婚姻費用分担調停や審判の途中で夫婦が離婚した場合、離婚時までの婚姻費用はどうなるか
令和2年1月23日に、最高裁が婚姻費用について重要な判断をしました。
今回は、この最高裁の判例について解説します。
令和2年1月23日に、最高裁が婚姻費用について重要な判断をしました
別居中であっても、夫婦の一方は他方に対して、別居中の生活費など婚姻から生じる費用(婚姻費用)を分担する義務を負います。
民法
(婚姻費用の分担)
第七百六十条 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
婚姻費用分担に関する調停や審判が裁判所にかかっている間に夫婦が離婚した場合、離婚が成立するまでの過去の婚姻費用の分担を請求する権利(婚姻費用分担請求権)はどうなるのか。
離婚や親権だけとりあえず先に決めて、未払婚姻費用や財産分与、養育費など、お金の話は後回しにしたいというニーズは結構あります。
これまで見解が分かれていましたが、最高裁は、令和2年1月23日に、離婚後も、過去分の婚姻費用分担請求権は存続すると判断しました。
どのような事案だったのか?
妻が、まずは夫婦関係調整調停を申し立て、その調停の係属中に婚姻費用分担調停も申し立てたそうです。
その後、夫婦関係調整調停については、離婚が決まり、調停が成立しました。ところが、財産分与については合意がされなかったようです。
さらに、途中で申し立てた婚姻費用分担調停については、不成立となり、審判に移行しました。この場合、調停時に審判の申立てがされたものとみなされます(家事事件手続法272条4項)。
家事事件手続法
(調停の不成立の場合の事件の終了)
第二百七十二条
4 第一項の規定により別表第二に掲げる事項についての調停事件が終了した場合には、家事調停の申立ての時に、当該事項についての家事審判の申立てがあったものとみなす。
家裁(釧路家裁北見支部)では、元夫に対し、未払婚姻費用約74万円の支払いを命ずる審判がなされましたが、高裁(札幌高裁)は、離婚の成立により、妻が夫に対して婚姻費用の分担を請求する権利(婚姻費用分担請求権)は消滅したとして、申立てを却下するとの判断を下しました。
これに対し、最高裁第一小法廷は、婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえないとし、事件を札幌高裁に差戻ししました。
最高裁第一小法廷は、その理由として、次の2つを挙げています。
第1に、たとえ、婚姻費用分担審判の申立て後に離婚によって婚姻関係が終了したとしても、婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての権利が当然に消滅すると考えなければならないような理由がない、としています。
第2に、家庭裁判所は、過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することができるのであり、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して、離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると考えるべきである、としています。
民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は,夫婦の協議のほか,家事事件手続法別表第2の2の項所定の婚姻費用の分担に関する処分についての家庭裁判所の審判により,その具体的な分担額が形成決定されるものである(最高裁昭和37年 (ク)第243号同40年6月30日大法廷決定・民集19巻4号1114頁参 照)。また,同条は,「夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定しており,婚姻費用の分担は,当事者が婚姻関係にあることを前提とするものであるから,婚姻費用分担審判の申立て後に離婚により婚姻関係が終了した場合には,離婚時以後の分の費用につきその分担を同条により求める余地がないことは明らかである。しかし,上記の場合に,婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由は何ら存在せず,家庭裁判所は,過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することができるのであるから(前掲最高裁昭和 40年6月30日大法廷決定参照),夫婦の資産,収入その他一切の事情を考慮して,離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると解するのが相当である。このことは,当事者が婚姻費用の清算のための給付を含めて財産分与の請求をすることができる場合であっても,異なるものではない。
したがって,婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない。
まとめ
未払いの婚姻費用の分担額が決まらない状態で離婚が成立してしまうと未払婚姻費用を請求する権利が消滅する、との札幌高裁の判断は、極めて不自然かつ不合理なものでした。
札幌高裁の判断は、早く離婚はしたいけど婚姻費用の分担額はしっかり争いたいという場合に、未払婚姻費用の額が決まるまで相手が離婚に応じてくれず、早く離婚することができなくなる、という結果をもたらすことになってしまいます。
ですから、婚姻費用分担に関する調停や審判が裁判所に係属している間に当事者が離婚をしたとしても、婚姻費用分担請求権は当然に消滅するわけではない、とする最高裁の判断は、至極もっともな判断と言うべきでしょう。
なお、過去の裁判例は、紛争の一回的解決のため、財産分与の決定において過去の婚姻費用の清算をすることも認めています。今回の最高裁の判断は、これまでの裁判例とも親和的と言えるでしょう。