二種類の幸せ
最近色々と忙しくてnoteの更新がままなりません。
忙しいという漢字は立心偏(りっしんべん)に亡くす、すなわち「心を亡くす」と書くのですよね。
心を亡くした状態で肉体だけせかせか動かしていてもロクなことはありません。
時々立ち止まって自身を振り返り頭の整理をする機会は必要で、noteはその一つだと思いますのでなるべくサボらず書いていきたいと思います。
今回は幸せとは何かということについて考えてみます。
人は誰しも幸せを求めて日々生活しており、追い求め方は人それぞれですが、幸せの種類、正確には幸せの追い求め方には大きく分けて2つあると思います。
幸せその1
幸せになるにはどうしたらよいかと考えた時、現代人の多くが普通に思いつくのは、例えば立派な家を建てることであったりとか、理想のお相手と結婚することであったりとか、知名度が高く高給がもらえる一流企業に就職することであったりとか、だと思います。
当然ですがこれには努力が必要ですし自然と人との競争が生まれます。
立派な家に住むためにはお金をたくさん稼がないといけませんので無理して仕事を増やしたり同僚より良い営業成績を残して昇給を目指すなどしなければなりません。
理想のお相手をゲットするのに誰かと争わなければならないかもしれません。
良い会社に就職するには受験勉強を頑張って良い学校に入る必要があるかもしれません。
よく競争社会という言い方がされますが、1つのパンを大勢で取り合いしてパンを取ったものが勝ち組で幸せ、取り損ねたものは負け組で不幸せというイメージかと思います。
問題点
しかし、このような幸せの追い求め方には無理があります。
立派な家を建てた途端、隣にもっと立派な家が建ったら自分の家が貧相に見えてきて幸せは失われてしまうかもしれません。
ボーナス30万円で大喜びしていたところ、同僚が50万円とか100万円とか貰っていると後から知ったらどうでしょうか。
頑張って年収1億円を達成しお金持ちの仲間入りを果たした人が、お金持ちの仲間が増えて彼らが年収10億円越えの人ばっかりだったらどうでしょうか。
人との比較によって幸せか不幸せかが決まるのでしたら、追い求める幸せはどこまで行っても夏の日の陽炎の如く逃げて行ってしまいます。
99%の人がうらやむような大金持ちが、どうしてもっともっともっと稼ごうとするのか、その理由はこれだと思います。なってないからわかりませんが...
お金の虜になった人たちの一例を次に示します。
ワクチンがお金に見えた
毎日新聞の記事です。
これを読むと医療機関が新型コロナウイルスワクチン接種を推進するための政府支援によって潤った様子が良くわかります。
有料記事のため途中までしか読めませんが十分でしょう。
これまでの赤字続きが一気に黒字転換し絶好調の病院が続出しているそうです。
ワクチン医療に関わっているとワクチンがお金に見えて来るそうで、何の効果もなかったワクチンに巨額の国費がつぎ込まれようが、ワクチン被害で人が何人死のうが氣にならなくなるのかもしれません。
お医者さんも不勉強な人はワクチンの危険性を疑わずに人助けと思って接種を推進している方もいらっしゃるでしょうが、自分は打たないでせっせと人に打っている人は確信犯ですよね。
国のお金は医療機関にも流れますが、大半はワクチンを製造している製薬会社、ひいてはその株主に流れていきます。
ピラミッドの上に行くほどたくさんのお金が集まるシステム、これが人々を支配しています。
もっと欲しい。もっと幸せになりたい。今の不安をお金で解決したい。そういうみんなの思いがピラミッドを支えているのです。
病院経営のためやむなくという面もあるのでしょうが、基本的にはたくさんの富を得ることで幸せを追求しようとした結果が、こういういびつな形で表れているのではないでしょうか。
幸せの形とは
冬の雪道でたくさんの車がスリップして動けなくなっていたとします。
そこへあなたの高級フルタイム4輪駆動車が通りかかりました。
あなたの高級車は颯爽と雪道を駆け抜けていきます。
このときあなたが思うのは次のどちらでしょうか。
大変気の毒なことだ。何とか助けてあげられないだろうか。
おぉ、オレの車やっぱりすごい!これ買って正解だった。貧乏人にはこんな車買えないもんな。金持で良かったぁ!
極端にどちらか一方ということはないにしても、人それぞれどちらかの傾向が強いと思います。
2番の傾向が強い人は、例えば勤め先で人より自分の給料が高いと安心し、自分よりもらっている人が居ると落ち込んだり妬んだりするでしょう。
人と比較して自分の幸不幸を決めている人です。
このような生き方を否定するつもりはありませんが、本人もしんどいですし周りも迷惑です。
2番の傾向が強い人が多い現代の世の中では自然とピラミッドが形成され「誰も幸せになれない世界」が構築されていくのです。
鉄の鎖と金の鎖
下の人(私)は上に行けば幸せになれると思いがちですが、そうではありません。
上に行けば行くほどそのポジションを維持するのが大変ですし、ちょっとでも下に下がろうものならプライドが傷つけられ大変辛い思いをすることでしょう。
私はこれ以上下に行きようがないので安心!
もちろんピラミッドの下の人は搾取される側ですので幸せを感じることは少ないのが普通です。
お釈迦さんはこの状況をたとえて、
「貧乏人は鉄の鎖で縛られ、金持ちは金(きん)の鎖で縛られているようなものだ」
とおっしゃいました。
毎日の通勤での人々の表情をみていたら分かりますよね。
楽しそうにしている人や生き生き歩いている人はほどんどいらっしゃらず、死んだ魚の目が静かに移動していきます。
搾取されるのはお金だけではない
ピラミッドの上へ行けば行くほどお金が集まって来る仕組みが出来上がっているのが今の世の中ですが、吸い上げられるのはお金だけではありません。
上の人は下の人が自分より不幸であること、そこに喜びを感じるのであって、下の人のうめき声は彼らの栄養源なのです。
もちろんそういう人ばっかりじゃないですけど、傾向はあると思います。
先程の雪道での車の話を思い出していただくと分かりやすいと思いますが、自分より下層の人間を眺めて優越感に浸ることが生き甲斐となるのです。
彼らは下の人が生き生きとしていたら逆に元気をなくし、誰からも栄養を吸い取ることができなくなったらやがて死んでいきます。
ピラミッド社会の上に行こうとする人を否定するわけではありませんが、私はそういうのは嫌ですので、幸せその2を目指したいと思います。
幸せその2とはどういうものか、長くなりますので次回。
おしまい
懐かしい切手
先日届いた郵便に貼りつけてあった万博の切手です。
1970年に大阪で開かれた時は両親に連れられて見に行きまして、自動作曲機械?でしばらく遊んでいたことを覚えております。
来年の2025年に再び大阪で万博が開かれる予定ですが、どうなりますことやら。
最後までご覧いただきありがとうございました。この投稿が良かったと思われた方はスキ❤をぽちっとお願いします。コメントお待ちしております。
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