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(6) 休暇中の情景、その1(2024.12改)


国会がGW休暇となり、共栄党党首の杜 亮磨が札幌の事務所に戻った際に、同行者は亮磨一人では無かった。
国会合流時から、党首の亮磨の臨時護衛としてカレン族のユナとユンが配属された。その流れで、父モリ・イッセイの遠縁にあたる2人を札幌に連れて来た。
また、亮磨の札幌のマンションに滞在していた異母弟妹一行は、クジで負けたと言う大学生の養女の運転で、現在は石狩市内を観光していた。  

異母兄も弟妹に合流し休暇を過ごす。亮磨の選挙区内である小樽市で合流することになっていた。弟や妹にとってもユナとユンは遠縁の縁者となる。「今後は親戚付き合いをする様に」という、父からの無茶振りも組み込まれているのは言うまでもない。
無茶苦茶な私生活を過ごしている父が、カレンの少女たちと「何」をしていたのか?息子なりに事情は察していた。少女達はやたら父に懐いており、赤坂の議員宿舎ではシャン族の護衛のサラとセーラと共に、父の部屋で寝泊まりしていたからだ。それでも安全対策上、2人は必要な人材だと亮磨も理解していた。それなりに腕っぷしが強いからだ。
早朝、議員宿舎の庭でシャン族の2人とトレーニングを兼ねた模擬戦を共栄党の議員全員で見たのだが、シャン族若手では最強だというサラとセーラのコンビと互角に渡り合い、勝敗が決まらなかった。強者同士が認め合い、互いに握手を交わす程拮抗していた。そんな人材だ。ただでさえタッパがある上に、父親似の弟達と母似の娘、そんな目立つ5人の弟妹を守る上で、彼女達が同行してくれた方が有難いに決まっていると、亮磨は判断した。

札幌事務所に3人が立ち寄ると、事務所の職員が驚く。カレン族の2人が亮磨に似ているからだ。妹として十分通用すると、亮磨自身も思う。
数日前まで滞在していた異母妹のあゆみは母親似なので、そのギャップもあって職員たちは驚いたようだ。            
亮磨の事務所はボランティアの方々が多いので防犯対策が施されており、入室前のセキュリティチェックが必須だ。亮磨であっても時計やスマホを外し、空港のセキュリティと同じように各自のカバンをスキャンする。           
ユンとユナが登山用のパーカーを脱ぐと、護身用の金属製の伸縮する警棒と、すりこぎ棒としても使われる硬い山椒の木を加工した木刀の2つが、獣の皮で固定されていた。    
セキュリティ担当の職員は驚き、亮磨はタイトなセーターを纏った両名の、想像以上の上半身に見惚れる。
「この木刀は訓練用なんだ。普段、山に入る際に身につけている刀は金属製なんだけど、さすがに飛行機に持ち込めないから本物は沖縄に置いてきたらしい。その代わりに日本の警官が使う警棒を支給したんだって。飛行機の搭乗時は機内預けの荷物に入れてたんだけど、今日は必要ないって言ったのに、身に付けちゃったんだ」
亮磨が説明すると、職員は合点したようだ。

事務所に3台あるプルシアンブルー製の軽自動車の1台を、数日間占有できるようワークシートに入力すると「Accept」の表示が出た。
3人で事務所の裏の砂利敷きの駐車場に向かい、AIナビが指紋認証で予約した亮磨自身であることを確認すると、鍵が解錠される。リアハッチに3人の荷物を詰め込み、亮磨が運転席に座り、AIに話し掛ける。
「小樽港の洋食屋さんへお願い。お店の電話番号はXXX-1234」と、ユンとユナにも分かるように英語で言うと、 
「Roger,Mr.Ryouma. Everyone,please fasten your seatbelt」
AIが返答し、エンジンが掛かると直ぐに出発しだすので、後部座席のユンとユナは驚いた顔で慌ててシートベルトを着ける。日本の交通法規では後部座席の乗員もシートベルトが必要だと研修で聞いたのを思い出したからだ。
2人の反応を見て、亮磨は両足を遊ばせて、ハンドルに人差し指だけ乗せて「僕は何もしてないよ。自動運転なんだ」と言うと、同じ様な顔がシートの合間から、前席を覗き込んでいるのがバックミラー越しに見えたので、笑った。 

1台の白いワンボックス車が石狩市から小樽市に入った。
運転席には平泉家の次女樹里が座り、樹里の所属している芸能事務所の先輩にあたる久遠瑠華が助手席に鎮座していた。瑠華が北海道にやって来たのを亮磨に伏せているのも、瑠華からの要求だった。事前にカレに相談して、断られたら身も蓋もないと考えたらしい。北海道滞在中に亮磨の弟達と仲良くなり、友人知人として急遽参加した事にさせて欲しい、と口裏合わせをしていた。
車が小樽市内に入ると瑠華が緊張し始める。話しかけても急に上の空になったので、ハンドルを握っているだけの樹里も流石に気がついた。
CMにも出始めて人気が出始め、モデル業から俳優への道が約束されている。それだけの外観を瑠華が備えているので、亮磨も嫌がらないだろうと本人以外は思っているのだが、熱烈な亮磨ファンの瑠華にとっては一生の一大事の様な有様で、何故かブツブツと念仏まで唱え始めている。   

「亮磨さんの車を確認しました。同じ駐車場にまいります」とAIナビが言うと、「遂に来たぁ!」と瑠華が言って、両手で顔をバチバチ叩き出した。
「ちょっと、お化粧が崩れるって!」と樹里が突っ込み、杜家の子女が大笑いする。   
長女のあゆみが「何処に居るの?」と兄の亮磨にメールすると「港の洋食店に居るよ」と亮磨から返信が帰って来た。
「お昼は洋食で決定。店を選んだのは亮兄だからね。私は海鮮鍋ランチにするけど、お肉のメニューも沢山あるみたいだよ」あゆみが店のHPを見ながら言うと、兄達と弟はガッツポーズする。折角の北海道なのに男衆は肉ばっかりだった。

駐車場にワンボックスカーを停めて、店内へ入ると亮磨の向かいに2人の少女が皆に背を向けて座っている。亮磨は弟妹に気づいて手を挙げる。
                  
「誰だろ?地元のファンに捕まったのかな?」
「いやいや、その割には仲良さげじゃね?」
と弟達が言うので、後ろで深呼吸を繰り返していた玲奈が前にしゃしゃり出て来る。そのタイミングで亮磨がなにか言ったのか、ユンとユナが振り返った。
「えっ?妹さんって居たっけ?」と瑠華があゆみに聞くと、
「そんなの居ない、ずっと一人っ子だったハズ」とあゆみは過去形で言う。

「まさか、父さんの隠し子とか?」
「ありえんだろう、亮兄の親戚じゃねえの?」と歩と海斗が話しているうちから、末弟の圭吾が亮磨の方へ小走りで近寄る。

「こんにちは, はじめまして!」と圭吾が大きな声で言った側から驚いた顔をしている。面と向かって顔を合わせて、少女と亮磨が似ているのが分かったのだろう。

「おう、来たか。そんな驚いた顔すんなって。黙ってて悪かったけどさ、俺の娘たちだ。よろしくなぁ」
亮磨がそう言うと弟達は「やっぱりそうか」と頷いた。
自分と同じ年頃の娘たちを見て「幾つの頃の娘よ?あり得んでしょ」とあゆみは思い、嘘だと見破った。しかし、目の前がまっ暗になった瑠華だけが急に泣き出し、慌てて樹里が介抱し始めた。

ーーー

「共栄党 党首の杜亮磨が5月末の週末に台湾とオーストラリアを訪れて、台湾総督とオーストラリア国防相と会談」
そんなニュース速報が流れた。オーストラリアは単独渡航で、その前の台湾には社会党の県知事や市長も同行するとあった。  
水曜日にモリ・イッセイ議員と会食した際のレポートを日本駐在の大使から受け取っていた米国政府は、中古とはいえども潜水艦をビルマ海軍が所有する背景と、所持した際の影響と戦力分析を国防総省に、継続調査をCIAに委ねていた。
レポート自体は、ビルマというよりもモリ自身が、ビルマ海軍の強化の尖兵として複数潜水艦の所有を望んでいるという内容で、既にオーストラリアの国防省サイドには打診済で、国防省も政府も前向きに検討しているという。息子の亮磨がオージー入りするのは、この潜水艦絡みの訪問ではないか?と米国側は予想した。

ビルマのスージー女史が海軍の艦船にAIを搭載して、通常であれば必要な乗員数を極力減らして、乗員の研修や教育プロセス、そして訓練時間を大幅に削減することで、海軍力を早期に他国の海軍と同レベルに引き上げると言及した箇所を指しているのだろう。つまり、スージー女史の講話はモリの構想の受け売りと見て相違ない。
そもそも、ビルマ軍が所有する兵器類の技術やテクノロジーはプルシアンブルー社に依存しており、国内の国防体制がどのレベルまで求められ、国防体制を鑑みた場合、軍事力がどの程度まで必要なのか、そもそもビルマ軍がどうあるべきなのか、そういった将来展望を描ける人材はビルマ内には存在しないと米国は推測していた。
それを踏まえて、ビルマ軍のトップがモリだと仮定すると、全ての辻褄が合うのだった。

現在ではビルマ軍の台湾派兵と自身の沖縄4区での議員当選は”セット”だと見るのが一般的となっている。自身の当選に合わせるかの様に、アフガニスタンではタリバンを打ち破って見せた。
ビルマ軍をアフガンに派兵した理由は、AI兵器の優位性を世間で認知させる為のデモンストレーションであり、間接的にタリバンを支援していた中国への牽制だったと、米国国防総省は結論付けていた。
ロコ諸島を旧ミャンマー政府から貸与され、居座っていた中国を追い出す上で、ビルマにとってタリバン掃討は必要不可欠のものだったと言える。
その上で、台湾防衛も絡めた新たな矢をモリは放って見せた。ビルマが台湾防衛に加担すれば、台湾を支配下に置きたい中国も二の足を踏まざるを得ない。仮に、中国政府が強権を発動して台湾制圧に動いても、阻止される可能性の方が高いと米国は判断していた。

これまでの米軍の推測では、ビルマ軍は優位である空軍力を全面に掲げるために、日本の自衛隊が保有する日本製のヘリ空母を調達するのではないか?と分析していた。 実際、プルシアンブルー社が日本の重工メーカーに、出雲クラスの艦船調達の折衝に動いている情報を得ていたからだ。 それが急転した。欠陥機であり失敗作とも言われているオーストラリア製コリンズ級潜水艦6艦を、オージー海軍が米国原潜を配備次第入手して、カスタマイズした内の1艦をオーストラリア海軍に提供したいとモリが発言したというのだから、米国側は驚いた。          

コリンズ級潜水艦に問題が生じているがゆえに、自国での生産を諦めて、次期モデルの調達に動き出したオーストラリア側の事情を踏まえても、尚問題の潜水艦を「欲しい」と言ったというのだがら。
コリンズ級潜水艦はスウェーデン海軍のベステル・イエトランド級を参考にし、スウェーデンのコックムス社が設計した潜水艦だ。3倍近い排水量に大型化し、搭乗する乗員数も増加した。製造・建造はアデレード近隣のオーストラリア潜水艦企業体が行ない、1996年から2003年にかけて6隻が就役している。コックス級潜水艦が欠陥機と言われている理由は排水量を上げたので騒音が酷く、隠密行動が必要とされる潜水艦として致命的とされている点だ。
信頼性が低い上に故障も頻発し、運用可能な潜水艦が6隻中わずか1隻という時期すらあった。
30年以上前の設計で艦の老朽化が進んでいるので、アラブ諸国やインドネシアが保有するドイツ製、フランス製の中古潜水艦よりも価格も安く、且つ纏まった台数が確保できるのが唯一のメリットで「安くて、数がある」だけで、誰も欲しがらない不良品とまで呼ばれている潜水艦なのだ。 

コリンズ級潜水艦の話をモリが米国大使にしたのも、そもそも米国も関与している部分が大いにあるからだ。オーストラリア海軍がコリンズ級に置き換わる次期潜水艦の選定をした際、各国のディーゼル潜水艦を検討した。
結果、フランスのシュフラン潜水艦が選定され、購入額まで決定したのだが、米国の横槍で米国の原子力潜水艦を購入することになり国際問題となった経緯がある。   
一旦受注したフランス政府は、キャンセルに至った経緯の説明をオーストラリアと米国の両政府に求めるとの同時に、強く抗議した。
実際、アメリカ・イギリス・オーストラリアの3カ国間によるAUKUSの創設が発表されたのが原因だとされている。オーストラリアに対し米国原潜の技術供与がされると報じられ、同時にフランスの技術支援による通常動力型(ディーゼル駆動)潜水艦を導入する計画は一方的に破棄された。
領海内に非核地帯を設けているニュージーランドは、オーストラリアが核燃料兵器を持つことに異を唱え、オーストラリア政府に厳重抗議を行い、関係が悪化している。
オーストラリアが米国製原潜技術の導入に至ったのは、海洋進出を進める中国の対抗同盟である日米印豪の4カ国のクアッド(QUAD:日米豪印戦略対話)も念頭に置いたとされている。原潜が主流になっている中国海軍に対抗するには、ディーゼル潜水艦では役不足だと米国がオーストラリアを説いた経緯もあるからだ。 

「ビルマがオージーからコリンズ級潜水艦を購入しようとしている」これは、米国の機密情報には当たらない。その為、国防総省が協議を始め、CIAの極東支部が動き始めた際、国防総省とCIAの担当者から、野党である民主党の代議士や一部の民主党州知事に情報が漏れた。
共和党が情報統制を引いていてもアチコチから漏れた。日米安全保障条約の破棄に繋がりかねない事案で、米国に不利となるやもしれないと想像した者達が意図的に流したのだ。 
情報をリークした一部のメディアが「日本の某議員がビルマ海軍向けに、コリンズ級潜水艦の提供をオーストラリアに打診している」と報じる。
日本は「みどりの日」で休日であったが、祝日待機組の記者たちがモリの沖縄・豊見城市の事務所を訪れるものの、事務所が一階にある元ホテルには、ホテル時代の「休業日」という立看板が立てられており、館内は真っ暗で人っ子一人居なかった。
一行は宮古島で購入したリゾートホテルに滞在しているのだが、即座に滞在先を突き止める事は出来なかった。ホテル自体は営業している訳では無く、貸し切り状態であるのと、ホテルの敷地内に入ってこれないように警備用のバギーが配置され、ドローンがいつでも飛び立てる状態でスタンバイしており、周囲と隔離された環境にあった。元王妃と娘の王女が共に滞在しているので、豊見城市の元ビジネスホテルよりも警戒レベルを上げる必要があったし、シャン族だけでなくカレン族とモン族の計40名が新たに加わっており、女性だらけの環境であるのを周囲に知られたくはなかったというのもある。   
新たに加わったカレン族とモン族に対して、シャン族研修時の教官役の日本人3人に合わせて養女の女子大生が講師として加わり、座学形式で研修していた。           
30度近くまで上がる連休だ。ホテルに隣接する小さな湾がプライベートビーチとなっており、海が波が高い日はプールで戯れていた。5月の後半には梅雨入りするので、束の間の初夏を折角だから満喫しようと、全員の思惑が一致していた。何しろ日本国内はゴールデンウィーク中なのだ。

「連休が開けたら、このホテルも営業再開する。当面の間はシャン族の10名が主力となって住み込みで対応するが、ゆくゆくはカレン族とモン族の皆さんも、従業員トレーニングを経て順次就業していただく。6月中旬の梅雨明けの観光シーズン入りに合わせて、シャン族の10名は石垣島のホテルへ移動して貰い、営業を始める予定でいる」

宮古島と石垣島のホテル名を「レッドスター・ホテル」に改名し、SAABb車のディーラーレディと同じコスチュームを着飾ったシャン族の従業員が立ち並んでいる隣で、カレン族とモン族の女性達に向かってモリがホテルの事業計画のプレゼンを始める。宮古島と石垣島で研修しながら実践を積めば、ビルマ南部に建設するリゾートホテルや、タイ南部・マレーシア諸島部・ベトナム南部で買収したリゾートホテルに、現地マネージャーとして各人を派遣し、レッドスターホテルとパシフィックホテルの経営に携わって貰うつもりだ、と聞けば皆の眼も輝く。

館内の掃除はバギータイプのプルシアンブルー製AI掃除機が対応し、部屋への案内は入居者に渡されるAIタブレットがするので、人が介在するのは室内の水回りの清掃とベッドメイクに各種アメニティ品の用意と、冷蔵庫内の飲み物を揃えるだけとなる。         
豊見城市とこの宮古島のホテルでも、AI掃除機と部屋の入退室のキー代わりにもなるAIタブレットが活用されているので、ヒトが介在する箇所が限られていると各人が理解していた。その上、エアコン、照明、テレビ、冷蔵庫、ドライヤーに至るまで、家電品は全てプルシアンブルー製とレッドスター製で統一され、電気使用量が少なく済む。実際、AIタブレットに室内温度の調整やチャンネル変更を伝えれば事足りてしまうし、冷蔵庫の中もタブレット上の画面に表示できるので、開閉する回数が減る。また、日中はホテルの屋上や敷地内にある太陽光パネルで発電して、余剰電力を蓄電器に充電して夜間に利用するので、九州電力に依存する電力量は限られたものとなる。
幹部講話に引き続き、小売業経験者の村井志乃がマナー研修を担当し、銀行融資部に勤めていた平泉 理子が沖縄と諸島部の物価の推移を説明する。モリのプライベート機が通常は輸送機となり、諸島部の個人商店に肉や乳製品などの生鮮食品を配送している状況を理子が詳しく説明する。
諸島部と沖縄本島の食料品価格が殆ど同じ価格帯になった理由を山岳民族各人が知る。
また、プライベート機を活用して、航空機所有コストを大幅に下げるほど稼いでいると実態を聞いて、殆どの者は呆れた顔をする。
この家の主が、アチラコチラで金持ちらしからぬセコさを追求している。自家用機と言ってもプロペラ機で、それでも活用しまくっているからだ。しかし、生鮮食品こそ空輸しなければダメだ、と知っている南国の民は最終的には頷いた。

朝食後から始まり10時までの2時間の座学が終わるとティータイムとなり、元菓子職人でもある村井志乃がオススメする日本各地の菓子が配られる。ビーチで遊びたい者、プールで泳ぎたい者、自室で休憩したい者が、休憩した後で三々五々それぞれ散ってゆく。          
冒頭で幹部講話を済ませたモリは庭か屋上に居て、寝そべって読書しているか、寝ているのが常だった。  
横浜の高校生養女4人組と富山の高校生でもあるカリア王女と中学生のマイと村井彩乃の7人組が、ホテル内の何処かで日光浴しているモリを迎えに来て、ビーチかプールに引っ張って行こうとするのもお約束だった。ハネムーン中だと本人は思っているティーナ王妃と、王妃と王女の侍女で従姉妹の3姉妹が、娘たちに引っ張られてゆくモリの後をノコノコと付いてゆく、そんな日々だった。

数日経つと、改装オープンとなる宮古島のレッドスターホテルにモリが滞在しているのでは?と噂を耳にする様になる。島内で痕跡が見られたからだ。島の酒屋さんや商店が結構な量の酒やジュースに食料品をホテル内に日々納品しているし、クリーニング店も相応のシーツやバスタオルなどのタオル類に加えて、シルクなどの女性ものの高級衣料品を預かっているからだ。
しかし、委託した業者以外は敷地内に入れないと直ぐに判明する。来訪者を検知するとバギー車が近寄って来て、ID登録されているか確認を求めてくる。正門と裏門でダメならと、ビーチ側から侵入しようとするとドローンが飛んできて、ライトで照らして「侵入禁止エリアです。退去して下さい」と音声を発する。それではホテルの外に出てくる人物を待とうと正門前と裏門前で張るのだが、ホテル内で完結しているのか誰も出てこない。
5月1日の午前にマイクロバス3台がホテル内に運ばれると、空港へ向かう。女性ばかりでモリが見当たらないと分かると、無駄足だったと諦める。実は前日の深夜に元王妃一行とモリだけで空港に向かい、石垣島のレッドスターホテルを目指し、自家用機で飛んでいたのだった。 

ーーーー

新婚旅行なるものが無かった杜 蛍はイラついていた。
島には 多くの研修生達が居るし、4人の30代の日本の愛人も居れば、大学生と高校・中学生の養女達も居る。
「とはいえ、どうやら王妃と侍女3名はハネムーン気分で居るようです」と日本の成人女性から正妻の蛍の元へ報告やチクリ話が集まってくる。
現地では夜ともなれば王妃中心の”シフト”を組まざるを得ず、沖縄入りした日本人女性からは不満の声も上がっているらしい。王妃の扱いについては蛍も同情せざるを得ないのだが、それよりも新婚旅行なるものをパスしてしまった自分に苛立っていた。
当時は夫を母と共有していたので、母に遠慮して旅には3人で出掛けていた。旅先で2人を気遣った母が行動を共にせず、2人で買い物したり食事をしたりしたことはあっても、寝る部屋は常に3人だった・・当時はそんな環境下にあった。
1年も立たずに母と娘で妊娠し、交互に出産して子連れ旅行となり、夫婦2人きりの時間は殆ど無くなってしまった。子供が成長した今であれば、夫婦だけの旅も可能なのだろうが、互いに多忙な職に就いてしまった。
今年のGWを取られてしまった以上、次の夏休みか正月休みしかタイミングは無いだろうと蛍は画策する。とはいえ、夫はビルマやブルネイを始めとする東南アジア各国にも行かねばならないだろうし、時間が揃って自分が夫人として同行したとしても、夫の秘書や護衛役を務める女性達も同じ飛行機で移動するだろう・・・         
「やっぱ、ダメかぁ・・」五箇山の家の居間で蛍が呟いて溜息をつくと、秘書でママ友の2人と母の金森鮎と鮎の秘書の2人が笑う。     

「妊婦が溜息ついてやがる。今度の夏休みにはあんたも腹がポコンと出てるだろうし、正月休みは赤ん坊の世話に追われててんてこ舞いになるってのに、2人で旅行だって?そりゃ無理だって」
新婚旅行を諦めた原因でもある母親に言われて、娘はカチンと来る。    

「2人きりになるのは、室内だけでいいの。乳母役とか介護役の体制を整えて旅に出たいなぁって思ったの。だってそうゆう人材も使うお金も揃ってるんだから」       

「でもね、金銭だけじゃ解決できないのよ、あの男の場合は。
乳母役も介護役の女達も彼に抱かれたくなっちゃうの、それは蛍も認めるでしょ? もうね、どうこう言っても仕方ないのよ。愛人枠を彼に持ち掛けた報いがどうしたって出てきちゃうんだって。夫婦だけになれる時間なんて、精々1日くらいじゃないの?」 
そもそも愛人枠の言い出しっぺである母に言われ、頭に血が登ったが、蛍は堪えた。

「精々1日と言われた夫婦の時間を、せめて3日にしてみせよう」彼が同意すれば十分だろうと考えて、己の怒りの矛先を治めてみせた。
 
(つづく)


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