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(7) 超大国に挑む その1 (2025.1改訂)


しらさぎ会派の8名の議員が秘書たちと共に横田基地へ向かったのが分かると騒然となる。
北京に向かうのに何故米軍基地なのだ?と、日本の誰もが疑問に思った。
一行が中央道に合流した頃、横田基地へは台湾駐留のビルマ軍機の編隊が向かっていた。

市ヶ谷の防衛省では自衛隊のレーダーが米軍機の識別信号を発しながら横田空域へ向かっている編隊を補足しており、米軍から提出されているフライトスケジュールと照らし合わせる。
沖縄嘉手納基地から横田基地まで、C-130輸送機と哨戒機と護衛機のUAV3機となっているが、自衛隊のレーダーにはUAV3機が見当たらない。
防衛省は横田基地管制へ連絡し、提出されたスケジュールと異なる編隊がそちらに向かっていると確認を求める。

「UAVは確かに嘉手納基地を飛び立っている。今も輸送機の前後と上空に3機が張り付いている筈だ。機体確認の為のスクランブル発進は無駄となるので、お勧めしない」と、”ハズだ”と曖昧に報告してきた。
在日米軍のレーダーでもUAVが捕捉出来ていないからだ。  

防衛省は輸送機と哨戒機の進路上にある陸自の群馬・相馬原駐屯地に連絡し、「レーダー補足中の米軍機編隊を、地上から目視せよ」と指示を出す。
間もなく「前後に小型の飛翔物が確認できました。もう1機のUAVが見当たりません」と駐屯地から1次報告があったが、2次報告で飛び去る機影の上部に1機の小型機が飛んで居るのが確認できた。

「夜間なら、侵入できてしまうではないか!」
空自の管制官が机を叩きながら大声を出す。とんでもない代物をプルシアンブルー社は開発したと、自衛隊は今更ながらに悟った。

横田基地に到着していたモリ一行は、基地司令のアーノルド・バンスキン中将とCIA極東担当のサミュエル・アンガスと会議室でお茶を飲みながら談笑していた。 
親しげに米国人2人と話している姿を見て、モリ以外のディープ・フォレストの4議員が、ドン引きしていた。CIAって初めて見たし、どうしてバンスキン中将が遜った言い方をしているのか理解できなかった。
北朝鮮の独裁者を殺害し、ビルマのクーデターを阻止し、アフガニスタンで勝ったからなのだろうが、それにしても扱いがとんでもない。
お茶だけでなく、モリの好物のヒoタのシューアイスとシュークリームまで出されている。

由布子議員だけが、この場と似たような雰囲気を別の場所で味わっていた。2人で中国大使館に向かうと、大使自らが玄関に出てきてモリを出迎えるのだ。「なんで仲が良いのよ?」と感じた違和感と、とても似ていた。           

やはり、ヒoタのシューアイスが出てきた。一緒にモリの好物の中華街の華正樓の月餅も添えられていた。初対面ではなかったのだ。 

ビルマ軍と共に中国に向かうことになったのは、中国が警備体制に不安を抱いていたからだ。右派の中には過激な物言いをする者達が居るので、ロシアの大統領の様に、そちらで全てを用意して持ってきてくれないだろうか?と言われた。つまりはロシア軍とビルマ軍の警備体制を比較したいということだろうと、モリはそう受け取った。  幸いにして台湾にはアフガン内戦に参加した部隊が居る。モリは即座に了承した。    
しかし、一旦台湾に寄ってから中国に向かうのは面倒だ。とはいえ、自衛隊に基地利用を相談すれば、政府の知るところになる。そこで横田か厚木の滑走路をお借りたしたいと米国大使館に打診した、という訳だ。  

会議室に将校が入ってきて、ビルマ機が間もなく到着すると伝えると、モリがシューアイスを慌てて口に押し込んだ。CIAのサミュエル・アンガスが「持っていけ」と言ってモリに新たな包みを渡す。そんなもので目を輝かせて喜んでいるのも、周囲はドン引きだった。

元大臣の社会党議員3人はこんな場所からとっととオサラバしたいと、先に会議室を出てゆく。最後に部屋から出てくるのはモリだ。     「滑走路使用料はお前の報告でいいから」
「了解」とCIAのお偉いさんと話しているのも聞こえてくる。モリ以外のメンバーが興醒めするのも無理はなかった。

滑走路に米国製輸送機のC-130とプルシアンブルー製AI哨戒機SAABb2000が立て続けに降りてくる。3世代目の新型UAVはスウェーデンのSAABb製グリペンと似たペンシル型をしており、本家のグリペンには出来ない垂直着陸を行うと、横田基地のスタッフが声を上げて一斉に拍手する。
横田基地には自衛隊も常駐しているので、この映像が自衛隊と防衛省にも報告されるに違いない。

C-130輸送機から台湾ビルマ軍を統括するモン族のタンニ中将がタラップから降りてくると米軍のお偉いさんではなく、真っ先にモリに敬礼して、到着した旨を報告する。    
それを見て「ホントに軍の総司令官なんだな」と米国兵も含めた一同が理解する。

「彼がアフガニスタンで部隊を指揮しました」とモリが紹介する形で、米国側のお偉いさん2人を含めて握手を交わしていった。視線を合わせた際にアンガスとバンスキンが身震いしたのも、大勢の旧ミャンマー軍のビルマ族兵士をタンニが殺めてきたからかもしれない。

カートに積まれた荷物を米軍兵が輸送機に積み込むのにモリがついて行って確認しようとする。「何故だ?」と思ったCIAのアンガスが付いてゆく。議員たちのスーツケースの他に、ジャパニーズウイスキーや日本酒のダンボールに加えて、議員達の愛用の楽器が積んである。       

「楽器だと?どうするんだ、そんなもの?」  「上海の音楽番組に出演するんだ。メンバーが揃っていくのはその為だ」  とモリが言うと、アンガスが口をへの字に曲げた。     

一行がS2000に乗り込みはじめるのだが、秘書たちに続いて香椎ユーリとカメラマンのアジアビジョン社のコンビも搭乗する。カメラマンは小型ムービーを回しているので、同局ニュースで報じるのだろう。         
最後にモリが秘書の屋崎由真とタラップを上り、登りきった所で振り返って、見送りのアメリカ兵達に手を降る。
「あなたの奥さんになったみたい・・」
由真が呟くと、その前に居た香椎ユーリ記者がムッとした顔をする。
「ま、こっからはそのつもりで・・」
日本語で応えながら、乗車口を開閉するために待機している米国兵に礼を述べて、機内へ入っていった。

ーーーー

「モリがヨコタへ向かい、ビルマ機に乗った。今迄見たことのないUAV3機が護衛機として伴走中」                    日本の中国大使館からの報告で、北京の中南海は動揺する。
何故自衛隊基地ではなく、米軍基地なのか?やはりモリと米国は繫がっているのか?といった憶測を共産党幹部たちが口にする。 

米国製のC-130よりも早い音速0.9で飛んでいるので、プルシアンブルー社がプロペラエンジンを交換しているのが分かる。哨戒機と申告してきた機体に議員達が乗っているのだろうが、その新型UAVとやらがレーダーで捕捉出来ないので、北京の人民解放軍空軍本部は騒ぎとなっていた。
東京の大使館員に連絡して「映像か写真を直ぐ送れ」と指示する。大使館員に理由を説明すると面倒だからだ。  

「スクランブル発進して、目視確認しますか?」
副官に言われて、王敏大佐は悩む。これまでスクランブル発進した中国機を嘲笑うような動きをUAVにされてきたケースを思い出すと二の足を踏む。それに、日本の政治家が見ている場で誂われるのは屈辱だった。それでも王敏大佐は、保険のために国防大臣に見解を求める。後で何を言われても良い様に。

結局、中国領内で「迎えに来た」という名目で2機の戦闘機を飛ばすことになった。

ーーー

全席ビジネスシートに改良されたS2000内部は快適だった。自分のS800と交換してもらえないかな?と思いながら、ビールを飲んでいた。
席順はくじ引きになったので、モリの隣には通訳として今回の中国行きに同行している護衛のモン族のエマルが居る。最初は護衛が飲むわけには参りませんと言っていたが、「正規兵がこんだけ居るんだから、いいじゃん」と口説いて、2人で乾杯し合っていた。     
まさか、モリの隣の席になるとは想定していなかったエマルは、機内で食べようとしていた自家製の惣菜の入ったタッパーを並べだす。
「多めに作っておいて良かったです」と笑顔で言われると、自然と目が垂れ下がる。モリの席の周辺が盛り上がっているのと、機内食も出ていないのに食べ物の匂いがするので、議員達がトイレに行くふりをして立ち寄ってゆく。最後にエマルのペア役のスミレが悔しそうにエマルを睨みつけると、自席に戻って自分のタッパーを持ってきた。

「エマの料理より美味しいと思いマス。ドゾ、お召し上がり下サイ」
とカタコトの日本語で言って、助手席を引きずり出して通路に居座った。
2人の好意を無にしてはイケナイと思ったモリは、スミレの滞在を許すかのように、プレモル缶を渡して3人で乾杯する。エマルとスミレ間の視線がやや険悪なものだったので、北京に着いたら”ダブルメンテナンス”しようと思いながら、新しい缶のプルタブを開けた。

「あの2人、いっつもあんななの?」夕夏議員が隣の席のモリの秘書屋崎由真に訊ねる。

「先生を巡る女の争いは絶えず起こります。あの2人だけじゃないです。高校の頃はどうでした?」

「いやあ、高校生女子ってさ、料理で張り合おうとするんじゃなくて、校舎の裏に呼び出すとか、家の前で待ってるとか行動の方が先なんだよね」

「夕夏さんもそうしたんですね?」

「私は小学生からの付き合いだから、家も近かったし・・って、何を言わせるのよ」   

「先生って、どんな子供だったんです?」

「あのまんまかな。面白いのはね、亮磨もイッセイに似て手の全く掛からない楽な子だった。だからなのかな、もう一人って思っちゃうのよ。蛍さんもそんな事、言ってたなぁ」 夕夏がお腹を擦る。その仕草が由真には羨ましい・・

「え?亮磨ちゃんのママって、夕夏さんなの!」
2人の会話を盗み聞きしていた、前席の社会党の前田元外相が立ち上がって大声を上げる。

「あのね、私達は鮎から亮磨ちゃんは私の子だって聞いてたもんだから・・」      
立ち上がって注目を集めた前田が、声を落として言う。

「そういうことにしておいて下さいって、鮎センセイにお願いしていたからです。黙っていて申し訳ありませんでした」

「そうだったの・・その話を聞いた同窓会の場で、3人で鮎に絡んだのよ。ゲロゲロになるまで吐かせちゃって・・悪いことしたな」    

「それは・・ワタシからもお詫びした方がいいですね・・」

「いいわよ、その位。だって実際に2人産んでるみたいだし、そっちは正解なのよね?」 前田が前屈みになって小声で言う。 

「何処で知ったんです?」
屋崎由真が突っ込むので、夕夏は驚く。知らなかったのだろう。

「アイツ、ニュージーランドに孫と一緒に行ってるじゃない。私はオリンピアンの母よって偉そうに口にしたもんだから、電話でとっちめてやったのよ」

「なるほど・・」前田の国会での追求もしつこいから、我慢できなかったのだろうと由真は察した。

「ちょっとぉ由真ちゃん、その話もっと聞かせて〜」
夕夏が好奇心丸出しの目をして言う。しかも夕夏の囁き声は物凄い破壊力で、その気が全く無い由真も一瞬百合の世界を垣間見てしまった。 

ーーー

記者席は別に設けられており、機体の後部に香椎ユーリとカメラマンの吉井美奈が座り、モリのレポートを2人で読んでいた。
要は「出来たら、こういうポイントで取材してね」というモリからの指示だ。

「中国政府が発表しているデータは後で集められますので、それは良しとして。今回の政策の波及がどの程度及んでいるか、街に出て家電量販店や携帯ショップを取材した方が良さそうですね・・」

「アグリー、それで行きましょう。あと、過去の政策との比較でEVメーカーと太陽光パネルの販売店も行きましょう。どんだけ安くなってるのか興味あるな・・」 香椎記者が言うと、吉井カメラマンが頷きながら発言する。

「しっかし、初めて会ったけどパパのオーラって息子の比じゃないですね。見ました?軍のお偉いさんが媚びてましたよ、パパに。このレポートだってさ、常日頃から中国を観察してるってことでしょ?忙しそうですけど、秘書さんが有能なのかなぁ?」

「さぁ、どうなんだろうね」ちょっと気分の良くなった香椎記者はレポートを読み返し始めた。

「中国金融市場は過去とは異なる動きを見せている。日本企業が決算期と新年度を迎えた3月はじめから4月末までの1カ月弱の間、上海総合指数が7%近く、香港ハンセン指数が4%ほど、それぞれ下落した。外国為替市場における人民元の下落も鮮明で、中国の長期金利は2.5%から1.9%まで低下した。
この数値の落ち込みに対して警戒感を抱いた中国政府は、産業補助金に加えて買い替え支援を実施し、国内の主要企業を支援しはじめた。スマホ、タブレット端末、スマートウォッチの通信機器3品目の買い替えに補助金を支給すると産業省が言及すると、農林水産部門が農機具への補助金を、日本の国土交通省に該当する産業省がEV車だけでなく電気稼働のバスやトラックなどの新エネルギー車両への補助金も拡充すると発表した。

中国の経済対策はこれまでは株価上昇に繋がる効果があるものだった。  世界経済全体が荒れたリーマンショックの際でも、中国市場だけは唯一成長を続けられた。過去の記憶と実績を頼りに、投資家は関連分野の株を買い上たものだが、今回ばかりは株の購入に踏み切らなかった様だ。それだけ経済市況が芳しくはないのだ。 
市況に停滞感が漂う中で、政府の経済支援策が個人消費をどれだけ底上げできるかが焦点となる。非化石燃料車への補助金を拡充して以降、EVやPHVの値下げ競争が加速し、過剰な競争が撤退する企業を生み出してしまう。中国IT大手のバイドゥ、自動車大手の吉利が共同出資したEVメーカー極越が経営破綻した報道は、中国政府の政策が的を得たものだったのか、懐疑的な見方を助長した。                            

今回の消費底上げ策も自動車産業の2の舞となるのではないかと危惧する声も根強い。政府の補助金制度により増産に踏み切る企業が増え、生産能力が深刻化し、値下げ競争が加速するというパターンだ。こんな状況で投資家が株を買う筈もないのは目に見えている。
一方で、消費者物価指数などの主要データが示す様に、中国経済の需要は悪化し続けている。不動産投資が支えてきたバブル型経済成長は既に破綻している。雇用・所得環境が不安定化し、住宅ローンの返済困難者の増加と、住居が差し押さえとなる件数も増えている。経済の先行きが見えなければ、消費者の節約心理が高まり、無駄な買い物をしなくなるのが世の常だ。政府の経済政策が効果を出すとは思えず、企業自身も将来の研究開発や投資に及び腰となる。

今回のような消費拡大策を続ければ、国債発行が増加し財政が悪化する。
世界中の信用格付け業者が中国国債を格下げしているが、中国から資金を引き上げるキャピタルフライトが生じるかもしれない。最近の中国株と人民元の動きをチェックする機会が増えたのも、中国経済の混沌さばかりが顕著に見られるからだ・・」                     

中国をこれだけ落とし込んでみせたのは、アナタでしょう?
香椎ユーリはそう思いながら、朝まで抱かれ続けた反動で、寝落ちしていった。 

(つづく)


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