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(7)報復前夜 〜 憎まれっ子、世に憚る


 休日の平穏な時間が壊された。
10軒の家でネットで繋いで会話をする。不審なドローンが飛んでいたので破壊したこと。自衛隊が現場検証中なので、それぞれの家屋間は移動できないこと。翔子と玲子には、夕飯まで子供達の面倒を見てもらいたいと、現状の注意点を伝える。何れ、暫定的な対策が講じられるので、それまでの間は屋内に留まっていて欲しいと。

連絡を終えてから鮎と蛍と、あゆみが出してくれた菓子とコーヒーを取っていても重苦しい雰囲気だけが募っていた。夕飯時に家族一同が集った。やはり、この場でも 重い雰囲気が漂っていた。ここで饒舌に語れる人間であればいいのだろうが、得てして言葉の少ない生活をしているがマイナスに作用していた。ここで急に饒舌になっても、かえって不自然な印象を与えてしまうだけだろう。ドローンを飛ばした相手が分からない今、怒りの持って行き先が無いのだが、対象が不明なので理不尽な思いばかりが募る。こんな時に話題を提供してくれるのは女性陣なのだが、どうしても無理やり話をしている感が滲み出ていた。この流れを変えられないのなら、この雰囲気のまま、少しだけ話しておこうと考えた。

「勝手に出掛けて、簡単に見つかって、失踪事件として騒ぎを起こしたのは悪かったと反省している。本当に申し訳なかった。それで、こうしてノコノコと帰ってきたわけだが、帰ってきたら今度は別の騒ぎに巻き込んでしまい、これも申し訳ないと思っている。
ただ、平穏な時間を壊された以上、この落とし前はきっちりと付けるつもりだ。大統領だから、首相だから詮索されて当前だと、勝手に動き回らせるつもりはない」 お茶を一口飲んでから続けた。

「一番ショックを受けているのは、盤石だと思っていた監視体制が機能しなかった事だ。原因は直に特定されて、対策が講じられるだろうが、場合によってはみんなの負担が増えるかもしれない。それを心配している」
それだけ伝えて自室へ移動し、酒を飲み始めた。後は自衛隊の調査結果を待つしかない。やがて、自衛官が周囲に配備され、24時間体制でドローンが上空を飛行し続ける事になった。

数時間後、司令官から連絡が入った。監視システム網を破ったのは、自業自得でもあり、偶然の産物でもあると伝えられた。ナンノコッチャ?と思って聞いていたら、システムに穴を作る原因となったのは実は我が子供達だった。ぐうの音も出なかった。小学生の男の子らしい展開に何とも言えなかった。「何れにせよ、自衛隊側の最終チェックを怠っていたのが原因でした。誠に申し訳ありませんでした」といわれれば、頷くしかない。

今回の侵入者は、幾つかの低山を経由して数キロ歩いて家の敷地内まで到達していた。その侵入ルートが現場検証で明らかとなった。しかし、そのコース上だけ何故かシステムが解除されていた。そのコースはウチの子供達が「探検」に出かける際のコースだった。その探検ルートだけ、自衛隊の警備班がシステム網を遮断していたそうだ。というのも、子供達が山や林で遊び回ってる間にアラーム音が警備室で鳴り続けるからだ。
担当者に知らず知らずの内に負荷をかけていた事を知り、申し訳なく思う。子供達が遠征する度にアラートが鳴る。監視カメラには子供達が写っているので「仕方がない」とシステムを止めてしまう日々が続いた。
乾季で雨の降らないこの季節、学校にも通っていない時期なので、悪ガキたちは徒党を組んで近隣の山や林へ探検に出ていった。頻繁に出掛けるので、たまたまシステムが解除されたまま放置された。そのコース上だけが「ポッカリと空いた」。安全管理上の手落ちと言えばそれまでなのだが、子供達に「こういう仕組みが我が家にはある」と説明をしていなかった親にも責任がある。子供達に改めて教育的指導を与えて、探検ごっこに関しては誠に申し訳ないが、卒業して貰う事になった。
子供達の自由と楽しみを奪う。自分達だけで作り上げたという秘密基地は、自衛隊に解体処分して貰うことになった。男の子にとって、秘密基地を失うのは苦渋の選択と言えるだろう。親として、同性として、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

その後、監視システム網の検証作業を確認し、漏れのないように何度もテストを繰り返す事になる。取り調べによると、ドローン操作をしていたと思われる不審者は、チリのテレビ局の名刺と社員証、そしてパスポートを所持していた。大使館業務を委託しているサンチェゴの日本大使館員が、チリ政府に抗議をし、説明を求めた。「ベネズエラ大統領の私邸に、ドローンを侵入させたテレビ局の目的と意図を知りたい。メディアに確認して頂き、結果の連絡が欲しい」と 要請して貰った。

自衛隊の内部調査によると、不審者はチリ陸軍に登録されている現役の軍人で、社員証はカモフラージュだという。チリ政府が何かしらの情報を得ようとしていた可能性があるという。
監視システム網の「穴」を子供達が野山で遊んでいるのをたまたま目撃して知ってしまい、子供達を尾行して敷地まで侵入していた可能性が高い。丘の上からドローンを飛ばしたのは、おそらく今回が初めてだが、その場所から映像や写真を度々撮っていた可能性がある。今後はサンドバギーとAIロボットと監視カメラを、丘から山に掛けて新たに配置することが決まった。

また、撃墜したドローンはAI搭載の自走式でリモート操作式では無かった。AIと聞いて愕然としたのが、プルシアンブルーのグループ会社製の小型ドローンだったからだ。一般には販売をしておらず、ベネズエラ内でも利用していないドローン。元は農薬散布用に開発された製品で、それ以外の用途としては北米のネットスーパーの宅配用として Indigo Blue Grocery社が利用している。機体の製造番号が物理的に消されているため、PB Venezuela社に持ち込んで、何処で開発され、利用していた機体か特定調査に取り掛かった。

チリが絡んでいたのが分かると、AI盗聴システムを使ってチリ政府内部の録音内容をの調査に取り掛かった。しかし、モリ家の偵察活動に該当するような発言がチリ大統領を始めとする政府関係者の発言からは拾えなかった。そこで、チリ政府の他に、野党と、チリ軍の越権行為の可能性を考慮して盗聴を開始した。一方、日本大使館に抗議をして貰った事で、チリ政府も事件として認識し調査を始める。この調査状況が盗聴できるようになる。調査で分かった内容をありのままベネズエラに報告してくれるのか、それとも歪曲して報告してくるかで、ベネズエラ側の出方も態度も変わる。チリ政府の真摯な回答を待とうと、盗聴を続けていると、早速チリ政府が反応した。

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ベネズエラ大統領の私邸を監視をしていたのは、IDはサンチャゴ市のテレビ局の職員だが、本職は陸軍特殊部隊員だった。誰の指示でベネズエラで調査活動をしていたのか、軍の特殊部隊への追求が始まった。チリ政府にしてみれば、今回は相手が悪かった。接点が無かったベネズエラを、この件で怒らせたり、万が一最悪な情報が出て来るようであれば、チリに取って最悪な状況になりかねない。理想形は、政府が預かり知らぬ民間人が勝手に行った行為で、不法侵入等の理由で厳重に罰したいので引き取らせて欲しい。誠に申し訳ありませんでしたと詫び、以降はベネズエラ政府との接点に転じて、交渉まで昇華してくれたらと淡い期待を抱いていた。しかし、淡い期待で終わるはずがない。自衛隊には「不審者」は格好の標的、実験材料となる。念の為断っておくが、捕虜の類ではない。自白剤を使ってお話頂き、睡眠療法を試して高尚な独白を聞き、日本製の嘘発見器の性能を試して、挙句の果てに、自らの意思で懺悔の言葉を囁くように、精神の世界へ誘う・・そうなのだ、簡単にチリ側に返すつもりは無い。
ところが、予想もしない展開となった。チリ陸軍に話を持ちかけていたのは、同じAPEC加盟国であるメキシコだった。APECの軍事部隊繋がりでメキシコ軍が、同じ加盟国のチリ軍に相談し、ベネズエラ大統領の身辺調査の支援を要請した。中南米におけるAPEC加盟国は他にペルーがあるが、ペルーは南米諸国連合の準加盟国なので、対象とならなかったのだろう。それでチリに白羽の矢を立てたのではないかと推測した。

メキシコ政府との間では、昨年の4月アメリカの指示により、ベネズエラへの石油提供を断わられた一件がある。それで両国間は互いに近寄る機会を無くした。メキシコ政府はベネズエラと何とか接点を作るべく、モリの情報を集めていたようだ。先月2月の訪米後は、腰痛の為に休養していると知り、カリブ海の大統領の別荘、カラカスの私邸、サンクリストバルの私邸を手分けして、どこで滞在しているのか張っていたようだ。
カラカスの私邸では子供達が遊んでいる低山を知り、子供達の後を追跡して、敷地へ入る侵入方法を見出した。しかしこの敷地内はサンクリストバルの私邸同様にロボットによるガードが固く、自由に調査する事ができなかった。突如、サンクリストバルの市場にモリが現れるというニュースが報じられると、来週からの公務復帰を知った。カラカスへ戻る姿を密かに追って、私邸に戻ったのを確認した。

このカラカスの私邸は、敷地へ近寄れたもののロボットによる警備が厳重で「その先」まで行けなかった。それで静音ドローンを初めて飛ばした。静かに飛ぶドローンなので、気づかれると思わなかったし、まさか破壊されるとも思わなかった・・らしい。
メキシコからチリへ300万USドル=約3億円が渡されたという。大統領は腰ではなくて足が悪いという内部情報が提供され、モリ大統領の体の動きを撮った動画を要求された。メキシコからの仕事を請け負ったチリ陸軍大佐の処遇は、更に聴取しなければならなかった。
そもそも、何故メキシコが直接動こうとしなかったのか?という疑問がチリ側に残った。チリ大佐もだ。メディア関係者の単独行動として、簡単に逃げられると思っていたのだろうか・・

「仮に、メディアの単独行動だったとベネズエラに回答したら、どう思うだろう?」

「今は社員証が本物かどうか調べています。本物なら、メディアも知っている話となります。メディアに対しても同罪の可能性を疑わなければならなくなります。既に、このメディアも聴取対象となのですが・・とにかくあらゆる情報を関係者から集めた方がいいでしょう。政府が関与していなければ、それはそれで、問題となるでしょうし・・」

チリ大統領の愚問は一掃されてしまった。

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内容が内容だけに、チリ政府の盗聴データを彩乃が纏めて、鮎首相に渡された。メキシコがチリに委託した背景が見えてくる。メキシコも委託された口だとすれば、話は変わってくる。メキシコが前面に出るのを嫌ったのだろうか。資金の出処もメキシコではないかもしれない。鮎は、「資金源、メキシコ、チリ、APEC」とそれぞれの言葉をボードに書き込んで、アメリカ大陸の地図を眺めて、イメージを膨らませていった。

ベネズエラを調べているのは、アメリカ共和党ではなかろうかと推測してみた。民主党政権を長年擁護してきたモリを、味方に取り込むべきか、それとも排除するかの見極めを、したかったのではないか。本来ならCIAにやらせる所だが、CIAはベネズエラ内での活動から自衛隊によって排除されている。以前、自衛隊の練習相手に勝手に任命されると、CIAは完璧に負け続けた。後日、CIAの無能っぷりをモリが世間に晒して、CIAは失墜してしまった。CIAはその後も性懲りもなく手を変え品を変えて、ベネズエラ入りを目指してはいるのだが、片っ端から捕まって、アメリカに強制送還されていた。それで共和党は、自分達が作り出した組織CIAを使うのを諦めて、隣国の軍隊を雇った・・・そう考えるのが自然だろう・・

鮎は役職から、安全保障面での危機管理の意識は高い方だ。家にまで押しかけてきて詮索するのは明らかにプライバシー侵害であり、家族が世間に晒される可能性を問題視した。この監視体制を掻い潜って、上空を旋回する侵犯行為を容認する訳にはいかない。仕掛けた側を特定し、糾弾する必要がある。そう結論付けた鮎首相は、あゆみと彩乃にアメリカの共和党幹部の盗聴を始めるように要請した。

モリは鮎から話を聞いて、メキシコの存在を初めて知った。共和党は眼中に無いので放っておくとして、今回も卑怯なのはメキシコだ。隠れ蓑にチリを使おうと決めて、実行したのだから。黒幕がアメリカにせよ、誰にせよ、ベネズエラに2度目の不貞を働いたメキシコを恫喝する必要がある。これ以上、舐めた真似をさせる訳にはいかない。
この時点で、北朝鮮での兵站作戦と対中国、対韓国との交渉は柳井首相と阪本総督に任せようと判断した。ベネズエラとしては軍資金を提供したのでお役御免とさせて頂く。

モリはメキシコシティの日本大使館に連絡を取って、メキシコ内に展開している日本企業と従業員数のデータを要請した。おそらく、失速寸前の企業ばかりなので、メキシコの現地法人は潰してしまっても影響は少ないはずだ。同時に、急遽メキシコ訪問のメニューを里子外相と検討し始めた。

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チリ政府は衝撃を受けていた。ベネゼエラ大統領がメキシコとグアテマラを訪問し、両国と首脳会談を行うと報じたからだ。「何故、このタイミングでメキシコ入りなのか?」まるでチリ政府の動きを知っているかのようなベネズエラの行動に、震撼してしまう。ベネズエラの情報能力は一体どこまで及んでいるのだろうか、まさか我が国の内部に内通者を配置しているのか?と、政権内で、大臣同士で、疑心暗鬼になっていた。誰か大臣が、ベネズエラに情報を提供して、抜け駆けしようとしているのではないかと。

それでも、今回のベネズエラの外交は一応、理にかなったものだった。アメリカとカナダでインフルエンザが猛威を奮っていた。今年に入ってから、アメリカとカナダで6万人を超える人が亡くなっていた。北米では数年おきに、インフルエンザが猛威を振るうのが恒例となってしまっている。今回もCDCが躍起になって対応しているが、CDC単体だけはどうにもならない側面もある。アメリカ大陸におけるインフルエンザウィルスの発生源は、メキシコもしくはグァテマラと言われている。アジアにおけるウィルス発生源が中国と目されているのと同じだ。
今年のウィルスはメキシコが発症元だったと言われており、メキシコ国内で2000名を超える方々がインフルエンザ感染で他界していた。ウィルス発生源と言われながら、メキシコ・グァテマラで大規模な感染とならない原因は気候だ。この気温と湿度がインフルエンザウィルスの感染を防御している。実際に感染し、亡くなられている人々は都市部に居住する人達だ。オフィスワーカーが感染するのは、空調の効いたビル内にウィルスが巣食うからだ。そしてオフィス感染と家庭内感染だけが密かに進行する。

死者数が増える背景には、ワクチンの予防接種をしない・できない風潮がアメリカ大陸、特にアメリカ合衆国にある。近年ではウィルスの予測がある程度的中し、予防ワクチン自体がかなり効くのだが、どうしても嘗てのハズレワクチンの数々を人々は知っているので、ワクチン接種に対して懐疑的な見方をしている。
嘗てのコロナウィルスでの甚大な被害の経験から、マスク文化の浸透とワクチン接種に対する抵抗は嘗てよりは減ったとはいえ、インフルエンザの場合は軽んじられる傾向が強い。仮に罹患しても、リレンザなどの特効薬を飲めばかなり抑えられるという安心感もある。そのように通院して薬を手に入れられる層が存在する一方で、無保険者や貧困層が多いアメリカ大陸では、通院しない・できない人々がまだ多く、ひっそりと他界してしまう。

2月、3月と推移して、北米が暖かくなれば次第に感染も減少すると予測はされているが、今年は「当たり年」となるのは確実と言われており、死者の数は10万人近くになると予測されている。ベネズエラでも北米市場・中米との交易が多いので、インフルエンザの罹患者は商社、メーカー勤務者に僅かに存在する。ただ、ベネズエラは中米同様に湿度気温が高いので、ベネズエラ内での感染確率は減少する。ただ、コロナウィルスでもそうだったように、高温多湿であっても苦にしないウィルスが出て来る可能性も今後はゼロではない。

ベネズエラ政府はインフルエンザ対策を掲げて、グァテマラへ向かった。同時にアフリカ諸国向けに開発した、新ワクチンと新薬も持ち込んだ。新薬とは、マラリア用ワクチンと、マラリア罹患後に服用する治療薬だ。ワクチンはBlueStar製薬のキューバ工場で製造されたものを、製薬はベネズエラ製でインフルエンザ用はジェネリック薬となったリレンザを
そして、キューバ厚労省で認可されたマラリア用ワクチンと特効薬を大量にタンカー型空母に、ボリビア・ペルー産の穀物を積んで、大西洋側のプエルトパリオス港へやってきた。

マラリアはマヤの遺跡があるグァテマラとメキシコ国境の密林地帯で発生していた。
マラリアは蚊が媒介するので、密封性の低い家屋に居住するインディオ達の罹患率が高く、乳幼児が死に至るケースが多い。マラリアやコレラ等の死亡率のパーセンテージを下げるだけで、アフリカ人や中南米のインディオ・メスティソの生活環境は大きく変わるはずだった。グァテマラ・メキシコの密林地帯で生活する人々もきっと同じだろうと考えた。

グアテマラシティに政府専用機で降り立った大統領一行は、グァテマラ政府の歓迎を受ける。半年前からアメリカ産とアフリカ産の穀物を届け、コロンビア政府が安いガソリンを運搬し、エクアドル・ペルーからバイクと軽自動車が運ばれてくる。そんな南米諸国連合の支援を受けている国の一つでもある。直近では約一万円の支給金を各家庭が受け取った。ベネズエラ大統領一行がチヤホヤされるのも当然だった。

大統領府に入った一行は、幸乃 厚労相から目録を渡す儀式から会談が始まった。インフルエンザ用のジェネリック薬とワクチン、マラリア用ワクチンと特効薬、それにアフリカ産トウモロコシのリストだった。港に入った自衛隊艦船から、荷卸が始まっていた。グァテマラ政府からの目録はコーヒーとバナナだ。費用こそ対等ではないが「このお気持ちが何よりも有り難いです」と里子外相が流暢なスペイン語で応える。

首脳会談が始まると、蛍経産大臣が提案を始める。北朝鮮で今まさに始めようとしている探査衛星とAIロボットによる鉄鉱石、石油、ニッケル等の鉱物資源調査をグァテマラでもやりませんか?と。タイムリーな話題なだけにグァテマラ政府が飛びついてくる。
「資源探査が終了しましたら、エクソン社とベネズエラ石油公団で資源採掘のお手伝いもします。勿論、輸出のお手伝いも致します」と言えばやらない訳がない。
北朝鮮もそうだが、資源が有りながら開発資金が無い為に資源採掘が出来ない国が幾つかある。グァテマラもそんな国の一つだ。グァテマラ政府にしてみれば、重要な輸出品となるので願ったりかなったりの話となる。その輸出品を南米諸国連合が買い入れてくれると聞けば尚更だ。そこへ間髪入れずに、里子外相がここぞとばかりに攻めてゆく。
「メキシコから麻薬組織が入って、治安が保たてない状況が長年続いていると伺っております。ついては私共ベネズエラとの間で、包括的な契約を検討されては如何でしょうか」

「包括的と言いますと、キューバやハイチと同様ということでしょうか?それならば、大変有り難いお話です!」グァテマラ大統領が揉み手で喜んでいる。隣で座っているモリはニコニコ笑っていればいいのでラクだった。早く、マヤの遺跡見学に行きいと思っていた。グァテマラへ再訪したも40年ぶりだった。

グァテマラの地元メディアとベネズエラから政府専用機に同乗してきたメディアは、両国の合意内容を大々的に報じた。キューバ、ハイチ、パナマに続く中米国との包括契約の合意となった。

・自衛隊のグァテマラへ駐留と、グァテマラ軍は自衛隊の傘下組織となる。
・バナナプランテーション、コーヒープランテーションへのベネズエラ資本投入による買収
・農業技能者の人員拡大、ベネズエラ農地開拓の促進援助を行う。
・鉱山開発と資源探査を両国で共同で行い、資源販売をエクソン社へ委託
・ベネズエラ大統領のグァテマラ国家顧問への就任

等々といった内容で、グァテマラ内ではお祭り騒ぎの様相となった。大統領一行はグァテマラ政府の歓待を3日間受け続ける事になる。このグァテマラとの会談が周辺国には悲喜交々のものとなる。国境を接するホンジュラスとエルサルバドルは「次は貴国ですよ」とベネズエラの外相から連絡を受けて、舞い上がっていた。
プエルトパリオス港に、海上自衛隊の艦船が入港し、グァテマラシティの空軍基地には航空自衛隊の戦闘機が配備され、ホンジュラスとエルサルバドルの防空網、海域まで保全対象となる。方や、グァテマラと長年に渡って国境紛争をしてきた、英連邦のベリーズには面白くない。いずれこうなるとは思っていたが、グァテマラが経済的にも、軍事的にも強くなるのが確定的となった。英連邦で比較的裕福ということでベリーズは南米諸国連合からの恩恵を受けていない。宗主国イギリスへ軍事協力も含めた支援を要請する必要がある。
グァテマラ北部と国境を接するメキシコは、これからベネズエラ政府と会談するとは言え、グァテマラ規模の支援は受けられないとも熟知していた。メキシコに自衛隊が駐留するなど、北の軍事大国が黙っていないからだ。
それに、メキシコ国境に自衛隊が配備され、麻薬組織の一掃が始まるだろう。するとグァテマラ内に展開していたメキシコの麻薬組織がメキシコ内に戻って来るので、国内の治安が更に悪化するだろう。今まで以上に頭の痛い状況になりそうだ。
この種の問題解決にベネズエラが加わってくれるといいのだが、と来週からの会談には期待していた。そこへ、ベネズエラ政府の代理を務める日本大使館から連絡が届いた。
大臣達は同行せず、モリが一人で伺いますと書いてあった。嫌な予感は当たってしまった。

数日前から、メキシコシティとチリ・サンチャゴの大統領府の上空を、ドローンが飛行するようになった。このベネズエラ製のドローン、塗装や筐体形状でステルス性能を身に着けるのではなく、放出する電磁波でシールドを纏うプルシアンブルーオリジナルのステルス機能だった。それ故に高性能であり、且つ低価格だ。アメリカの主力戦闘機F22などは、飛行の度にステルス塗料を塗り替えるので、手間暇も掛かるし、値段も張る。
この電磁波ジャミングテクノロジーは、政府専用機でも、戦闘機でも使われている。メキシコとチリ上空のドローンは、ベネズエラのモリの私邸を飛行したものと同機種だが、ジェットエンジンが付いていた。
メキシコ軍やチリ軍や警察官が目視でドローンの確認は出来ても、レーダーには全く反応しない。捕捉が出来ないので、人海戦術で探して、血眼になって追い続ける日々が続いていた。
しかし、小型のジェットエンジンを搭載しているので、ヘリコプターでは追尾すら出来ない。だからと言って戦闘機を飛ばすと、それはそれで交戦行為だと思われてしまう。現に、停泊中の艦船には戦闘機が搭載されているという報告もある。グァテマラ方面とアリカ湾へそれぞれ飛んで行くので、やはりグァテマラ訪問中のベネズエラと、チリ・アリカ湾内のボリビア桟橋に碇泊中の海上自衛隊の船ではないかと、メキシコとチリ側は推定していた。
ドローンが来るたびに、電波を発していた。解析チームは「盗聴している」と断定した。その為、重要事項の電話通話は全て禁止となった。

ベネズエラの外相、厚労相、経産大臣はそれぞれの娘を連れてきていた。そこに玲子も加わり、5人娘とティカル遺跡へ観光に向かった。マヤ遺跡の史跡ツアーにモリが参加するのは、このティカル訪問だけとなる。3人の大臣と5人娘はメキシコ入りはするが隣のオアハカ州止まりであり、メキシコシティまでは同行しない。モリが単独でメキシコ政府に対峙する。一旦、グァテマラシティに戻った大統領一向は、メキシコ航空の民間機に乗り込んで、メキシコ・メリダ市に観光客として向かった。8人の母娘がにこやかに出掛けたのを見届けて、モリはメキシコシティへ向かった。

ベネズエラの一行がグァテマラシティに到着した日に、メキシコ政府に連絡が入った。
メキシコ政府との会談は大統領が一人で臨むので、大臣達の部屋と食事はキャンセルさせて欲しいと。大統領が一人で乗り込込んで来ると聞いて、頭が痛かった。チリとメキシコにドローンを飛ばして、盗聴活動をあからさまにする国だ。しかし、こちらの意趣返しでもあるので、おおっぴらに文句が言えない。

グァテマラシティを飛び立ったメキシコ航空、メリダ行きにはビジネスクラスに3人の大臣と5人の娘の搭乗者情報が載っていた。その後、世界遺産チチェン・イツァに向かった事が判明する。こちらは観光目的のようだ・・

一体、どんな話となるのだろうと、メキシコ政府は戦々恐々としながら、ベネズエラ大統領の到着を待っていた。

(つづく)

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