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【内部監査Tips】内部監査の"当たり前"を疑う:経験がもたらす 思わぬ"落とし穴"

はじめに:「経験バイアス」のリスク

経験は内部監査人にとって貴重な財産です。様々な監査業務の経験を重ねることで、効率的に監査プロセスを進めながら、監査品質の向上にも寄与するでしょう。しかしながら、経験に頼りすぎることで陥る「経験バイアス」のリスクにも注意が必要です。

本稿では、内部監査人が有する経験を最大限に活かしつつ、自らの経験を活かしつつ客観性を保つアプローチについて紹介します。
また、「経験バイアス」のリスクを低減するための取り組みとして、内部監査部門での効果的なレビュー体制の構築法についても言及します。



1.内部監査における経験の価値

内部監査において、経験が果たす役割は極めて重要です。幅広い領域で長年の経験を積んだ監査人は、効率的な監査プロセスを実現できます。また、過去の類似案件や業界特有のリスクを熟知しているため、重要なポイントを素早く把握し、限られた時間とリソースを最大限に活用できるのです。

さらに、経験豊富な監査人は、高度なリスク評価能力を持っています。組織の複雑な構造や業務プロセスを深く理解し、潜在的なリスクを的確に識別できるでしょう。

そして、ステークホルダーとのコミュニケーションにおいても、経験は大きな強みとなります。経営層や監査対象部門との信頼関係を構築し、建設的な対話を通じて監査の実効性を高めることができるのです。


2.経験がもたらす"落とし穴":「経験バイアス」

しかし、経験に頼りすぎることにはリスクが潜んでいます。その最たるものが「経験バイアス」です。これは、過去の経験や成功体験に基づいて判断を下すあまり、新しい状況や変化を見逃してしまうリスクを指します。

経験バイアス」は、いくつかの形で現れます。

まず、過去の成功体験に固執してしまうことです。「これまでもうまくいっていたから」という思い込みが、新たなリスクや環境の変化を見落とすことにつながります。

また、新しい視点や方法論を軽視してしまいがちになるかもしれません。長年の経験で培った手法に頼るあまり、より効果的な新しいアプローチを採用する機会を逃すこともあるのです。

3.内部監査の品質低下要因

経験バイアス」は、監査の品質低下を引き起こす要因の一つとなります。その他にも、監査の品質低下を引き起こす要因があります。

  • 専門性の欠如:経験に頼りすぎるあまり、新しい知識や技術の習得を怠ると、変化の激しい今日のビジネス環境に対応できなくなるリスクがあります。

  • あいまいな監査手続:経験豊富な監査人が「暗黙知」に頼りすぎると、明確な手続きの文書化や標準化がおろそかになり、監査の一貫性や再現性が損なわれる可能性があります。

  • 認知バイアス:「経験バイアス」を含む様々な認知バイアスが、客観的な判断を妨げ、監査の質を低下させる要因となり得ます。

4. 経験を活かしつつ客観性を保つアプローチ

では、どうすれば経験を活かしつつ、客観性を保つことができるでしょうか。

鍵となるのは、クリティカルシンキングの実践です。自らの判断や前提を常に疑問視し、批判的に検討する姿勢が重要です(実践は容易ではありませんが、監査調書や監査報告書のドラフトを作成した後に、「A部門長(鋭いレビューア)になりきってレビューする」などの方法も有効です)。

そして、最新のテクノロジーは、経験バイアスのリスクを低減し、監査の品質を高めてくれます。
例えば、AI(人口知能)活用したデータ分析を活用することで、膨大なデータから効率的に異常値や何らかの傾向等を特定することができます。また、リスクの洗い出しなどの際にも、AIは監査人の知識や経験よりも豊富な情報を提供してくれるでしょう。

また、多様な視点を積極的に取り入れることも効果的です。新任の監査人や他部門の専門家、外部の第三者とのコミュニケーションを通じて、新しい視点や知見を得ることができます。

さらに、継続的な学びの重要性を忘れてはいけません。内部監査人は、所属組織の業界や監査業界の動向、新しい監査手法に関する最新情報を常にアップデートし、自己研鑽に努めることが不可欠です。


5.効果的なレビュー実施体制の構築法

内部監査人が個人として、どんなに客観性を保つように意識しても、バイアスを完全に排除することは困難です。そのため、部門内での組織的な対応、すなわち効果的なレビュー体制の構築が必要となります。

具体的には、以下のステップを導入することで、より効果的なレビューの実施体制を実現することができるでしょう。

  1. バイアスの特定:個別の監査プロセスにおいて、どのようなバイアスが生じ得るのかを特定する

  2. チェックリストの作成:上記で特定した箇所(レビューポイント)をリスト化

  3. レビュー体制を構築:チェックリストに基づいて効果的なレビュー体制を構築

  4. 見直しの継続:レビューを実施しつつ、リストの見直しを都度行うことでリストの有効性を向上

また、運用面では、(リソースが許せば)多層的なレビュー体制の導入が有効です。つまり、監査チーム内でのレビュー(監査マネジャーによる単独レビューやチーム内のクロスチェックなど)に加え、内部監査部門長や外部の専門家によるレビューを組み合わせることで、多角的な視点からの検証が可能となります。

さらに、オープンなフィードバック文化の醸成も必要です。建設的な批判や意見交換を奨励し、経験の浅い監査人であっても気兼ねなく意見を述べられる環境を作ることによって、部門全体の監査品質の向上につながります。


まとめ:経験と客観性のバランス

内部監査において、経験は極めて重要な財産です。しかし、経験に頼りすぎることのリスク(「経験バイアス」のリスク)も認識しなければなりません。経験の価値を最大限に活かしつつ、常に客観性を維持していく取り組みが必要です。

そのためには、個々の監査人の継続的な自己改善と、組織的な取り組みの両方が欠かせません。両者の取り組みの継続によって初めて、真に価値ある内部監査が実現するのです。


【おまけ】監査品質に係るチェックリスト(例)

以下のチェックリストは、所属組織や内部監査部門の特性を踏まえて、チェック項目を適宜改訂してください。

1.経験の活用と客観性の維持
[ ] 最新の業界動向や規制の変更を定期的に自らがチェックしているか
[ ] 自らの判断や前提を常に疑問視する習慣があるか
[ ] 新しい監査技法や分析ツールの学習に取り組んでいるか
2.効果的なレビュー体制
[ ] レビュー体制/クロスチェック体制が整備されているか
[ ] 部門内でオープンなフィードバック文化が醸成されているか
3.監査プロセスの改善
[ ] 平均的な内部監査人であれば同じ結果が得られる程度に監査手続を明確に文書化し、必要に応じて更新しているか
[ ] 監査計画時に過去の経験だけでなく新たなリスク要因も考慮しているか
[ ] 監査結果の報告前に、客観的な証拠に基づいているか(根拠があるか)を再確認しているか
4. 品質管理と継続的改善
[ ] 定期的な品質評価(内部評価・外部評価)を実施しているか
[ ] ベストプラクティスの共有や事例研究を行っているか
[ ] 失敗事例の分析と共有を通じて、教訓を学ぶ機会があるか

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