けあらし幻想
きびしく冷えこんだお正月の早朝。朝日が射し、風もおだやか。カメラをひっつかみ車で5、6分、湯の川温泉の根崎海岸に急いだ。
そこには、けあらし(気嵐)がたちこめていた。
眼前の、波音もなく無音の光景にことばもでない。
自然が創り出した造形だ。
凍えるような冬の早朝、海上に白くだだよう幻想的な霧を「けあらし」という。
もともとは、北海道・留萌地方の方言であったとか。
気象用語では「蒸気霧」。
海水温と外気温の差が15℃以上あり、
風はおだやかで晴れわたった早朝に発生。
北国の冬に現れる。
この光と霧の一大ページェントにたちつくしていると、20年ほどまえ、ロンドンのナショナル・ギャラリーで観たターナーの画が浮かんだ。
雨が降りしきり水蒸気となった大気のなかを、おぼろげな色に溶けこんだ河にかかる橋を、蒸気機関車が疾走していく。
「雨、蒸気、スピード:グレート・ウエスタン鉄道」。
重ねて、ジャズが耳にひびいた。
モダン・ジャズ・クヮルテット・MJQ「たそがれのヴェニス」。
その透明感のあるクールな名演奏は、静寂なけあらしの情景そのものだ。
氷点下10℃の海岸でルアーを投げていた釣り人がひとり。
サクラマスに挑戦したが粘るも、一匹も釣れなかったそう。
だが、幻想的なけあらしに出会えたのが釣果かなと一言。