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(7) 外資企業、 参入余波(2023.9改)

「プルシアンブルー日本法人、富山市に本社設立」

シンガポール企業の同社が駅前のビル2フロアに進出するという記事が富山の地方紙に載った。富山市に隣接する南砺市の丘陵地に工場を3棟建設、バギー・潜水艇、ドローン組み立て工場とエンジン製造工場、バッテリー製造工場を建設。
能登半島の氷見市に肥料工場とペットフード工場を建設するという内容で、地方紙の報道を受けて翌日、全国紙と主要メディアも大々的に報じるようになる。
太平洋側と大都市部はコロナによる経済停滞中で、緊急事態宣言が再度発令されるのではと言われており、工場建設など皆無に等しく、ましてや外資企業の進出は異例で、富山県の中ではトップニュースとなった。

日本法人の社長に就任するサミア・サムスナーは地方紙掲載の翌日、ブルーインパクト社の事務所で富山新報の取材に応じ、コロナの影響が太平洋側ほどないこと。部品会社が小松市に集中しているのと、個人的な理由として、主婦でもあるので、水道水が美味しいからこの地に決めたと述べた。

工場は県内の建設会社3社に発注済で間もなく着工だと言う。
「全工場が半導体工場で用いられるクリーンルームとなりますので、建屋内でのウィルス感染のリスクは低いです。工場勤務者1300名の募集を始めるので、近隣にお住まいで車通勤可能な方はエントリーをお願いします。社宅や寮の建設はコロナ渦の為に当面ペンディングとします」
と、わざとコメントする。
富山新報を就職情報誌として使い、富山県民に向けて仕事を紹介する用意がある旨を発信した格好となる。
何故、肥料工場やペットフード工場がクリーンルームを必要とするのか、明らかに過剰な設備なのだが、後に精密部品や半導体を製造し始める為だった。どの工場にも潤沢な水源があり、生産工場の設置場所として広大な敷地確保して、必要に応じて工場棟を増設する意味合いもあった。

日本ではコロナの影響で地方の地価は更に下落し、住宅地以外の土地はコロナ前に比べて大バーゲンセール状態になっていた。世界でも、業務拡大を掲げて投資する企業は、製薬会社やマスクや消毒剤製造会社くらいではなかろうか。

地価云々の話はさておき、金森候補の息子の企業が富山に進出となると、県が誘致した訳ではないので、やはり金森候補への支持を集める材料となる。現職の知事の4期の治世で、県内の経済は下降した。新幹線導入による企業の誘致や人口の増加といった話は、関西圏や都心への人材の流出を招いただけで「失敗だった」と位置づけられている。富山新報の取材に応じたサミアは、そんな現状を踏まえた上で話に「色」を添えた。

「エンジン工場では農機用エンジンの製造が主力ですが、250ccのバイク用エンジンや 660ccの軽自動車用エンジンと小型船舶用のエンジンの開発も行います。バギー製造、農機メーカーから始まった自動車会社、ボート会社に将来的に拡大してまいります」と述べた。

金森陣営の参謀役を表明しているサミアの、このリップサービス発言は波紋を呼ぶ。
AIによる農機自動運転を実現している企業が、乗用車と小型船舶の分野に進出するインパクトは既存のメーカーにとって衝撃的な発言となる。
農機やドローンの完成度を見せつけられた後だけに、この企業拡大の表明は「買収される側」だったブルーインパクト社が、資金繰りさえ可能となれば「買収する側」に転ずるかもしれないと、既存のメーカーは危惧を抱き、富山県民や同社に部品を提供している部品メーカーは、業績拡大のチャンスだと色めきだった。

日本政府や経済産業省にも寝耳に水となる。
シンガポール資本の企業が工場建設を始めて、将来を語りだしたら、日本企業の対抗馬、シェアを奪うかもしれない企業だと判明したからだ。
コロナ渦で自動車産業の売上が下がる中で、新たなメーカーが参入するとなれば、各自動車会社から「認めるな」という主旨の陳情が来るに違いない。
規制を掛ける、工場建設を認めない、日本国内での販売を認めないなどの対抗措置を経産省は講じ始める。
しかし、与党からは「やらせてみよう、バギーと車は別物だったと、何れ思い知るだろう」といった発言が出て来る。対抗措置を講じるまでもないとする、幹部層からの意見が届くようになる。

これも与党の勘違いだった、米国の意向を受けた日本進出と、金森当選を確実なものとする県民の就業支援策だろうと、誤った見解を抱いていた。

金森にも、モリにとっても「与党幹部の勝手な思い込み」は知事就任、事業拡大の最高の援護射撃となる。金森陣営、ブルーインパクト社では政府側の抵抗や嫌がらせは想定しており、予め対策は講じていたのだが、今回は発動することなく済んだ。

また、モリとブルーインパクト社は新たな抵抗勢力に監視されていた。
その勢力が、コロナで外交を寸断された外務省だ。特に東南アジア担当の職員がヴェトナムへの同社の進出を分析し、同社が今後、どの国へ進出するのか、政府の外交方針に反するかどうかを注視していた。単にやることもなく暇だったのかもしれないが。

職員たちが手分けしてモリが訪れたベトナムをはじめとする大使館を回り、どのような話をしたのか、情報収集を行ったようだ。大使館員レベルからの情報でも概要は掴めるものだ。
トピックスとして、日本から向かった社員たちが説明員となって、ベトナムメコンデルタへやって来たのASEANの農政担当者が、農耕用バギーの田植え視察に訪れているらしい。日本からベトナムに輸出したバギーの台数が6月現在で1千台を超え、更に台数が必要な状況にあると知り、富山に新工場を建設する理由が見えてきた。    

また、同社が購入したベトナムの17haの田んぼの9haはインディカ米を植えたが、残りの8haには「ちゅらひかり」という沖縄で栽培されているジャポニカ米を植えたという。ちゅらひかりは山形などで栽培されている「ひとめぼれ」と、病気に強い「奥羽338号」という品種を交配させた米で、沖縄のご当地米となっている。このコメは今後日本に逆輸入する可能性がある。東南アジアで沖縄米を育てるという発想は今までに無かったので、注視する必要がある。  

オーストラリアとロシアの大使館では小麦の買付けの相談と、牧場の警備用にバギーの提案に訪れていたことが分かった。オーストラリアでは一部の農家でコシヒカリの栽培をしている。耕作放棄地の情報提供の要請をしたようだ。

日本の省庁がそれぞれシンガポール企業の動向を把握し、情報収集するのは結構なのだが、情報を取り纏めるはずの内閣府や与党のオツムが弱いのか、能力不足なのか、どこもかしこもイマイチで、経済産業省・外務省の情報を纏めて分析しようともせず、あいも変わらず縦割り体質で各省庁別に同じようなレポートを作成する。薄っぺらな内容となるので緊急の度合いが下がり、警戒感がなくなる。韓国、台湾メーカーにシェアを奪われた教訓、第二次世界大戦で情報戦でボロ負けした要因、分析能力の弱い伝統は見事なまでに強化されたようだ。
米国、中国の諜報部隊とのレベルの違いが一層開いてゆく。


この週末、ホームページとSNSで金森鮎は、県知事選への立候補を表明。公約を初めて公表する。コロナ中なので記者会見もネット会見で、候補届け締切日に行うと表明する。

モリは杏と共に羽田に向かい、富山空港へ飛んだ。久々の富山入りとなるが、金沢市と富山市のスーパーとの提携に伴う各種契約締結が目的となる。

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富山の商工会は金森陣営の公約発表とプルシアンブルー社の富山進出で沸き立っていた。

県内に無い、本格的な製造業とIT企業の進出は、自動車や小型船舶の部品メーカーの誘致を齎し、県内企業のIT促進を進めると期待する。県庁や各市役所の職員たちは県内の就業率を上げ、人口減少を是正するかもしれないと、降って湧いたような話に色めき立っていた。

「金森候補者の関係者が富山城址公園前の居酒屋さんの店舗を使ってテイクアウト型の店舗を出店するらしい」富山市の商工会では、そんな噂が流れ始める。

「富士山や南アルプスの麓で駆除した鹿肉を仕入れて販売するらしい。ジビエ肉を扱ってる山田さんとこに、肉の管理が出来ないか相談に来たらしいぞ。鹿の肉なんて、美味いのかね?」

「ほれ、娘のムコさんが鉄砲打ちで有名になったろ?そんときシカの肉をパンに挟んで食っとったらしい。嫁の話じゃベトナムにそんなサンドイッチがあるらしい」

「ハンバーガーみたいなもんか?」

「あーいう丸いパンじゃなくて、フランスパンに挟むんやて」

「それだ。そんでパン屋の丸山さんとこに、フランスパン焼いてほしいって相談があったらしいぞ」

「そうか、パン屋と肉屋か・・ちったぁ儲かるんかな?」

「コロナだからな。どうなるやろな」

「そのムコさんの会社やけど、サンフラワーっていう市内のスーパーに投資するらしいな。億だって話だ」​男が指を1本掲げていう。

「ムコさんの会社、かほく市だろ?カレー屋やったり、今度はパンとスーパーに投資で、それが母親の選挙に意味があるのか?よくわからんな・・」

「投資したってよ、売上が上がらにゃ何も意味ねえべ?」

「そりゃそうだ、こんだけ風呂敷拡げて全部だめだったってオチもあり得るからな」  

・・・という商工会の皆さんの反応が一般的なものだろう。さて、チームの皆さんは何をしようとしているのだろうか?

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キッカケは金森の同級生が集まった日の事だった。同級生たちの称賛を浴びたのが、サミアのカレー各種だった。樹里とサチがナンを焼き、カレーとともに提供してゆく。

来年で60になる面々がインドカレーを受け入れたのは、ベジタリアン向けカレーにサミアが的を絞ったからだ。トマトとニンニクの黄金コンビに玉ねぎ、セロリなどの野菜を加えて、サミアが選定したスパイスを調合してゆく。ニューヨークでも、東京でも年配者に喜ばれたカレーをこの日は用意した。

このベースに、卵、鶏肉、ハムなど各自好みのタンパク質を具材に加えて味に変化を与えて仕上げていた。

居酒屋店を経営している同級生が鮎に相談する。コロナで閉めている店舗でこのカレーを販売させてくれないだろうか?と。駅チカの店舗で購入できるなら毎週のように通うと誰かが言い出すと同級生達が騒ぎ出し、100人近くが見込み客となった。サミアの作戦勝ちだと樹里とサチがサミアをハグする。

里子と玲子が隠していたメニュー、鹿肉のバーンミーと、鹿肉のフォーを卓上コンロで作り始める。

鹿肉は双方共通で背ロースのスライス肉を刻んだニンニクとベトナムの魚醤ヌクマムで炒める。フォーの方は米粉の麺をうどんのように食すのだが、予めシカのモモ肉を煮込んだスープを温めて、鹿肉を炒め始めるとギャラリーが集まり始める。

フォーの麺を茹で始めると、ベトナム料理だと分かって、欲しがる人が並び始める。スープに麺を入れて、炒めた鹿肉と好みの野菜をトッピングする。バーンミーの方はバケット(小型のフランスパン)を乾いたフライパンで焼いてパンナイフで切り込みを入れて、フォーで使った鹿肉と野菜をパンに挟みタイ製のケチャップソースとマスタードをハンバーガーより少なめに投入して完成となる。

「はい、どちらも150円ですが、今日はカレー同様に無料でーす。温かい食べ物が欲しい方はどーぞ」と玲子が言うと、樹里とサチがヘルプに回る。

値段に驚き、食べて驚き、インド人とベトナム人の味覚にノックアウト状態になる。

「カレーも含めて、この場所で提供しようと思ってるの。選挙期間中の2週間。バイト代も勿論出すわ。酒田君の居酒屋さんも含めて、どなたか手伝っていただけないかしら?この子達もいるわよ」
鮎が言うと20人くらいの手が上がった。専業主婦が殆どだな、と想定通りの展開となったと鮎は笑った。

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富山駅前の雑居ビルに、かほく市のブルーインパクト社が引っ越してきた。かほく市の事務所は製品テスト用施設となり、バギー、ドローン等の設計者とエンジニアが残る。富山市の本社はITエンジニアの常駐先となる。本社スタッフの採用活動と、周辺大学のバイト採用も始まった。

フロアの一室を五箇山拠点の金森陣営スタッフの休憩室、更衣室として用意し、杜家の妻と大学生達は徒歩3分の選挙事務所とブルーインパクト社の双方を手伝えるようにした。

金曜の夜にやって来て富山のホテルに投宿していたモリと杏は、新本社に出社する。会長室なるものが用意されていて、サミアに案内された。

「いらないんじゃね、無駄でしょ?」と言うと「学校の夏休みと選挙期間中の週末は出社しなさい」とサミアに椅子を指さしながら言われて、仕方なく座った。

そして、これから向かうスーパーの提案資料を2人で確認し、プレゼンの流れを小気味よく決めてゆく。

「なんなの、この2人・・」樹里がふと口にする。

「ボスとサミアのコンビは無敵」「2人の天才」と言っていた、嘗てのゴードンの発言を誰もが思い出す。

「プルシアンブルーは成功する」と玲子は思い、サチは「私の就職先はこの会社だ」と確信した。杏は「会長秘書は私、誰にも譲らない」と意を決していた。

「車が来ました。皆さん、そろそろ出発して下さい」

スーパー担当のエンジニアが部屋に入ってきて、6人を促した。

車は2台のキャンピングカーで、分乗する。片方の車両にはカレー鍋が複数積み込まれ、匂いが車内に立ち込めていた。片方の車両には鹿肉と骨で一晩煮込んだフォー用のスープ鍋の匂いが漂っていた。

「匂いが付いちゃうな・・」時折スーツの匂いを嗅ぎながら、モリはプレゼンの流れを再確認していた。

スーパーの駐車場の所定の位置にキャンピングカーを並べて停めると、ドライバーのエンジニアと女子大生カルテットは2組に分かれて開店準備を始める。

モリとサミアは外に出て、暫く眺めていた。

「選挙事務所で飲食しても、選挙違反にならないの?」

「無料で提供出来るのは飲み物だけ。食べ物は購入してもらえば問題なし」

「なるほどね・・で、試食は出来るのかな?腹減って来たよ・・」

「お嬢さんたちに頼んでおかないと、なくなっちゃうわよ。今日は土曜日なんだから」

「鍋がそれぞれ3つもあるのに?」
大きな寸銅鍋だったので、モリは信じられなかった。

「午前中で無くなる。午後の分は同じ鍋を別の車が運んで来るけど、夕方まで保たないでしょうね」

「冗談でしょ?」
売上と利益がどうなるのか、知りたくなった。

「私だって驚いたわよ、こんなに売れると思わなかったもの・・この子達目当てって言うのもあるんでしょうけど・・」

「カレーはさ、サミア目当ての客も居るんじゃないかな?」そう言ったら褐色の肌の頬のあたりがほんのり赤みが増した。

「ようこそ、お待ちしておりました!さぁ、どうぞこちらです。ご案内いたします」

スーパーの従業員がやって来たので、その場の雰囲気を放置して、流されてゆく。「今日の昼メシには食べれないかもしれないな」と思いながら。

(つづく)

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