完全犯罪は完全だから一滴の水も許さない

「低評価は駄作か」なかなか難しい問題だと思う。最近読んだ漫画の中で、自分の中でこの命題を考えさせる作品があった。

烏に単は似合わない

 阿部智里 原作の同名小説をコミカライズしたものだ。めっきり小説を読まなくなった自身は寡聞にして知らなかったが、松本清張賞を受賞した著名な作品らしい。ご存じの人はおそらく、この名前だけで「ああ、あのことね」と察することができるのではないだろうか。

 感想文なので、以下はかなりのネタバレが含まれている。物語の核心に迫る部分なので、一応先に断りをする。

美しい八咫烏たちの彩る和風ファンタジー

 人間の代わりに「八咫烏(やたがらす)」の一族が支配する世界「山内」で、世継ぎである若宮の后選びが始まった。朝廷で激しく権力を争う大貴族四家から遣わされた四人の姫君。それぞれが思惑を秘め后の座を競う中、様々な事件が起こる。姿を消した侍女、後宮への侵入者、そして謎の手紙…果たして最後に若宮に選ばれるのは誰なのかーー

 アマゾンの紹介文を引用するとこんな話だ。1巻が無料で、絵柄が往年の少女漫画を彷彿したので、気になって読んだのがはじまりだった。なるほど、この二の姫のお嬢さんが見初められるまでの少女漫画なのだな、と単純に考えて4巻まで一気に買った。

 私にとって少女漫画は、気軽に読めるお手軽なジャンルだ。かわいいヒロイン、何でもできるスーパーヒーロー。女性の多い家庭環境の影響もあってか、昔ながらの少女漫画というものが好きだった。この時点でおそらく、作品を知っている人にとっては「あ~あ」な感じだったろう。

「あ~あ」 綺麗に作者の意図に引っかかっちゃってまあ。

大どんでん返し

 全38話の作品。30話から突然やってきた探偵役による怒涛の説明が入り、特に35話から声が出てしまうくらい驚いた。思わずそこで、いったん最初から読み直したくらいだ。読了した私は息を吐いて、「うまいこと騙されたなあ」と感心した。ヒロインはヒロインでなく、ヒーローはヒーローではなかった。読み終わって電子書籍を閉じると、低評価レビューが目に入った。

「ひどい」

「だまされた」

「どうでもいいキャラに全部持っていかれた」

 事前知識を得ないまま作品を読んだのが久しぶりだったので、なるほどこの人たちの気持ちも随分わかる。私だってかわいらしいシンデレラストーリーを読んでるつもりだったのだ。

 もう二度と読まない、吐き気がする、とさえ書かれている低評価と、美しさやどんでん返しを絶賛する高評価レビュー。これがかなり考えさせられた。果たしてこの低評価レビューは、評価が低いのか。

どんでん返しで「騙された」は最高の誉め言葉

 へたくそながら私も作品を書いている。特にキャラクターに隠された本性だとか、美しい世界に隠された汚い感情なんかは大好物だ。そういう作品を描いているとき、読者を上手に騙せたときは本当にうれしい。ガッツポーズしたくなるくらいだ。

 本作品のラスト3話に詰め込まれてしまった探偵によるネタ晴らしが、「怒涛」と表現されるのは、それまでに不穏な空気を出しながらも、それが何かを読者側に漏らさなかったのが原因だろう。たしかに、読み返してみても犯人とも呼べる彼女の行動は、上手に少女漫画の陰に隠れている。原作の小説もきっと上手に隠してあったのだろうなと思うが、このコミカライズの作者も本当にその部分が美しいと思った。

 ここまで華麗に騙されたのだから、稚拙な物語であったとしても作っている「自分」としては評価したい。だが、純然たる少女漫画を期待して読んだ読者としての「私」のこの野郎!という声にも耳を傾けたい。

求めたものはそれじゃない

 がっつりとしたお肉が食べたい!と思って探したお肉が、普茶料理でした。と言われるとなんだかガッカリする。読者の「私」の気持ちとしてはこれに近い。求めてないときに求めてないものを出されてしまったようなショック。いかにおいしい料理でも、今は全然ヘルシーな気分じゃないの、って気持ち。

 あんなに美しい二の姫が、幼いころに出会った美しい少年を思い出すシーンなんか、たまらなく美しかった。この恋をあきらめようと家に帰ろうとする独白のような涙だってキュンとした。存分に彼女に感情移入していた私が叫ぶのだ。

「あんなの私の好きだった彼女じゃない!」

作者の意図≠読者の気持ち

 重要なのってどっちだろう。見事に騙されたことを怒る低評価レビューも、誉めそやす高評価レビューも、どちらも正しいように思える。憤るレビューが増えれば増えるほど、巧妙な完全犯罪だったと証明されていくような気持になる。だけど、憤った読者はきっと、次の作品は読まないだろう。

 読者の気持ちをよくするために作品を書いているわけじゃない。自分が面白いと思ったものを、自分が楽しく書いていたら勝手に作品になる。だけどそれを商品にして世に出す場合、読者の目は重要だ。その匙加減の重要さを、この作品と、作品のレビューを読んでからずっと考えている。


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