(7) 休暇中の情景 その2 (2025.1改定)
連休中というのもあって、小樽市内の歓楽街近くの貸別荘に宿泊していた。
杜家の子女と血縁者が一同に集っているのと、杜 亮磨自身が議員となり、プライバシーが保てる環境を求めていたら、他の宿泊客や宿の従業員など外部との接点を極力減らすには貸別荘がベターだと判断した。
兄弟の旅行に、カレン族のユナとユンが合流したのは亮磨の独断だった。計画段階では貸別荘滞在中の調理担当に養女の村井樹里と杜家の長女のあゆみが主に担うとしていた。
一度は受け入れたものの、育ち盛りの男衆4人の食事を2人で賄うのは少々厳しいかもしれないと想定した樹里が、同じ芸能プロダクションの先輩である久遠瑠華に声を掛けた。 瑠華が共栄党党首の亮磨の熱烈なファンで「お願いだから、亮磨さまを紹介して」と再三言われていたのと、瑠華が下町の定食屋の娘で、小さな頃から店の厨房を手伝っていた。その腕前を見込んで、亮磨の胃袋を掴むのもアリではないかと樹里は考えた。
しかし、夢と希望を抱いて北海道入りした瑠華に、調理の腕前を振るうチャンスは未だ訪れていない。亮磨が護衛兼メイドとして連れてきたユナとユンが、メイド係として別荘の台所を占拠しているからだ。亮磨が札幌市内でメイド服なるものを仕入れてきたものだから、
本人達も喜んで身に纏い、杜家の男衆を「ダンナさま」「ゴシュジンさま」、女衆を「オジョウさま」と呼んで笑わせている。ビルマでも日本のアニメ文化が浸透しているらしい。
メイド2人の給仕による朝食タイムとなると、カレン族の代表的なメニューであるエスニック寄りのブッかけご飯が朝食として出され、男衆ががっついた様に食べている。海斗と圭吾に至っては、速攻で平らげると自身でおかわりに立ち上がる。ここぞとばかりに飯をよそって、鍋の煮物をカレーの様にご飯にかけている。
「おいおい、あんまり大盛りにすんなよ。俺達の分がなくなっちゃうだろう」咀嚼したまま歩が言うので、2つ年上の兄の頭を妹のあゆみがペシッと叩く。
「お兄たちの胃袋に合わせて、いっぱい作ってあるから、大丈夫」と、
居酒屋での夕食後にユンとユナと瑠華と樹里とスーパーに買い物に行き、朝食作りも手伝った妹に言われて、歩がペコリと謝罪する。
「朝からあんなに運動したんだもの、そりゃお腹も減るよね?」久遠瑠華が後輩の平泉 樹里に言うと樹里も頷く。厳密に言うと、鍋の中の煮物は昨夜中に作っており、朝はスパイスを増して調整しただけなので、日本人女性3人がご飯を炊いて、味噌汁を作り、サラダを盛っただけだった。
ユンとユナの早朝トレーニングに杜家の男衆が加わり、カレン族兵士の訓練メニューをこなした。ユンとユナの木刀の動きに感動し、未だ覚めやらぬ亮磨と火垂がユンとユナを質問攻めにし、ユンが手首の柔らかな動きをスローモーションで再現し、手首を瞬時に動かすことで木刀が変則的な動きをするのを理解する。スプーンを木刀に見立てた亮磨が、少女の手首の動きを真似て、異母弟の火垂が構えて打ち込んできたスプーンを掻い潜ろうとしている。とはいえ、スプーンで動きを再現するのは容易だった。スプーンは圧倒的に軽いが、木刀はかなり重い。竹刀よりも倍以上重い木刀を、軽やかに振るえるユンとユナは杜兄弟には脅威だった。その一方で、ユンとユナも杜兄弟に脅威を感じていた。普段は使わない剣捌きは不慣れだとしても、サッカー選手である兄弟達がトリッキーな足捌きに終止するので、ユンとユナも最後の一歩が踏み込めず、簡単に仕留められずにいた。
フォワードが専門の火垂と海斗に至っては、隙を見せると容赦なく剣を打ち込んでくる場面も度々あった。ミッドフィールダーを本職とする歩と圭吾は、火垂と海斗以上に想像を超える体の動きをする。サッカーで言うフェイントを多用し、ユンとユナを幻惑させた。
杜兄弟には「剣の寸止め」が出来ないので、「思いっきり打ち込んで構いません」と甘々のハンデを付けて練習に臨んだのだが、兄弟達が時折絶妙な剣捌きを繰り出してくるし、「渾身の一撃」となると躱すのが精一杯で、ユンとユナであっても冷や汗をかく場面が度々あった。
「今日は一対一の模擬戦でしたが、2対2の団体戦となると私達が勝てるとは思えません。貴方がたは初心者だと言ってましたが、私達を騙しましたね」とユナが言うと、「少なくとも、ソコに俺は含まれていないな。全て瞬殺だったからなぁ〜」亮磨が嘆くと弟達が笑う。
「リョウマさんが怖いのは、模擬戦を重ねるごとに強くなるんです。負けた際のパターンに決して陥らない様に、次戦では対策を練って臨んできます。対策が的を得ているので、私達は本気を出さざるを得なかったんです」
「それでも瞬殺されちゃうんだぜ。それも何度も何度も・・そりゃ落ち込むって」
下を見て落ち込んでいる兄の肩を、火垂が叩いて笑う。
このように、朝食の場での男衆は食い意地か、もしくはユンとユナの剣捌きの議論に集中しており、日本人女性3人は蚊帳の外という状況にあった。久遠瑠華の視線が亮磨議員に注がれているが、亮磨はそれにも気付かない程、剣術の議論に集中していた。
女子大生養女の平泉 樹里も「心此処にあらず」の状態にあると、杜あゆみには見えた。ブッかけご飯をじっと見ながら、咀嚼しては何か考えているからだ。
煮込んでから一晩置いたので味が染み渡り、昨夜よりも美味しかった。カレーと同じかな?と樹里は思う。それにしてもアジアのブッかけご飯は最高だと、ブルネイ、マレーシア、そしてビルマのラングーンの滞在時に”彼”が満面の笑みを浮かべて食べている隣で、食事した記憶と共に、思い返していた。樹里が作った料理では、あんなに嬉しそうな顔を見たことがないからだ。
「アジア料理の先生が見つかって、良かったね」あゆみに突っ込まれ、考え事をしていた樹里が慌てる。モデルの先輩である久遠瑠華が樹里の心根を察知してフォローする。養女達が沖縄で遊んでいる。そこに加われなかった寂しさを樹里が感じているのだろうと。
「ジュリっちは料理の手際はいいから、直ぐにマスターしちゃうだろうね。杏よりも上手だと私は思ってるんだ」
「でもね、お姉ちゃんの舌は凄いんだ。ヒトの味覚って千差万別だけど、お姉ちゃんは特定の人の味覚に合わせて調味料の量だけじゃなく、配合まで調整出来ちゃうんだよ。具体的に言うと塩加減、スパイスの配分だけじゃなくって、トマト、セロリ、ニンニクとか味の決めてとなる野菜の量まで変えて、その人好みの料理を完成させる。まぁ、ウチの母もそうなんだけど・・」
「特定の人って、ウチのお父さん?」あゆみが樹里に訊ねると、樹里が頷く。
「母と姉が先生に受け入れられた理由の半分以上は、料理だと思ってるんだ。翔子おばさまと玲ちゃんは、先生の好みのストライクゾーンのど真ん中を突いた外見をしてるから最強だし・・。私はママとお姉ちゃんのオマケなのかなって、時々思うんだよね・・」
いつもは強気なのに、シオらしい表情を見せる樹里にあゆみは驚く。実際、樹里は父の大のお気に入りで、同衾する回数は養女達の中では愛人筆頭の源 玲子と1,2位を争う。樹里の性格なのだろうが、母よりも献身的だと思える程、身も心も父に尽くしているのが分かる。そんな一生懸命な樹里の姿を見てきたので、新しく閨に入るようになった中学生の村井彩乃に対する嫌悪感の様なものを樹里には感じなかった。
あれだけ可愛がっていた彩乃を避けるようになった自分に驚いている自分と、樹里の熱愛に対しては応援し、父に尽くす姿に感謝している胸中の矛盾点が理解できずにいた。
異母兄の亮磨を狙っている久遠瑠華が、樹里を励ます。対象が亮磨なので瑠華に対して、特に印象を持ち合わせて居ないのも、あゆみには謎だった。
「ジュリが作るイタリアンは凄く美味しいよ。アジア料理をマスターするのも直ぐだって」
「そうそう。議員に当選するまでは海外滞在中が続いたから、父さんに遭う機会も少なかっただろうけど、国会が始まれば直に元に戻るよ。逆に連休中に会わなかった分「樹里、樹里〜」って例の調子で事あるごとに呼ばれるんじゃないの?」
問題視する必要はない、とあゆみが言うと予想外の反応が帰って来た。
「そうはいってもなんだよ、アユちゃん。
今じゃあ遠縁のユンとユナもいるし、シャン族ではサラとセーラがお気に入りみたいだし、その上モン族を始めとして少数民族のキレイどころがわんさか控えてるんだよ・・村井家の最終兵器、彩乃ちゃんもメンバーに加わったって言うし、どうなるのかなって・・」
閨の競争相手が増えた事で心配度が増幅しているかもしれないと樹里を気遣っていると、台湾時間の午前7時に合わせるかのように、ニュース速報が流れる。日本時間では8時過ぎだった。
台湾育ちの亮磨がニュース速報に反応し、会話と朝食の中断を詫びて、男衆の寝室となっている部屋へ向かう。社会党との同一会派”しらさぎ”所属の議員達と、緊急のネットカンファレンスをするのだろう。
「国会議員ってさ、成るのも大変だけど、なってからの方が大変だねぇ」
末弟の圭吾が呟く。唯一の中学生の頭を火垂が撫で、「お前も言うようになったなぁ」と海斗が言う。
亮磨が異母兄であるのはこの場の誰もが知っていても、末弟に絡みに行った兄2人は異母兄なのだと知っているのは、長女のあゆみだけだった。
ーーー
「台湾訪問団を派遣する日本の社会党・共栄党に対し、強く抗議する。訪問を実施する様であれば、訪問団の訪台中に合わせて人民解放軍による軍事演習を台湾海峡で行い、我が軍の圧倒的なまでの強さを誇示し、脅威を知らしめ・・」
中国外交部のスポークスマンが台湾向けというよりも「国内向け」のアナウンスを行う。
台湾政府が公式に日本の政治家の訪台を発表したので、台湾政府の発表をウォッチしている中国メディアの知るところとなった。報道がされ、国民の知る話となれば、中国政府も背に腹は代えられず、外交部が演習をすると公式に述べたのだろう。
前回、ビルマのスージー国家顧問と共に金森富山県知事と今回の補選で衆議院議員となった越山元厚労大臣と、当時は議員ではなかった共栄党党首の杜 亮磨も訪台しているのだが、その際はスージー女史に対する批判だけで、日本の政治家に対するクレームは無かった。 中国国内では情報統制を敷いており、中国当局に都合の悪い情報は国内には紹介しない。 しかし、「中国領内だ」と勝手に定めている台湾内部の情報は度々紹介する。逆に、台湾の情報を統制対象としてしまうと、「経済的に台湾の方が進み、好調だから情報を隠すのだろう」と国民が勘ぐってしまうからだ。
台湾海峡で人民解放軍が軍事演習を行うとなると、過去の演習で台湾に近い、沖縄の諸島部の日本の経済水域内に中国の護衛艦が入り、日本政府が中国に対して「遺憾の意」を伝えた。
今回の演習で中国の艦船が再度経済水域に侵入する様だと、変遷した台湾の防衛体制がどう反応し、台湾駐留のビルマ軍がどう動くのかが焦点の一つとなってくる。在日米軍も自衛隊も、中国の演習を静観するのが関の山だろうと見られているのが大半だが。
しかし、現在は台湾防衛体制に変化が生じている。変化を齎したのは台湾での駐留を始めたビルマ軍であり、駐留を提言した「黒幕」は日本人だと半ば断定され、沖縄4区の国会議員に焦点が集まり始める。その議員が所属する共栄党に対して、日本のメディアが中国の軍事演習に対する見解を一斉に求める。すると、こんな返答が共栄党からアナウンスされた。
「現在、モリ・イッセイ議員は石垣市で休暇中です。明日は周辺の島へ観光に参ります。 各島在住の方々、観光客の方々のご迷惑となるので、島への同行はご遠慮いただきたいのですが、離島に向かう船舶の乗船前の10時から30分ほどではありますが、石垣島の離島ターミナルにて取材に応じます」と。
沖縄に拠点があるマスコミ各社が早速動き出すのだが、実際、世間は連休中でもある。沖縄本島から石垣島への航空便も連絡船もほぼ満員で、石垣島の宿泊施設に空いている部屋は殆ど無かった。宿無しでも南国なので一夜を外で過ごしても構わないと考えた剛の者達が、沖縄本島の漁船や小型航空機などをチャーターして、前日の間に石垣市へ移動した。
翌日の石垣市美崎町にある離島ターミナルでは、9時台のフェリーで移動するビルマの山岳民族の皆さんとブルネイ王妃一行が居たのだが、各人が黙っていれば外観上は日本人にしか見えないので、「随分美人が揃っている団体さんだなぁ」くらいにしか誰も思わない。
その団体の後、「RedStarHotel」の赤いロゴが両サイドに書かれたワンボックスカーが離島ターミナルの駐車場に入ってきたので、「あれじゃないか?」と記者達が殺到する。
今回の護衛役に任命された、モン族の成人女性のルンとマルニが先に車から降りると、左右に別れて周囲を警戒する。マルニは片手に乘るドローンを頭上に飛ばす。ルンが車内のモリに向かって頷くとモリが降りてくる。オリーブ色のワークパンツに、一見クライミングシューズにも見えるキーOのスニーカーを履き、セミワイドの白シャツの裾をパンツの外に出す、プライベート時の格好だった。モリに続いて第一秘書の屋崎由真が車外へ出て、モリの背後に動くと後ろからネイビージャケットを羽織る。カメラが回っているのを意識したのか、モリが笑みを浮かべながら由真に謝意を告げ、由真が笑みを返す、そんなシーンが放映された。
車内のブルネイのカニア第5王女とシャン族族長の娘であるマイ、そして養女の村井彩乃はワンボックス車の車内に留まり、会見が終わるまで待機する。3人がスマホかゲームをイジっているのを、記者たちが車窓越しに見ていた。
「昨日、中国外交部が発表した軍事演習について、お話すれば宜しかったでしょうか?」 モリがぶら下がり会見の骨子を確認すると、記者の殆どが頷く。
「台湾と沖縄の諸島部をめぐる、ビルマ軍のポジショニングに関しても伺いたいです」 モリがビルマ軍の関係者だという前提で、記者が要求して来たのでモリが突っ込む。
「ええとですね、私はビルマの議員では有りません。従って、ビルマ軍を語る資格は私にはございません。また、日本の野党議員となったばかりですので、沖縄防衛に関して防衛省と与党がどういったスタンスで計画を立案しているのか国会内で分析中の段階です。なので、今は”何が最善策なのか”発言できる段には至っておりません」
「ビルマ軍の台湾派遣を企てた張本人だと言われていますが、その辺はどうなのでしょう?」いきなり本丸を付く質問を投げかけたのは、政治部の記者ではなく、ワイドショー番組の芸能レポーターだった。
「黒幕だとか、陰の支配者だと、酷い言われ方をされているのは存じております。しかしながら、議員でも国民でもない者が、国の外からアレコレ指図できると思いますか?ビルマは民主化に舵を切った国です。ミャンマー期の軍事政権ならまだしも、議会制民主主義を確立中のビルマで、強権発動や独裁的な意見が通る筈が無いのは、誰にでも分かる話だと思うんです。
欧米のメディアで、私が某国の潜水艦を欲しているとの報道がありましたが、日本の一議員の範疇を超えている話です。主体であるビルマ政府をすっ飛ばしているのですから。
それでも、ワイドショー好きなメディアや、陰謀論者には格好の材料となるのでしょう。フェイク話や、与太話に過ぎないものを番組内で扱えば、視聴率もそこそこ上がると見込んでいるのでしょう。誤ったイメージが浸透するのを、私は非常に危惧しているのですが」
モリが言うとパタリと質問が止まった。記者達が黙り込んでしまったのを見届けると話を続ける。
「昨日、中国外交部の軍事演習の発表を受けて、都内のビルマ大使館に確認を求めました。私は沖縄県選出の議員ですので、沖縄の方々と同様にお隣の台湾政府の対応が気になったのです。軍事演習が行われるのであれば、台湾軍部が駐留中のビルマ軍に対してどんな指示を出すのだろうとも思いました。同時に、米国大使館にも確認しました。中国が軍事演習をした過去のケースで、在日米軍がどういった対応を取ったのか確認したのです。
現時点での話なので、実際にどうなるかは分かりませんが、軍事演習を静観する意向の米軍と自衛隊に対して、ビルマ軍は中国の情報収集役を担う予定であるのが判明しました。
宮古海峡、台湾海峡の公海上のポイントに監視ツールを設置して、演習中の中国海軍の艦船と航空機のデータを収集するとのことです。台湾国防省が持つデータを上廻る情報が収集出来るのではないかと台湾側は期待しているようです。何故、ビルマ軍が情報収集を請け負えるのかですが、ここでビルマと中国の関係について少々触れておきましょう。両国は隣国同士ですが、国境で接しているだけです。従って、中国の陸軍と空軍のデータはそれなりに集まっているのですが、海岸部は接しておりませんので中国海軍のデータは皆無に等しく、台湾が持つ情報に依存しているのが実態です。
新生ビルマ国防省の国防方針に最初に掲げていると思われるのが、共産中国の挟撃です。陸続きのビルマ国境と台湾海峡からの同時作戦により、強大と言われている中国軍を両面から削いでいくのが狙いと言われています。具体的にはアフガニスタンにおける実績を踏襲する場面もあるでしょうし、台湾海峡側では今後強化するという海軍力を、全面に打ち出すのかもしれません。
いずれにしても軍事上の機密事項も数多くあるので、日本の一議員に対してどこまで情報を開示して頂けるのか分かりませんし、実際に台湾側がどう動くのか、予測の部分もまだまだ多いのが状況です。引き続き、関連各所に確認していきたいと考えております・・・以上です」
発言を終えて周囲を見回し、記者たちの質問が無いのを確認すると、カリア王女とマイに車から降りるように伝えて、ワンボックスカーを指紋認証で施錠する。そんなモリの動きをカメラが追う映像が流れる。モリは笑みを浮かべながら片手を上げながら一礼して、一行と共に船乗り場の方へ移動してゆく。
通常であれば記者が追い掛ける場面なのだろうが、潜水艦入手と中国の演習時のビルマ軍の役割について先んじて語ってしまったので、追加の質問が見当たらなかった。
ーーー
後発組が乗る連絡船の目前に、これから上陸する竹富島が迫ってくる。
丁度その時、「水牛車に揺られて山岳民族達が愉しんでいる」と、前の便で島に上陸している村井 志乃からメールが届いた。おそらく、動物が引く乗り物に乗って喜んでいるのではなく、ビルマではどこにでも居て、農耕には欠かせない水牛が日本にも居たと知って興奮しているのではないかとモリは思った。
竹富島は小さな島だ。突然80名を超える女性の団体が訪れたので、島の方々も混乱して居るかもしれない。しかし、10名の養女達が「RedStar」の旗を振りながらガイド役を努めているので、「モリ議員の関係者だろう」「石垣島と宮古島でオープンするホテルの従業員だろう」と島民の方々が解釈してくれれば、と思っていた。
これまで、彼女達はホテル内で留まっていたので、竹富島の観光物産店や島の商店では買い物や飲食に興じている筈だ。「お小遣い」として各人に万札を渡し、「今日中に使い切りなさい。明日、石垣島の商店街に行く際にはまた渡すので」と伝えているので、それなりの費用が島に落ちる筈だ。これも地元への還元策であり、何年後かの選挙対策となる。
「レッドスターの社員さん達が島に来ると儲かる」というのが諸島間で広がると、それだけでPRになる。マナー研修と沖縄の物価を、初回の研修項目に加えた理由はそういう事だ。どこぞの国の人々ではないが、観光地で粗相をし、金を使うのを惜しみ、地元の物産にたいして嘲笑したりすると「2度と来るな」となってしまう・・。
「人のふり見て我が身を治せってことですよね、センセ?」
カリア王女が違和感の無い日本語で言うので、彩乃とマイがカリアの頭を撫でる。3人娘の仲の良さを見た王女侍女のセリカと、モン族の護衛のルーンとマルニが笑みを浮かべる。
「そうだね、そう思うよ・・」モリの視線の先には、連絡船から我先にと降りようとする外国人の集団が居た。大抵、目につくのは中国の観光客だった。
「郷に従うっていう言葉もある。日本語は奥が深いねぇ。あの連中は日本の慣習に従わず、どこへ行っても国での習慣を取り続けるから、嫌われちゃうんだ」
豊見城市の中学に転校するシャン族のマイが言うので、微笑みながら片手で抱き寄せる。
竹富島はかつての沖縄の景観が維持されている島なので、外国人にも人気のある島だ。山岳民族に「こういう村も日本にはある」と理解して貰うのも目的の一つだった。
富山知事の金森鮎が五箇山の自分の集落に「山岳民族にも住んで貰おう」と言ったのも同じ理由で、日本の山間地域や諸島部にはビルマの山岳地帯と共通点が多々あるのを、知って貰いたかった。
(つづく)