見出し画像

沈みゆく道で、「前の車追ってください」


この三連休は陶芸教室の活動で沼津の山奥に来ている。東京の教室で作った器を山の中にある穴窯という窯に入れ、五日間にわたって薪をくべ続ける。窯全体の温度にむらが無いよう気をつけながら、1300度くらいまで温度を上げる。沼津まで来れる人でシフトを組み、交代で温度管理と薪を窯に入れ続け、文字通り寝ずの番をするのがこの連休の過ごし方だ。

そのはずだったが、行きの道すがら早速想定外の事が起きた。新宿から高速バスに乗り、到着までの間ぐっすり眠りそろそろついたかしらと呑気に起きると、まだバスは神奈川の端にいた。悪天候と渋滞で高速道路は高速でも何でもないただの車の列と化し、2時間で着く予定が結局5時間かかり、数年に一度の大雨に見舞われ駅の周りは冠水していた。靴を脱いでズボンの裾を捲り、機能しなくなった駅の周りで呆然としている人がたくさんいた。

今夜も自分の窯のシフトが入っていたが、生きて窯まで辿り着けるかどうかも危うい事態なのでシフトは先発隊の方に任せ、ひとまず宿泊先のホテルに着くことに専念する。タクシーを捕まえようと試みたがホテルがあるエリアの方が冠水はひどいらしく、「そっちに行くのは勘弁してくれや」と断られ、ただでさえ少ないタクシーをやむなく何台か見送った。何度目かの挑戦で気骨のある運転手さんを見つけ、何とかホテルに向かうこととなった。

他のドライバーが断るこんな悪天候でも、冠水して道が海の始めみたいになっていても、じゃんじゃん走るタクシーを見つけられたのは、その運転手が若干攻撃性が強い人格だからだと気づいたのは乗ってからだった。荒い。こんな状況じゃなければすぐにおろして欲しいほど、運転も気性も荒い。

冠水のせいであちこち通行止めになっており、最短ルートで進むのは到底無理だった。何とか見つけた抜け道も途中で通行止めの標識が現れ、その度に運転手は怒号を叫び「ねえ!お客さんもそう思うでしょう!」とこちらに賛同を求めた。え、ああ、、と適当に濁した。そのうち、通行止めの標識は出ているが無視して突っ切ってしまうのはどうか、という話の展開になった。勘弁してほしい。確かにあちこち通行止めでイライラするし、何とか走れそうに見える道があるのは理解できるが、一か八かで交通ルールを無視されるのはリスクがでかい。沼津に来てわざわざ交通違反に加担したくはない。同じような葛藤を抱えるドライバーは他にもいたようで、通行止めの標識の前でしばらく止まるも、やむなく細い脇道に入っていく車を何度も見た。この道そのまま突っ切るのが一番楽なんだが、、いやしかし、、という彼らの心の声が聞こえるようだった。

まだ通行止め無視を諦めていないこちらの運転手に、ついに「前の車追ってください」と言ってしまった。咄嗟に出た。ドラマや映画では聞くけど実生活では言わない系の言葉、人生で一度は言ってみたい系の言葉。「前の車追ってください」。まさかこんなシチュエーションで実績解除することになるとは思わなかった。本来はやばいやつを捕まえような場面で「交通ルールを無視してでも前の車を追ってくれ」の意味で放つセリフを、交通ルールを守って前の車に倣えという意味で言うとは思わなかった。いつか飲み会か何かで「前の車追ってください」てリアルじゃ言わないよねー的な会話になった時、自分はなんて切り出すんだろう。

いいなと思ったら応援しよう!