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(11) 反社会組織の 一掃方法

ソウル市の郊外で年明けから毎週のように、失踪事件が続いていた。被害者の年齢や性別は様々で共通性も関連性も韓国の警察は見出だせず、失踪に至るケースも様々だったので、特定しきれずに居た。 
小学生が下校時一人で歩いていた。年配者が散歩に出掛けた。主婦の買い物帰り、女性の一人暮らしだった等々というように、失踪者が一人で居る機会が狙われたかのように消息不明となっていた。      
監視カメラの無い郊外での行動時の不明で、不明者の足どりも、手掛かりも分からない。仮に犯人が居れば、営利目的の身代金を求めるなど、何らかの手段で接触して来るのだが、家族の元には何の連絡も来なかった。  一般からの情報提供に訴えるしかないと判断した警察は、不明者の顔写真と当日着ていた服装なども公表し、目撃情報を広く集った。しかし、集まってくる情報の中には有力な手掛かりも無く、八方塞がりの状態になりつつあった。
韓国警察に対する不信は政府側にも及び、軍を投入するなり、中南米軍に相談するべきだ。特に中南米軍の監視衛星の解像度は高いと評価されている。費用を出してでも韓国全土をカバーできる衛星を投入すべきではないか?と言った、SNSへの市民からの投稿もあった。 分かっているだけで8件だった。一人暮らしの人々が失踪していて、まだ判明していない可能性も十分にあった。韓国政府は中南米軍のレスキュー部隊に連絡して、偵察衛星のレンタルを打診した。中南米軍は、北韓総督府と協議して、北朝鮮上空で監視している衛星を幾つか、韓国領内に当てるように了承した。但し、韓国政府はこの事実を公表するのは控えるべきだと念押しする。中南米軍は韓国の失踪者は事件に巻き込まれた可能性が高いと分析、アメリカ・カリフォルニア州で似通った失踪事件が3年前に有った事をAIが検索していた。ロス郊外の留置場に収容されている筈の犯人のデータが、留置場の収容者名簿から消えていたので、何らかの繋がりがあるかもしれないと見ていた。中南米軍が支援を表明したと韓国側がアナウンスすれば、犯人が存在したら、しばらく犯行を控えるだろう、と。
しかし目ぼしい成果が無く、国民から「検討使」と揶揄されていた大統領は、政府の成果だとして「中南米軍の支援を仰いで、早急に失踪者の方々を探し出す」と、カメラの前で話してしまった。中南米軍が衛星を動かす事もなく、事件はパッタリと止んでしまう。    

3月になって、フィリピン首都のマニラ市郊外で失踪者が散見されるようになる。    
ソウル市内ほどの監視カメラの無い、マニラ警察の捜査活動は混迷を極めた。失踪者数が4人を越えた時点で、中南米軍に相談する。
マニラ特別行政区には中南米軍の基地は無いが、水際対策を玄関口の首都に施すのはセオリーでもある。失踪者の当日の行動パターンから、中南米軍の監視衛星が撮影した対象日のデータを検索して、失踪者を突き止めた。その4人の静止画に写り込んでいる、共通する人物が浮かび上がる。中南米軍はこの人物のAI補正画像をフィリピン警察に提供する。アメリカのパスポートで入国したという、アンディ・マクナブなる人物が該当すると明らかになると、捜索活動が密かに、しかし全国的な規模で始まった。マニラから別の都市に向かっている可能性が高いとしたが、ここでも監視カメラがネックとなる。フィリピンの公共交通機関の全てに、監視カメラが備わっている訳ではない。しかし、少なくともフィリピンから出国はしていない筈だった。    
フィリピンから船で出国可能な港、空港に、容疑者のデータが展開され、フィリピン警察の捜査網に、中南米軍のAIも投入されフィリピン全土ではないが、監視衛星の画像に容疑者が映り込んでいないか、日々ソートされる状況になっていた。               ーーー        
カナダ・サスカチュワン州の州都レジャイナの空港に、アルゼンチンの種苗会社が委託したプレアデス空輸のサンダーバード輸送機2機が到着する。輸送機から、ライムライト種苗社の会長を務める杜 火垂が降りてくると、日本の国立農業技術研究所から、先行到着していた研究員であり実娘の茜と遥、姪のフラウが出迎える。 
輸送機が搭載してきたのは、同研究所の開発した小麦の種で、4月上旬からの種蒔に使われる。これまでのカナダの小麦の収穫期は8月中旬以降だったが、この小麦は7月上旬から刈り取れる。真夏の時期を避けて収穫が出来る。      
研究員の3人が遺伝子改良した、春蒔き小麦の品種となる。既にウクライナ・ロシアの黒土地帯、アメリカ・ネブラスカ州・オハイオ州のベネズエラ企業の農場、旧満州と北朝鮮の穀倉地帯で実績のある品種だ。これらの農場では9月に蒔く、秋蒔き小麦の品種も栽培しており、本格的な冬が始まる12月上旬に収穫し、1年で2度同じ農場で収穫している。今まで、年に1度しか栽培収穫していなかったカナダ産の小麦が、単純に2倍生産可能となる。            
例年の収穫は減少傾向にあった。夏季の気温上昇と、同時に発生する水不足が、8月の収穫期を直撃する格好となっていた。同じ北半球の穀倉地帯に準じて、真夏の8月を避け、効率的な栽培を実現しましょうと言うのが、日本の研究者達と、アルゼンチン企業の提案だった。
タラップから降りてきたホタルを、州知事が先んじて出迎え握手を交わす。       
提案自体は日本の種苗開発者の娘達と社員が行ってきたが、ホタルは受注御礼の役を請負ってやって来た。顔を見れば、誰の子か、すぐに分かる。3月末は欧州サッカーのオフシーズンなので、これが出来る。カナダで最後になるだろうか。 

「この度は、弊社の種苗をご購入頂き、ありがとうございました」名乗りもせずにホタルが話し出す。ブエノスアイレスで散髪して、父親の髪型に揃えての登場だった。実娘の茜と遥でさえ、タラップから降りてきたのは、祖父ではないか?と勘ぐった程だ。 
「知事のマシュー・マコノヒーです。いや、父上にそっくりですね、驚きました」
知事が双子の娘とホタルの顔を見比べるが、父親の面影は無い。                   「あぁ、あの子達は私には似ていません、隔世遺伝ですかね?祖母に何となく似ていまして」 

「なるほど、確かに面影がありますね。そう言えば、モリさんはお母様と同じ名前なんですね。嘗てのアメリカでは父と子で同じ名前を付けて、Jr.で区別しましたが、東洋ではよくあるケースなのでしょうか、・・」

「実は、私の生母は、カリブ海で行方不明になった金森 鮎なんです。日本の官房長官は異父姉に当たります」 ホタルは過去形で表現する。今は行方不明ではないのだから、嘘ではない。   
「そうでしたか・・それは存じ上げず、失礼いたしました・・」           
と言う事は、モリは母と娘と子を成したと言うことか?とマコノヒー知事は内心で驚く。カナモリ氏は既に他界しているのだろうが・・     
知事一行の驚愕の表情の裏で、茜と遥が父親と顔を見合わせて、微笑む。「掴みはOK!」とでも言うように。
驚くのはこれだけではなかった。サンダーバードの荷室から種苗が降ろされると、もう1機の輸送機の荷室から、人型ロボットがゾロゾロと降りてくる。州政府の皆さんがどよめく。「これは驚きました。一体、何体居るのですか?」    

「300体です。明日、明後日とまたこの輸送機2機で種とロボットをお届けします。彼らをトラクターのドライバーとしてご利用下さい。ところで、お願いしていた材木の方はどちらにあるのでしょうか?」ホタルが周囲を見渡す。    

「あちらの倉庫に用意してございます。早速取り掛かりますか?」          
「ええ、運搬と積み込みはロボットが居る時にやってしまえば、早いですからね。ご担当の方に彼に作業指示を伝えるように、お伝え下さい。アンジェ、ご挨拶なさい。こちらは州知事殿だ」ホタルの後方に忍び寄っていたロボットの頭部には角のようなものが生えていた。
「アンジェリークと申します。お会い出来て光栄です、州知事閣下」
ホタルと同じ声でロボットが言うので、マコノヒー知事一行がどよめく。知事は慌てて握手を求めてきたロボットの右手を握り返す。機械なのだが柔らかに握り返された感触がして、また驚く。 

「彼はこの手で寿司も握りますし、ピッチャーをやらせたら変化球はナックル以外なら放れます。フォークはメジャーの選手も敵わない落差を投げます。日本のプロ野球ではこのシーズンから打撃練習に参加します。打球が当たっても痛くないので、ガードをする必要がありません。ピッチャー返しの打撃練習も可能になります」
ロボットが州の担当者達と握手を交わしてゆくと、ホタルの発言に感嘆する。     
「中南米諸国、日本は凄いな」と知事達は実感していた。                 
日本のプロ野球でバッティング練習のピッチャー役をロボットが務めるのを知らなかった娘達は、驚く。バッター役はどうなんだろう?守備は出来るんだろうか?とフラウは咄嗟に考える。グローブは装着できそうだが、そもそもロボットに、グローブなんて必要なのだろうか?と思いながら。

ホタルは先を続けた。「ロボットは大人と同じ作業は殆どこなせますが、貴国の法律で認めらていない作業を命じても、自動的に稼働しなくなります。例えば、公道を運転する指示をしたり、農薬散布機や船舶を操縦する場合、老人の介護や乳幼児の世話をするなどです。 中南米諸国や日本では法で認められているので、対応できるのですが、彼らはここはカナダだと認識しているので、拒絶の代わりにフリーズします。まずは4月いっぱい試してみてください。それなりにお役に立てると思いますので。あちらをご覧下さい。4体揃えば、2トン程度の重量ならラクラク運べますので」

止まっていた州知事の高級車を、4体のロボットが4角を持ってタイヤを浮かせていた。ホタルが手を下げると、ゆっくりと地面に下ろす。 

「力もそれなりにありますので、木材の運搬なら、あっという間ですよ」       
ホタルがニコリと笑うと、この場の主導権を握ったと認識する。州政府の皆さんが口をあんぐりと開けて、呆けていたからだ。        

これで、秋の種まきの際には、ロボットレンタルのオーダーも得られるだろう。ホタルは小麦の種だけを売りに来たわけではない。「労働力」を提供して利鞘を上げるのが狙いだった。他の種苗会社に出来ない芸当なのだから、今のうちに穀物市場を席巻してしまおうと企んでいた。彼もまた、単なるサッカー選手では無かった。

ーーーー                     
ポルトガルから羽田空港に到着したTAPポルトガル機から、長時間移動で疲れ切った顔をした一群が降りてくる。不思議なもので、背格好は同じだが、髪型と服装はバラバラだった。「お疲れ!何、下向いてんのよ」異父弟の桃李の背中を樹里が叩くと、全員が顔を上げた。「おお、迎えに来てくれたんだ。ありがとう、姉さん・・」5人の中では年長者となる圭吾が口を開いた。

「あれ?海斗は?」
一人居ない事に気がついて、樹里が訪ねる。

「あー、別便で来るよ。来シーズンの選手採用に欧州中を移動してる」        
「え? 選手なのに?」         

「ヴェロニカさんの意向でね。選手目線で会話をして欲しいって言われたらしいんだ」     
兄の火垂と共に、コーチ兼 選手としてイタリア・ジェノアFCでは使われている。なるほど、選手目線か、と相槌を打つ。          

「駐車場に行きましょう。付いてきてね」
樹里が先頭を歩き出す。           

スペインのA・マドリー、イタリアのジェノアFC, ドイツのB・ミュンヘンの190cm未満の6選手が空港内を歩くので、非常に目立つ。モリ兄弟だと分かると人々がスマホを取り出して撮影を始める。やはりこうなるよね、と樹里は思いながら、胸のピンマイクに向かって囁くと、空港警備の巡回バギーが2台、前からやってきた。バギー2台から縮小式の棒が2本伸びてゆき、前後に陣取ったバギーによって作られた柵の間に6人が一列に並んで歩いてゆく。これで、人々は近づくことが出来ない。            
この日は大森の金森邸・・と言っても築50年のプレハブ住宅なのだが、そこに入居する。第2世代の桃李、陸、零、零士、一志の5人は都内の通信制大学の生徒でもあるので、学校に通うにも都合がいい。第一世代の火垂、海斗、圭吾、そしてレイソルのオーナーの歩は、柏市内のワンルームマンションに入居する。各人が貰ってる給料から考えると、かなり質素な内容だが、親の影響なのか、全く気にしていなかった。       


ーーー                     フランスからドイツ、ベルギーと移動しながら選手達と面談を交わし、ブリュッセル市内のホテルで、代理人と選手と面接していた杜 海斗とクラブのスカウト担当者は、代理人と選手と握手をして会談を終えると、今回のミッションを一通り終えた。レポート作成は明日に回して、飲みに行こうと街へ繰り出す。

異母兄の柳井太朗が、一昨年までEU大使としてブリュッセルに勤務していたので、行きつけの店を事前に幾つか聞いていた。今日面談した選手が、ガーナ出身だったからなのか、アフリカ料理店に行こうという話になった。アフリカと言ってもチュニジア料理の店で、兄のスペインクラブ在籍時の経験から、スペイン南部料理と、地中海海鮮料理は似通ったものがあるなと思いながら、食事を楽しんでいた。食事を終えて、店を出て外が明るい事に驚く。21時近くでもまだ薄っすらと空が明るい。緯度的にはベルギーよりも南部にあたるイタリア、スペインとの違いに違和感を感じる。これから更に日も伸びて、遅くまで外食する人々も増えていくのだろう。北の方が魚や乳製品が豊かになり、味覚を一層刺激する。海斗は舌なめずりしながら、2軒目の店を何処にしようかとスカウト担当者と相談していた。
北欧やロシアのクラブチームのオーナーになるのはどうだろう?とも想像する。選手としての寿命を鑑みれば、この先の人生の選択肢を考えざるを得ない。年齢が1つしか違わない兄達が既に本業以上の収入を手にしているので、焦りのようなものが知らず知らず自分の中に巣食っているのかもしれない。

今居る飲食店エリアが移民の人々が多い区画なので、一瞬どこの国に居るのか忘れてしまう。
EUの首都でもあるブリッセルの「もう一つの顔」とも言える。スカウト担当者の酔った顔がまだ確認できるほどの明るさの中で、スカウト職について考えていた時だった。
通りの向こうから悲鳴と、人々のどよめきが聞こえてきた。

「なんだろう?」スカウト担当者も気付いて反応する。悲鳴が続くので明らかに良くない事態が生じていると、脳内アラートが自然と告げるが、女性の悲鳴ばかりが続くので、体が事が起きているであろう現場に向けて、自然と動き始めていた。

「君はそこにいてくれ!動くんじゃないぞ!」スカウト役に声を掛けて、自分のショルダーバッグを彼に託すと、海斗は騒音の方向に向かって走っていった。                   
ーーーー                     
5年前位だったか、日本のメディアが「多発する暴力団抗争」といった題目で記事にしたり、ニュースで取り上げていた時期があった。
嘗ては政権与党との関係が取り沙汰された暴力団が反社会的勢力、組織として認定されると、活動範囲が次第に限定されてゆくようになる。 
国の経済水準が上がり、学校教育の質が底上げされると暴力団構成員の人材が枯渇傾向に陥ってゆく。2030年代になると、組織の維持の為に大陸や東南アジアなどの反社会組織とパイプを作り、人材供給の支援を仰ぐ傾向が見えると、自衛隊の下部組織となった警察が圧力を加えて海外構成員の国外退去に乗り出してゆく。民間の企業や団体がアジアから人材を集っているのに、自分達は何故認められないのかと不当を訴えて、裁判沙汰にもなったが、反社会組織の看板を御旗に摘発と国外退去は止むことが無かった。        

組織が存続できなくなり消滅してゆく一方で、下部組織を含めて吸収合併や再編の動きが加速すると、それなりの規模の暴力団に集約してゆくようになる。
暴力団の財源は、飲食店、宝石貴金属店といった真っ当なものから、夜の風俗産業の店舗といった、やや法に触れる分野が収益源となってゆく。

日本の経済力が向上したので、暴力団も競合との差異化を図り始める。ロシアやイタリアのマフィアと連携して、東欧や旧CIS諸国の女性を店舗に配置してゆくようになる。肌の違いと、黒髪日本人の店よりも好評となり、暴力団がそれなりの資金を手にするようになっていた。      

日本政府はイタリア、ロシアと相談し、マフィアと暴力団の繋がりを寸断する協定を密かに結んだ。当時、ベネズエラの大統領職を休職し、後に退任したモリが、イタリアとロシア、日本のトップと極秘裏にプランを協議して、サインを交わした。           
2034年、3カ国の反社会組織に中南米軍の特殊部隊員を各組織の用心棒として、密かに潜入させると、各国内の競合組織同士で抗争が起きるように仕向けてゆく。

潜入後の諜報活動の手段は多岐に渡った。手始めに自社店舗の売れっ子の女性を引き抜いて自分の愛人にして自信を深めると、敵対するマフィアが経営する店の評判を貶めたり、店舗の女性を我が物にしてゆく。更に自分の幹部の愛人を寝盗って情報を集めてゆく。マフィアに用心棒として採用されながら、裏では「軍人が」ジゴロ役を発揮していたのである。敵対する組織と武力抗争にまで発展すると、本職の用心棒として競合組織の幹部を亡き者としてゆく。トップを殺めれば、組織は容易に壊滅する。何れ、組織のNo.3やNo.4辺りの元幹部が新たに小さな組織を再興するのだが。本職としての成果を収めた用心棒は、祝いの席で、自分の上司である幹部を他界させて、地下に潜伏する。日露伊の軍や警察が必死になって捜索するが、捕まる事は無い。それぞれの軍や警察にも伏せていたのは、癒着している者から情報が漏れるのを警戒した為だ。       

仕事を終えた特殊部隊員が地下に潜入する手段は、主に潜水艇が使われた。海岸や港まで逃走すれば、待機していた潜水艇に乗り込んで、近隣国の港に上陸する。勿論、偽名と偽名パスポートと言っても、各国で正式に発行されたものだが・・それで入国しているので、作戦後はパスポートもIDも焼却して行方不明扱いとなる。

例えば、日本の暴力団抗争を焚き付け、幹部数名を他界させた隊員は、今度はロシアかイタリアに異なる名前とパスポートで入国し、それぞれの国のマフィアで用心棒として採用されてゆく。このように3カ国間で人材ローテーションしながら、3国の組織を少しづつ壊滅していった。
日本では怪しい宗教団体にも潜入させた。こちらでは殺害は伴わない。特殊部隊員ではなく、将校クラスを教団の財務担当や法律担当、教団本部の警備担当といった形で潜入させる。教団内の信徒より場数を踏んでおり、体格だけの人材を集めたアマチュア警備体制は不備だらけで、指摘箇所が満載だった。信用を得ることなど、お茶のこ菜々、お手の物だった。

やはり教団幹部や教祖の愛人を寝盗って情報を聞き出し、各部門の内部情報をそれぞれ入手してゆく。レポートを受取った日本政府は「邪教から内部通報があった」と警察に情報を渡して、教団のガサ入れを命じてゆく。裏付けとなる資料を押収し、証言を取り付けると、日本国内での宗教法人廃止を通告し、自衛隊と警察が突入して教団施設を接収していった。

ロシアもイタリアも、マフィアの全盛期は地下経済の占める割合が、国家のGDPの1割近くあった。この禍根を絶つ必要が2カ国にはあった。
周辺国や北米に、自国のマフィアが移動しようが、国内からの根絶を優先した。ブラジル国籍やウルグアイ国籍と言った南米国籍の特殊部隊員が幹部の用心棒として潜入し、汚れ作業を請け負う。当時の背景として、ロボット部隊が全盛の中南米軍に変革していた。米軍やロシア軍のグリーンベレーに該当する戦闘特殊部隊も、人型ロボットが賄えるようになっていた。どちらかと言えばCIAやKGBのような、スパイ活動、諜報作業を担う組織として、鍛えられた軍人達に特殊任務を与えていった。

CIAやKGBが中南米軍の特殊部隊に敵わないのも、先進ITの活用と高度な盗聴技術、監視衛星による分析等のテクノロジー面の優位性に加えて、個人も、ブラジリアン柔術と空手、柔道、刀剣術の鍛え抜かれた猛者達を集めていった。何よりも重要なのがルックスと、女性の扱い能力だ。特殊部隊に選抜された隊員達が密かに喜んだのが、女性をろう絡する為の性技を極める研修だった・・らしい。
人を確実に殺める訓練と決して相殺できるものでもないが、数少ない特権の一つとした。チームの一員に選ばれると、定期的にラスベガスやリオデジャネイロに出張して、プロの女性を相手に公費でスキルを磨いていった。

日露伊では国家が非合法活動を容認したからこそ、可能となった。決して誰にもバレずに事が進んだのも、サポート役に廻った中南米軍の暗躍を3か国が容認したからだ。
2040年を迎えた3か国は、実にクリーンな国家に変貌していた。 「反社」が日本では死語となった。  

現在、香港・韓国の芸能企業や映画産業、宗教法人に潜入しているのも、少し前まで日露伊の3カ国で仕事をしていた、特殊部隊員であり、将校達だった。

気功術で健康を維持しようと説く宗教団体は、中国共産党から邪教と見なされていたが、根強く浸透していた。逆に団体が掲げるようになったのが「打倒共産党」だった。韓国の霊感商法の宗教も反共を掲げていたので内容は全く相容れない者同士でも、手を握っていた。

特に韓国の邪教が、薬物を布教の材料として取り入れていると分かると、製造元の特定が急務となる。2つの宗教と関係が今でもあるのが、米国共和党で、太平洋戦争後から延々と関係が続いている。
時節的に共和党政権で、政権に多額の支援金を送金しているのも明らかになっている。もし、薬物製造をアメリカ共和党政権が担っているならば、製造元を断たねばならない。海外で製造しているなら、非常に好都合だった。中国と韓国政府に相談する必要が無くなり、中南米軍だけで単独行動が出来る。薬物の製造が止まり、在庫が無くなれば教団は財源を失う。それだけで息の根を止める事が出来る、かもしれない・・

「製造元はカリフォルニア州のアーミング製薬で、サンディエゴの港からハワイに向う輸送船運ばれ、ハワイから分散してアジアに納品されている」

数々のデータと証拠の映像や写真が撮られ、偵察衛星で分析を行う。ハワイの倉庫、宗教団体のソウル郊外施設の薬物備蓄庫まで特定できた。

「湾岸戦争の時の米軍のクウェート侵攻、イラク侵攻の決断より、断然信頼出来るな・・」
モリがそう言うと、閣僚達が笑った。    

既に大統領令が出されていて、カリフォルニア州の製薬工場、ハワイとソウルの倉庫へボーリングの玉のサイズの人工ダイヤモンドを落下させる工程が動いていた。各地の深夜に合わせて、大気圏外から落下させ、隕石を装う。後は作戦決行の閣僚判断だけとなる。

「深夜の攻撃ですから、人的被害は少ないのでしょうが、周辺への被害は及ばないのでしょうか?」 
パメラ宇宙科学省副大臣、「副」としているが大臣扱いとしていた・・が、懸念を表明する。

「これが昨年、ISの幹部邸宅へ落とした同サイズの人工ダイヤモンドが直撃した翌朝の映像です。3階建ての鉄筋コンクリート造の住宅が跡形もなくなっていますが、周囲の建物、この倉庫や、メイド達の住居まで被害が及んでいません。マッハ35の落下速度の衝撃は、建物を瞬時に破壊しながら大きな穴を作っています。これで破壊されたコンクリートが穴の中の壁にぶつかって、穴の中に瓦礫が自然と溜まる格好になります。工場には計3発のダイヤモンドを落下して粉砕しますが、ハワイとソウルの倉庫は1発で十分かと考えています」 

タニア国防相が落下前、落下後の映像と、今回の襲撃対象の工場と倉庫のサイズ比較を行う。イラクとの地質の相違まで分析され、落下後の穴の想定される大きさまで予測値が出されていた。

モリの隣に座っている杏の白い顔が、更に真っ青になっている。あれは隕石ではなく、明らかな攻撃だったのだと知った。
「ベネズエラは隕石を人工的に操り、ピンポイントで命中可能なのだ」と。

「諸君、どうだろう?これで教団は一時的に薬物を失う。つまり、布教活動に制限が掛かる。
我々は北米の新設される工場と、製薬機器が搬入される工場をウオッチし、そこを改めて叩くか、製品が新たに出荷されるまでに、国際世論に訴える・・出来れば後者が望ましいと考えているがね・・作戦実施の多数決を取っても、いいだろうか?」
モリが言うと、全員が頷いた。

杏は「核の発射ってこんな風にして決まるのかしら・・」と思いながら、震える。
小刻みに震えだした杏を、パメラが抱き締める。

「今、実行すれば被害はその分だけ少なくなる。仕方がないのよ・・」と耳元で囁きながら。

アンデウソン法相が多数決を取って 作戦決行が全員一致の元で確定すると、タニアが一礼して会議室を去った。中南米軍の月面基地に、ダイヤモンド投下指示を出しに行った。

「先生・・」パメラに抱かれたままの杏が言うので、ゆっくりと顔を向けて、微笑む。
大統領として、中南米軍の最高司令官として 多かれ少なかれ、人を殺めてきた様を知らせるのも必要だった。
杏が政治家になると決めたのだから・・

スマホが鳴っているが、それをさて置き、杏に向き合う。

「パメラが言う様に、これは仕方がない事なんだ。
アメリカと韓国政府に問題提起して、協議をしている間に犠牲者が増えてしまう。我々は、隕石落下と言う技術を得た。しかし、ベネズエラの仕業だと原因を特定出来る国はどこにも居ないんだよ。
卑怯な手段であえるのは認める。ニューカレドニアのフランスの戦艦を粉砕し、ソロモン諸島沖の中国の護衛艦の甲板を壊したのも、ベネズエラの仕業だ。ISの幹部と家族達は自分に何が起きたのか分からないまま、他界しただろう。彼らの邸宅を破壊したのも、北アフリカで不特定多数の人々を大量に殺傷しようと、作戦の指示を出した当事者達だったからなんだ・・」

「うん。仕方がないのは分かってる。ただね、初めて聞いた話だったから・・」
モリが携帯を見ると、呼んでいるのは日本の官房長官だった。出ようとスマホを取り上げると、
「ボス!」とタニアが大声を上げながら、部屋に入ってきた。

「ブリュッセルで無差別殺人事件が起きました!ご子息、カイトさんが意識不明の重体です!」

モリは暫し眼を閉じて、祈った。

「会議は続けてくれ、後はドラガン首相、君に任せる。タニア、俺の音速機の手配と、ベルギー国防省に戦闘機着陸許可の申請を頼む。向かうのはオレ一人だ。今から、あの子の母親と会話する・・。この場を中座して申し訳ない」

スマホを取って席を立つと、鮎と会話を始めた。 

(つづく)


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