カツカレー
空腹が支配している。
脳みそでもなく、
心臓でもなく、
自分を支配しているのは、
間違いなく空腹の一つだ。
睡眠欲でもなく、
性欲でもなく、空腹。
けれどその空腹が
嫌に暴れていたところで、
別に食べたい気持ちも浮かばない。
飯を食えばいいだけの話だが、
心はいやに落ち着いていて、
ただ涼風にまどろんでいる。
もっと動物らしい
求め方があってもよいのだが。
とりあえず今日は
そんな落ち着きがあって、
ただ冷静にこれを書いている。
比べて昨日はどうか。
もう仕事が終わったときから、
腹が減って腹が減って仕方がなかった。
まるで今日の自分とは正反対だった。
ただの貪欲モンスターでしかなかった。
そして空腹な上に、
さらにマルチタスクを求められた。
コンビニに行って
支払わなければいけないものが一つあり、
メルカリで出品したものを
発送するための包装を
買わなければならないこともあり、
スーパーに行かなければ
ならないこともありと、
こんな具合にありだらけだった。
そして自分は
カツカレーが死ぬほど食いたかった。
もう選ぶべきものは
カツカレーしか認めないと
体全体が吠えていた。
うるさいほどに。
がなりたてるほどに。
カツカレーを食うには
二つの手段があった。
家で作るか、
店で食うか。
家で作った方が
たくさん食べれられるし、
きっと納得のいくものが
できあがるだろうことは容易に予測できた。
しかし手間がかかる。
カレーとなると
そこまでの難易度ではないが、
玉ねぎをやたらに炒めたり、
ニンニクを切ったり、
生姜を切ったり、
にんじんを切ったり、
ああもうめんどくさい。
しかも求めれているのはカツカレーだ、
普通のカレーではない。
カレーだけを作るのならまだしも、
カツを揚げるなど
もう目もあてられないくらいめんどくさい。
さらに冷蔵庫には
何もなかったので
買い物も行かなければならない。
時間があるのならば
やってもいいのだが、
今は腹が減りすぎて
悠長なことできるほどの余裕もない。
比べて店で食うとなると、
何も準備はいらない。
店に行くことだけが条件となる。
店だとそれなりの
クオリティは保証される。
しかしその分費用はかかる。
そして一人前しか食べられない。
足りなければ追加で
支払いをして食うことになる。
せっかくカレーを
作る技術があるのに、
なんだか勿体ない気がする。
どうするべきかと考えている間に、
だんだんと頭の中が
堂々巡りのてんてこまいになってきて、
コンビニで支払いをして
メルカリ用の包装を
買っているうちに限界が来た。
もうなんでもいいからと
近くにあるまいばすけっとに入ったのだった。
入ったはいいが何をする。
もう自分にカツカレーを
作る体力など残されてはいない。
てんてこまいで惣菜コーナーに向かう。
このまいばすけっとは
コンビニササイズのスーパーとして
やたらと札幌中に点在している
イオン系列の店である。
小さいながらもちゃんと
惣菜が売られて、
野菜も売られて、
なんやかんや売られている。
仕事終わりの若者たちが
こぞって値下げシールが
貼られていないかと
惣菜コーナーに群がるその姿を目にして、
自分の体力ゲージはさらに下げられる。
こんな狭い店内で
わらわらと集まりやがって...、
と腹の中で怪物が罵る。
決して自分の意見ではない。
空腹の悪魔が、
怪物が吠えるのだ。
そしてその惣菜コーナーには、
当たり前のように
カツカレーも普通に置いてある。
¥510(税別)だった。
さきほど、
店で食うか
家で作るかの
二択だと考えていたが、
ここでまさかの三択目、
「買って帰る」案が浮上した。
もうなんでもいいから
こいつにするしかねえと考えて、
それでもふと迷ってしまった。
今、自分の家には
何もないと上記したが、
米はちゃんとある。
そして家では
炊き上がった米がしっかりと
炊飯器の中で保温されている。
いつも出勤前の朝飯を食うので、
その際に晩飯用のご飯まで
炊いておくのが日課であった。
今日も例に違わず
3合きっちりと炊いておいたのだ。
そこまで考えるとこのカツカレー、
¥510でご飯がついているのが
ちょっと気に食わねえ。
どうせ持ち帰るのだったら、
家にある白飯で食べた方がお得だ。
しかしカレールーだけが
惣菜として売られていることなど皆無に近く、探してもあるわけがないということで、
カレールーコーナーに行く。
レトルトカレーなど久しぶりである。
いつぞやの
野辺山リゾートバイト生活の時以来だ。
あの時は自炊が
全くできない環境であったから、
インスタント、
レトルト食品に
頼るしかなかった。
今はもう普通に自炊ができるので
カレーを作ることだってできるのだが、
今回はそうも行かない。
色々迷って、
野菜が入ったレトルトカレーを買った。
普通のレトルトよりも割高であった。
もちろん惣菜の
トンカツも2パック購入する。
もう早くしなければ
飢えで気が狂ってしまう。
さっさと会計を済ませて店を出る。
そのあとは
もうわざわざ書くまでもないだろう。
爆走で家に帰り、
山盛りの飯にレンチンで
温めたカレールーをぶっかけて、
トンカツ2切れを豪快に乗せる。
キャベツが少し余っていたので
千切りにして乗せる。
マヨネーズをかける。
ウスターソースをかける。
食う。
このために生きてきたのだと確信した。
少なくともその時は。
あまりの幸せに、
自分はカツカレーを
食べていたのかもあやふやだった。
自分が食べたのは、
きっと幸せ、
まさしく幸福を平らげたのだ。
あまりにも強欲である。
罪である。
こんなことを書いていたら、
何かが食いたくなってきた。
さすがにカツカレーは
しばらく食べられない。
これ以上食べると、
きっと地獄に落とされる。
それくらいの快楽だった。