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(8) ひとへに風の前の塵に同じ (2023.11改)

水曜朝、都庁にやって来ると想定通りの展開になっていた。信者の皆さんがプラカードを持っている「政教分離の原則は守られている」「戦後、広明党は政党としての役目を果たしてきた」とある。
モリは3ウェイバッグのストラップを肩に掛けるとバッグから杏から借りてきた小型のムービーカメラを取り出し、撮影を始める。
「撮られている」事に慣れていない邪教の信者の大半は騒ぐのを止める。

「なんと、シュプレヒコールが鳴り止みました。中には顔を背けて誰だか分からないように下を向いたり、背を向けるようになりました。これが自発的なデモと言えるでしょうか?私には誰かに言われて、仕方なく集まっているとしか見えません。
宗教法人の中でも邪教とカテゴライズされるモノは、このように信者を動員して見せるのです。「徳を積む行為」としてポイント制のように半強制的なものとします。

広明党、自滅党の応援演説も信者を動員して、演説が盛り上がっているように見せます。はっきり言って茶番です。自滅党の応援演説には草加学会だけでなく、旧トウ逸協会も加わっています。
低い投票率の我が国では、組織票は極めて有効です。草加の信者850万人と旧トウ逸信者は推定ですが数十万人が、与野党候補が各都道府県各市でドングリの背比べ状態で争っている上で、万単位・千単位の投票となって加算されるので、与党が地滑り的に勝ってしまう傾向にあります。
この得票の為に邪悪組織も味方につけて裁きもしようとしない与党を、我々は放置しません。

富山県知事の母と私の選挙区内の投票率が5割を超えました。母に至っては7割近くまでになりました。北陸周辺県では投票率が3割を切るかもしれないと言われている中で、大勢の富山県民に支えられたのです。
我々社会党は投票所に、不在者投票にいかに脚を運んでいただくか、愚直に追求してまいります。その為にも市民生活の向上です。いかなる犯罪も悪も存在しない安心安全な社会作りを支援致します。
給付金配布や、期間限定の定率減税や消費税税率引き下げのようなー時的な小手先の手段で誤魔化すのではなく、恒常的なメリットを市民、都民の皆様が享受できる社会を創造して参ります。

私は宗教自体を否定している訳ではありません。宗教が政治に関わるのは悪行であり禁忌だ、と考えているだけです。信者に社会活動を強要し、一般市民ヅラさせて世論を曲げようとする宗教は全て邪教と見做しています。
信教の自由を名目に市民の生活と時間と財産の搾取を目的とする草加学会と旧トウ逸協会は、まずこの首都東京から駆逐する必要があります。

私は時折想像してみるのです。信徒の名簿はすでにアチコチに流出しています。生活に困ったのか、幹部たちが信徒情報を名簿会社に売却していると聞きます。
さて、信徒たちが特定の商業施設で一切買い物が出来なくなったなら、草加学会もトウ逸協会も信者たちを救済できるでしょうか?信者から金を捲き上げるのはお手の物、得意とする所でしょうが、信者に恩恵や憐れみを施す事が果たして教団に出来るのでしょうか?

我が党は政教分離原則を掲げているので、宗教票は捨てております。邪悪な新興宗教や反社対策の社会実験も可能としております。邪教の信者たちが商業施設に入店しようとすると顔認証システムで察知して、レジに並んでも費用の精算が出来ずに買い物が出来ない、そんなテストをいとも簡単に実践できます。
例えばですが、反社会的組織や犯罪集団に益を齎せない為の仕組みを東京全域で構築すれば、組織も埼玉や千葉、神奈川の何処か別の都市に逃げ出さねばならなくなるという、近未来を想定した首都防災システムの一環を担うテスト・ランも出来ます。周辺県の方々には異端者が増えるかもしれないので心苦しいテストとなりますが。 
今回の排除テストですが、彼らが安売りで知られるネットスーパーやガソリンスタンドで購入しようとしてもエラーになって買えずに終わります。いとも簡単にNGが出るので、別動画では、宗徒が実際に購入できなかった映像をお届けしたします。
邪教は市民生活を脅かす存在です。私達の健全な社会から徹底的に排除しなければなりません!
by、社会党!」           

そこでモリの遥か頭上を飛んでいたドローンが降りて来ると、ドローンがモリを撮り始めた。

「手始めに、このデモ参加者の皆さんだけでも早速モノが買えない商業施設を登録してみようと思います。本当に実現できるというのをご理解頂いた方が宜しいでしょう。
因みに、邪教で相応の役職に付いている人物達は既に店舗システムにNG登録されていますので、買い物ができません。ブロックされた方々の代わりに幹部連中は購入出来ないのです。さて、どうなりますやら。テスト後の反応が楽しみです。

繰り返しますが、邪教の言いなりになっている方々が普通の社会生活を過ごせなくなるかもしれないというテストです。特定の店舗で安価な商品を買えなくなった信者達を、邪教がどのように救済してくれるのか? 邪教の信者の方々は映像をご覧になって脱退するなり、三行半を叩きつけるなりして、こんな宗教信奉していて良いのか、自問自答なさって下さい。当たり前の社会生活を望むのか? やはり邪教を信奉して、虚飾に塗れた地獄直行の人生を歩むのかどうか、よくよくお考えになって下さい。以上です。

アッラーフアクバル、ゴッドブレスユー、そして、合掌。

アイリーン、彼らの顔をしっかりと確実に撮して来て欲しい。撮影が終わったら、事務所に戻っていいよ」

ドローンはゆっくりと飛びながら、デモ参加者の顔を記録してゆく。但し映像の顔にはお岩さんのお面が全員に付けられていて、一応のプライバシーは守られていた。
モリはそこで平家物語の一節を唱え始める。カメラはドローンが邪教信者の顔を記録している様を撮り続ける。シュールな映像となった。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」と。
映像はそこで終わり、動画は議会が始まる前に投稿された。タイトルは「異教徒を返り討ちにしてやろうと企む都議、何某」となっていた。

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投稿された動画はその日の最高アクセス数を誇り、「お見事!」「邪教を与党に据えるセンス!」「いくら何でもやり過ぎだ。それに一方的に言い過ぎではないか?」と賛否両論が渦巻いていた。草加学会とトウ逸協会が怒りの声明を読み上げ、広明、自滅党の邪教寄りの議員たちは頭を抱える。スーパーで実際に試してみたのか別として、公衆の場で反社会的組織構成員の自由を奪う行為は銭湯や温泉などの商業施設で実践されているからだ。

モリやプルシアンブルー社が新興宗教の教徒から嫌がらせを受けていた事実と、記者が殺傷未遂事件の実行犯が同じ宗教だったので毛嫌いしているのは分かるが、草加学会まで邪教扱いされるのは許容できなかった様だ。
更に事態をややこしくするのは草加学会とトウ逸協会の宗教2世、3世の宗教・教団側に反対する元信者達が、モリの動画に喝采して、「邪教を社会から抹殺しよう!」と叫んでいた。

物議を醸すのが狙いだったモリは、予想以上に炎上したので「してやったり」というモードになっていた。

翌日から都庁前で陣取っていた信者たちは人っ子一人居なくなる。「みんな買い物したいよな。生活を切り詰めて余計な献金しているのだから」と、モリは思った。

「広明党の代表が面会を求めていますが、どうされます、お会いされますか?」

「我が家の家訓では押し売りと宗教の勧誘はお断りしていますので、スミマセン」

と玄関に貼ってある文言のようなコメントを返して、相手を煽って楽しんでいた。

自席でカレンダーの裏の白紙部分に「宗教の勧誘は一切お断りしております」と太字マジックで書いて、背中に背負えるように紙をファイルに閉じる際のパウチで穴を開け、ビニールロープを通すための強化で、穴をセロテープで補強しビニール紐を通して議会の間中背負っていた。
当然ながら、メディアが報道するので2日続けて目立ってしまう。

議会閉廷後、広明党の都議員達が集まってきて何やら叫んでいるので、近寄りながら睨み返して威嚇するモリの映像が流れる。
威圧された広明都議員達が怯み、後退しながら自分の足を絡めて 尻もちをついて倒れるとモリの行く手を遮れずに道を開ける様も映像に流れる。
17名のうち数名が、失禁したのを記者たちは知っている。明らかに臭ったし、グレースーツの股間が濡れている議員も居たからだ。

この映像を見て、党の幹部たちはモリとの会談を諦める。男性年配者ばかりの幹部達がモリの威圧に耐えられないだろうと判断したらしい。

ーーーー

新宿オフィスに戻ると、ビルのロビーに社員3名が屯っていた。腕時計を見ると予定時刻より10分も前だ。
「書類を事務所に置いてきます」と断ってエレベーターに乗る。以前、大井ふ頭の倉庫を視察した際に、夕飯の約束をしたロジ部門のスタッフ達だった。この日を外したら11月になってしまう。

机からベレッタを取り出して弾倉を確認してからタオルに包む。ビニール袋に入れて、蓋をしっかりとゴムで縛る。グレー色のナイロンの3ウエイバッグの底に簡易防水を施した銃をしまう。部屋を出ようとして避妊ゴムも念の為と思い至り机に戻って、上着の内ポケットに忍ばせる。全ては「念の為」だ。

通りへ出て、タクシー探しを3人に任せながら西新宿病院を眺めていた。刺されたフリーランスの記者は退院して仕事に復帰したとメールで謝意と共に連絡してきた。
あの事件の後で銃の携帯許可が警視庁公安部から出たが、一度も使った事が無いと思って笑う。

表参道の店に到着すると学校帰りの杏が居る。「先週、二十歳になった」と言って飲んでいるが、酒の知識量の然ることながら、酒の嗜み方も元CAのお姉様方に負けず劣らず、堂に入っている。

「ベトナムのタクシー会社が、ウチの中古車の採用を決定したそうです」
杏と母の里子とベトナム南部に出張した際、通訳・ガイドとして同行した志木さんがモリも知らない現地情報を出して来た。明後日からの東南アジア視察でも同行して貰う。ボルネオ島以外の土地は流石の志木さんでも初めてらしいのだが。

「国内で中古車販売をしないのですか?」志木さんのチームの山元さんが身を乗り出して来る。

「紬はクルマを買おうとしてるんです」
志木さんがウィンクする。2人の親密度がバレても構わないのか、チーム内ではバレているのか分からずに応える。

「どのメーカーも生産体制が整って来たらしいけど、納車は半年後以降って言うのは暫く変わらない・・どうなんだろう?もう少し待てないもの・・そうだよね、運転したいよね」 
鼻息の荒い山元さんを杏が宥めている。我が家の魔改造車の存在を教えてしまったのだろう。

「私も買い替えを考えています。燃費が良い方がいいですし」
杉田さんも話に加わった。2人となるともう逃げられない。

「杉田さんは何に乗ってるの?」

「もはや旧車扱いになっている306です」
フランスの2ボックス車で、モリの家の唯一のフランス車と同時期のモデルだ。

「今、我が家の307ワゴンを改造中なんだけどさ、杉田さんも306の魔改造やってみる?
山元さんには、タイに出荷する前の車両から選べるようにしようかね?右ハンドル車だし。僕も割安でやってもらったから、社員販売っていうのも検討した方がいいのかもしれない」

「それなら、私のゴルビーもお願いします!」
志木さんは我が家と同じドイツの2ボックスカーだ。

「欧州車のオーナーには需要があるんじゃないの?「改造請け負います」ってアナウンスしたら?」杏が言うと3人も燥いだが、別の客が入って来たので静かになってしまった。
場違い感のある、無精髭で草臥れたスーツ姿の男・・それも一人だ。「やや警戒」とする。

中国でコロナ感染が広がって工場生産が停止した際に、自動車のサプライチェーン網も部品の供給が止まって、国内メーカーも生産を止めざるを得なくなった。車の購入がままならなくなると、中古車価格が上がり始める。世界的な傾向でもある。杏の言う、個人所有車両の改造も考えなかった訳ではないが、都度個別の対応となり工数が増えてしまう。また、万人の車両が良い状態とも言えないので、メンテナンスの方で費用が嵩むケースもあり得る。程度の良い車両を調達して作業する方が、断然効率的だ。

杏の提言に一言言おうとしていたら料理が運ばれて来たので、口を噤んだ。
店員さんにビールのお代わりを頼んで、他のテーブルをさり気なく見廻す。こちらに注意を払っている者は居ないと思っていたら、先程入店してきた男と僅かだが視線があった。何か違和感を感じたが、それが何なのか分からない内に、新たに入店してきた40代ぐらいの女性2人に視線が移行し、その2人と目が合った。意を決したようにこちらのテーブルに向かって歩いてくる。

「誰、あれ?」「知らないわよ」と当社の社員さん達が話している。モリも記憶に無かったが、外務省の里中との再会を何故か思い出し、警戒モードに入った。

「ご歓談中に申し訳ありません。初めてお声掛けさせていただいます。私、無所属に転じた参議員の小井川、こちら沼辺と申します。両名とも、貴党への入党を希望しております」

頭を下げられて、どう発言すれば良いのか悩む。店内は座喚いているし、今の遣り取りだけで「あれはモリではないか?」と他の客が言っているのが聞こえる。

唖然としていた当社の社員たちも、今はモリの発言に注目しているのか、顔色を伺っていた。

(つづく)


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