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(3) 「無償住宅 、遂に日本上陸」の巻 (2025.1改訂) 

叔母の村井志乃、母親のアリアに連れられて、連休明けの公立中学に転校してきた中3の村井彩乃と中2の杜マイに対する視線は、モリの養女という肩書と、2人の娘のルックスが、美しい叔母と母から共に伺い知れる箇所となった様だ。中学校の有る豊見城市は杜議員の選挙区でもあり、政治家となる前身が教員だった点も、多分に作用したかもしれない。
養父の肩書だけでなく、彩乃の母は岐阜県知事で、マイの母親はレッドスター社の社長という身分なので、教員達も生徒同様に2人の転校生に過剰に反応してしまう。生徒達から知らされるのだが、杜議員の投稿動画に度々登場していると聞き、彩乃とマイが既に全国区なのだと動画を見て認識する。
そんな2人がクラスに転入してくるので、それなりの騒ぎとなる。普段の転校生の転入とは異なるケースとなった様だ。

彩乃とマイは同じ部活に入ろうと画策し、放課後になるとクラブ周りを始めていた。
那覇市内にあるインターナショナルスクールに通い始めた30人の山岳民族の子女達は、市内の空手道場やスイミングスクールにも通うつもりでいるそうだ。しかし、腕っぷしに全く自信の無い彩乃とマイは、文化部系の部活動から見て廻っていた。                    

水泳部だろうか、プールサイドでは水に飛び込む生徒達が居る。 
沖縄では5月でも入水可能な水温となるのは、自宅となったホテルのプールで既に体験済の2人ではあったが、4月まで富山山間部の中学校に通っていたので、夏の学校風景の様に見えてしまい、違和感を感じていた。

「これから夏と残暑の厳しい秋のこと考えると、プールっていう選択肢もありだな・・」 四季の無い国からやってきたマイが日本語で呟く。
シャン州の学校にはプールはなく、体育の授業で時々川原に行って足をつけ、水のかけっこをするくらいだった。沖縄へ来てプールを知ったマイが、水泳部に興味を示すのも、ある意味で当然だったかもしれない。それに加えて、マイは代々シャーマン家の血筋だ。自分がどの部活に入るべきなのか、「導きや閃き」のようなあやふやなモノが選考の基準となったりする。
文化部から廻ると言いながら、校舎の窓から見えるプールばかり眺めているマイの姿を見て、彩乃も溜息を付く。

「教室にはエアコンが有るから、室内はそれなりに快適なんだけどねぇ」と彩乃が言ってみるが、彩乃自身も最近になって水泳に興味が無い訳ではなかった。 
自宅のプールや石垣島のビーチで、モリの指導で平泳ぎを覚えたのだが、今まで感じなかった速度で泳げるようになっていた。
「アヤの筋肉は平泳ぎ向きだと思うんだよね。マイは器用だから、背泳ぎとかバタフライも覚えたら、4種目個人メドレーの選手になれるかもしれない」 彩乃はモリが言っていた言葉をフト思い出す。マイも恐らくあの一言に影響を受けているのだろうとも思っていた。

「マイの肌や筋肉にはまだ触れていない。でも、私の体の隅々まで知っている先生が平泳ぎに向いていると発言したのは、何人もの女性の体を見てきたからなのかな?」と。
「何れ、マイの体を把握するようになれば、先生の意見も変わってくるかもしれない」とも思った。
「プールみたいな安全な水中っていう世界を今まで知らなかったから、何故か注目しちゃうのよね。流れがある川や海で泳ぐのは、どうしたって危険が伴うでしょ?」
 ”危険が伴う”なんて言い回しを何処で覚えたのか?マイの言語習得能力は相変わらず凄い。山岳民族の12言語と英語はペラペラだし、日本に来てまだ3ヶ月も経っていないのに、AI端末による翻訳機能をいつの間にか使わなくなり、日本の中学校の授業を理解し、富山の中学では中2のトップの成績になっていた。山間部学校の中2生は、5人しかいなかったのだが・・

「マイがプールに惹かれてるなら、水泳部でも構わないよ。朝練に出るようになってから、マイも私もお姉様方の動きに少しは付いてゆける様になってきたじゃない」
マイと彩乃は高2の養女達と共に、シャン族・カレン族・モン族の3部族の元女性兵士達の朝のトレーニングに参加するようになっていた。
木刀を使った棒術や、レスリングの様な格闘術の訓練には流石に出ないものの、ホテルの周辺を走り、山岳民族流の筋トレメニューを熟す日々を経て、筋肉痛から脱出しつつある。朝練をするようになってから、彩乃との性行為に誰かさんが喜ぶようになった・・というのが、実は最も大きな彩乃のモチベーションでもあった。 那覇市の高校に転校した、高2の二人も同じ様な事を言っていたし・・

「水泳部かぁ、富山の中学には無かったからねぇ・・」
そもそも、在校生が男女3学年で十数名の学校なので、団体競技が多い運動部自体が限られる。富山の山間部で水泳部となると、夏だけしか泳げないので、「部を作ろう」というそもそもの意欲が生徒から出てこない。

3階の窓からプールを眺めているマイの眼が輝いているように見えたので、「水泳部、ほぼ確定かな?」と推定しながらも、彩乃は主張を述べた。 
「あのさ、私、ブラスバンド部も見たいんだけど・・」 
本当は軽音楽部があれば良いのだが、高校にならないと無理だろうと思った彩乃は、ブラバン部の打楽器に関心を寄せていた。モリがドラマーでもあるからなのだが・・

「おー、じゃあ行こうか。パーカッション、どんなのがあるのかな?」

「え?マイも打楽器が良いの?」

「違うよー、誰かさんに溺れてるアヤがやりたがってるだろうなって思っただけだよ。アヤは彼を理解しようと、必死だからねぇ」 

「それのどこが悪いのよ?」

「あのね、子どもを産むんなら、ワタシも先生の子が良いと思ってる。
だけど、私はまだ中2なの。あなたと違って、男を全く知らないの。思春期っていう期間・・マンガで覚えた言葉だけどさ、その甘酸っぱいって言われてる世界を是非味わってみたいのよ。これだけ男の子が居るんだからさ・・」
族長の娘らしい発想だ、と彩乃は思った。事実、マイの母は今はモリを夫だと思っているが、ビルマに居た頃は若い男を取っ替え引っ替えだったらしい。

「なるほど・・分かった。マイが恋をする様になったら、改めて話し合おっか。それまで、この話は保留にしよう。今は議論が平行線のままになると思うんだよね・・私の言ってる日本語は分かったかな?」

「分かった。pendingとparallel lineだね。The debate is at a standstill.(議論が平行線を辿る)ってこったね」

「ペンディングは分かったけどさ、パラレルラインって、そのまんまなんだね。知らなかったよ。英語のディベートなんじゃらの箇所はさっぱりだったけど・・」

「ま、取り敢えず、ブラバン部に行ってみよう!」
マイがプールを名残惜しそうに見てから、右手を上げて歩き出す。水泳部に入る踏ん切りが、彩乃はつかないでいた。水着姿を晒すのは嫌だな〜と、その一点で躊躇していた。 
思春期を味わうどころか、数年前までの性虐待で精神的に弱りきっていた彩乃には、時間をかけてケアをするのではなく、恋い焦がれている人物との大人の恋愛に踏みこむしか術は無かった。彩乃の叔母の村井志乃から話を聞いたアユミは、そんな過去を想像もしなかったと謝罪混じりに納得してくれた。カリア王女には彩乃自身が自白して、涙混じりにカリアも理解して貰った。

中2のマイに”その時”が来た時、改めて事情を説明して理解してもらおうと彩乃は思った。

ーーーー

岐阜県内の5箇所のゴルフ場跡に、PB Enagy社がソーラーパネルを敷き、発電を始めたと、岐阜のローカルニュースが伝える。山林を伐採して作るゴルフ場やスキー場は環境破壊の産物とも言える。
コロナ期を経て需要が激減したゴルフ場やスキー場は、名門や著名なコースは生き残れたものの、評判がそこそこのコースは廃業したり、営業を止めたままでいた。
昭和末期のバブル時代にゴルフやスキーブームで雨後の筍の様に乱立したが、需要が大きく減少した今は淘汰の時代へと転じた。在京在阪の企業が接待にゴルフをあまり使わなくなったのと、スキーからスノーボードに比重が変わり、楽しめないコースを持つ事業者は撤退を余儀なくされた。

環境破壊が伴うメガソーラーを批判してきたPB Enagy社は、雪国ではスキー場跡を、地方ではゴルフ場跡を買収し、プルシアンブルー製の太陽光パネルを敷き詰めていった。元より、海上での発電に耐えうる耐水性と堅牢性を兼ね備えたパネルなので、メガソーラー建設企業が採用している中国製太陽光パネルと、発電能力を取っただけでも比較にするに値しない。
従来の太陽光パネルがテレビ画面の様にフラットな薄型であるのに対して、プルシアンブルー製のパネルは表面が凸凹しており、比較的厚みがある。表面を剣山の様に歪な形状にすることで、パネル1枚あたりの発電効率を2倍、3倍と向上させてきた。つまり、2分の1、3分の1のパネル数で、従来型パネルの発電能力に達してしまう。
PB Enagy社がメガソーラー企業を否定し続けているのは、中国製太陽光パネルの価格の安さにフォーカスし続けている、その1点だった。

パネル自体の耐久性が無いので、メガソーラー内で故障するパネルが相次ぎ、パネル製造で一般的な材料となっている鉛、カドミウム、ヒ素、セレン等の化学物質が漏れ出し、環境破壊を引き起こしている。
2016年に熊本阿蘇山周辺で始まったメガソーラー計画が最たる例となる。
阿蘇くじゅう国立公園の周辺でソーラーパネルが乱立し始め、住民達や阿蘇山の景観破壊を心配する人々が懸念を投げかけている。環境破壊で知られる台湾の半導体メーカーを国と共に誘致する、熊本県らしい逸話だ。
建設する業者の品性を疑うのと同時に、そもそも国定公園に隣接する土地に建設を認めた県や市の対応もお粗末だし、異常過ぎる。

一方、岐阜県のケースでは5箇所の元ゴルフ場跡の発電で岐阜県内の山岳地域の7町村、1500世帯の電力がカバーできることになった。岐阜や富山では太陽光発電だけでなく、県内の大小さまざまな河川の流れを利用し、小型の発電機を設置して、発電量を増やす計画で居る。また、”しらさぎ経済圏”内で新たな企業を創業して、更に発電能力を上げようとしていた。

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岐阜を表敬訪問中の久遠瑠華は、恵那市にあるゴルフ場跡の太陽光発電システムを視察した後で岐阜市内に戻り、とある住宅展示場に到着した。

新鋭の芸能人である瑠華の「取材」活動と、CM用の撮影を支えていたのは、名古屋市長秘書の源 翔子と富山市長秘書の諏訪結子だった。
本来なら岐阜県知事秘書の村井志乃が対応するのだが、志乃は沖縄出張中なので、ママ友の2人が、名古屋市と富山市から代理として駆け付けていた。 

岐阜市内の住宅展示場の一角に、青い衝立てで四方を覆われた戸建て住宅がある。住宅の駐車場スペースには日本未発売のSAABbブランドのプルシアンブルー社の車両が停まっていた。
瑠華たちがその建屋内に入ると、アジアビジョン社の撮影クルーがおり、照明器具の確認やマイクやカメラの調整をしている。瑠華は部屋の一室に入り、CM用の衣装に着替え始める。メイクさんが着替え中の瑠華にタブレットを見せて、「こんなメイクになります。全てAIが補正するので今日は何もしませんけどね」と言う。
メイクをしない撮影現場は初めてだ、と瑠華は思う。同時に「だったら、私自身が居なくてもよかったんじゃない?」とも思った。何故なら、母親役の瑠華はこの場に居るが、瑠華の夫役の杜 亮磨と夫婦の子役は不在で構わないらしい、AIが3人分の映像を作成するからだ。        

「AIが想像する、お二人のお子さんはこんな感じになります」
ディレクターから見せられた映像を見て、男の子は亮磨の面影があり、女の子は自分の子供の頃に似ているので瑠華は驚いた。恐らく杜家の兄弟のデータを取り込んで、想像したのだろう。それでも、たとえ想像とはいえども、2人の子供の映像を見せられた瑠華は舞い上がっていた。

「家族が我が家で過ごしている」というイメージCMの撮影が始まろうとしていた。
富山市で新たに設立したPB Home ジャパン社は、プルシアンブルー社の住宅子会社となる。その子会社の役員に沖縄出張中の村井志乃と、瑠華の引率役の源 翔子と諏訪 結子の2人も役員に名を連ねている。
社長はプルシアンブルー社社長のゴードン・サムスナーが兼務しているが、実質、年長の2人、翔子と結子に経営は託される。
経営と言っても、ネットで住宅販売を扱うので営業部隊は居ない。富山・岐阜・名古屋内の住宅販売場に、ビルマの山岳民族の女性の案内係が居るだけとなる。          
住宅の設計はAIが行い、設計に基づいた部材は骨組みとなる住宅の鉄骨は台湾から、バス・トイレ等の水回りはタイから、木材と木質パネル、そして内装関連はビルマから届けられる。
住宅の施工自体は兄弟会社であるPB建設が提携している、町の大工さんや工務店が請け負う。昨今のプレハブ住宅と一緒で、プラモデルの様に組み立てた後を大工さん達が内装工事を引き継ぐ。
PB Homeの「ウリ」は屋根のソーラーパネルと外壁パネルが発電し、一世帯の家屋が利用する標準的な電気使用量を日々生産し、余剰電力は売電するので電力収入も得られるという点だ。

海上での養殖用の生簀の上での太陽光発電とコンセプトは同じものだ。ビルマ国内での一棟あたりの販売価格は約350万円平均だが、日本では約850万円としている。レッドスター社の自動車とセットで丁度1千万円となり、プルシアンブルー社の金融子会社・とやまシティ銀行と岐阜と名古屋市内の地銀が提携ローンを提供する。
しかし、住宅購入・居住者の実際の年間・月額のローン費用は一切かからない。居住者が家屋が発電した電力をPB Enagy社に売電すると、その売電した費用が全額ローン返済として廻る。年換算では約10万円程度が余剰電力となると想定され、住宅購入者の口座に振り込まれる。
ローン期間の15から20年間が終わると、以降の売電費用は丸々世帯主のものとなる。そう、ビルマで「無償住宅」として爆発的に売れている製品を日本に持ってきたのだ。  

家そのものがローンを支払う格好となるので、ローン審査基準が収入や職種とはならず、2つの要件を満たすことが条件となる。
1つがローン対象者は富山県・岐阜県・名古屋市内に住宅建設可能な土地を持つ30歳以上で、50歳以下の家族と同居することとした。2つが住宅ローンを締結する際、PBホームの火災保険と地震保険、そして貯蓄型の15年から20年満期の生命保険に加入できる健康体であることだった。
1つめの家族と同居を条件としたのは、家屋を建てて賃貸に出されるのを防止するためだった。また30歳以上としたのは、若年層の社会人がいきなり住宅費が掛からずに済むのは、生真面目に高いローンを支払っている、また支払ってきた人々との格差を広げない為だ。
2つ目の保険加入は、緩いローン審査を補填するためだ。保険加入条件を転職歴が少ない雇用者で、3種の保険料を支払える相応の年収が必要となる。
また、シングルマザーでパート務めとか、パートナーが居ない単身者に対しては、2県1市が新たに建設する、通常の電力使用量内であれば電気代が一切掛からない公共アパートを紹介して誘導する。                    

仮にしらさぎ経済圏の2県1市で1万世帯がPBホームの家を建てたとする。1万世帯の住宅の発電量がPB Enagy社に供給され、1万世帯分の中部電力・北陸電力からの電力供給量は停止するのでゼロとなる。2万世帯、3万世帯とPBホームが次第に増え、やがて日本全国に拡大すれば、全国各地の電力会社は住宅向け電力供給から開放され、企業や事業者向けの電力を生産し、供給すれば良くなる。
プルシアンブルー社の太陽光パネルの発電量がズバ抜けているから成立する話で、世間に跋扈する中国製パネルでは、無償住宅のコンセプトは成り立たない・・。        

「住宅費と電気代が掛からないって、本当に助かるわ」妻役の久遠瑠華がまだ小さな娘を抱きしめながら言う。

「これから幼稚園に2人が通い出すしね・・小学生になれば多少は楽になるんだろうけど」 夫役の30過ぎの杜 亮磨が応える。

「なんなら、もう一人頑張ってみない?」
瑠華が上目づかいで亮磨を見つめると、

「僕、弟の方がいいな!妹とは戦えないからね」新聞紙の兜を被り、ダンボールと新聞紙で作った剣を持った男の子が亮磨の頭をペシッと叩いて、逃げていく。

「コイツ・・後ろからは駄目だって言ったろう、卑怯だぞ!待てぃ!」
亮磨が息子を追い回し、リビングルームで追い掛けっこを始めた2人を見る瑠華と娘が笑っている・・ そんな15秒CMが出来上がった。 

(つづく)


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