【音楽業界に就職したい若者のための基礎講座】第2回「日本の音楽市場はガラパゴス?」
たじまるです。
前回は、世界の音楽原盤ビジネス市場について解説しました。
今回は、日本の音楽市場について解説します。前回のグローバルの音楽市場同様、音楽原盤ビジネス市場に限定してお話します。
日本市場のピークは1998年
日本の音楽原盤ビジネス市場は、グローバルの音楽市場がピークを迎える1年前、CD全盛時代の1998年に一足早くピークを迎えました。オリコンチャートの年間上位は軒並み100万枚を超えていて、年間シングルチャートでいえば、14位までが100万枚超え。20位でも90万枚を超えているという今では想像もつかないほどの活況ぶり。まさに、CDをバブルでした。
しかし、バブルに浮かれているのもつかの間。グローバルの音楽市場と同様、この1998年をピークにCDを中心とするパッケージの売上は、右肩下がりに下がっていきます。
日本独自の有料音楽サービスが大成長
ここで、グローバルの音楽市場と異なるところが、日本レコード協会の資料では、2005年から計測対象になっている有料音楽配信が伸び始め、一時は、パッケージ(上記グラフでは音楽ソフトと表記)の落ち込みを補ってなお、前年比プラスに持っていくほどの急成長を示しています。
この救世主は、2002年に従来の着メロの進化版として、日本でスタートしたレコード原盤を携帯電話用着信音にするサービス着うた(R)とその後、スタートした着うたフル(R)です。
着うた、着うたフルともに、ソニー・ミュージックエンタテインメントの登録商標で、どちらも、KDDIグループが世界に先駆けてスタートしたサービスで、その後、NTTドコモとボーダフォン(現ソフトバンク)が追従し、3キャリアの公式サイト内でキャリア課金で有料配信され、爆発的な普及をしたものです。従来の着メロでは、携帯電話のMIDI音源を鳴らしていたものが、着うたでは、レコード原盤を15秒から30秒に切り出したものが着信音として、着うたフルでは、1曲まるごと配信され、その一部が着信音にされるというもので、着うたは1曲100円〜200円、着うたフルは、1曲150円〜350円程度で販売されました。
当時は、まだ、フィーチャーフォン(通称ガラケー)の時代で、端末は、全て、キャリアがそれぞれ販売し、各キャリアの独自仕様となっていたので、着うたなどの配信コンテンツは、全て、キャリアの公式サイトと呼ばれるキャリア公認サイトのみで許されるキャリア課金で販売されるという垂直統合モデルで、キャリアと契約を持つ、コンテンツプロバイダーと呼ばれる会社各社が、原盤の権利ホルダーからのライセンスのもと、それぞれの自社サイトで配信がされていました。
最盛期には、900億円を超えるこの市場には、200社を超えるIT企業が参入しており、着メロから着うたフルまでの携帯電話向け楽曲配信事業の成長を元に、株式上場をする会社が続出したほどの熱狂ぶりでした。
着うたフルは、スマホ以前の携帯電話向け配信とは、いえ、AppleのiTunes Music Store同様、原盤の音源のデジタル有料配信にほかならず、日本は世界に先駆けて、原盤のデジタル音楽配信では大成功を収めていました。おそらく、当時のデジタル音楽配信市場規模は、世界最大であったと考えられます。
日本の携帯電話がガラパゴス携帯=ガラケーと揶揄されたように、日本の音楽配信市場についても、グローバルとは異なり、独自の進化を遂げていました。
ところが、2009年前後に普及を始めるスマートフォン、特にiPhoneの登場でこの市場の成長に陰りが見え始めます。日本国内の携帯電話サービスの中心であった公式サイト及びキャリア課金のスマートフォン対応が遅れたこととiPhoneに至っては、そもそもAppleの運営サイト以外での音楽配信ができない仕様となっていたため、スマートフォンの普及に伴い、着うた、着うたフルの市場自体が急激に縮小していきました。
その後、iTunesを中心とした楽曲を曲単位もしくはアルバム単位で購入してダウンロードするサービスへ移行したものの、パッケージの落ち込みと着うた着うたフルの市場の縮小を補えるほどでもなく、日本の音楽原盤市場及びデジタル有料販売市場は、右肩下がりに縮小していきました。
なぜかCDが売れ続ける日本市場
着うた・着うたフルの特殊市場を抜かすと、グローバル同様、パッケージの売上が減少し、iTunesなどのデジタル有料販売が伸びていきますが、日本市場においては、3000億円を切ったあたりから、パッケージ売上の減少ペースが鈍化し、下げ止まったように見えます。年によっては、わずかながら増加する年もあり、これは、世界でもまれにみる現象です。
一つの要因には、AKB48などを代表とするアイドルCDにおける握手券などの特典目当てに、一人が複数枚購入するという他国では見られない特殊な販売方法によるものが大きいのが事実ではありますが、それのみらなず、全体的に、アイドル以外の作品についても、他国と比較して、圧倒的にCDが売れています。
モノとして持っておきたいという日本人特有のメンタリティという言われ方もしますが、日本市場の特徴として、有料ファンクラブという仕組みが存在していることが関係していると思います。ここは、僕の専門分野です。
そもそも、この有料ファンクラブが一般的に存在している国は、他に知りません。
グローバルにK-POPのファンクラブは展開していますが、もともと韓国には、日本型の有料ファンクラブというのは存在しなくて、日本にK-POPのアーティストが進出したときに僕らのような会社と組んで、日本でファンクラブビジネスを立ち上げて成果を出したことで、日本から輸入して、世界に展開したと理解しています。もともとあった韓国国内のファンクラブのしくみについては、いつか、機会があったら掘り下げたいと思います。
日本には、歌舞伎の後援会のように、今で言う有料ファンクラブのようなものが存在し、それが脈々と続いていきました。
ヨーロッパでは、貴族を中心としたパトロンが芸術を庇護することで、芸術が発展しましたが、歌舞伎は、今でこそ伝統芸能ですが、庶民の中から生まれ、庶民が支持し、武士や貴族に広がりました。いつの時代から、後援会のようなものがあったのかはわかりませんが、おそらく、身分がそれほど高くない一般庶民が、役者や公演を支えるという、大衆が自ら支えて、芸術が発展した好例だと思います。
この考え方が日本国民の中で根強く残っているのではないかと、僕は感じています。
とある大手K-POPの事務所の社長が、日本に進出したときに言った「日本のファンは、長期的にアーティストを応援してくれる文化がある」という言葉通り、日本のファンは、一度応援を始めたアーティストを長期的に支援する傾向があるようです。
僕らの会社では、多くのファンクラブを運営していますが、ファンクラブ向けのECでの売れ筋商品は、CDとDVDなどのパッケージ商品です。というと何を今更と言われそうですが、パッケージ商品は、コアファンによる購入に支えられています。
言うまでもなく、ファンクラブというのは、コアファンの集団です。
実際、僕らの会社では、多くのファンクラブ向けのECサイトやいくつかのメジャーレコード会社さんの公式ECサイトを運営していますが、ファンクラブサイトと連携して、当該アーティストの新譜が発売時に、スペシャルパッケージやオリジナル特典、限定グッズとセットにした限定商品をファンクラブ会員向けに用意し、予約販売を行うことで、多い時は、新譜の初回出荷の60%以上をファンクラブ会員だけで販売すケースもあるほどです。
日本でもサブスクが急成長、が、しかし・・・
他国と比較して、パッケージが売れていることもあり、国内のサブスクへの配信楽曲の開放がなかなか進まなかったこともあり、日本市場においては、グローバルでスタンダードとなったサブスクリプション型ストリーミングサービスの普及遅れていましたが、ここ最近急成長しています。
配信の中で唯一伸びているのがストリーミング(2016年まではサブスクリプション表記)で、他のカテゴリの減少を補って、全体をプラス成長にしています。
特に直近2年の成長は著しく、2018年から2019年は、前年比+33%で伸びています。
すでに音楽配信の65.9%をストリーミングが占めており、今後、さらにこの比率が高まっていくというのは、グローバルのマーケットと同じ動きです。
ただ、日本が他国と違うところは、そもそものデジタルの比率です。
ストリーミングが前年比30%伸びたと言っても、実数を見ると465億円に過ぎません。
日本の音楽原盤ビジネス市場は、米国に次いで世界2位。3,000億円超の市場から見ると、急成長したと言ってもまだ15%程度に過ぎません。
そもそも、日本の音楽原盤ビジネス市場は、未だにフィジカルカルが76.4%占めていて、デジタルが23.6%という割合になっています。
一方、世界の音楽原盤ビジネス市場において、フィジカルが占める割合は、約20%に過ぎません
全く逆です。
そして、グローバルのフィジカルの売り上げは、44億USドル(1ドル=105円で4620億円)ですから、日本のフィジカルも売り上げ2400億円はグローバル市場の50%超を占めていることになります。(計上方法とかに違いがあるので、単純に数字を比較するのはいささか乱暴ではありますが、世界のフィジカル売上のかなり大きな割合を日本市場が占めているのは間違いありません。)
世界中でCDが売れなくなっている中で日本だけなぜ売れ続けているのか?
海外至上主義の方は、だから日本は遅れていると日本を揶揄しそうですが、どっちが正しいとか、どっちが進んでいるということではなく、事実として日本の音楽原盤ビジネス市場が他の国とは全く異なる特殊な状況となっているというだけです。
このまま、日本市場において、この傾向が続くのかは未知ですが、少なくとも、グローバル市場同様、サブスクリプション型ストリーミングサービスが拡大していくことは間違いないありません。
音楽業界を就職先として考えているみなさんは、世界でも稀な特殊市場であり、謎が多い日本の音楽マーケットに触れられるということは、とても幸運なことだと思います。
この特殊市場を楽しめるかどうかは、本人次第ですが。
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