(2) 物事がユルリと、 動き始める。(2023.10改)
ホテルでバイキング形式の朝食を済ませた記者8名は、外務省と厚労省の官僚達16名と近所にあるハノイ市の緊急医療センターを訪問していた。
富山県と岐阜の一部で採用されている遠隔医療サービス、ハノイ市とホーチミン市、タイ・バンコク、チェンマイ、台湾の台北市、台南市ではDr.ドローンと称されている機体が導入され成果を上げている様を視察並びに取材に行った。
日本で言う119番の救急車要請や、ハノイ市のコロナ感染者緊急ダイヤルに連絡があると、緊急医療センターの当直担当者が家族や近隣住民、もしくは本人から患者の様態を訊ねる。コロナ以外を含めて一刻を争う状況では救急車が出動するが、コロナ感染の疑いを含めて具合が悪くなった方の場合、先ず患者宅にDr.ドローンが飛んでゆく。ドローンにはノートPCが搭載されている。患者が動けないケースが大半なので、家族や近隣者がドローンに近づき搭載されているノートPCを取り出し、患者が居る部屋まで戻る。
PCはChromebookのように開閉すると、直ぐに起動してアプリケーションプログラムが立ち上がる。庭や集合住宅の屋上に降りたドローンにはWifiルーターが搭載されており、医師と患者が画面越しに会話できるようになり問診が始まる。
医師は患者の状態を画面越しに見て、可能性を絞り込んでゆく。
「通院の必要あり」と医師が判断すると医師もしくは看護師が地元のタクシー会社に連絡する。
コロナの疑いのある患者が乗車する場合、前席と後部座席が透明なパネルで遮断されたタクシー複数台が患者の居る場所まで向かう。
患者用のタクシーと、看病していた方々もしくはドローンからPCを患者へ取り持った方をタクシーに乗せて、前者は病院へ、後者は感染の有無を調べる市内各所に設けられたPCR検査場所に向かう。
10分間隔で連絡が入り、緊急医療センターの職員たちが整然と対応している光景を見て、厚労省の役人や記者たちは驚愕していた。更なる衝撃は質疑応答の際に明確になる。
「医療崩壊って、日本で何が起こってるの?」
「電話後の一次対応で判断でき、患者の容態に合わせて適切な医療施設に分散されている、日本もそうなんでしょ?」
「えっ?何で導入してないの、日本のシステムなのに」
と逆に質問され、厚労省の担当者達が困窮する場面を、記者たちは目撃してしまう。
明日と明後日のラオスとカンボジアが導入を要請していると聞いて、何故、厚労省は検討すらしていないのか疑問を抱くようになる。
このレポートが記事になっただけで日本政府と厚労省は矢面に立つだろう。外務省は政府を糾弾しようとしているのか?と疑問を抱いていた。
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11時までフリーのモリは、コーヒー豆を焙煎して販売している店を何店か訪れて、テイスティングしては豆を買い込んでいた。
夕方までフリータイムとなった養女3人と秘書通訳2名と客室乗務員担当の自衛官4名は、ハノイ市のショッピングモールを梯子して、3チームに別れて店舗内の商品を物色していた。
玲子のチームはショッピングモール内のスーパーで食料品を買い込み、杏のチームは生活雑貨と民族民芸品を、樹里のチームは衣料品店を廻っていた。
コロナで閑散とした店内で日本人と思しき団体が爆買いし、宿泊先のホテルに搬送する荷物で1BOXカー3台が必要となる。
「中国人観光客か?」「いや、日本人らしい」「同胞らしき人もいるな」とショッピングモールの店員間で話題となっていた。
両手に荷物を抱えてUubbeerタクシーでホテルに戻って来たモリは、部屋にコーヒー豆を置いて、シャワーで汗を流してロビーに予定時間通りに現れる。
コーヒーは今日はもう沢山で、マンゴージュースを頼んでホッと一息ついていた。
里中がやって来て向かい席に座る。
「日本人バイヤーがショッピングモールで爆買いしてるって、ホテルマンの間で話題になってるよ」と笑う。
「それが、あの子達のミッションだからね」
そこに市内の緊急医療センターへ視察に行っていた一行が帰ってきた。慌てて自室に戻る者とレストランに向かう者に別れた。どうして?と里中に訊ねる。
「レストランに行った人達は、午後、郊外の田園地帯でバギーの勇姿を見学に行く。部屋に戻った人達は私達についてくる。ちょっと遅れて出発かな・・記者さんたち、緊急医療センターで度肝を抜かれたらしいわよ」
「そう・・」
厚労省の中で検討が始まれば、冬には間に合うだろうか?とフト考える。
「北米行きなんだけど、移動は空自の輸送機で、陸自のスナイパー部隊と兵站部隊を加えようって話になってるの」
「防衛省が独自に動いた?それとも政府が?」
「防衛省の兵器調達部門の上役みたい。彼らが欲しがってるんだって、あのドローンを」
予定通りか・・
「スナイパー部隊の間であなたが注目されてるの知ってる?」
「知るわけ無いだろ、接点ないし・・」
・・事件絡みか?・・
「テロ対策特措法っていうのがあって、法案成立前に陸自と警察内でコマンド部隊が出来た。
陸自のエーススナイパーが、あの事件の現場検証に参加してあなたの狙撃ポイントから犯行グループに見立てて配置した人形を、あなたの猟銃で狙撃した。結果はどうなったと思う?」
「ちょっと待った。外務省の一官僚がそこまで把握できるものなの?」
「官僚同士の横の繋がりが無ければ無理よ、防衛省にもあなたの応援団が増えつつある」
「応援って、何してくれるの?」
「前回のタイ行きで空自の輸送機を使えたのも、今回政府専用機がクラスアップしたのも、同行する官僚達が増えたのも、全部あなたを支える為。陸自の特別部隊が野ブタの掃討作戦で活躍してご覧なさい。あなたは自衛隊の特殊部隊を率いるリーダーだと米国から見做されるのよ」
「だから、都議に期待し過ぎだって・・」発言中に里中に突っ込まれる。
「岡山と栃木にあんなに執着してるのは、何故? 知事選だけとはとても思えないんだけど」
「考え過ぎだよ。そろそろバスに乗ろう、みんな集まってきたし・・」
里中の睨みを躱すように立ち上がり、玄関前に横付けされたバスに向かう。
モリが残したマンゴージュースをストローで一口飲んで「美味しい!」と言って慌てて飲み干し、里中も立ち上がった。
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午前中の買い物を終えた一同は、ショッピングモールのフードコートで昼食を食べていた。
玲子は、吉田麻衣が異様に元気なので驚いていた。岩国基地への転属が決まって落ち込んでいたのに・・。昨夜は樹里が、朝は杏がモリの部屋に忍びに行ったので、その手の状況では無いのは分かっていた。
「ロォテのチョコパイって、国内産のは凄く小さくなったでしょ?なんで大きさがここまで違うのかね?」
麻衣が購入した6個入りのチョコパイ2箱を開封してみんなに配ってテーブル上で騒ぎになっていた。
「韓国資本の工場がベトナムにあるのよ。どうかな?ロォテ製品は全部採用じゃない?」
「うん、賛成」モグモグと咀嚼しながらググった声で杏が賛意を示す。皆も食べながら頷いている。
「日本のロォテ社の小麦はプルシアンブルーが供給してるから、問題は無いね」
玲子がタブレットで検索した結果を述べる。
「大手の菓子メーカーで契約してない会社ってあるの?」樹里が玲子に訊ねる。
「うーんと、多分無い」玲子が笑いながら言う。
「どうして日本の会社は文句を言わないのですか?大きくて安い方を皆買いますよね?」
パウンさんが片言の日本語で聞く。
杏が英語で話し出す。全員が英語を苦にしないメンバーで構成されていた。
「それはですね、日本では殆どの小麦を輸入品に頼っています。アメリカとオーストラリア、一部ロシア産です。輸入小麦は日本政府が全部纏めて、価格も決めて国内に販売してました。でも世界中で小麦が消費されて値段が上がりました。恵比寿にお住まいのパウンさんもご存知でしょうが、安価を売りにしている日本の飲食店が一斉に値上げを始めました」
「もしくは価格据え置きだけど、商品を小さくしましたよね。カントリ・マァムのクッキーもどんどん小さくなっちゃって・・」
「パウンさん、富士家ヴェトナムって会社でクッキー作ってます。勿論、買ってきました」
玲子が誇らしげに言うと、パウンさんが喜んだ。
「オーストラリアでウサギの捕獲を始めて、プルシアンブルーは安い小麦を入手できるようになった。それで各社が小麦の調達先を変えた。プルシアンブルーがスーパーで東南アジア製の菓子を販売しても日本本社は文句を言えない。誰が思いついたのか、凄いですよね」
チャワリットさんが杏の後を纏めた。樹里が胸を張るのは毎度の事だが、玲子は吉田麻衣が小さくガッツポーズをしたのを見逃さなかった。
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外務省の北米局の担当者が赤坂の大使館を訪れ、カナダ大使館にも打診中との事で計画案を提示して行った。
10月中旬から2−3週間に渡って野ブタの駆除を行いたいとの要請だ。
内容は北部各州政府とも要相談だが、互いの感染リスクを避けるために米軍基地や地方の空港に自衛隊機で到着して、野ブタ棲息地の側のキャンプ場や公園に野営しながら、野ブタの掃討作戦を展開したいという内容だった。
米国大使は大統領選前のスケジュールとなり、ほくそ笑む。共和党政府が召喚し、成果を上げたとアピール出来る。数週間で600万頭のうち何万頭の駆除が出来るかはやってみなければ分からないが、副大統領が要請して実現した事実は、2度目3度目の駆除でも効果がある。共和党が敗れたとしても、2度目3度目の駆除活動の先頭に副大統領が立てば効果は必ずある。年間被害額が15万ドル(2千億円)だ。その2割が減り、毎年1割づつ減少すれば十分効果は得られる。
大使は早速、本国共和党政府に連絡した。
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鹿児島県環境林務部宛てに、防衛省から打診が入った。2週に渡る週末のシカ・イノシシ駆除に自衛隊も参加させて欲しいと要請を受けた。
討伐した動物は鹿屋市にある鹿屋航空基地の輸送機で富山へ運び、猟友会のハンターに混じって射撃が得意な自衛官も加わりたい、と言う。
モリ都議は鹿児島側が問題なければ構わないと言っているそうだ。
北米での作戦を睨んでの予行演習を鹿児島で行うという防衛省側での判断だった。
ハンターが多い方が好ましい環境林務部は自衛隊の参加を了承する。与党側の知事なので承認を取り付けるのは容易だった
(つづく)