山陽本線は、瀬戸内海の海辺を並走。因島大橋を見ることができました。
糸崎駅は、岡山地区の115系と広島地区の227系が出会う境界の駅。岡山地区もピンク色の帯の227系が投入予定で、この光景もあと僅か。
糸崎駅ではレアな車両にも遭遇。JR西日本下関車両所所属のEF65 です。元トワイライトエクスプレス牽引の機関車で、客車に合わせた塗装が光ります。今では裏方に回り、この運用はレール運びに従事している模様です。
すっかり広島地区の顔となったレッドウイングに、呉線完乗以来の乗車となりました。
広島駅を前回訪れたのは2016年で、南北自由通路と橋上駅化に向けた工事が進行中でした。2017年に完成し見違えるようなコンコースになっています。現在は南口の駅ビルが建て替えの工事中で、広島電鉄の路面電車が駅ビルの2階に直接乗り入れるそうです。
その工事現場を通り抜けて、広島電鉄の広島駅に到着。乗車車両は最新型の超底床車「グリーンムーバーLEX」。短い編成で市内線で使用中です。
すれ違ったこの車両も最新型の超底床車で、宮島線を走る長い編成の「グリーンムーバーエイペックス」。
広島の名勝「縮景園」を目指して、八丁堀駅で市内線から白島線に乗り換え。今度の車両もグリーンムーバーLEXです。短時間の広島観光でかなり急いでいたのですが、広島中心部の移動は路面電車が本当に便利。超底床車の連続で、さながらエレベーターで市内を移動した感覚です。
「縮景園」に初めて来ました。20数年前に前職で広島支店に勤務していた頃、職場のすぐ近くだったのですが…。あの頃は仕事に一生懸命で、庭園を楽しむ心の余裕がなかったようです。
国の名勝で日本の歴史公園100選の庭園は、江戸時代初頭の1620年(元和6年)広島藩主浅野氏が別邸に作らせた大名庭園が起源となります。
今や高いビルが立ち並ぶ市内中心部ですが、瀬戸内海の多島美を思わせる大きな池は、中国の景勝地「西湖」の風景を縮小して表現したといわれ、「縮景園」の名前の由来とされています。
紅葉は少し早かったのですが、春の桜や夏の新緑など、四季折々に異なる表情を見せる花や木々を楽しむことができます。
池の中心に架かる「跨虹橋(ここうきょう)」は、1786年(天明6年)に作られた石橋で、原爆の爆風にも耐えました。
原子爆弾の爆心地から間近の庭園は壊滅的な打撃を受けました。しかし、跨虹橋や樹齢200年の大銀杏を含む3本の被爆樹木等が、ひどい損傷を受けながらも旧状をとどめていました。
広島駅に戻ってきました。広島といえば広島風お好み焼きです。有名な「お好み村」に行く時間はなかったので、新しい広島橋上駅の商業施設「ekie」内のお好み焼き屋さんでいただきました。
ルーツは陰陽連絡の急行「ちどり」。そして、広島〜三次の都市間輸送の急行「みよし」となり、2007年に最後のキハ58系急行列車として惜しまれながら廃止。その流れを汲む快速「みよしライナー」が、今回の旅のラストランナーです。
快速が到着した三次駅1番線は、どこを探しても駅名標がありません。そこで、駅舎の看板で代用します。
2020年3月磐越東線以来の鉄道旅。たった1枚の切符ですが、とても大満足の2日間でした。