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(2) コシキ・ルイ記者の一念発起。(2024.7改)

サウジアラビアVsニュージーランドの五輪代表戦を観戦しながら、内心の動揺に近い心の揺らぎや、忘れていた後悔と葛藤の日々を、小此木クリムトン瑠依は感じていた。

「臨終前のフラッシュバッグってこんな感じなのかな。なんで元カレばっかり出てくるの?・・・もしかして、このまま死んじゃうのかな?」

小此木の元上司が、自分と同年代の女性と結婚したのは約20年前の話だ。
その夫婦の子供達がピッチ上で躍動しているから、そう思うのだろうと解釈していた。彼の面影を受け継いだ3人の活躍に、素直に感動し、躍動する姿に声援を送る。

突然相手が攻め寄せても、咄嗟に行動できる選手たち・・・相手選手に囲まれたとしても動じずに、摺り抜けるように相手の包囲網から抜け出してゆく。父親譲りの大きな体でありながら俊敏な動きを見せる。時には笑みさえ浮かべて余裕を垣間見せながら、立ち塞がる相手を一人二人と次々に躱してゆく。まるでマジックを見ているかの様だ。

「東洋人がまたやりやがった!」
「凄えぞ、坊主!」
「オレは認めたぞ、お前らは俺たちの代表だ!」 

“この子達は観客を魅了し始めている”と瑠依は思った。初めて3人を見る観客が殆どだろう。実際、その観客の注目と歓声を一番集めているのは、日本の若者達だった。ニュージーランドの人々は、新たな才能の出現に惜しみない声援と拍手を送り続けている。相手は“アジアの雄”・サウジアラビアで、ベストメンバーらしいのだが、「何故、こんな子達が隠れていたの?」自国のサッカー協会に小此木は疑問を抱きはじめていた。

社会人となって小此木が配属されたチームと、チームを率いる上司は社内で名が良く知られており、同期入社組からは羨ましがられた。男性は仕事面を評価し、女性はルックス優先だったと小此木は確信している。自分もそうだったからだ。
チームの噂も評判も知らずに配属された小此木瑠依は、いとも簡単にチームを牽引する上司の姿に、ルックス以外の面でも魅了されてしまう。
当時、上司を熱い視線で追っていた自分を、フィールドの3人を見ながら思い出す。知らず内に当時と同じ眼差しを3人にも注いで居る。
同じ遺伝子がなせる技なのか、それとも偶然なものなのかは、分からない。
「もし、あのまま彼と別れなかったら?」というタラレバを、久しぶりに夢想している自分に気付く。もしかしたら、同じ年位の子が居たかもしれないと思うと、どうしようもなくやるせない思いに捕われ 胸が痛む。過去は取り戻せないが、もし自分が家事を難なくこなし、彼に負荷を掛けない日々を過ごしていたらと毎度お馴染みの後悔が、脳内を覆い始める。

当時、瑠依は全てにおいてモリに依存しきっていた。仕事を優先して、成果を出すのが精一杯で同棲していたアパートメントの空間を維持していたのは彼だった。
"若い女の体を貪れる特権を与えているじゃない"と当時は下らぬ箇所で勘違いしていた。一方的に感じ捲って、気分が良いのは自分だけだったと後になって後悔した。
彼に縋りっぱなしで、負荷を軽減することも出来ないまま、上司は家の事情で日本へ帰って行った。それっきりとなるのが何となく分かっていたのに、追わなかった当時の自分にも腹が立つ。

奥さんは5人の子を産み、その3人が、目の前に居る。あれだけの立派な子供達を育てたのだから、良い母親であるのも間違いない。そう思うと、自分の子があのレベルまで到達していたかだろうか?と自問すると、そもそも彼の子を宿す以前の問題で、彼と疎遠になった時点で選考対象外と判断されたのだと意気消沈する。
生涯を共にするパートナーでは無いと、彼は判断した・・毎度おなじみの思索の旅の終着駅に到着する、嘆きと憂いと後悔と懺悔と悔しさがごちゃ混ぜに乗車した車両だった。

「私にもビール下さい!」瑠依は隣の男性が足止めしたビール売りに声を掛ける。
何れにせよ、もう過去は取り戻せない。これからの人生を考えようと前を向き、デビットカードを渡して精算して、ビールを受け取る。
そして彼の息子たちに謝意を込めて、ビールを高く上げて一人で乾杯して、飲み始める。ニュージーランドはクラフトビール天国だ。父親にぴったりじゃないの!と瑠依も喉を大いに鳴らす。

ハーフタイムに座席を立ち、ボックスシートまで向かうと前職で同僚だったプルシアンブルー社のゴードン会長とサミア社長に顔を見せてから、小此木記者はプレス席も見学する。
自身は政治記者なので無縁なエリアだったが、記者達の表情を見れば、取材対象としてのレベル位は推し量れる。
記者達は最良の素材を得て、腕の見せ所だと思っているのが分かる。私もダメ元で書いてみようかな?と瑠依も思う。そう思わせる子達だもの書かなきゃ、と決めた。スポーツ記事としては些かアバンギャルドな内容になるかもしれないと、思いながら。
そして目に入った人物に、思考が断ち切られる。彼の若い頃によく似た人物が、巷で母親と噂されている富山知事に、飲み物を渡しているのが見えた。
当時、自分の子の存在を、彼は知らなかった。子供時代の自分はとてもひねくれていたから、子どもにはあまり興味が無いと当時は言っていた。サミアもゴードンも、まさかボスに子が居るとは、想像もしていなかった。
その息子が共栄党代表として党を纏めている。杜 亮磨に視線を注いでいるのは自分だけでは無い。そこは父親と同じで、自然に女たちの視線を集めている。

金森知事の学友の一人、前厚労省大臣の越山と目が合い、互いに会釈を交わしてから自分の席へ瑠依は戻って行く。
「義母の影響で、政治家になった様なものだ」と取材で訪れた・・というよりも、こちらから出向いて行った気仙沼で、強引に夕食に誘った際に、彼が呟いた。
政治に転じた理由が、今思えば前フリだったのかと考える。「名古屋市長選に立候補してみないか?」と、唐突に彼が言い出した。

小此木瑠依に与えられた回答期限は、3月末と間もなくだ。政治家への道がまさか自分にも向けられるとは、全く想像もしていなかった。

AsiaVisionのニュース番組へ出演すると あっという間に売れっ子となり、アジア圏内での知名度を得た。何故かベテラン記者の扱いを受けているが、実際は記者に転じてまだ半年程度に過ぎない。
元カノを政令指定都市の市長に据えるセンスはどうなの?と思っていると、ゴードン・サミア夫妻の強力なプッシュが伸し掛かってきた。「脈あり」と夫妻に彼が伝えたに違いない。

脈も何も、新入社員として入社して以降、上司に盲目に従い続けて来た。彼の前では毎度無防備の小娘となり、テレビカメラの前では難なくできる表情を取り繕って誤魔化すこと・・が出来ない。彼と共に政治に関わる・・そう考え始めるとこんな愉快な話って、早々無いでしょうと思って、気仙沼の海の幸を忘れてアレコレ質問した。脈どころか、既にその気で居たのだ・・

営業職である自分をマスコミへ投入したのも、立候補する前提の売名行為だったのかもしれないと、今では受け止めている。また、サミア・ゴードン夫妻から得た話だと、岐阜県知事と島根2区の候補者は彼の子を宿しているらしい。「ボスは合法的な一夫多妻制を取り、強固なチームを作りつつある」サミアの思わせぶりな呟きが耳に残っている。
そもそも、候補者の選考基準がどうなっているのかは分からない。それでも立候補の条件を「関係の復活を認める事」にすると、小此木は決めていた。
主役は、オセアニアへの移動はキャンセルとなったようなので、こちらから東南アジアに出向いて、この条件を飲ませて、その勢いでほぼ20年ぶりに抱かれてしまおうと企んでいた。
実際、ヨリを戻す事ばかりが先行して、政令指定都市の市長の仕事内容も、市長とは何を成すべきなのか、全く調べていなかった・・

試合の翌日、消火活動・災害復旧事業に携わる消防士、大工、林業関係者、そして軍関係者達がウェリントンにある首相官邸前の広場に集まっていた。
ゴードン会長が実演しながら、集った各位に操作の手順を見せている。サミア社長と部下のエンジニア達はニュージーランド各位の搭乗したパワードバギーの間を回って、適切な運用がされているか、確認している。各位がそれぞれのバギーに搭載されたAIとのコミュニケーションに成功しているのを見届けるまで注して時間は掛からない。各位が試乗しているのは量産化が始まった「パワードバギー」だった。

風が少々強くなってきたので、小此木記者はバッグからヘアバンドを取り出して、後方で髪を束ねる。「似合ってる。家ではそれで居てくれ」と言われたのは20年前・・、また要らぬ回想が始まっていた・・

​「小型フォークリフトの運搬部が、アーム形状に変わった乗物だとお考えください」
ピンマイクを胸に付けた金森 富山県知事がニュージーランドの首相・閣僚達に英語で説明している。実際に、国防長官と文部大臣もバギーに乗り込んで試している。
試乗に用いられている車両は「低速・作業向け」のキャタピラで自走する、1m長のバギーだった。
バギーの「上半身」にはアームが2本装着されており、このアームでモノを掴み、運び上げる。
バギーはAIで自走可能だが、操縦も出来る。一般道を移動するケースを配慮している。世間一般的には、公道を無人機が走行するのを認める道路交通法を持つ国は存在しないからだ。

パワードバギーのアーム部を可動する為には、内蔵のAIと対話が必要となる。作業指示をするのは人間の役割となる。但し、「あの戦車に向かって攻撃しろ」「谷底の群れを目掛けて瓦礫を落とせ」等といった殺傷に伴う指示は「兵器バージョン」以外のパワードバギーは請け負わない。 
お手本役のゴードンがパワードバギーの内蔵AIに指示を出す「これから目の前の瓦礫を取り除く。大きなコンクリート片から持ち出して運ぶ。その動作を繰り返す」と。           
ゴードンの発言を全員が復唱し、AIに伝える。

バギー搭乗者各位はカメラを内蔵したヘッドセットを冠っており、各位の目線で捉えたカメラ映像が映し出している目前の瓦礫の山をAIが認識し、「瓦礫とバギーがどの位離れていて、どの程度の物量の瓦礫があるのか」等といった判断を与えられた映像から判断する。当然ながら、この場に何台のバギーが揃っているか認識しているので、同じ指示が出ているならば、作業の台数割を各バギーで共有情報として認識している。
瓦礫の山に近づきながら、運ぶ対象の瓦礫の山をゴードンの視線ビューで特定すると、「そうだ、その岩でいい」ゴードンが言うとアーム部が100kgを超える重量のある岩を持ち上げる。アームが瓦礫を持ち上げるのを分かっていながら、ギャラリーの皆さんが「おおっ!」と一斉に声を上げる。

バギー全車両が巨大な瓦礫を交互に運び始める。バギー同士がぶつからない様に互いに間隔を取り合って作業しているので、周囲にいるメディアや軍の関係者達が驚きの声を上げる。
瓦礫を運びながら、小型マイクでゴードンが見学者に向けて説明を加える。         

「人為的な作業にパワードバギーが加わると、作業効率がより向上致します。重機とヒトが混在する環境では安全面から実現していませんが、バギーがAIを搭載する事で環境を予測し安全性を確立します。将来的には重機にもAIが搭載されるので、混在した環境下での作業も可能になるだろうと考えております。
我々は建設現場や農場、漁船上、もしくは警官や消防士、レスキュー隊員などの作業従事者の方々のバギー活用を想定していますが、重量物が運べますので、開発者の想像を超えて、適用する範囲は広がるかもしれません。何しろ、ヒトの足腰や腕や手に負荷を掛けずに、ヒトの判断能力とAIが協力しあって作業に従事するのですから。 
ヒトの視神経や脳の指示を受けて、手が自由に稼働できれば最良なのですが、残念ながら弊社のニューロン技術はまだ十分なレベルには到達しておりません。そこで私達はAIの利用を思い立ち、パワードバギーにヒトが乗り込んで重量物を扱う発想に至りました。ロボット工学の応用でもって、当座はお茶を濁す事にしたのです」     
ゴードンが文部大臣を視て彼女の発言を求めると、大臣が嬉しそうに頷いて、話し始める。 

「指示するだけですので、ラクチンです。人間がこれだけの「力」を得られると、ゴードン会長のおっしゃった可能性の広がりにも納得です。様々な現場で、作業効率が飛躍的に上がるでしょう」

国防相は更に踏み込んだ発言をする。
「活躍範囲は格段に拡がります。陸兵が用いると戦闘能力が向上します。重い重火器や破壊兵器を難なく抱えて、行動できる、こんな未来が現実になったのですから。どう思うかね、中尉?」と言って陸兵に声を掛ける。

「キャタピラーモデルは時速30キロ、多輪車モデルは60キロで移動するのですから、兵士の行動範囲が必然的に広がります。バギーに積める限りの、あらゆる兵器を搭載すれば、我が軍の戦術バリエーションが更に広がるでしょう」

「中尉、手頃な岩を取って、あちらの広場の中央に向かって投げてみてください。”広場の中央に岩を投げろ”とAIに指示するだけです」
ゴードンがスミスフィールド中尉に言うと「分かりました」と中尉が応える。

中尉のバギーのアーム部が岩を持ち上げると、「47キロ」とアームが岩の重量を計測する。岩が放たれるとライナー状態で100mほど飛び、周囲に何もない中央付近に「ズン」という微振動と音と共に転がり落ちる。この日一番のギャラリーのどよめきとなる。    
「中尉が乗っているバギーは兵器バージョンで、投擲能力をつけています。岩の重さが47キロだった様ですね。126mの距離を142キロの速度で飛んでいきました。皆さんはもうお分かりですよね?瓦礫や岩が武器に変わるのです」 
ゴードンが言うと、沈黙がその場を覆う。岩が飛んでくる想像を各自がしたのかもしれない。

いつの間にかサミアがバギーに搭乗しており、アームが盾と巨大な銃のような兵器を持っていた。その盾と銃をスミスフィールド中尉のバギーに渡す。   
「この盾は対戦車用・装甲車用のRPG弾が当たっても、ビクともしません。戦車以上の装甲があります。当然銃弾でしたら余裕で耐えます。また、この専用バズーガは人間ではとても持ち上げられませんし、射撃後の反動にも耐えられません。今は銃弾が装填されていませんが、かなりの攻撃力ですので、演習場で是非試して見てください」
サミアの声がスピーカーから聞こえると、人一人の戦闘力を遥かに越えた兵器なのだと、取材に訪れたメディアの面々は察した。  

「ロボットとAIがヒトの仕事と人類の未来を奪う」と言われる様になって久しいですが、プルシアンブルー社は得意のAIバギーに、新たなバリエーションを用意する事で更なる需要を引き起こそうとしています」
と、AsiaVison社の小此木クリムトン瑠依 記者が、同社のニュース番組でリポートして話題になる。

小此木は政治記者で、共栄党党首と副代表が2人共海外に居るので、まずは主要メンバーが集うニュージーランドにやってきた。実情は名古屋市長選への立候補を伝えるのが目的で、やや強引な出張となったが、今朝、送信した「政治記者も唸らせる、日本の若者の世界戦デビュー」は、自社のネットニュースで掲載され、好意的に受け止められていた。

小此木記者は前職の外資系企業からプルシアンブルー社に転籍しようと、旧知のサミアとゴードンにラブコールを送ったのがキッカケだった。「あなたには華が有るから、記者をやってみない?」とサミアに言われ、その気になった。政治記者なら、元上司で元カレに近づけるという読みも多分に作用した。
プルシアンブルー社とモリを取材させたら天下一品と言われるのも当然で、小此木は双方の内情を知っている。ゴードンとサミアは子飼いの記者の必要性を感じており、小此木の「余計な知識」に注目して採用を決める。

同社が扱っているAI製品に対して憶測や懸念を抱いている記者に、これまでは懇切丁寧に時間を掛けて説明してきたのだが、書かれた記事や番組中のコメントは、到底期待したものとならない傾向が続いていた。
それでは、欧米メディアの記者を育成しようと注力すると、日本のメディアが気分を害してしまった。実に面倒な状況に陥りつつあった。ならば、半分身内のような存在に情報を伝えてもらう方が手っ取り早いし、何よりも発信する側が「ラク」が出来る。小此木の採用にはそんな思惑があった。その頃はまさかアイドル的に人気を集めるとも思わなかったし、政治家にしようとは全く考えていなかった。ただ、カメラを前にして理路整然と述べ、卓越した記事を書く小此木の才能に注目したモリが、元カノを担ごうと考えた・・

サミアがこの日、小此木瑠依の為に追加情報として渡したのが、パワードバギーの対となる小型でノーマルパワーの「介護バギー」だった。
パワードアームほどの高出力ではない「ノーマルアーム」も用意されており、ヒトの腕に近い動作が行えるようになっている。ドアや鍵の開閉、宅配便・郵便到着時の受領・押印、現時点では料理までは無理でも、スプーンとフォークをヒトのように扱い、調理された食べ物をバギー搭乗者の口へ運ぶ。要は、介護者認定されたり、手足の動きがままならなくなった年配者や障害者が、バギーに搭乗する事で活動範囲を広げてゆくモデルとなる。 
「ロボットAI工学をヒトが活用する事で、行動の幅が幾重にも広がる可能性が出てまいりました」、と小此木記者はサミアから提供された介護バギーの試作モデルの映像と共に伝え、他のメディアのレポートを上回った。

***

富山のバギー製造工場でファクトリーオートメーション(FA)のエンジニアが加わって、「パワードバギー」の開発が行われた。
石川県小松市の建機メーカーと共同開発した”パワードアーム”が、片手で200キロ、両手で550キロの質量がある物質を軽々と持ち上げるレベルに至ったので、「足」となるパーツとの融合段階へと移行した。
従来のバギーが採用している“4輪マルチリンクサスペンション”を採用しなかった理由は、パワードアーム自体の重量に加えて、プラス500kg以上の重量負荷が掛かる可能性があるためだ。キャタピラ走行タイプと多輪駆動タイプの2種類のバギーとそれぞれドッキングさせて、ショベルカー、クレーン車、フォークリフトの流れを汲む新たなカテゴリーの製品がこうして誕生した。開発を主導したゴードンは「初期型ガ〇タンク」と勝手に命名して、一人で悦に入っているらしい。

富山新湊でサザンクロス海運の輸送船に載せられた新製品は、ニュージーランド首都ウェリントンとビルマのラングーン港に向けて、2タイプのパワードバギーが運ばれていった。
新製品のトライアル地としてニュージーランドが選定された理由は、国の人口が500万で労働力が限定されている国内事情を考慮した。陸海空の3軍も合わせて1万人強に過ぎず、自衛隊の20分の1程度の人員規模でしかない。近年は大きな地震が同国でも発生しており、災害復旧用の無人機や無人建機の潜在的なニーズが有った。

***

ビルマ第二の都市マンダレーの王宮を訪れていたダフィー副大統領とモリとアリアは、王宮内の陸軍の駐屯地でパワードバギーの実装訓練を視察していた。ニュージーランド首相官邸でテストした投擲能力を、ビルマ陸軍では訓練メニューに加えている。30キロの鉄球が500m先の地上の楕円の中に落ちてゆく。鉄球が波状攻撃状態で飛んでゆく。敵陣の塹壕の中や、壁の向こう側にいる兵士は、中世の投石攻撃を受け、現代兵器による正確な射撃を受ける。計算された通りに弾道が弧を描いて、砲弾が命中する。古代と現代攻撃の2重奏が可能となる。
「凄いな・・」アーム部の放る球筋と速度に、ダフィー副大統領兼国防相が唸る。

「中世の日本で長篠の合戦っていう戦いがあった。連射できない単発のライフル銃を、複数の射撃手が交互に弾を放つことで弾幕を張り、刀と槍で武装した機動力だけはある騎馬隊を破ったんだ。2人ともちょっと考えて欲しい。古式ゆかしい火縄銃による弾幕ではなく、30キロのコンクリート辺や鉄球が500m先から150キロ以上の速度で群れを成して飛んでくるんだ。勿論、投げる方は楽だよ。機械が勝手に投げるんだから、自然の岩や瓦礫だろうが構いやしない。生身の相手にぶつかれば、即座にお陀仏だし、車に乗っていたなら、棺桶に早変わりだ・・」

「ナガシノ・・そうか、この為に1万人の旧ミャンマー兵を再徴用して増員するのか?」 「そうだ。バギーに乗るのに我体がゴツい兵士は要らない。体が小さくて軽い方がバギーの負担にならない。子供でもいいのだが、・・それは流石に非人道的だし、国連憲章違反だ。バギーの機動力なら、退役した中高年者でも十分だろう」

「なるほど。それなら身軽な兵士の方が良いかもな・・。バギーから颯爽と降りたら、ニンジャみたいな特殊部隊並みの兵士の方がいい。風魔の小〇郎とか、ニ〇〇ャハットリくんの様な兵士だ。山地やジャングルで背後から忍び寄って、喉を掻っ切るとか・・」

「おいおい、そんな技を誰が指導するんだ?」「カチンやカレン族の山の男達さ。日本のニンジャに負けないと思うぞ」     

「君は日本のアニメの見過ぎだ。そんなヤツは居ない・・」         
「お前のセガレ達は足が速いから、モノになりそうだけどなぁ」         
「いいか、この身長では身を隠す場所を探してる間に、殺られるのが関の山だ。背丈の低くて俊敏な日本人は昔話の世界にしか存在しない」   「お前は身を隠すのがうまいじゃないか、シャン族とモン族の山の男達を困らせたっていう話は有名だぞ」
それは翔子と由真が居たからであって、もし一人だったなら、山のプロ達の手に掛かれば造作もあるまい。

鍛錬中の兵士達を見ていたアリアが良いタイミングで戻ってきて言う。      

「日本のアニメで投石装置や巨大な弓を城壁に用意してる話があるでしょう?ああ言うのを、この王宮でも備えるのはどうかなって思った。実際に使う機会は無いかもしれないけど、警備する上で威嚇にもなるだろうし」
アリアが指摘したのは「進撃〇巨人」だろうか?

「アリアはシャン州の高台の集落にも備えたいんだろう?」          
「そ、そんな所まで考えてないって・・」
図星だった様だ。アリアは嘘が下手だ・・ 

「おお、そいつはカチン州にも欲しいなぁ」 

「あのさ、お二人さん。ちょっと想像してほしいんだけど、バギーが重量のあるものを持てるんだから、専用の武器を持っていたらって発想はしないかね?ヒトが持ち運ぶライフルは銃弾も含めて10キロ程度だ。でも、バギーのエンジンが可動し続ける限り、両手で200キロ相当の兵器を持ったまま移動できるんだぜ。専用の破壊力抜群の大型弾道ライフルとバズーカ砲、それに、戦車並の装甲のシールド、重厚な盾があったら、バギー一台で戦車並みの戦闘力がある兵器になる・・、そんなバギー用の専用兵器が間もなく完成する。バギーの試作機が出来てから開発したので、どうしても遅くなったけど、間もなくラングーン港に到着する」

「おや? では、どうして岩を投げさせたんだ?」
「作戦自体が長引く可能性が往々にしてある。
兵站による物資も十分に届かなくて、銃弾が無くなる局面に遭遇するかもしれない。その際の自衛手段を最初に学んでおくべきだと考えたんだ。ダフィーが求める身軽な兵士達に「燃料切れだ、弾切れだ」って、たったそれだけの理由でバギーをホイホイと乗り捨てされるのは困るんだよ。
「全員が生き延びて、全員で生還する」その為の手段やパターンを、兵士達にアレコレ考えて貰いたいんだ。もしかしたら、全く違う活用方法や奇想天外な発想が兵士達から出てくるかもしれないだろ? 例えば、高台にある集落から岩石を投下して、山の麓にいる敵部隊を殲滅するとか、この王宮の城壁に配置して威嚇するとか・・」 

そうモリが言うと、

「ごめんなさい。このバギーがあれば、巨大な弓も投石装置も要りません」

アリアが上目遣いでモリを見ながら、頭を下げる。

そんな幹部達の仕草をチラチラ見ているビルマ軍の少数民族の兵士達は、クンサーの娘がモリに深々と頭を下げているのを見て衝撃を受ける。やはり、最高司令官は凄い人なのだと。アリアもそれを承知で、モリの部下でもあり、妻や側女であるのを各所でひけらかす。我々の最高司令官殿はアジアを変革するに値する人物なのだと、周囲に知らしめる為だった。

***

モリ達が3km四方の王宮内駐屯地で新兵器のテストをしている頃、首都バーマ(旧ネピドーから古都マンダレーまでの200kmの行程に付いてきた娘達は、マンダレー・ヒルと市民から呼ばれている小高い丘の頂きにある、寺(パゴダ)を訪れていた。パゴダの展望台からはマンダレーの街並みを一望でき、王朝時代の王宮も臨める。

モリの現在地を常時確認している彩乃は、持参した望遠レンズのついたカメラでモリが訪れている王宮内の軍の駐屯地を眺めていた。妹の一点凝視体制に気付いた姉のサチが「ファザコン・ストーカーが 愛しのダディを絶賛捜索中」と誂う。

何が悪いの?ほっといてよ、と妹は思いながら、姉の発言を無視してファインダーを覗いている。

オーストラリア行きを急遽キャンセルしたモリは、撮影係の杏と翼にも同行する様に要請した。2人と共に留まれる様、彩乃は養父に甘えた。これから、バングラディシュとアフガニスタンを訪問する。

撮影チームの2人にも、照明やレフ板を持つアシスタントが必要でしょう?と訴えた。バレバレの言い訳だったが、杏と翼も彩乃の本意を組んで擁護してくれ、「中高生が行くような場所じゃないんだけどなぁ」と言いながら、「単独行動禁止。常に隣に居るように」という条件で認めてくれた。

マンダレー・・首都以外の都市へ養女達がやって来たのも初めてとなる。

街の作りは王宮を中心にして、碁盤の様になっているので、母親の生家が有る京都・平安京に通ずるモノを彩乃は感じていた。人口数ではビルマ第二の都市というのも、日本の関西圏を連想させる。空虚感さえ感じる閑散とした首都とは異なり、マンダレーでは人々の営みが彼方此方で垣間見れる。そんな都市に初めてやって来て、もっとビルマを知りたいと彩乃は思うようになっていた。何と言っても、養父が永年構想の中核に据えていた国でもある。

平成生まれの彩乃は、昭和初期の戦前の京都もマンダレーの様に生活の匂いで満ち溢れていたのではないか?と想像していた。母の生家の近所の錦市場の様な活気が、洛内全体に広がっていたのではないか?と。
カメラの望遠レンズ越しに眼下の王宮を彩乃が覗いていると、小さな乗り物に兵士が乗り、3列に並んだ乗り物の左右のアームが何かを投げ、2発、投げ終わった乗物が後列に回っている。「投げてるのは石かな?」と、直径1mもある様な岩を「石」と彩乃が思うのも当然で、丘の上から王宮まで直線距離で1キロ以上は離れている。

ただ、マットレス状もしくは粘土の様なクッション性のあるものの上に落ちているので、音はしないかもしれないと彩乃は思った。

彩乃が慕う杏と翼が、ドローンを飛ばしてマンダレーの碁盤の様な街並みを空撮している。
「王宮内の駐屯地で何かやってるよ。先生達が彼処に居ると思うんだけど」と彩乃が言うと、翼がサムズアップして、小型マイクでドローンに何やら指示を出した。

すると、ドローンが王宮の上空へスーッと飛んでゆく。
杏と翼、そして彩乃は後で始末書を書く羽目になる。まさか、軍事機密に該当するとは誰も思わなかった。壁で囲われた王宮内に陸軍の駐屯地があるとは思わなかったし、養女達を王宮に呼ばなかった理由は、総司令官としての仕事があったから、と学習した。

続く)


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