(8)We wanna be a Bear Slayer (2023.10改)
岡山県内の南部で稲刈りシーズンを迎えた。
9月末まで県内の田のあちこちで、プルシアンブルー社のバギー車両を見るようになる。
鹿児島市内の田では稲刈りを終え、乾燥や脱穀が行われている。
作業を終えたバギーが鹿児島港に集められ、サザンクロス海運の輸送船への積み込み作業が行われていた。新岡山港へ向かい、岡山県内の稲刈りを行う為だった。
また、栃木・那須高原でのシカ捕獲が国内外で話題となった。国内林業関係者、農業関係者間でも注目され、栃木県の倍の2万頭以上を年間駆除している鹿児島県庁の環境林務部がシカの被害に困窮しており、栃木県庁と那須塩原市の猟友会とネット会談を行なった。
結果「モリ都議とコンタクトすべき」と相なった。
那須塩原猟友会経由で鹿児島県庁とのネット会談を応じたモリは、プルシアンブルー社と共に都議会前の鹿児島入りを快諾した。
「鹿児島県環境林務部がモリと直接コンタクトしてスケジュールを抑えた」と言う話と、シカやイノシシの被害で悩む各県の林務部・農務部内でモリ都議の連絡先が共有され、東京都都議会の開催されていない期間を狙って、シカやイノシシの討伐の予定が組まれ始めてゆく。
当然ながら、モリが全ての都道府県で参加できないので、プルシアンブルー社の方で獣害対策チームが結成されていくようになる。
この対策チーム発足の過程をドキュメンタリー的にモリの養女の杏が動画を編集して、プルシアンブルー社のホームページで公開する。
獣害対策チームが思ったよりも早く立ち上がり、予定していたスケジュールを1ヶ月半前倒しされた。狩猟後、最低でも数百体は出る獲物を活用する事業だ。
散弾銃で射止めた獲物を除いた、ライフル弾で射止めた数万匹のシカやイノシシを毎月のように全国から回収すると、相応の食肉と骨や内臓など遺棄する部位が生じる。遺棄する部位は骨まで砕いてペットフードの原料とする。
その為の工場を7月から富山県氷見市に建設中なのだが、作業工程を変更して、粉砕した肉や骨を冷凍するまでのプロセスを先行して賄えるようにした。
また、シカ背ロース肉とイノシシのヒレ肉の大量安定採取が可能になるので、この肉を使ったファストフード店をミニスーパーとガソリンスタンドとの組合せで店舗数を増やしてゆく。既にバインミーやタコス、肉まん等の商品で提供しており、市場の反応は良い。
良質な肉が無償で大量に手に入るので、「ボリューム感はあるが、提供価格は安い」として好意的な反応を得ている。
獣害対策チームの新宿オフィスでの纏めは村井志乃に託している。東京都の猟銃資格も得たので、今回の鹿児島行きにも同行して、ハンターとしてデビューする。
大田区と新宿区内の幼稚園、保育園へのPCR検査キット配送と警備用バギー&ドローンの設置担当は源 翔子が担当。翔子は新宿オフィスと大井埠頭事務所の社食の責任者も兼ねる。
間もなくスタートする岡山支店、宇都宮支店、10月オープンの鹿児島支店、青森支店と、富山本社、新宿オフィス間の物流責任者が平泉 里子となり、3人は新宿オフィスに常駐し、3者間で調整しながら、様々なモノが流れ始めていた。
東南アジア、台湾からの物資搬入と日本国内の拠点の海運を、モリの息子だと判明した亮磨が経営するサザンクロス海運に委託、一任しているが、近いうちに亮磨の育ての父親と面談し、周の現役復帰と亮磨の営業本部長降格を話し合う予定だ。
多忙な時は重なるもので、外務省と農水省からの要請で農業支援で新たな援助展開先のラオス、カンボジアを視察する必要があった。ラオスとカンボジアでも意味は通じるとして、人事担当の山下智恵が採用した元タイ航空のフライトアテンダント2名を秘書兼通訳として次週同行することになった。
冷凍した熊肉がクール便で栃木から届き、頭を悩ませていた蛍は、豚汁ならぬ熊汁でこっそり消費する方針を固めて、毎晩汁物として出されてゆく。熊肉の脂質の多さは牛豚を凌駕するので汁物に少量加えるだけでいい。
腹を空かせて家に帰ってきた子供達は家に漂う獣肉の匂いを高く評価するが、週末に都内から横浜の家に集まる大人には匂いだけでクドく感じてしまう。
蛍に言わせれば、まだ9月だから良かった。
窓の開閉回数が減少する寒い季節に調理する食材ではないと言う。「お願いだからクマは獲らないで」と言われても、遭遇してしまったものは仕方がない。
「いいなぁ、熊汁・・」
「え?」
「あ、スミマセン。独り言です・・」
大井埠頭の食肉倉庫のオペレーション室でロジ部門常務の平泉里子の説明を受けていた。
新岡山港の倉庫が同じ規模で山陽地域の供給センターとなり、茨城港の同規模倉庫が北関東への供給センターになる予定だ。
精肉会社から納品された白トレー上でラップパックされた鶏肉、豚肉、牛肉の様々な部位や、ベーコン・ハム等の加工肉がコンベヤ上を流れている映像を流す隣のモニターでは、シカ肉とイノシシ肉のブロック肉が吊るされている映像が流れていた。このブロック肉をミンチされたり、スライサーで薄切りしたものが、PB Martのパン売り場の鹿肉バーガーや猪肉バインミーとなってゆく。コストの安いジビエ肉でボリューム感を打ち出して、お買い得感を打ち出している人気商品だ。
そのジビエ肉のブロックを見て、クマの解体作業を見ていたのを思い出していた。完全な4つ足のシカやイノシシとは異なり2足歩行動物に近い箇所が散見され、暫く眺めていた。
「週末になれば熊肉召し上がれますよ。私は麺を入れて食べようかなぁ。濃厚なクマの脂でお饂飩なんて、きっと美味しいんじゃないかな・・」
「あ。僕も食べてみたいです」
「フフ・・分かりました。さて、以上が新しくなった精肉配送です。ちょっと早いですけど、お昼食べに行きませんか?」
腕時計を見て、モリは里子に笑顔を返した。
里子がオペレーション室の昼食シフト表を見て、先発組の人達に声を掛けると2人が立ち上がった。4人で部屋を出て廊下を歩いてゆく。
大田区と1軒だけ新宿のスーパーだけの倉庫から、都内と千葉市、川崎市までの今後の店舗拡充を睨んだ配送体制に変更したので視察にやって来たのだが、たったの2ヶ月でここまで事業が広がったと、精肉だけでなく青果、商品部門と拡充された配送センターを見学して隔絶の感を抱いていた。
「クマを射止めたのは初めてだと伺いましたが」エレベーターに乗り込んで社員に聞かれ頷いた。
「はい。200m以上離れていたので恐怖感みたいなものは無かったのですが・・」
「お嬢さん達には近かったので、ご心配でしたよね?」
「そうですね。無我夢中でした。確実に射止めようと思ったら、無意識の内に頭部を狙ってましたね」
「クマの頭は的として見ると、大きいのですか?」
「はい。図体のサイズに相応な大きさになります。それと人間もそうですが、加速しようと走り出した時は頭が固定されますよね。だから狙いやすいんです」
2人の女性から交互に聞かれ、丁寧に答えていると油圧式のゆったり動くエレベーターがゆっくりと開く。食堂に入ると200もの人々が居るので、気後れする。全員女性だ。
里子と麺コーナーに並ぶ。
「相変わらずですね」
「ウドンの話が頭に残っていたものですから」
「メニューの話ではなくて、説明の話です。先生は相手が求める以上の情報を提供するので、話をしている相手は会話を楽しんでしまうって、前にもお話ししましたよね」
「情報と言う程のものではないと思いますよ」
「無意識のうちに頭部を狙ってたとか、走り出すと頭が固定されるとか、銃を構えた事がない者には想像できません。人間が走る様を思い出したりします。そう言われればそうだなって」
「教師だったので習慣になってるのかな・・相手に伝わるように、理解してもらえる様に心掛けていたらこうなってしまった、みたいな・・」
「話をした人は先生との会話を忘れないですし、先生の記憶だけが増幅されるんです。また話したい、また会いたいって。モテて当然です・・」
むくれた顔して言われてもどうしようもないので笑うしかない。
「その笑顔も卑怯です」
周りの人の耳を警戒して、自分の口に人差し指を立てると漸く笑った。
麺を茹でる時間が無い分、定食を選んだ2人は先に席について手を上げて居場所を知らせている。昼食の僅かな時間で、里子が言うように効果が得られるのか確認したら、今度2人と食事に行くことになった。
里子がいつまでもむくれているので、新宿オフィスに向かう前に大森の家に忘れ物をしたと2人で寄って、スッキリしていただいた。
その夜、新横浜から京都へ新幹線で移動して、村井家に宿泊する。9月中旬から授業再開する大学に合わせて、富山からやって来たサチの手料理をいただく。
サチとは2週間ぶりの再会となる。本人は最初からその気で青い下着が透ける古いTシャツとピチッとした短パン姿なのだが、やはりクマの狙撃について知りたがるので昼食時のパターンを踏襲してみる。
何故クマなのか?疑問に思っていた。
本州のクマはツキノワグマ1種で北海道以北に生息するヒグマよりも小さな個体だ。モリは猟銃資格を持っているので恐怖感が少ないのかもしれないが、どうやら人々はクマに対して必要以上に恐れているようだ。オオカミが絶滅していれば人を除いた本州での最強種になるのと、度々街中に現れてヒトに危害を加えている報道が毎年繰り返されているから、かもしれない。
「クマって、ドラゴンみたいなポジションなのかもね」 酔いで体中が火照ったように色づいているサチが言う。
「ドラゴンって、コモドドラゴン?」
「違う違う。キングギドラや怪獣みたいな大きさの空想上の生き物の方。ラノベって、先生聞いたことある?
そっか・・ライトノベル小説ってジャンルがあるのよ。軽めのSF小説って言えばいいのかな。戦国時代に現代人がトリップして戦闘に参加するとか、未来人が現代社会に現れて無双するとか・・
あぁ、そうだ、志乃ちゃんが先生の事をさ、私の勇者さまっていうじゃない、あれよ。
勇者一行が魔王討伐に行くんだけど、技を磨いて旅行するうちにドラゴン討伐がお約束であるんだけど、やっつけるとドラゴンスレイヤーって呼ばれるようになるの。
街中に現れたクマを駆除するニュースはあるけど、マタギも少なくなった最新のクマ狩りの話題だから全国的に広まった。DeerHunterがBear sulayerになったのよ。
志乃ちゃんに何度も迫られたでしょ?「娘と彩乃を助けて頂きました」って」
「そんなのないって」・・・あったけど。
「彩乃なんてさ、第一志望が先生の愛人だよ、中学なのに。私の命の恩人に一生かけて尽くしますって言わせちゃうんだから」
「そんなの言わないって」・・週末に美帆共々寝るのも一緒で、風呂にも遠慮なく入って来た・・
「高校時代の私みたいでしょ?まさに成長中って感じで、全体的にパンパンに弾けそうな弾力があって」
「公的にはサチの高校時代を僕は知らない事になっている筈だぞ。彩乃ちゃんは水着姿しか見たことないし・・」
「またまた。土曜の晩美帆と入浴してたら彩乃も入ってきたでしょ?それに、日曜日の朝、中学生にパクパクされちゃったんでしょう?」・・姉よ、なぜ知っている・・
「完全に夢の中だった。記憶にない・・」
・・放出時は流石に起きて、咥えている彩乃と目があったが・・
「土日は大抵起きないもんね。みんな高校時代にカルピス原液ドリンク済みだよ。えっ、知らなかったの?」
・・結局思ったよりも早い時間帯から始まってしまい、役得と言っていいのか分からないが一頻り堪能して、この年になって自分なりの手法を思い知った日となった。
翌朝、早い時間の新幹線で岡山へ移動して、予約していたレンタカーで大山蒜山高原へ移動する。サチは18歳なので公の場ではインターン生扱いだが、プルシアンブルー社正規エンジニアと変わらぬ給与を得ている。ドローン開発者でもあるので今回の狩猟用ドローンの統括を委ね、モリはハンターに特化する。
集合場所に到着すると岡山の猟友会の皆さんと合流する。サチは富山から猟友会会長宛に事前に送ったドローン5台を受け取り、モリもドローンのセットアップを手伝う。栃木よりも攻撃用ドローンを倍にしたので、今回はより多い頭数を射止めるのが狙いだ。
日本列島全体で見ると獣害比率は九州、山陽の方が高い。越冬時のリスクが低いからだと言われているが、温暖化で山の植生に変化が生じて動物が実を好むブナが枯れ、植林地のスギやヒノキの樹皮や若木を食すようになった。シカは林業関係者に嫌われ、イノシシとクマは里へ降りるようになる。日本の南部はイノシシ、冬眠が体内サイクルに組み込まれているクマは北部という住み分けが浸透しつつある。
「大山(だいせん)はほぼ山陰で、冬はクマの冬眠エリアにもなる。お願いだから側にいてね 、先生」と言われれば頷くしかないし、栃木での事件は皆知っているので、保護者のようにサチに付き添っているのを誰も咎めない。
「仲の良い親子だ」と周囲の誰もが微笑ましく見ているのだろうが、サチ自身は妻だと思い込んでいるに違いない。登山服のケミカル素材は擦れただけでシャカシャカ音が出るので、モリはコットン地の上下を纏うが、同じメーカーの色違いをサチはペアルックとして着用していた。
「それでは最初の斜面地から始めます」
サチが言うと、ハンターを統括するリーダーが離れた場所で待機するハンターにトランシーバーで作戦開始を告げた。
モリもライフル2丁を手元に置いて、双眼鏡でドローンが飛翔する山の斜面を眺めていた。
ドローンが早速、シカ集団の寝グラを突き止め狙撃を始めた。10~20頭程度の群れが慌てて散り散りになり、その一角だけ騒がしくなった。大山と高原を囲む斜面から300頭ものシカとイノシシを追い立てて狙撃、この日は268頭を捕獲した。翌朝早朝は高原で集団行動中のシカ2313頭を殺傷し、記録更新となった。
高原ホテルでは昨夜以上にサチは乱れた。
初めて生物の命を殺めた者なりの、弔い方法でもある。
(つづく)
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