(7) 2021年2月1日(2024.2改)
2月1日 マレーシア・クアラルンプールで米中韓露の4カ国会議が開催される。
アメリカ特使のマイゲル・ボルドン元大統領補佐官はクアラルンプール空港内の金正男殺害現場に献花し、頭を垂れた。
アメリカがKLを会議開催地として指定して来たのは、この為とも言える。実際、ボルドン氏は時間を掛けて哀悼の意を表していた。金正男の子息を保護しているアメリカとしては、会議前にカードを「切った」格好となった。
中韓露の3カ国は2人の大統領に仕えてタカ派の論客として存在感を誇ったボルドンが特使となったので、警戒していた。
3カ国の代表者は既に確定していたので、中露は外交有望株の劉璋とアルティミシア・ユーリを代表者の次席に据えた。
韓国は首相を出してきたが、会議ではアメリカの追随とならざるを得ず、ボルドン任せのスタンスだった。
ミャンマーと中国が2月1日に合わせて準備を進めてきたのは、理由があった。多地域を包括して考えられるボルドンの様な論客を、北朝鮮1箇所だけに注力させて、ミャンマーなど注目もしない位に北朝鮮の議論を活性化させようと企んでいた。劉 璋は自国の不遜な動きを察知しており、場合によっては会議を中断してでも、ミャンマー情勢の協議をボルドンとしようと、ロシアのアルティミシアと話をしていた。
一同が会議場のkL市内のホテルに入った頃、昨夜投稿された一本の動画が注目を集めていた。昨夜遅く新アカウント名でバンコクで投稿されていた。「ミャンマー軍のトップが集って、クーデターの協議をしている様に見える」と言われ、朝から拡散し始めていた。
拡散された動画は隠しカメラで撮影したようで、上部は布のようなものが被せてあり画面の1/5は写っていない。しかしミン・アウン・フライン国軍総司令官と軍出身のミンスエ第一副大統領の顔はしっかりカメラが捉えていた。
映像は軍のトップに対してクーデターの手順を将校が説明している場だと、ASEAN各国と米軍は断定する。
ミン総司令官は動画の最後でしっかりと言い切っていた。
「明日6時にスーチーと大統領の2つの邸宅を強襲する。以降は全て手順通りに執り行う。正義は全て我らにあり、この国の未来は我々が担う!」発言の後で拍手と歓声が続き、そこで映像は切れていた。
盗聴器が捉えた音声を使い、プルシアンブルー社がAIで作成した映像だった。音声だけでは説得力に掛けるので、映像を捏造して追加した。
いずれにせよ、この音声映像の流出により、ミャンマー軍部の企みは国際社会に事前に漏れるという失態を犯してしまった。
同時に反体制派「ビルマ解放戦線」の先制攻撃の正当性が立証されてしまう。
***
「1日朝にクーデターを起こす可能性が有る」とする情報と、夫であり義理の息子が当該地に滞在中で、その上、クーデターを阻止しようとしていると言うのだから落ち着かない。
「体調があまりすぐれないのを理由に、明日の予定を全部キャンセルしてほしい」と前日日曜日の段階で、娘の蛍に要請していた。その蛍にしても、気もそぞろの状態なのだが。
また、1日に発足した「共栄社会党」について記者会見開催の要請や、コメントを求められても、応じる余裕が無さそうだった。
1日同日、愛媛に滞在中の杜 亮磨党首が、岐阜副知事でバンドメンバーの3人と宿泊先のホテルで愛媛のメディアの会見に応じており、午前中の情報番組が生中継で放じていた。
知事室のテレビで秘書の蛍と映像を見ていた。
「亮磨くんの母親は母さんじゃないかってネット上で言われてるの、知ってた?」
「年末に同級生の大臣達からそんなこと言われたよ、面倒くさいから、そうだって言っといたけど」
3人の大臣が荒れて大変だったのを鮎は思い出した。蛍は驚いた顔をしている。
「それでいいの?」
「だって不自然じゃない。J2で歩と海斗が脚光を浴びるようになって、2人が亮磨さんと似てるのは誰でも分かるでしょ?
蛍の存在と年齢はまだ表には出ていないけど、長男の火垂が18歳を皮切りに年子の様に生まれているから、亮磨さんが蛍から生まれたとは誰も思わないでしょ?実際、あなたはまだ小学生だったんだから。
すると、22歳の父親と、30歳の私なら話がしっくりするのよ。祖母である私から生まれたのなら、似ているのも納得だってね。私もその頃はとっくに未亡人だった訳だし」
「そっか、火垂と海斗の実の母親が知れる際の、いい隠れ蓑になるかもしれないね・・」
「そゆこと。亮磨さんの政治家デビューは私にとっても好都合、あとで夕夏さんと亮磨さんと相談しようと思ってるんだ」
「なるほどね〜」
確かに悪くないと蛍は関心していた。
テレビでは母子が中央に並び、左右に由布子と紗季が座っていた。
「・・私達、岐阜県の副知事3名が政令指定都市の市長選に立候補する際は、社会党候補として立候補します。都道府県の知事と政令指定都市と県庁所在地の市長を社会党が担います。社会党の国会議員と県会議員市町村議員は社会党のままです。モリ都議だけが例外で、共栄党唯一の議員となります」
夕夏がそう話しているが、確かに母親の面影は息子に引き継がれていないなと、蛍は思う。
「将来的に社会党と共産党と一緒になるのでしょうか?」
「いえ、当初の取り決めでは考えておりません。将来はどうなるか分かりませんが、共産党さんに対してネガティブなイメージを持っている旧世代が存命中は無い、と私は考えております。今回の我が党の設立により大勢の共産党の党員の方々が転籍されて参りますが、共産党の党員資格は失いません。そこは宗教と同じで自由です。但し、共栄党の候補者となった時点で、共栄党の党則が優先されますので、共産党員としての活動には制限が生じます。休眠党員のような位置付けとなります。
共産党から転籍された方が、共栄党の国会議員になったと仮定します。この議員には共産党と社会党への転籍は自由ですが、それ以外の政党に転籍するのは表向き認めませんので、何らかのペナルティを課そうと考えております」
「共産党との関係を揶揄するような発言をしている与野党幹部も居ますが、代表はどうお考えですか?」
「勝手に言わせて於けばいいと、モリ副代表とも話をしています。
破防法の対象になるとか、党の規約で革命思想を掲げているとか、昭和期の言い草を未だに続けている、いにしえのアレルギーを持った人達は、最初から対象外として考えております。議論するのもバカバカしいし、時間の無駄なので、理解して貰おうとも思いません。
そういう人達は共産党アレルギーに異常なまでに執着して、相手を罵しる事で自分達を正当化しようとし続ける、毛の生えていない青二才みたいな与党を、永遠に信奉し続けていれば宜しいのではないでしょうか?あ、大変失礼しました、生えてないのは髪の毛でしたね。年配者だらけなので。
我が党は不偏不党の立場を遵守しております。
共産党の方々が優秀、有能だと判断したから、我々からご相談を申し上げて手を組んだのです。それ以外の党の方々とは組もうとは一切考えておりません。
まぁ、DeepForestがロックバンドなので、アナーキーな連中だと思われても仕方がありませんけどね。レボルーションって曲でも作って、党の歌にでもしましょうかね?」
亮磨がバンドリーダーの由布子に振ると、
「私は社会党だから、書けないって。作曲は父ちゃんに頼みなよ。「デモリション」「破壊と自滅の序曲」「クラッシャー」「令和の打毀し」「トレイン・トレイン2021」「令和版・サマータイムブルース」「革命の詩」なんていうタイトルはどう?ヘビメタでツインギターかき鳴らしてさ、やたら喧しい曲がいいんじゃないかな?」
事前に用意していたとしか思えない話を由布子が真面目な顔をして言うので、会場内に笑いが広がる。
***
成田空港のラウンジで、共栄社会党の会見の模様を見ていた女子大生達はアレコレ話し合っていた。モリの養女4人に加えて、同じ高校の卒業生2人が加わっていた。
大学が春休みになったので、旅行に行こうと集まった。モリ達が東南アジアで何をしているのか6名は全く知らないのだが、滞在中の疲れをプーケットで癒やすのを知っているので、内緒で勝手に合流する。
1日から就航するサザンクロス航空のバンコク経由プーケット線に、搭乗待ちという状況だった。
ラウンジでテレビを見ている人達が、
「亮磨の母親は金森知事だって噂がある」
「え?そうなんだ、でも、それが事実ならサラブレッドじゃん」
「いやいや、母親が誰だろうがイッセイの息子の時点で勝ち組でしょ?」
等と話しているので、実の母は、党首の隣に座っている歌姫だと知っている女子大生達は笑っていた。
そこで臨時ニュースのテロップが上部に出た。
「ミャンマーで軍によるクーデターが発生。少数民族を核とするビルマ解放戦線と交戦中」とあった。ラウンジ内の人々に多少のざわめきが出るも、ミャンマーでの政変劇に関心を持たない日本人は臨時ニュースを意識しない。
しかし、朝のバラエティ番組は新栄党会見のライブ中継を打ち切った。
「番組の途中ですが、字幕にも出ましたが、ミャンマーでのクーデターの模様をお伝えするので、番組を中断して報道センターと繋ぎます」
アナウンサーがそう告げると、TV夕陽の報道部のアナウンサーの映像に変わった。
「ミャンマーの首都ネピドーでクーデターが発生しています。首都を始め軍事基地が襲撃を受けている現地の映像が届いておりますので、ご覧下さい」
と言うと、滑走路の隣のヘリや戦闘機が破壊され、黒煙を上げて延焼している映像に変わった。
プルシアンブルー社のエンジニアでもある大学生・村井 幸は、B-117が撮った映像だと瞬時に理解した。「録画中」を指す表示が同社の仕様なのと、ミサイルを放てる能力はB-117にしかないからだ。
「先生はミャンマーに居る?」サチはそう考えるとアナウンサーの話が耳に入って来なくなった。
テレビ局は誤解していた。「ビルマ解放戦線がミャンマー軍の空軍基地を攻撃している映像」なのだが、「軍が反体制派の拠点を攻略している映像です」と伝えていた。
ミャンマーでの総選挙の不正を軍が訴えているのを知っている報道局は、「クーデター」と聞いて「軍が攻撃している」と判断してしまい、反政府勢力の制空権を軍が奪おうとしている、と思い込んでしまっていた。
「サッちゃん、大丈夫?」
幸の顔が青ざめているのに気付いた樹里が、心配そうに覗きこむ。
「え? あぁ、大丈夫だよ〜」無理に笑った幸の顔に、樹里は疑念を抱いた。
ーーー
時間はクーデター開始から10時間ほど遡る。
夢を見て、目が覚めた。シュラフから腕を出して時刻を確認すると21時過ぎだった。それでも5時間は寝むったなと思いながら、夢を回想する。明晰夢ではなく、思い返せるのだから起床時の夢だろうと判断して、ゆっくりと半身を起こした。
2階に居る家人の気配を知る。階上のトイレかバスルームの排水管を流れる音を聞く。
隣で寝ている2人と家の人達を、起こさぬよう靴を持って廊下へ出る。
アメリカ人邸宅は足の裏が汚れる。今は素足が最善だった。勝手口をそーっと開いて外へ出ると、サファリ用のベストからクッション性のある登山用の厚底の靴下を取り出して履き、ミドルカットの登山靴を履いて紐をしっかりと閉じると軽くジャンプして状態を確認する。
夢を見たので、計画の変更を勝手にする。
歩きながらカレン族リーダーのダフィーに連絡を取り、計画変更の要請をすると当然ながら「ふざけるな」と言われる。
「君たちがビルマで生きていくのなら、この方がベターだ。頼むから信じてくれ。スーチーは俺が説得するし、監視している兵の排除も俺がやる。スワンとプレジデントの輸送だけ頼む。兵の排除を終えたら連絡する」と何度か要請すると渋々合意した。
ウィン・ミン大統領とアウンサンスーチー国家顧問の邸宅間は100mほど離れれていた。通りには、報告されていた通り、それぞれ離れた場所に日本製の四駆が1台づつ止まっている。
街灯のない場所に移動すると、古いバイクに隠れて富山で愛用している狩猟用ライフルを取り出す。Ak47も持って来たが、今は使わない。
自作のサイレンサーと特注のナイトスコープを装着しながら、〇ヨタを呪う。
「クーデターをヤルような国に提供するんじゃねぇよ」と思いながら、続けて2発撃った。前輪タイヤ2つが「ボン」と音を立ててパンクした。
自分の猟銃の玉は4発しか装填出来ない。銃弾を2発補充して、手前の車両の前輪を狙っていると、後方の車両から兵士が慌てて出てきたのを確認しながら、弾を放つ。命中、これで2つの車両は走ってもスピードが出ない。交換用のタイヤも一つしかない。残銃弾は2なので、先程車両から外へ出てきた後方の丸腰の兵士たちの足を「ごめんなさい」と言いながら撃つ。当然ながら、2人共痛そうな顔をして蹲る。
銃弾を再装填し前の車両の中にいる兵士が出て来るのを待つが、20秒待っても出てこないのでライフルを背負い、拳銃を取り出して両手に抱えたままダッシュする。
なんと、後部座席で強姦中だった。パンクの揺れに気が付かない訳だ。銃をを当てながら後部のドアを開けて男を引きずり出すと太腿を撃ち抜く。声を上げなかったのは、褒めてやろう。
レイプ犯の上着を剥いで、後部座席の女性に渡そうとすると、あろうことか少女だった。
頭に血が登り、振り返って兵士の顎を蹴り上げると、足の甲で顎が砕けた感触を得た。
タイ語と英語で「大丈夫?動ける?」と2度言うと泣き顔のまま車から出てきた。取り敢えずこの場を連れて身を隠そうと判断する。
「ここでちょっとだけ待ってて」と英語で言ったら頷いた。
どこかの家のメイドさんかな?と思いながら、先に撃った2人に近づく。最初の男は鼻を狙って踵で踏み潰し、一人はライフルのグリップ部を口に打ち付けて歯を破壊した。「3人で少女を廻していた」と想像して少女の前で制裁を加えようと判断しての行動だった。
少女の元へ戻るとを彼女を背負う為に背を向けて座る「乗って」と言うと躊躇いもせずに乗ってきた。
「この子を守る」背負う前から何故か、そう決めていた。
計画を変更したのも、きっとこの為なんだろうと思う事にした。
勝手に勝利の女神に勝手に奉られた少女には、いい迷惑だったかもしれない。
暗がりに戻ってダフィーに連絡する。
「ランクル2式走行不能、兵士3匹重傷にした。連中の武器は車両内で、鍵を締めた」「了解!」と帰ってくると数分で人々が現れた。4名を捕縛係にした小隊長らしき人物と会話する。背負ってる少女を見て驚いているが、少女が英語を理解しているので、何故背負っているのかは黙っていた。
「スーチーの説得は、俺が行く。大統領の家は君たちが・・もし、大統領が従わなければぶん殴ってもいいし、気絶させて構わない」
「了解!」と返事が来ると、モリは2人を引き連れてスーチー邸に入っていった。
***
「起きて、由真!あの人が居ないの!」
翔子が騒ぎ立てるので、家人の夫婦も慌てて駆け下りて来る。
寝ぼけ顔でタブレットを取り出した真央はライフルバッグに忍ばせていたGPSチップの現在地を確認する。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。先生は車かバイクでホテルに向かっている、そろそろ着く頃」
真央が英語でいうと、タブレットを見て、夫婦ともどもホッとする。
「いつの間に仕掛けたの?」
「バンコクでエンジニアさん達からチップを渡されてた。お姉ちゃんのチップは先生から貰った指輪ケースの中に入れといた。最悪、それだけ持って逃げるでしょ?」
「指輪持ってるって、なんで知ってるのよ?」
「2人にとってはハネムーンなんでしょ?かなりワイルドなハネムーンだけど」
「ホントよね・・」
「ショウコさん、モリさんが兵士にレイプされていた少女を保護したみたいです。スーチー女史と大統領の家に居た全員と一緒に・・」
大使館員のマイクが言う。
真央が目を閉じて口をへの字にしているので、翔子は笑ってしまった。
(つづく)