(3)第一弾 : AIと共に家電事業を変革する(2023.12改)
タイ王族が関与していると言われている投資会社Thai Investment社が、 生産を縮小し、タイでの製造から撤退する方針を固めた台湾企業から工場の購入を検討している という噂は8月頃からあった。この工場は元は日本の家電メーカー資産で、2011年に台湾企業の傘下となっていた。
世界でも有数の電気電子製品輸出国であるタイはHDD、コンピューター部品、IC部品、家電製品の製造を手掛けており、2018年の時点でエアコンと洗濯機の生産・出荷台数は世界2位のポジションにあった。タイに世界中の家電メーカーが集い、コロナ前の時点で生産過剰な状況になっていた。
実際に、売上が伸び悩む企業や更なる安い人件費を求める企業は、 ミャンマーやベトナムに生産拠点を移動しはじめていた。
コロナ禍となり生産・製造が停止している現状下で、本国本社の経営判断で工場を「売り」に出している企業も少なからず有った。
家電品製造工場を手中に収め始めると、Thai Investment社は各工場で労働者を再雇用し、国内の家電部品を製造する企業と次々と契約を交わしていった。
従来通りに粛々と生産を続けていた状況を、タイの通産省も商工会議所も 勿論メディア関係者も知らなかった。首都バンコクがコロナでロックダウンしている頃で、あらゆる組織が活動を停止し、市民レベルで混乱していたので、仕方なかったのだろうが。
「プルシアンブルー社が家電製品を販売するようだ」
突然同社のホームページに「Coming soon」と銘打たれた画面が表示された。真白な各種家電品に「pb」の青いロゴが付いているのが見える。
メディアや家電業界では一斉に捜索が始まる。「同社は設立してから日も浅い、何処かのメーカーに生産委託しているハズだ」と調査が始まるのだが、プルシアンブルー社と提携した企業が見当たらない。
皆さんを奔走させるのは失礼だと思ったのか、プルシアンブルー社は「明日、タイ時間の10時にネットで家電製品販売の会見を行います」とホームページに追加記載した。
ほぼ同タイミングでバンコクの南部に位置する郊外都市の7工場の建屋の上部に、「pb」ロゴの青い看板が取り付けられているのが判明する。7工場は元は日本企業だった家電メーカーが設立した工場で、建屋は全て同じような外観が施されていた。
各メディアの現地スタッフのタイ人達が工場まで向かうと工場はどれも操業中だった。夕刻帰路につく工場労働者に声を掛けて取材の要請をすると、
「明日の朝には分かるわよ」と笑顔で対応されたらしい。
タイ滞在中のゴードン会長と日本富山にいるサミア社長、そしてベトナム法人代表の有賀が画面に現れてネット会見が始まった。会見の骨子だが、
・ベトナム・ハノイでPB Electonics社を設立し、ベトナム法人代表の 有賀侑斗が兼務で社長に就任する。
・タイの7工場で、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、オーディオ、テレビを生産し、専門店とネット販売の2本立てで提供し、先行して本日からネット販売を行う。ただし、テレビとオーディオは11月から販売開始となる。
・販売はタイ、ベトナム、日本で開始し、供給体制が整った国から販売を行なう。先ずはアジアから。
・家電品にはAIが実装されており、スマホやタブレットの専用アプリを介して3カ国の言語でチャットによる対話が可能。製品の不具合があればAIが知らせてくれる。部品交換し続けて製品を継続利用出来る特徴を持つ。部品の供給が出来る限りメーカーがサポートし、最低でも購入から15年は利用し続けるシステムを整えた。
・以上の内容でありながら、製品価格は従来品より日本円で5千円〜1万円程度高くなっていた。
「ネット販売なのでワンプライスで値引販売は出来ませんが、末永く使って頂ける仕様になっておりまので、お得だと思っております」
有賀社長の英語の発言は、タイ・ベトナム・日本語の3カ国の言語で3テロップ表示された。
最もインパクトが有ったのが、最低15年間使いつづけるのが可能という有賀社長の発言と、サミアによる実機デモンストレーションだった。デモは冷蔵庫とテレビ、ラジオの3製品で行われた。
冷蔵庫は収納されている食品の画像がスマホに送られて中身が分かり、冷蔵庫に収納した食品でAIが「劣化」を確認するとスマホで知らせてくる。
テレビとラジオは英語放送をタイ語とベトナム語に翻訳された音声を発し始めた。男性と女性でAIが性別判断するが、判定が「グレーな場合」は女性の音声となる。音声も「高い声」「普通」「低音」の3種を用意しているので、ニュースの場合は好きな音声を選択し、ドラマや映画の場合は性別別3種以外の音声を使って、役柄別にAIが音声再生し始めた。
既存の家電メーカーに衝撃となったのは言うまでもない。早速ネットで購入して「調査しろ!」と号令が走った。
中国に至ってはベトナムで大量調達して中国内に持ち込もうと、当初は画策したのだが、クルマとバイクの二の舞になると案じ、「どうせ、家電品だ」と考え直し、ベトナム内で分解しようと方針を変更した。
中国のエンジニア達が家電品を分解するまでもなかった。
エアコン、冷蔵庫、洗濯機には7センチ四方の同じ青い箱が取り付けられてるのが分かった。箱を開けると、例のごとくデータは全て消去されてしまうのだが、中古車とオートバイのナビで使われていた7ナノ技術で製造されたCPUの他に、見たこともないサイズのトランジスタ、ダイオード、コンデンサ、抵抗、各種パワー半導体等の電子部品が備わった基盤と、やはり微細化技術を使っていると思われるメモリストレージが内蔵されていた。
「If you can make it, try making it.(作れるものなら、作ってみやがれ)」と箱の上蓋の裏に白字でプリントされているのが見つかる。
ベトナムハノイの倉庫で「致命的!(畜生!)」と叫び声が上がったが、倉庫の周囲には誰もいなかった。
ーーーー
杜家の横浜の実家では掃除機を購入した。くるくる回りながら自走するタイプもあったが、杜 蛍は 紙パックにゴミを集積する、普通の掃除機を購入した。
「見た目も機能も従来機と変わらないのかな?」と思い、説明書も読まずに使おうとすると動かない。
「あれぇ?」と蛍は首を傾けて、慌てて説明書を読む。ナルホド。最初にスマホでアプリをダウンロードして、掃除機と対話できるようにしなければならないらしい。
スマホを持っていない人はAIスイッチをOFFにする必要がある。「そうすれば、通常の掃除機になっちゃうのね」
スマホの設定は後でやろうと掃除機本体の裏にある小さなカバーを開けてAIスイッチをオフにして、掃除機を使いだした。やはり、普通の掃除機だった。
学校から帰ってきたあゆみは階段の下に見たこともない白い掃除機があるのを見つけて、近寄るとプルシアンブルー製の掃除機だと理解し、自分の部屋に持ち込んだ。
制服から着替えると、現代っ子なので本体のバーコードをスマホで読んで、マニュアルを開き、アプリをダウンロードして設定する。
アプリ画面に「無音設定」とあるので設定して掃除機を使い始めると吸引音はするのだが、モーター音がしない。
「なんで?」疑問に思いながらも自室の床の清掃を終えた。
居間に降りていくと、弟の圭吾と彩乃がおやつを食べていた。
「あれ、姉ちゃん居たの?」弟の第一声がコレだ。彩乃に夢中で、2階で掃除してる音に気付かなかったのだろうか。
「掃除機かけてたわよ」得意げに言うと、彩乃まで首を傾けている。
あゆみが説明を始めると、彩乃は説明の途中ですっ飛んでいった。メカおたく、ITオタクとしては確認しなければならないのだろう。
「今から廊下の掃除します!」やってきて言い放つとまた去っていった。
「あれ?音が聞こえない・・うそでしょ?」弟の動揺はちょっと前に記憶があるものと同じだった。
「すごいです!おそらくですが、人間の聴覚で感知できない音は出てるんでしょう。つまり、今までに無いモーター技術です!洗濯機やエアコンの内蔵モーターも同じタイプのモーターを使っている可能性があります!」
「相変わらずスゴイね、サスガ家電評論家・・」あゆみが呆れていると、圭吾が飛んでいった。
「圭吾くんは2階の廊下を吸って下さーい」彩乃が去り行く圭吾に声を掛けた。
「はいよー」と弟が応える。
「あのさ、彩乃は圭吾のこと、どんなふうに見てる?」
「弟ですね。兄としては少々 役不足かと・・」
「同い年の弟かぁ・・、脈は全く無さそうだねぇ」
「そうですね、ありえませんね」彩乃の満面の笑みに、弟の次なる幸せを祈る姉であった。
大森の金森家の邸宅ではモリが生産の継続を強く要請したという、昭和の2層式洗濯機を購入し、バイクと自転車のある倉庫に、水曜が休日の里子が設置した。
「2層式は洗濯機と脱水機がそれぞれ独立しているので、完璧な洗浄・すすぎと脱水をこなすのです!」とモリが力説していたが、全自動洗濯機しか使ったことがない里子は半信半疑で試してみた。
洗浄と濯ぎは昭和モデルでは人が介在して、 水道の蛇口をヒネる必要があったが、濯ぎまでは自動洗濯機と一緒で、洗濯機に搭載されたAIがやってくれる。
倉庫内のモリの工具を手にとって眺めていると、スマホが振動して、濯ぎ洗いまで終了したと連絡が届く。洗濯槽から脱水層に洗濯ものを移して蓋を閉じると自動脱水が始まる。
脱水が終わると、里子は庭の物干し場に脱水した洗濯ものを干した。新機種の成果確認は「乾いてから」となる。
驚いた。志乃の娘の美帆の保育園の園服の汚れ、カレーうどん汁のシミがついた里子のブラウス、妊娠してオリモノが増え始めた里子の下着等等の汚れが、見事に落ちていた。
「なんで?」
同じ洗剤なのに変だな?と里子は暫く首をひねっていたが「いい洗濯機だ」と取り敢えずは褒めて、理由の追求を止めた。
杜家で起きているような事象が、家電購入者の家庭でそれぞれ起こった。
掃除機や洗濯機のモーター音は防音対策が殆ど施されていない壁や床の薄いアジアの邸宅では歓迎され、小さな子供が居る家庭、日中は不在なので夜間に洗濯する家庭に喜ばれた。
また、今の時代は過剰な宣伝を必要としない。他社には無い機能・性能の商品は民衆が勝手に紹介、PRしてくれる。
ファストファッションでも生じた、動画投稿者による動画が数多く投稿され、情報が拡散する。PB Electonics社として、CMはしない。アンテナショップは設けるが家電量販店には陳列しない。ネット中心に特化してロングライフ設計の長寿命製品を提供するという、従来型の家電製品とは異なる商品だった。
飽きが来ないようにシンプルなデザインで統一され、白か、無塗装ステンレス剥きだし、シルバーメタリックの3つで、ネイビーとスカイブルーは特別注文モデルとなる。
タイの投資会社Thailand Investment社はタイ国内の家電製造工場で、稼働率が下がっている工場を探し、買収を持ち掛けていた。
PB Electonics社の製品が売れるのは間違いない。同時に競合他社の製品は売れなくなるので生産撤退、工場操業停止などの措置に移行する。言わばタイにおける産業空洞化が生じかねない。Thailand Investment社は産業空洞化を起こさず、従業員の雇用を守るためにPB Electonics社の家電製品製造工場に切り替えてゆく。
部品会社も守る必要があるので、サンプル部品と図面を提示して、PB Electonics製品用の部品製造を要請する。
王族が絡んでいるが故のエンゼルプランだった。
「タイの家電産業と自動車部品産業を王族の支援を得て保護する」モリのノートに書かれていた意味を櫻田詩歌は理解した。
「Paint Blue!」(青く染めろ!)と内々で使われている表現が表に出ることはないだろうが、オセロゲームのようにタイ国内の家電産業と自動車部品産業をプルシアンブルー社の事業に関与せざるを得ないようにしてゆく。タイの生産数では足りないようであれば、マレーシア、インドネシアの工場に対して「Malaysia Investment」「Indonesia Investment」の王族投資会社が工場買収に乗り出してゆくプランだ。
その為にモリが次の家電マーケットと定めているのが、南アジアだった。普通であれば中国市場を狙うのだろうが、政治的な思惑で中国は最後の最後まで残す計画となっている。
櫻田の想像だが、国内に豊富にある石炭で火力発電施設を増やして人口増加と温暖化による冷房需要の増加で不足する電力を補おうとしているインドに、省エネ家電の需要があると見たのではないか?と想像した。
東南アジアと南アジアは220V-240Vの電圧を採用しているので横展開もしやすい。また、インドではこの数年でスマートフォンの普及も進んでいるので、家電用AIの操作には問題ない。一方の中国のスマートフォンは独自仕様なので、アプリ開発の必要がある。
「インド市場と中国市場の2兎は、さすがに追えないよね・・」
櫻田はそんな解釈をしながら、ゴードン会長から貸与されたタブレットを移動のバスの中で操作していた。
このプルシアンブルー製のIT機器も近々販売するらしい。AI搭載は今回は見送るが、プルシアンブルー製のCPU搭載の基盤にPCには「Taro」という独自OSを載せ、タブレットとスマホには「Hana」OSを搭載する。
PCに搭載するソフトはMicr○s○ft社の表計算、ワープロ、プレゼン作成の互換ソフトを標準搭載する。
プルシアンブルー社オリジナルソフトとして、動画編集ソフト、画像編集ソフト、音楽作成ソフトを用意しており、ネットで購入できる。
また、日本のゲーム会社の最新ソフトをAIがカスタマイズして可動するようになっており、ゲーム会社で検証中だという。CPU性能が高いので重いソフトウェアを楽々と可動するのを売りとするらしい。
スマホとタブレットのCPUはPC搭載のものよりコンパクト化されており、3割ほど劣るというが、スマホ用としては最速だろう。
OS Hanaの操作はAndro/d 、/○Sと操作性は似通っていて、アプリの種類や操作感はAndro/d, Chr○mebookに近いような気がする。
アプリもラインナップが充実しており、プルシアンブルー社のサイトで無償ダウンロード出来る。全てのアプリをAIが作成しており、ゲーム以外のアプリ開発を外部にさせないようにするらしい。
・・ゲーム業界は保護しようと考えたのだろう。
また、TaroもHanaもOSセキュリティはプルシアンブルー社が保証しているので、セキュリティソフトの必要はない。
「家電の次はIT機器か、スゴイなぁ・・」
外務省・櫻田は呟きながら、タブレットで隠し撮りしたモリの写真を加工していた。
(つづく)
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