(7) トリントン 攻防?
日本でのレンタル期間を終えて、スペイン、イタリア、ドイツにモリ兄弟がそれぞれ帰ってゆく。サッカー選手の年功序列では3番目のモリ・カイトだけが、自身の通院とリハビリをしながら、コーチングスタッフとしてチームに残る。計6人の兄弟がクラブから出てゆくのに伴い、予め契約を済ませている南米の8選手が、レイソル7月から加入する。
年長の杜兄弟4人が6年前に在籍していたエスパルスは、兄弟が経営に関与するスペイン、イタリア、ポルトガルの欧州クラブと提携しているので、レイソルは兄弟と親族が携わる南米クラブと提携している。
オーナーのアユムが国内に滞在していた3か月間で、大半のレイソル内の職員が日系4世、5世のベネズエラ人に変わった。
兄弟の父親がベネズエラ大統領に着任した際、
中南米中の日系人をベネズエラ3都市のマンモス日系人学校に集約したのだが、クラブ職員もその学校の卒業生達で構成されており、20歳前の杜兄弟とは、同時期に同じ小中学校で重なっている職員も居る。学校が語学に力を入れている事もあって、日本語も英語も、勿論国語であるスペイン語も堪能だった。
日本にやってきた中南米からの助っ人選手達が、クラブ内ではスペイン/ポルトガル語を標準語のように使えるので、中南米の選手にも優しい環境だと評価されている。調理役のロボットも、南米のロボットが使っている調理用AIと繋いで、適時中南米料理を作って振る舞う。レイソルの日本人選手も、海外のクラブチームのようだと肯定的に受け止めている。 海外へ移籍するならエスパルスと言われていた風潮に、選択肢の一つとしてレイソルが加わったと言われるようになった。オーナーのアユムは、北朝鮮と韓国の自分のクラブの職員も、レイソル同様に日系人に変えようとしていた。両国のチームとも中南米、スペインの選手が多いので。
レイソルのアジアチャンピオンズリーグ 決勝トーナメント用のユニフォームに、ベルギー3企業のネームがデカデカと入った。また、来月7月中旬から始まるベルギーリーグに向けてレイソルと提携し、資本参加したベルギーチームにレギュラーだった日本人選手2名をレンタル移籍させた。海斗がレイソルに残った背景には、セリエAのシーズン開幕に状態の回復が間に合わないだけでなく、諸々の契約が絡んでいた。
海斗はユニフォームにネームの入ったスポンサー企業3社、ベルギーのパン屋さん、王室御用達のスイーツ店に加えて、日本ではまだ展開していないベルギーチョコと、日本でのライセンス販売契約を交わし新会社を設立した。新会社の出資者はブリュッセル市であり、海斗の姪っ子達だった。会社名は新妻で新社長の名前から「サンドラット商会」となり、姪っ子達の出資額が驚くような額なので、随分と豪華な結婚祝いだと身内で騒ぎになった。姪っ子達の資産額は学生研究者が所有する分としては不相応な程で、製鉄メーカーの会長でもある叔父アユムの収入には及ばないものの、欧州リーグで活躍する親族選手よりも所得が上だと家族から言われ、父親の火垂にいたっては対面を失って憂いていた。親よりも所得を得ている双子の娘から、事あるごとにタカられているからだ。それだけ研究者として実績を上げ、収入を得ていた。
3人の姪っ子から見ても、サンドラット商会は優れた投資案件だと見做していた。海斗とサンドラットの食品事業を支援するのが、戸籍上の義理の姉達が副会長、社長を務めるプルシアンブルー社傘下の流通企業Indigoblue Grocery社が、新会社の全面的な支援を行い、順調な滑り出しをしていた。同社のデパート内に直営店として店舗を出し、スーパー、コンビニでは廉価な商品を並べて販売している。つまり、新婚夫婦が事業を起こす環境としては、あまりにも好条件が揃いすぎており、初めての投資とは言え、安心しきっていた。 Indigoblue Grocery社のデパートMillenniumやS0G0、大規模スーパー店に入る直営店では店員の募集をせずに、アユムのクラブチーム同様に就労ビザで入国したベネズエラ人を雇用している。また、柏市に本社を設立したサンドラット商会の従業員も、全て日系ベネズエラ人だった。社長のサンドラットも母語はイタリア語だが、粗方意思の疎通も取れるし、外出時には日本語通訳として連れて行った。
この頃からIndigoblue Grocery社のデパート、スーパー、コンビニの店員は日系ベネズエラ人が次第に増え出していた。全員が「外国からの企業転勤者」として就労ビザを取得して訪日している。
このベルギー3企業の欧州工場の原料として、海斗とサンドラットの姪っ子3人が開発したベネズエラ産の小麦、カカオ、キューバ産の砂糖、アルゼンチン産のチーズ、バターを提供し、商品グレードを向上させる。今までは小麦と乳製品はフランス産、カカオと砂糖はベルギーだけにアフリカ産だったが、南米ブランドに原料を変える。日本で建設中の工場はロボットが作業する工場となり、完成次第ベルギーのスタッフが視察して、本国工場でもロボット導入を検討する。ブリュッセルでの大立ち回りがキッカケとなって、これらの事業が始まろうとしていた。
海斗の所屬するイタリア・セリエAのジェノアFCとスペイン・ラ・リーガ、アユムがオーナー兼選手のバレンシアFCの2チームにもベルギー3社の出資が決まり、来月から始まる両リーグで使う、3企業のネーム入りの新しいユニフォームも発表される。ベルギースイーツ会社としては破格の出資となったが、それだけ勝算が高いと判断したのも、サンドラット商会の事業計画書が秀逸な内容で、納得行くものだった。
サンドラット新社長と叔母のヴェロニカは、丹沢の麓、秦野市の工場視察にやってきた。プルシアンブルー社の全面的なバックアップを受けて、同社の製パン工場の敷地に新たな工場棟を建設していた。HookRickブランドのパンの製造ラインでは、2人の来訪に合わせてベルギー社のパン製造の試作が始まっていた。
イタリア人である2人は、ほっくりっく社の従業員達がスペイン語で会話しているので驚いた。イタリア語も同じラテン語圏なので、この工場内でも意思疎通が取れる。叔母のヴェロニカは危惧する。サンドラットが日本語を使わないまま過ごせてしまう環境に晒される現実に。海斗のイタリア語はまだ拙く、サンドラットとは英語で会話しているので、サンドラットが日本語を習得する日が来るのだろうかと。また、パンを試食した2人は、ライセンス生産する、この工場の試作品を食して、パンや菓子類が、本国の商品を上回る事に気が付いてしまう。丹沢の伏流水とフラウの品種改良した小麦で作られるパンは、極めて上質だった。クッキーも同じだった。HookRickブランドの人気商品である「おうちで焼き立てパン」のベルギー版の試作版に至っては、ベルギー本家の商品を軽々と凌駕していると悟ってしまう。既にベルギーから商品を空輸し、日本全国で販売を始めているのだが、完全に別物、上位モデルとなってしまったと頭を悩ませる。この工場製を出荷したら完全に別物だと誰もが思うだろう。しかも、商品がランクアップしたと実感するに違いない。
プルシアンブルー傘下のほっくりっく社にOEM生産委託する理由は明白だった。
工場内労働力の主体を製造ラインに特化した様々な形状のロボットが担うので、24時間365日稼働可能となり、生産効率が良く、人件費が掛からず、エンドレスで製造し続けるので製造コストが下がり、利益率が高くなる。夜間操業が可能な理由の一つとして、不良品率が極めて少ないという点も挙げられる。ほっくりっく社は食品生産をする上で、地球上で最も効率がよい企業と言える。プルシアンブルー社よりも以前、杜家が始めた最初の工場だからとも言える。最も投資されている工場であり、富山・南砺市の工場を杜家の創業の地とすれば、神奈川・秦野工場は、杜家の世界進出を支えた工場でもある。食品以外の工業製品、化学製品、製薬などの工場も、秦野工場がマザー工場であるかの如く、様々なノウハウのベースとなった工場でもある。
国の資本が入っている同社関連企業の工場労働者は、管理者や事務方が総勢数十名程度で足りてしまう。事務作業自体は工場の製造ラインとは異なり、24時間シフトを組む必要が無い。
ベネズエラの国営企業がノンストップ生産を初めてから、日本、北朝鮮でもノンストップを採用した工場操業モデルは、中南 米諸国、アフリカ諸国、台湾へと広がったが、日本人とAIの得意な効率化の追求、「カイゼン」により常に進化を遂げており、世界中で改善点が報告・承認されると、各工場の操業マニュアルが一斉に更新される。
ロボットによる効率化に邁進してきた20年間だったが、日本の工場だけが今年から新たな取り組みを始めた。それがサッカークラブチームでも採用された、日系ベネズエラ人の日本国内での採用だ。
モリが大統領職に就いた10年前、中南米諸国を統一経済圏に束ねる際に、ベネズエラが請け負ったのが、軍隊と65歳以上の老人、そして各国の日系人だ。昭和初期に中南米各国に入植していった日系人が中南米全体で330万人居ると推定されている。
モリの子供達の通学先にもなった日系人学校を、ベネズエラの3都市に建設し、生徒達両親・家族と共にベネズエラに移住して貰おうと、仕事を斡旋紹介して募集してきた。
ベネズエラは2000万人にも満たない人口に、広大な領土がある国だ。受け入れるだけの土地は十分にあったし、国のトップが日本人という安心感も得られる。日系人に対する差別的な風潮が中南米諸国にあったのも、モリの決断を後押しした。
10年経って、学校教育を終えた人々が社会に出はじめる。時に日本経済は好景気で慢性的な人不足だ。ベネズエラも好景気なのだが、何のために授業で日本語を学んだのか、ここで人生の選択をベネズエラ政府は日系人に提供した。ベネズエラ企業、もしくは日本企業のベネズエラ支店に就職して、就労ビザで日本の支社や日本の本社で働かないか?と。
社員として日本に滞在するので 移民ではないし、日本の方が賃金も高い。折角、日本語が話せるのだから日本勤務も考えてみてはどうだろうか?と促せば、大多数の日系人がその道を選ぶ。
就業先もRedStarグループ、 GrayEquipment社, プレアデス社、そして日本のプルシアンブルー・グループだ。日本での福利厚生も充実している。
ーーー 朝鮮半島と旧満州、それに加えてASEAN、台湾と嘗ての植民地との関係を同一経済圏化して日本が強大な国となり、ベネズエラが中南米とアフリカを束ねて経済の新たな潮流が動き出している。G7やG20といった先進国主導の従来の枠組みを維持しようとした英米仏独伊加の6カ国が、これまで築き上げて来た世界を維持する為にタッグを組んで新たな潮流に抗おうとした。
パックス・アメリカーナの元で結束してきた西側陣営の枠組みが変わることは、各国政府も各国の議員達も、そして西側経済を支えてきた産業界も誰も望んでいなかった。高度なAIによる無人化技術が齎す労働者のロボット化が浸透すれば、日本とベネズエラの独壇場となり、あらゆる産業、そして軍隊に大変革だけが齎される。雇用は激減し、職に炙れた労働者で溢れかえる世界になってしまうと警鐘を鳴らしてきた。
しかし、日本もベネズエラもロボットの利用範囲を限定して打ち出してきた。2カ国とも人口減少に悩み、元々人口が少ないので人材不足は喫緊の課題でもあった。3K職場にロボットを投入すると、パイロット、公共交通の運転手、そして兵士などに投入し、逆にロボットの活用方法を打ち出してきた。投資家がどちらを向くかは自明の理で、日本とベネズエラ企業は規模を次々と拡大し、軍事力に至っては最早想像もつかない次元にまで至った。やがてイタリアが抜け、ドイツも抜けようと画策し、日本側に擦り寄ろうとしている。
残りの4カ国で死守しようとしているが、4カ国の行動の先に日本とベネズエラが立ち塞がる格好となり、事態は悪化の一途を辿っている。フランス・カナダは内部に独立問題を抱えて身動きできなくなり、英米は末期的な経済状況になろうとしている。
イギリスは瀕死の状態から脱すべく、EU回帰を視野に入れつつ、キプロスという嘗ての所領地を拠点として得て、成長曲線へと転じた地中海一帯、北アフリカ、イタリア、ギリシャ、トルコとの取引量拡大を狙おうと画策した。世界的には日本連合の成長に牽引されて好況期にあり、英国でも金融だけはアジアと中南米の通貨と株式投資で順調だった。観光立国でもあるキプロスにシティ中の金融機関を進出させて、金融都市に変貌させ、メリットの有る税制を敷いて世界中から金融資産を集める・・という提案に、ギリシャ系の政治家達が乗ってきた。
日本とベネズエラが領地を得たように同盟関係を結んでいったのと何ら大差ないと考えた。国王もキプロス活用案に賛同し、内閣もその気になった。しかし、慎重に事を運ぶ必要がある。あくまでもギリシャ系住民だけが利益を得る話なので、彼らの自発的な決起として進める必要が有る。ギリシャ系住民の根底には、既に経済的にコントロール下にあるトルコ系住民との位置づけを、キプロスからの排除へと変えようとしていた。
アメリカとタッグを組んでエジプト・スーダンの事実上の統治を狙って、失敗したので、英国単独ならばキプロス島クラスならば可能だろうと判断されたというのもある。これがうまく行けば、フランスもタヒチをタックスヘイブン化して、利益を生み出す島に変えるというストーリーを描いていた。金が得られるのならば、独立の機運も削がれるだろうという読みだった。
しかし、暗躍していた事実が次々と明かされ、再び国際世論から非難され、最悪な四面楚歌状態となった。 政権も与党も、これで終わりだと誰もが言う。しかし、まだ手数は残されている。大英帝国はありとあらゆる外交戦略を取ってきた国だ。キプロス統治で躓いたのは事実だが、まだ失敗した訳ではない。保守党は終わっていない。もう一度、新たな事務総長を迎えた国連と共に、この難局を乗り越えて実現して見せる・・。
いかなる手段を使ってでも、トップの座に必死にしがみつく事だけを考え続ける、単視眼的な首相が居た。
ーーーー
「お待たせしました、プレシデンテ・ カレーです」
ロボットがスペイン語で発声しながら、トレーを押し出してきた。ヴェロニカとサンドラットはカウンターでトレーを受け取り、冷蔵庫からドリンクとデザートを取り出して、無人レジの前に並んだ。ゲスト用のチケットのバーコード表示部をリーダーにかざすと、支払いは免除された。従業員の人たちは胸にぶら下げた従業員カードをかざして精算していた。
叔母からオススメだと言われて、サンドラットも同じものを頼んだのだが、「プレシデンテって、パパの事だよね?」と思いながら席に付く。サンドラットも、ヴェロニカを真似て、義父をそう呼んでいた。
パン工場の食堂では30人位の人が昼食を取っていたが、不思議と親近感が湧いた。東洋人やインディオの血が混じってはいるが、同じラテン民族の顔立ちでスペイン語で話しているからかもしれない。私の会社、こんな感じになるのかな?とサンドラットは思った。
カソリックの2人は軽く祈ってから食事を始める。従業員達もカソリックなのだろう、同じような仕草をしてから食事を始めていた。
「この工場だけ、ベネズエラみたいね。どぉ、サンディー?パパ発案のカレーは?」
叔母に尋ねられた時は既に破顔していた。味はタイカレーなのに、日本のカレーのようにトロミがある。タイカレーなのにパンとも合うのが衝撃だった。
「最初は、魚醤の匂いとパンの組み合わせで違和感を感じたけど、凄くいい組み合わせ。美味しい!」サンドラットが答える。
「でしょ? これね、最初に口にしたのは彼処でなんだ」ヴェロニカが2箇所を指差す。食堂から見える富士山の方に指を指してから、食堂に額に入って飾ってある、引き伸ばした写真を指差した
「あの富士山が見えるところ・・山の上?」
サンドラットが言うと、咀嚼中の叔母が頷く。「日本には百名山って選ばれた100の山のカテゴリーがあって、その一つがすぐそこにある、丹沢山なんだ。結婚式の後、パパとママとタロウの4人で登ったの。私はバテちゃってパパに背負って貰ったから、登ったとは言えないんだけどね」
背負って登ったですって?何それ?と登山経験者のサンドラットは、すかさずスマートフォンで丹沢山を検索する。塔ノ岳経由で丹沢山だが、標高1600mを越える塔ノ岳頂上まで登り続ける尾根道は、確かにキツいかもしれない。バカ尾根ってどういう意味だろう?と疑問が湧いたが叔母が話し始めたので、後にした。
「タロウにも背負われたけど、パパほどじゃなかったから、殆どパパに背負われた。大きな背中でね。本当のパパにおんぶされてるみたいで嬉しかった。事務総長って呼んでたけど、その日から、パパって心から呼ぶようになった。
このカレーも、富士山が見えるあの場所で作ってくれた。このパンも持っていって一緒に食べた。販売した時は「事務総長カレー」だったけど、今は大統領カレーになった。絶対に売れるからって、ママと私が言ったら、カフェがメニューにしてくれて人気商品になったの。
作り方はタイカレーそのものなんだけど、違いは2つあるの。カレー粉は日本の食品メーカーのカレー粉だし、具材の中に日本産のカボチャが入ってる。このカボチャが蒸すとジャガイモみたいに粉を吹くの。それで鍋の中でトロミに変わる。 レッドカレーにも日本のカボチャを入れるとトロミが出る。色は流石に黄色くなっちゃうけどね」ナンプラーとココナッツミルクと鶏肉とカボチャに市販のカレー粉・・組合せ的に合わないはずがないかと納得する。
「魚醤とパンが合うのは、ベトナムとラオスで食べてたから、私には違和感は無かったんだ。ほら、どっちもフランスの植民地だったから、東南アジアでもビックリな完成度なんだよ」
そう言っていたら、人のどよめきが聞こえてくる。食堂のテレビがお昼のニュースを流しているのだが、国連事務総長が会見している映像だった。日本語なのでサンドラットには分からない。「叔母様、なんて言ってるの?」サンドラットが聞くと、ヴェロニカがスプーンを持ったまま、硬直していた。
「えっとね。事務総長がキプロス島で暗殺されそうだったから、視察を取り止めた。無人機がキプロス島に着陸しようとしたら、撃ち落とされたらしい。犯人グループは全員逮捕されたんだって。あ、ちょっと待って。まだ何かある見たい・・国連軍を設立するって言ってる事務総長が。国連軍って、今でもあるよね?」
「違うの。国連軍って言っても、各国の軍隊の寄せ集めなのよ。お金は国連が出してるけど、指揮系統はそれぞれ各国の軍隊にある。国連軍自体が、国連憲章には書かれていないから、本当の意味での国連軍は無い。そもそも軍人と軍隊を国連が所有出来ないから、統率なんてできない」
「あのね、サンディー。事務総長がね、AIとロボットを主力とする部隊を所有するって言ってる。これから映像をご覧いただきますって・・えっ、何これ!」
ヴェロニカがその場で立ち上がった。食堂に居る全員があ然とした顔で、TVモニターを眺めていた。 ーーー 「接近中のVC202に告ぐ。こちらトリントンコントロール、所属と目的を明らかにされたし」
「トリントンコントロールへ。こちらは参謀本部の特命任務を受けたビスト財団の輸送機。現在試作モビルスーツを搬送中。ベースジャバーに搭載し、そちらに向かわせた。参謀本部からの作戦コードを送る」
「作戦コードを受領。特命任務 照会 確認した。進入中のベースジャバーへ。 規定の高度まで降下せよ。最終進入コースへ誘導する・・」 「これより任務を遂行。機体を分離、投下する!
「任務?任務とはなんだ?おい、進入中のベースジャバー!こちらの管制の指示に従え!繰返す、管制指示に従え!」
日本の某アニメで、マリーダ中尉が搭乗するモビルスーツ・バンシィがオーストラリアの架空都市トリントンに降下するシーンで始まる回がある。地上管制官と交わされる英語のやり取りをパロった動画が、投稿元「UN-known. United Nations ,everyone knows」のパロディ的な名で投稿され、世界各国でアクセスが集中する。その動画が日本の正午のニュースでも流れていた。
実際にモビルスーツが降下しているのはトリントンではなくロンドンだった。
ロンドン上空を飛んでいたのも、ベースジャバーではなく、発祥の地へ里帰り状態になった白い塗装のサンダーバード2号だった。サンダーバードであることはテロップで訂正され、ビスト財団の名前はハキム事務総長の名前から「ハキム財団」とテロップで修正されていた。
サンダーバードはイギリス空軍のレーダーに補足されず、悠々とロンドンに向かって飛行していた。ロンドン・ヒースロー空港からは民間機が何事もなかったかのように離発着を繰り返している。
唯一、着陸待ちのシンガポール航空機がヒースロー空港の管制官に対して、
「白いサンダーバードが飛んでいるぞ!ロゴはUNと書かれている!国連はサンダーバードを所有していたのか!」と興奮気味に報告する。「国連がなんだって?そんなのが降りるなんて、聞いてないぞ!」という両者のやり取りを、サンダーバードが傍受していたので、動画に取り入れた。
ロンドン上空に到達するのと同時にサンダーバードのセンターボックスのハッチが開いて、アニメでも使われたBGM「RX-0」が掛かると、2機の白いモビルスーツが投下された。
降下時の映像がガンダムファンを唸らせる。機体から放たれる様はアニメを模倣しており、手足も閉じた状態で頭からゆっくりとテムズ川に向かって落ちてゆく。降下の途中で手足を広げて、空気抵抗を得てから、モビルスーツは体勢を逆転させると、ランドセルから噴射しながら落下速度を徐々に落としていった。地面に到達する前に背中のビームライフルを取ると、構えたママの姿勢で着水、着陸した。
1体はテムズ川の中へ、1体はテムズ川に面した国会議事堂として利用しているウェストミンスター宮殿を挟んだ、チャーチル像のある広場に着陸する。
右肩に「UN」と黒字で書かれたモビルスーツ2体は、着陸と同時に国会議事堂に片手でライフルを向けると、構えた状態のままの姿勢で暫く止まった。国連の映像では「Checkmate!」とテロップが出ていた。きっちり90秒間ライフルを構えたまま微動だにしない姿は、議会内で騒動を起こしていたようだ。この90秒間のテロップは 「We do not change, ”Destroy Mode”.」と出ていた。議会の中ではあまりの恐怖で、失禁した議員が多数出たと言う。
91秒後に2機のモビルスーツがライフルを空に向けて同時に3発放った。
稲妻のような光が青い空に映える、そんな映像だった。上空にはモビルスーツのファンネルの様にフライングユニットが5機づつ、10機が飛翔しながら周囲の映像を録画していた。BGM,RX-0は3分に満たない曲だ。曲が終わると共に、テムズ川の上流からサンダーバードが高度を落として川沿いに滑空してくる映像に切り替わった。ウェストミンスター地下鉄駅にサンダーバードが近づくと、白いモビルスーツはバーナー噴射して飛び上がり、サンダーバードの左右に片手で取り付いた。片手ではライフルを構えたままだった。機体はそのまま川の河口に向かって爆音を上げながら飛んでいった。エンディングのテーマソングはサンダーバードだった。サムズ・アップしている国連事務総長の笑顔が数秒間流れ映像は終わった。
僅か4分に満たない映像で、ベネズエラのアン大統領秘書官があっという間に編集して見せた。angle社の社員達は、オープニング映像だけで前社長の仕業だと確信していた。
「ユニコーンガンダム・・」25年前に狂喜し、最近になってまた何度も見返している、アニメの実写版を目撃したヴェロニカが、涙を流している。
泣いている叔母を半ば放置しつつ、サンドラットは平静になろうと言い聞かせていた。
「キプロス島で機体を攻撃したのは英国だと判明したから、威嚇行動を取ったのだろうか?モビルスーツとロボットが主力となる軍隊ならば、国連も保持できるって話は筋が通るの?」と思いながら。 しかし、ニュース映像で「UN」とロゴが入った機体が無人機だと分かっていても、何かに貫かれて爆発し落下する映像を見ると、やはり衝撃だった。事務総長の命を狙ったのは明白で、国連が自作自演したとは考えられなかった。事前に察知できたから事なきを得て、ロンドン議会も威嚇するだけで済んだが、もし亡くなり、イギリスの犯行だと知れた時に、どうやって切り抜けようとイギリスは考えていたのか? サンドラットはG7にも所属する、過去には世界を制した事も有る国家が、何故、愚かな国に成り果ててしまうのか、その背景を知りたくなった。
(つづく)