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【中医基礎理論 第3講】 中医学の四大経典 『黄帝内経』 『難経』 『神農本草経』 『傷寒雑病論』

ここからは、中医学の形成と発展の流れを見ていきましょう。

大きく5つの時代に分けて見ていきます

中国の古代哲学、当時の最先端自然科学を取り込み、豊富な医学理論と実践経験を蓄積し、多くの医家の努力により、秦漢時代には中医学理論体系が形成されたと考えられます。

理論ができたら次は何をするでしょうか?

本にまとめて出版しようと思いますよね。そうです。この時期に中医学理論が形成されたとする指標となる書物が存在します。それが、「四大経典」と呼ばれる、『黄帝内経』『難経』『傷寒雑病論』『神農本草経』の四つの医学経典です。書物にまとめられて出版されたということが、この時代に中医学理論が形成されたということを示す証拠となるのです。

そして、これらの経典の誕生から中医学のさらなる発展が始まります。

詳しく紹介すると一つ書物で一つの講座ができてしまうくらい膨大な量の内容なので、ここでは簡単に紹介するのに留めます。


黄帝内経

中医学を一本の樹木に例えるなら、根にあたるものが『黄帝内経』です。

『黄帝内経』(通称『内経』)は、中医学において現存する最も古い経典です。この書は『素問』『霊枢』の二部構成で、全体で18巻162篇からなります。おおよそ戦国時代から秦漢時代に完成し、東漢から隋唐時代にかけて改訂と補足が行われました。

黄帝内経は一人の人間の一時の成果で書かれたものではありません。多くの医家による医学理論と臨床経験が集められたもので、先秦から前漢時代までの医学の成果を整理しまとめられています。まさに先秦から前漢時代の医学の集大成といえます。

黄帝と岐伯という医家の対話形式で書かれています。

『素問』は主として生理, 病理, 衛生等の基礎医学について、『霊枢』は主として経脈の走路、経穴の所在、刺鍼の方法及び症状に応ずる治療法等について詳細に論述しています。

内容

黄帝内経の内容を列挙していきます。

  • 全体を通して気、陰陽、五行などの哲学的な思想が取り入れられています。

  • 天人関係、形神関係、中医学における生命の理解や養生の原則と方法が明らかにされています。

  • 解剖、生理、病因、病機、疾患の診断、治療なども詳しく説明していています。中医学理論の基盤を築くだけではなく、中医学理論の実践と発展の礎にもなりました。

整体医学、蔵象学説、経絡学説といった、我々にも関係が深い現代の臨床でも用いられる理論も記載されています。

  • 整体医学では、「天地人の三才は一体である」という考えを基に、健康の維持、生活習慣の管理、養生について詳しく書かれています。

  • 臓器の機能や位置、生理機能について詳細に説明しているだけではなく、「組織、器官、精神活動も全て五臓に属す」という蔵象学説特有の五臓を中心とするシステムについて詳しく書かれています。蔵象学説は古代哲学と当時の解剖学の知識を結合してできた中医学特有の臓腑観です。

  • 鍼灸師と最も関係が深い経絡学説について記載されています。気血という人体を構成する基本物質の作用を繋ぎ、臓器、形体、官竅の生理機能を維持し調整する「経絡」という体内のネットワーク機構について詳しく書かれています。

さらに、中医学を知らない人でも「未病治」という言葉を聞いたことはありませんか?テレビやネットで見聞きしたことがあると思います。病気になる前の段階で治療して健康を保つことを意味しますが、これも黄帝内経で提唱されたものです。黄帝内経は疾病の予防と治療において「未病を治す=未病治」を提唱し、病因、発症、病態、診断、治療などを体系的に説明し、臨床実践に重要な指針を与えています。

このように、黄帝内経は中医学の基本的な枠組みを構築し、中医学の形成と発展の源泉となった最も重要な経典です。

黄帝内経は重要な書物なので、学生からも「読んだ方がいいですか?」と聞かれることが多くありました。が、いきなり読むと挫折します。それは、内容が抽象的で難解な部分が多いからです。読み方によって捉え方が異なる場合があるのです。抽象的なので、臨床経験を積んでいく中で読み返すと新たな発見があるという面白さはありますが、初学者にはおすすめしません。

中医学のバイブル

そんな黄帝内経に対し「よくあるご質問集(FAQ)」としての役割を果たす書物が『難経』です。


難経

『難経』または『黄帝八十一難経』とも呼ばれ、黄帝内経の解釈を81の問答形式で説明している経典です。81の問答があるので、「八十一難」です。「難」難しいという意味で、黄帝内経の中で特に難しい説を取り上げて解説しているため、この名があるといわれています。東漢時代に秦越人(扁鵲)が著したとされていますが、これはかこつけているだけで実際は不明です。売るために黄帝の名前をタイトルに使った黄帝内経と同じ商法ですね、笑。

内容

『難経』は基本理論を中心に、生理学、病態学、診断、疾患、治療など幅広い領域を扱っていますが、特徴的なのは脈学と臓腑論です。

脈学

黄帝内経に基づいて脈学でも特に「寸口脈診」について詳細で体系的な説明と新しい視点を提供しています。「五臓六腑の気の循環が手首の寸口部(手首の橈骨動脈拍動部)で終わり、そこからまた始まる」という考えから、脈診の場所を一か所に絞りました。さらに、黄帝内経で「寸」と「尺」の2か所でとっていた脈に「関」を付け加えました。これ以降、寸・関・尺に3本の指を当てて脈診を行う方法が広まりました。

蔵象理論

脈の理論は蔵象理論と深く結びついているため、蔵象理論にも多くの記載があります。

その中でも特徴的なのは「命門」「三焦」を重視した点で、これにより経絡理論をより発展させ中医学の理論体系を豊かにしました。内容は簡潔かつ詳細で、中医学の古典文献として黄帝内経と一緒に頻繁に引用されています。特に臨床実践において重要な著作とされています。具体的で実用的な鍼法の臨床上の問題についても書かれているので、中でも経絡治療を行う人にとっては必読の書とされています。そのためか、鍼灸の国家試験ではほぼ毎年必ず難経の六十九難が出題されていました(※2022年度は初めて出題されませんでした)。

経絡治療のバイブル

『黄帝内経』が中医学のバイブル、『難経』が経絡治療のバイブルなら中薬や漢方のバイブルは何か?

それは『神農本草経』です。


神農本草経

『神農本草経』は、後漢時代に成書された最も古い中薬学の専門書です。神農本草経は秦漢時代に多くの医師が薬学の経験と成果をまとめたものです。

内容

神農本草経には365種の薬物が記載され、それらを効能に基づいて上、中、下の三品に分類しています。

上品の薬は無毒で副作用がなく毎日摂取することができ「命を養う=養命」の効果があります。

中品の薬はたくさん摂取すれば副作用がありますが、少量や短期間なら毒性がなく毎日摂取できます。穏やかな作用で「精を養う=養性」の効果があります。

下品の薬は病気を治す効果が強いものの副作用があるため摂取期間や摂取量に注意が必要です。

この条件をみると、病気になった時に飲んでいる西洋薬の多くは下品に含まれることが分かります。中医学では「効果が強くても副作用がある薬」より、「効果が緩やかでも副作用が少ない薬」を上の位にしていることから、「副作用の有無」を重視していることがわかります。

効能に基づいて分類するだけではなく、薬物の特性を寒、涼、温、熱の四性酸、苦、甘、辛、塩の五味にも分類しています。これは中薬学の「四気五味」の理論の礎となっています。神農本草経は「寒薬で熱病を治し、熱薬で寒病を治す」という治療原則を明確にし、薬理学と病態学を結びつけ、中医学の理論体系をさらに充実させました。他にも、この書では「七情和合」の薬物配合理論についても書かれています。

中薬学のバイブル

*「単行,相須,相使,相畏,相殺,相悪,相反」を合わせて「七情」といいます。

  1. 単行:ある薬物や治療法が単独で特定の効果を持つこと。
    他の薬物や要因との干渉なしに、一つの薬物や治療法が特定の症状や疾患に対して効果を発揮することです。この効果は他の薬物や要因によって変化することはありません。

  2. 相須:複数の薬物や治療法が一緒に使用されること。
    それぞれの効果が増幅され、より効果的な治療が行われる現象を指します。

  3. 相使:複数の薬物や治療法が単独では効果が限定的であるが、一緒に使用することで相乗効果が得られこと。
    この場合、異なる薬物や治療法が互いの効果を補完し合い、病状の改善に寄与します。

  4. 相畏:相手によって効果が阻害されること。

  5. 相殺:相手の効果を阻害すること。

  6. 相悪:複数の薬物や治療法が併用されると、相互に有害な影響を及ぼすこと。これらの薬物や治療法が一緒に使用されると、互いの効果が減少し、有害な反応が起こる可能性があります。

  7. 相反:複数の薬物や治療法が併用されると、それらの効果が互いに競合し、相手の効果を妨げること。
    これらの薬物や治療法が一緒に使用されると、互いの効果が相反し、治療に支障をきたすことがあります。

患者の症状や体質に合わせて、適切な薬物の組み合わせを選択する必要があります。

神農は「1日に70の毒に遭った」と言われていますが、その壮絶な努力が後世に『神農本草経』という現在まで応用される経典を生み出すことにつながりました。


『内経』が中医学のバイブル、『難経』が経絡治療のバイブル、『神農本草経』が中薬や漢方のバイブルでした。それでは、臨床医学のバイブルは?

それは『傷寒雑病論』です。


傷寒雑病論

『傷寒雑病論』は、張仲景が著し、東漢時代に成書された、弁証論治を専門とする中医学の最初の著作です。これまでの経典が多くの医学者による編纂でできたことを考えると、一人の力で経典を書いた張仲景の凄さが分かります。

内容

傷寒雑病論は晋代の王叔和による整理によって、『伤寒論』と『金匱要略』の二部に分かれました。『傷寒論』では「六経弁証」という新しい理論を提唱し、感染性の熱病に関する発病要因、臨床症状、診断、治療、予後などを体系的かつ包括的に分析し記載しています。『金匱要略』は内科疾患を中心に、婦人科や外科を含む40以上の疾患について、病因、病態、診断、処方、薬物などを詳細に記載しています。

傷寒雑病論は後漢以前の医学の成果をまとめ、中医学の基本理論と臨床実践を結びつけ、急性感染症や内傷疾患の診断と治療方剤の指針を作りあげました。その功績から、張仲景は後代の医師から尊敬の念を持って「医方の祖」と称され、臨床医学の発展に堅実な基盤を築きました。

日本でも有名な小青竜湯、五苓散、葛根湯などが処方として収載されています。現代でも使われている処方が2000年近く前に作られていたなんて驚きですね。当時の中国の医学レベルの高さには敬服します。

臨床のバイブル

まとめ

『黄帝内経』『難経』『傷寒雑病論』『神農本草経』の四つの医学経典を簡単にご紹介しました。これらの四つの経典を併せて「四大経典」といい、中医学理論体系が形成された指標となる重要な書物です。

戦国時代から秦漢時代にかけて登場した古典文献に収められた内容を見ると、当時の医家たちは中医学理論の枠組みを構築する能力だけではなく、理論を薬物や鍼灸などの実践に結びつける能力、臨床でのフィードバックを用いて理論体系を修正する能力も持っていたことが分かります。

こうして中医学の理、法、方、薬(鍼)の一体性を持つ中医学独自の理論体系が形成されました。

その次の時代では、中医学の理論がさらに充実していきます。


理・法・方・薬

中医学における臨床の基本条件は、「理、法、方、薬」という四つの要素を巧みに活用することです:

  • 「理」は、八綱四診を通じて病因や病理学的変化、治療の根拠を特定することです。

  • 「法」は、診断に基づいて治療法則を確立することです。

  • 「方」は、治療法則に基づいて適切で適切な処方を作成または選択することです。

  • 「薬」は、症状に合った薬剤を選択し、処方に巧みに組み込むことです。

症状の識別、治療法則の確立、治療法の決定、薬物の選択は、中医学の臨床の鍵となるステップです。

鍼灸治療法においても、中薬治療と同じく、「理・法・方・穴」といった一連の思考手順が必要です。この場合、「方」とは具体的に鍼法・灸法における補瀉をはじめとした手技の選定をすることです。そして最後の「穴」において、弁証に基づいた経穴の選択と組み合せを行います。


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